ブライトン魔術学院編5
リディは、制服に身を包み学院の門の前で待っていた。
今日はいよいよアルフレッドが王立図書館に連れて行ってくれる日。門の前で待ち合わせをしたが、少し早く着きすぎてしまった。
夏休みで生徒のいない静かな学院だが、やはり色々な魔力が感じられる。
長い歴史の中で建物に魔力が浸透してきているのだろうか、そんなことを考えていると、リディの目の前に一台の馬車が停まった。
つい最近乗った簡素な乗合馬車とは違い、豪華だが品のある意匠には立派な家紋が施されている。
そこから相も変わらずまぶしいオーラを放つアルフレッドが降りてきた。
「リディ、お待たせ。」
「こんにちは。今日はありがとう、よろしくね。」
自然にリディをエスコートするアルフレッド。エスコートなどされたことのないリディは、ぎこちない動きのまま馬車に乗り込む。
学院から王立図書館までは馬車でそれほどかからないため、間もなくすると図書館の建物が見えてきた。
「これが王立図書館…」
「素敵な建物だよね。」
「うん。ここは魔力の雰囲気が学院とは違う…なんていうか、静かで包み込むような…」
「魔力の雰囲気?」
「うん。建物から一定の強さで広がってる感じ。安定しているというか…」
「リディは、魔力が見えるの?」
「見えるっていうか、感じる?のかな。自分は魔力がぽんこつだけど、人とか物の魔力を感じることはできるみたい。」
「…すごいね。僕も人からは感じるけど、建物はさすがに分からないな。」
「そうなの? ねぇ!さっそく中に入ってみたい!」
そう言って、アルフレッドの手を引くリディ。
いくら学院の生徒同士とは言え、気軽にアルフレッドの手を取る令嬢などそうそういないと、アルフレッドの後ろに控えていた護衛は少々焦った。
しかし、当のアルフレッドは嫌がるどころか嬉しそうに手を引かれている姿を見てさらに驚く。
彼が嬉しそうならばと何も言わず、護衛もその後をついて建物に入っていった。
物音ひとつたてただけで、響き渡ってしまうほどの静寂に包まれた建物内。
入口で申請許可証を確認してもらった一行は、建物の奥へと進む。
さすがに少々お転婆のリディも口をきゅっと結び、アルフレッドと並んで静かに歩く。
持ち出し禁止の魔術書がある場所は、一般の書籍が置かれているところから更に奥に行ったところにあるらしい。厳重な警備の元、身分などをしっかり確認されたリディはついに念願の魔術書があるエリアに足を踏み入れた。
ハッと息が漏れてしまったのを慌てて口で押さえ、本棚に向かう。
時間は限られているので、とにかく気になる本を一冊だけ手に持ち、テーブルと椅子が置かれたエリアに移動して腰かけた。アルフレッドも別の本棚から本を持ってくると、リディの前に座る。
リディはすでに本に意識を集中しているので、アルフレッドが前に座ったことも気づいていない。
相変わらず魔術のことになると、他が見えなくなってしまうのだなと思いながらアルフレッドも本を読み始めた。
気が付くと日が傾き始めて、空が茜色になっていた。
ふと顔を上げると、アルフレッドがリディを見ている。
(……!?)
いつから見られていたのだろうか。
ふわりと微笑んだアルフレッドは小声で、
「そろそろ出る時間だけど大丈夫?」
と優しく声をかけた。
「ご…ごめんね。もうこんな時間になっちゃった。」
「大丈夫。本を戻したら、寮まで送るよ。」
二人は片付けをして、その場所を後にする。
一般図書のエリアに戻り、そこから建物の外へ出る時に一人の人物が声を掛けた。
「アル、今日の勉強は捗ったか?」
リディがその声の方を向くと、ダークブロンドの髪に、優しい微笑みを浮かべた背の高い男の人が立っていた。髪の色こそ違うものの、その表情は自分の隣にいるアルフレッドに似ていた。
「父さん……うん。今日はありがとう。」
少し驚いた様子のアルフレッドが父に言う。
「そちらのお嬢さんは?」
アルフレッドの父がリディに目を向ける。
「あ!わ、私はアルと…アルフレッド様と同じクラスのリディ・エルランジェです。今日はありがとうございました!」
きちんとした挨拶を知らないリディは精一杯丁寧な言葉を選んでお礼を言う。
そんなリディの様子に気分を害することもなく、彼は素敵な笑顔のまま話す。
「こちらこそ。うちの息子はあまり我儘を言うことがないのに、珍しく夏休みに王立図書館に行きたいなんて言うから驚いてね。しかもお友達も一緒だっていうから、気になって様子を見に来てしまったよ。
私はアルフレッドの父でジェラルド・オリオール。今日は素敵なお嬢さんに会えてよかった。息子とこれからも仲良くしてやってくれ。」
アルフレッドと似た眩しい笑顔を向けられて、思わず目を細めつつ、
「こ、こちらこそ、仲良くしてもらって嬉しいです。今日もとても勉強になりました!」
リディが淑女とは程遠い勢いのあるお辞儀をすると、ジェラルドは楽しそうにその場を去っていった。
帰りの馬車の中でリディが何かを思い出し、自分の荷物をガサゴソと漁りだした。
向かいに座るアルフレッドが不思議そうにその様子を眺めていると、一つの包みを取り出した。
それをアルフレッドにおずおずと差し出すと、
「これ……今日のお礼。」
と申し訳なさそうに手渡す。
アルフレッドはそれを受け取り、中を見る。
「これは、サシェ?」
「うん。うちの村にしか咲かない花なんだけど、サシェにするととても香りがいいの。アルは素敵なものたくさん持ってると思うから、こんなものしか用意できなくてごめんね・・・。」
俯きながら少し泣きそうな顔をするリディを見て、アルフレッドの胸がキュッと痛んだ。
「…………僕、この花知ってる。」
何かを思い出すように呟く。
「昔、リディの住む村に行ったことがあってね、そこで見たことがある。」
アルフレッドは懐かしむようにリディを見ながら、そう言った。
するとリディは、
「…………やっぱり。アルは私の家に遊びに来たことがある…?」
俯いたまま視線だけを上げ、アルフレッドの様子を窺う。
「…………思い出してくれた?」
首を傾げ、ちょっと眉毛を下げながら笑顔作るアルフレッドはいつもと雰囲気が違った。
「…………ごめんなさい。この前、おじいちゃんに遊びに来たことがあるって聞いて驚いたんだけど、全然思い出せなくて・・・」
再び申し訳なさそうな表情を浮かべて俯いてしまったリディ。
「五年も前のことだし、憶えていなくても仕方ないよ。でも僕にとってはとても楽しかった思い出だよ。」
そう嬉しそうに話すアルフレッドを見て、当時を思い出せない自分が情けなくなった。
「アル……ごめんなさい。」
「気にしないで。……あ、でも前に会ったときはアルフレッドって言えないから“ルー”って呼ばれてたな。」
と、当時を思い出しながらクスクスと笑う。
俯きながら、両手を膝にのせて握りしめていたリディはそのまま固まっている。
しかし、急にガバッと顔を上げると
「ルー!!?」
いきなり前のめりで詰め寄ってきたリディに驚き、アルフレッドの背中が馬車の背もたれにぶつかる。
そんなことはお構いなしに、リディは目を見開いてアルフレッドの顔を覗き込む。
「ルーって……憶えてる。一緒に小川に行ったり、私の部屋で魔術書読んだりした。あの頃、魔術書なんか読んでておかしいって村の友達には言われてたけど、ルーだけは一緒に楽しくお話したの。」
矢継ぎ早に話すリディを見て、驚きつつも自分のことを憶えていてくれて嬉しいとアルフレッドが口にしようとした時、
「………………え? でも、ルーって女の子じゃなかったの!?」
衝撃の一言に、アルフレッドは額に手を当てて俯いた。