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お仕事編18



リディは膝の上に両手を重ねて背筋を伸ばし、ソファに座っていた。周りを見渡すと、そこまで広くはないこの部屋だが、天井が高く本来ならこの建物には必要のない一目で高級だと分かる調度品が飾られている。つまり上流階級の人間を招き入れるための部屋なのだと推測できるが、そんな場所に自分が座らされている状況がまだ理解できていない。



というのも、先週のこと。カロリーヌとクロヴィスの結婚パーティーに招かれた数日後、魔術省から出願中の魔術特許について呼び出しがかかったのだ。


例のノエルから課された限定魔術特許についてなのだが、これまでいくつも出願してきた中で直接呼び出しがかかったのは初めてのことだ。審査段階での質疑は基本的に書簡で送られてきて、変更や訂正があればリディが魔術省に出向くという形だった。ノエルに出願内容も相談して、発動試験も二コラに手伝ってもらった。問題はなかったはずだが、こんな仰々しい部屋に通されてしまったことを考えると何か大きな問題でもあったのだろうかという不安が浮かんできた。


緊張で重ねた手を握りしめると、通された部屋の扉が開いた。



「お待たせしてすみません。」



入ってきたのは、魔術省の魔術特許の担当者のようだ。魔術師のローブの襟元にはそれを示すバッヂがつけられている。リディは立ち上がると、慌ててお辞儀をする。気にせずかけてくださいと言われたので、ソファに座りなおすが居心地が悪い。正面に座った人物に自己紹介をされた。役職名が長くて覚えられなかったが、どうやら魔術特許審査機関のトップらしいことはわかった。一番偉い人が出てきてしまったという事は、やはり何かやらかしたらしいことが分かったリディは、握りしめた手が汗まみれになっていた。



「さっそくですが、申請いただいている限定魔術特許の内容についてお伺いしたいのです。」


「は、はい。その…何か問題が……?」


「問題ということではないのですが、内容について上から確認して欲しいと言われまして。」



先ほどの自己紹介で責任者だと思っていたのに、更にその上の人が指示しているらしい。本当にまずいことをしてしまったのではないかと、リディの背中に冷たい汗が流れる。すると再び扉が開いた。しかし今の状況が恐ろしくて顔を上げることができない。静かに歩いてきた人物は、目の前の責任者の座っている隣まで来て何かを差し出した。



「資料をお持ちしました。」



張り詰めた空気の中に、可愛らしい声が響く。しかしこの高くて鈴が鳴るような声はどこかで聞き覚えがある。そう思い、ゆっくりと顔を上げると魔術師のローブに身を包んだ見覚えのある姿がそこにはあった。



「…………セシル王女?」



ふわふわのブロンドヘアを後ろでしっかりと結び、こちらを見た彼女の瞳は澄んだサファイアの色をしている。相変わらずの神々しさを放っているが、こんな場所で再開するとは思わなかった。思わず名前を口にしてしまったが、学院時代含めてこれまで直接話したことは一度もない。しかも王族である彼女に気安く声を掛けてしまったことを後悔し、さらに自分の状況がまずいことになったのではとリディは焦った。



「あ、やっぱりリディ先輩でしたか!お久しぶりです!」



そんなリディの心情を覆すように、彼女は朗らかな笑顔でリディに挨拶をする。しかもファーストネームで呼ばれるほどの気安さに驚きを隠せないが、この緊張感で包まれた空間が一瞬にして和らいだことにリディはホッとした。



「知り合いかい?」


「学院時代の先輩なんです。直接お話したことはないですが、やはり学院でも有名でした。」



学院では目立った活動や役割もしていなかったのに有名だったとはどういうことだろう。やはりポンコツ魔力だったからだろうか。ちょっと落ち込んでいると、セシルは明るい声で続けた。



「魔術に関する知識が過去例を見ないほど優秀で、先生方もリディ先輩の知識には敵わないって言っていました。アルフレッド様も同じようにおっしゃってましたし。」


「オリオール家のご子息か。彼が言うなら納得だな。」



そんな風に思われていたとは知らなかった。確かに魔力がポンコツだから、せめて学力だけは誰にも負けたくないと努力はしていたが、先生たちやアルフレッドからそんな評価を貰えていたとは。



「いや、そんなことは……。」



近頃ノエルの元で勉強していて、あまり褒められ慣れていないので照れくさくなってしまう。

しかしセシルが魔術特許に関わっているとは思わなかった。魔術特許機関は魔術師団と違い、地味な書類仕事が多い印象だ。セシルほどの実力があるならば、もっと華やかな場所で活躍していると思っていただけに意外であった。



「じゃあ心配することはないだろうな。エルランジェさん、念のためこの限定魔術特許に関して提出いただいている資料の内容でいくつか質疑があるのと、実際に発動試験を行ってほしいので後日お時間をいただきたいのだが。」


「は、はい!わかりました。」



セシルのおかげで緊張が解けたリディは責任者に向き直り、これから出される質疑に答えるため頭の中をクリアにした。









―――――――――――それよりも少し前のこと。



アルフレッドは再びこの場所を訪れていた。今回は祖父ジスランからの呼び出しだ。部屋に入るとジスランは優雅にお茶を飲んでいた。酒が飲めないのがつまらんと言っているが、勤務中なのだから当たり前だ。



「お祖父様から呼び出されるとは珍しいですね。何かありましたか?」


「おぉ、そうだった。」



さも今思い出したかのように言うが、こういう時こそ重要な話だという事をアルフレッドは知っている。向かいに座るジスランがカップを置き、身を乗り出してニヤリと笑った。アルフレッドは片方の眉を上げて彼が話すのを待つ。



「お前の今の仕事は、古代魔術の解読だったかな。」


「…………そうです。」



自分の仕事を話したことはないが、彼の立場なら知っていて当然だろう。内容を詳しく話さずとも知っているのだから、肯定だけすればいい。



「ちょうどな、古代魔術の解読に役立ちそうなものがあってな。」



最近見たこともないくらいに嬉しそうな祖父の表情に、アルフレッドは含みを感じる。



「そうですか。」


「興味がないのか?」


「いえ、是非。」


「そうか。では、来週時間を作れ。」



それだけ言って、ジスランは手ずから紅茶を入れてくれた。これ以上は深く聞くまい。きっと祖父にとって面白いネタが増えるだけだろうからと察したアルフレッドは、早々に紅茶を飲み干して彼の執務室を後にした。





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