お仕事編12
予定通り、リディの国でも魔術特許法が公布され、リディはすでに十二の魔術特許を取得した。例えば浴槽の中に入れておけば、お湯の温度を一定に保つことの“湯ったリング”。基盤がリング状になっているので浴槽の中に引っかけておくことができる。一日一回魔力を流せば、約二時間快適なお湯の温度でお風呂に入ることができるのだ。他にも、トイレの中やゴミ捨て場に置いておくと数か月は消臭効果を発揮する“臭わナイス”や、子供が迷子になってもある程度の場所が特定できる“見つかルート”などだ。
基本的にたくさんの人が便利で楽しい生活ができる魔術ばかりだ。魔石など高価な素材を使用しているわけではないので、量産すれば平民でも手が届かない価格にはならないだろう。そんなわけでリディの魔術特許出願の滑り出しは順調だった。少しずつだが、特許使用料も入ってきている。
そして今日は王都の隣町に来ている。研究室兼住まいを探すためだ。リディの村に帰るときに通ったことはあるが、来るのは初めてだった。待ち合わせの時間より早めに着いてしまったので、少し町を歩いてみることにする。
隣国の住んでいた町よりも少し大きいのだろう。小さな商店街があり、食堂も二・三件ある。書店も王都に比べると小さいが品揃えは悪くない。週一回はノエルにホットサンドを届けなければならないため、パン屋もチェック済みだ。アルフレッドには王都に住めばいいと言われたが、さすがに部屋を借りるとなると家賃が高いので早々に候補から外した。この町の雰囲気は降り立った時から馴染めそうだと思えたので、いい部屋が見つかるといいなと思いながら待ち合わせの場所に戻った。
「リディ!!」
「アネット!」
会う前は少し緊張していたリディだが彼女の姿が見えた瞬間、変わらない彼女の雰囲気にホッとした。約二年半ぶりの再会だが、お互いの名前を呼びあっただけでその時間を感じさせないくらい、二人の距離はすぐに戻った。
「久しぶりじゃない!やっと会えてうれしい!」
「連絡しなくてごめんね…でもこうして会ってくれてありがとう。」
「何言ってるの!一人で頑張ってたんでしょ?すごいじゃない!」
隣国に行っている間の話は、アルフレッドからみんなに伝わるようにしてくれたらしい。
二年間連絡も取らずにいたのに、変わらず自分を受け入れてくれることに心がジンと温かくなる。
アネットに来てもらったのは他でもない、部屋探しに同行してもらうため。この町はアネットの実家の商会が支店を置いていることもあり、顔がきくのだそうだ。そして商売上手なアネットなので家賃交渉なら任せなさいと自ら名乗り出てくれたのだ。しかも貸し部屋を行っている町の人に、事前にアポイントメントも取っておいてくれていた。
その人は、人のよさそうなお爺さんでこの町に二代目として貸し部屋の仲介を行っているらしい。白いお髭がくるんと巻いていて、身なりもきちんとしていてイメージしていた貸し部屋業の人とは異なった。
そのおじいちゃんが言うには、昔は畑ばかりだったこの土地の多くは先々代が所有していたらしい。国が独立して王都に人口が増えたために隣接するこの町の開発が行われ、畑を住居や商店にしたことで地価が上がり、貸し部屋業を営むことになったとその人は話してくれた。
王都に隣接しているので治安も悪くないし、女性の一人暮らしでもきちんと防犯をしておけば大丈夫だそうだ。今はちょうど王都でも異動が多い時期なので、空き部屋も出るが決まるのも早いらしい。リディはいくつか見て、家賃が予算内で気に入った部屋があればすぐに決めてしまおうと思った。
「ここは日当たりが良いけど、本棚の配置によっては本が傷みそうね。」
今まわっているのは二件目の部屋だ。三階建てのアパートの三階部分で部屋はそんなに広くないが比較的新しく綺麗だ。一件目は一階部分で日当たりがイマイチだったが、ここよりも広かったので本棚をおいても圧迫感がなさそうだった。
「部屋探しって難しいんだね…」
隣国に居たときは、とにかく住めればいいし魔術書の類はノエルの家にあったので狭くても古くても気にしていなかったが、これからは研究室も兼ねるので色々と要望が出てしまう。
「とりあえずあと一件見てみましょう!」
今日は時間の都合上、三件見て回る予定だ。次で気に入らなかったら、また日を改めるしかない。自分の要望がすべて叶う部屋を見つけるのは難しいだろうとどこかで思っていたリディだったが、三件目の玄関に入った瞬間、ここだと思った。
「ここにする!!」
目を輝かせて振り向いたリディを見てアネットもこくりと頷いた。
三件目は少し裏通りにはなるが、外灯がきちんと配置されているので夜も暗くならないだろうと、おじいちゃんは教えてくれた。そこは一軒家とアパートが混在している住宅街で、一人暮らしから子供がいる家庭まで様々な人たちが住んでいるそうだ。
二階建てのアパートの二階部分で、運よく端の部屋が空いたらしい。外から見ると日当たりがあまり良くなさそうだったが、部屋に入ると食堂にはきちんと日が入っていて、もう一つの部屋は窓が小さいのであまり日が差さない。これなら魔術書をおいても傷まないし、広さも一件目ほどではないが充分足りる。事前に歩いた商店街も馬車の乗合場もそう遠くない。即決だった。
「…それで、お家賃は安くなります?」
アネットがさっそく交渉に入る。ここからは手出し口出し無用だ。その間にリディはゆっくりと部屋の中を確認した。部屋の大きさを測るための魔道具を出して寸法をメモする。ちなみにこの魔道具も特許取得済みだ。手のひらサイズの魔道具にポンコツ魔力を流すと、レーザーのような光の線が出て距離を測定し数値を表示してくれるのだ。
何やら部屋の隅でアネットが計算機を出して話している。おじいちゃんがくるんと巻いたお髭を指で伸ばし、しばらく考えた後ににっこりと笑った。最初の予算は伝えてあるのでそれより高くなることはないが戻ってきた二人に聞くと、ありがたいことに一割も安くしてくれることになった。おじいちゃんにお礼を言ってアパートの前で別れ、まだ馬車の時間まで少しあるのでアネットと少しお茶をして帰ることになった。




