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お仕事編20



「はぁっ…はぁっ……。」


「水…水が欲しい……。」


「……誰か回復術を、回復術をかけてくれ……。」



魔術省の一角にある神殿に繋がる大理石の廊下には、真っ黒なローブを着た魔術師たちが屍のごとく横たわっていた。そこを通る人々は何事かという顔で見ている。そこへパタパタと可愛らしい足音をさせて一人の女の子が駆け寄ってきた。



「回復術かけますよ!お水が欲しい人は誰ですか?タオルもあります!」


「あぁっ!セシル王女が来てくれるなんて…!」


「オレら頑張っててよかった!死んでもいい!!」



ふわふわの髪の毛を揺らしながら駆け寄ってきた彼女を見て、彼らは天使だと思った。このまま天国に行っても構わないと。



「死んじゃだめです!リディ先輩に聞いたところ、まだ半分も終わってないそうですから!」


「「「「 ……………!!! 」」」」



キラキラと輝く笑顔で死の宣告をされた。

心はボロボロなのに、回復術をかけられて体力が戻ってきた自分の身体が恨めしい。ここにいる魔術師たちは魔力量も多く、知識も経験も豊富な人材が集められたエリート集団だ。それなのに自分たちは間違って騎士団に入団してしまったのかと錯覚を起こしてしまうほど、目の前の現実が受け入れられないでいた。




神殿内では今もなお魔力を削られ続ける魔術師たちの姿があった。それはアルフレッドも例外ではない。いつもは輝くハニーブロンドの髪も、魔力を放出しすぎたせいで艶が減り顔にも疲労の色が色濃く出ている。



「リ、リディ……あとどれくらい……?」


「えっと、あと四分の一、いや三分の一かなぁ…。」



二十五パーセントとおよそ三十パーセントでは失う魔力がかなり違う。魔道具に魔力を流し続ける魔術師たちはさらに目から生気を失った。そんな様子を見てリディも心苦しい気持ちでいっぱいになる。


リディが開発したこの魔道具の欠点は、魔術を変換して可視化するには途中で区切ることができないという点だ。すべての術式の変換を終えないと可視化されない為、変換が終わるまで魔力を流し続けなければならない。


それを想定して、魔力量の多い男性の魔術師たちを集めてくれたことに感謝するが、このままでは変換が終わる前に魔力が尽きてしまう可能性もある。そうなる前に手立てを打たなければとリディは考えを巡らす。



「あっ!」



万が一のために持ち出してきて良かったと、ネックレスに通していた魔石を取り出す。

ここにいる人たちには到底及ばないポンコツ魔力を流し始めたリディを横目に、膨大な魔力を流し続ける魔術師たちは怪訝な表情でリディを見た。すると、神殿の端に小さな赤い魔力の渦が発生する。



「すいませーん!!せんせー!!」



集中して魔力を流している意識が途切れそうなほど間延びした声が神殿に響く。

何度かリディが呼びかけるが返事はなく、ようやくわずかな魔力が感じられたころに声が聞こえた。



「…………うるさい。」


「あ、先生!すみません、二コラさん近くにいませんか?」


「……いるが?」


「急で申し訳ないのですが、お力をちょっと貸していただけないかなーと。」



タイミングよくノエルの近くに二コラがいてくれたようで、リディは自分の運の良さに感謝する。

何やらバタバタと騒がしい音がした後に二コラの声がした。



「リディちゃん!今から行くわよー!ちょっと準備するから待っててね!」


「別にそのままでいいだろ。」


「イヤよ!」



お馴染みのやりとりが聞こえて、思わずホッとするリディ。二コラが来てくれるなら変換を終えるまでの時間が短縮できるだろう。

しばらく待っていると、先ほどの魔力の渦が広がって転移ゲートが発生した。そしてそこから現れたのは二つの影。



「リディちゃん、来たわよ~!」


「二コラさん!……あれ、先生まで来てくれたんですか!?」


「……………。」



来ちゃ悪いかというような視線を向けられ、慌ててありがとうございます助かりますとお礼を言う。



「っていうか、先生ちゃんとお風呂入ったんですね。」



いつもぺっとりしている黒髪は、サラサラとしていて美しい。しかも隣国のものと思われる魔術師のローブを羽織っているので、普段は小汚い印象が今日はとても清潔感に溢れている。



「しかも、ちゃんとしてると先生ってそこそこ素敵な男性だったんですね。」



リディは“そこそこ”と言うが、ノエルのその姿は神殿内の人間が見惚れるほど美しい容姿をしている。アルフレッドはキラキラとして陽だまりのような笑顔や優しさを持っているため、幼い頃から多くの女性の心を掴んできた。それに対し、ノエルは切れ長の瞳に漆黒の髪はどこか影があるミステリアスな印象だ。そして何を考えているか分からないところが素敵だと、こちらも隣国の多くの女性…だけではなく時には男性をも虜にしていることを知らない。



「…………。」



自分の容姿が多くの人間の心を惑わせてきた自覚のあるノエルは、リディの反応に不満こそないものの何となく腑に落ちないような顔をしており、その後ろでは二コラは肩を震わせて笑いを堪えている。



「リディ、こちらの方は?」



どうやら他の魔術師と交代の時間になったようで、いつの間にか傍に来ていたアルフレッドは背中に暗闇を背負って笑顔を浮かべている。その姿にリディは魔力を使いすぎてしまったのだと申し訳なく思ったが、二コラは視線を宙に上げてその様子を見ないようにしている。



「えっと、隣国でお世話になってた先生だよ!アルは会うの初めてだよね?」


「初めまして、アルフレッド・オリオールです。」



優雅な所作でノエルに挨拶をすると、アルフレッドはリディの腕を取って自分の傍に引き寄せた。それを見たノエルは面白そうに口の端を上げる。二コラは相変わらず視線を宙に泳がせている。



「先生って男の人だったんだね?」



そういえばジャンに言っておけと言われたのにすっかり忘れていた。何人か魔術師が復活しているので、この機会にちゃんと話しておこうとリディは思った。



「そうなの、ちゃんと紹介する機会がなくてゴメンね。こちらはノエル先生で、隣国で魔術師をしてい…た?人なの。」



ノエルを紹介するといっても、名前と魔術師であるということしか分からない。国の筆頭魔術師であったが今はただの研究者のようだし、何といって良いかわからず変な紹介になってしまった。



「……ノエル・アズナヴールだ。」



先生の名前、初めてちゃんと聞いたなぁ。自己紹介とかできるんだなどと考えていると、少し離れたところにいたジスランが嬉々とした様子でこちらに来た。



「おぉ!魔術師の名門と言われるアズナヴール家のご子息か!筆頭魔術師を休まれていると聞いたが、まさかリディちゃんの師匠とはなぁ!」



ハハハと豪快に笑い、その言葉が神殿内に響くとそこは再び混乱に包まれた。



「……隣国の筆頭魔術師だって!?史上最年少で任命された人だろ!?」


「なんでこんなところに来てるんだ……!?」


「隣のお姉さんもヤバいな。美しすぎる…!」


「すげぇ、すげえ!マジすげぇ!!」



少し回復したとは言え、疲労が蓄積している彼らはおかしなテンションになっている。二コラは美しいと言われた方向に流し目をしているし、ジスランは愉快で仕方がない様子だ。リディはノエルが由緒正しいお家柄の人だと知り、今までの行いを思い返して顔が青くなっている。そしてアルフレッドは背中の暗闇がブラックホールに変わったかと思うと、リディを腕の中に抱き込んだ。





あと2話で完結となります。

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