お仕事編11
色々とアルフレッドに話すことになったリディは明確な言葉は口にしなかったものの、きっと聡い彼のことだから自分の気持ちに気づいたことだろう。羞恥心に覆われながら、リディは自分の部屋のベッドで身悶えていた。
アルフレッドは忙しい合間を縫って会いに来てくれたらしく、そのあと間もなくして転移魔術を使って国に帰っていた。これだけの距離を転移できるほど、この二年で彼との差が開いてしまった現実を目の当たりにして少し落ち込んだが、自分だってこの二年間を無駄に過ごしてきたわけではない。ノエルの元で学んだことは、今のリディには大きな自信となっている。
そして、セシル王女との件が誤解だったと知り、嬉しかったことも事実。国に帰っても、彼とこれまで通り友人として傍にいられるのだ。
(友人……友人なの…かな?)
アルフレッドもリディが大切だと言ってはくれたが、明確な言葉は口にしなかった。
リディはアルフレッドに対する気持ちが恋心だと自覚しているが、アルフレッドもそれに近い気持ちでいてくれるのだろうか。だとしても、そもそも平民の自分と侯爵家の子息では身分があまりにも違いすぎる。学院にいた頃は平等な立場でいたが、社会に出れば身分は越えることの出来ない壁だ。
(……でも、好きじゃなきゃキ…スとかしないよね…?)
リディの気持ちが行ったり来たりする。あんなにピッタリとくっついていられたら期待するなという方が無理な話だ。先ほどまで握られていた手を見つめたら、再び熱が集まってきてリディは枕に顔を押し付け叫びだしたい気持ちを抑えた。
そして、いよいよリディが母国に帰る日。
アルフレッドと再会してから彼も忙しいらしく、あれから今日まで会うことはなかった。
「先生、大変お世話になりました!」
深々とお辞儀をして別れの挨拶をする。
最後に簡単な掃除をしておく。すぐに汚くなることは分かっているが、二年間お世話になった場所だ。お礼の意味も込めていつもより気持ちを込めて丁寧にやった。
「リディちゃん、いつでも遊びに来てね。私もちょくちょく魔術省には顔を出すから、行ったときはお茶でもしましょう!」
見送りに来てくれた二コラがリディを抱きしめる。相変わらず魅惑的なボディでリディはクラクラしてしまうが、これもしばらくはないのだと思うと寂しくなる。
「…………困ったことがあれば相談しろ。」
ノエルは無口で不愛想で見た目はちょっと小汚いが面倒見が良い。これから先も、悩んだり躓いたりしたら頼れる人がいるというのはとても心強い。
「…………はい!!」
この二年間たくさんの魔術に触れられて楽しかった。だが、異国の地でたった一人家族や友人と離れて働き生活していくことは大変だった。そして、何より寂しかった。お世話になった食堂のおじさん、おばさんや町でリディのことを覚えてくれて良くしてくれた人たち。色んな思い出が頭に浮かび、涙が浮かびあがるのを必死こらえた。
「リディちゃん…。」
二コラも目頭をハンカチで押さえている。
すると座っていたノエルが立ちあがり、リディに何かを差し出した。
「……?」
それを手に取ると魔石だった。すでに魔術が施されている。
「…………餞別だ。」
これまで魔術の知識は腐るほど教えてもらったが、ノエルから餞別がもらえるとは思わなかったリディは、涙腺が決壊した。
「……先生っ!」
「居場所が決まったら、魔石に魔力を流せ。お前のポンコツ魔力でも繋がるようにできている。」
「……繋がる?」
「……週一回はアレを届けるように。」
そういって部屋の奥を指さした。二コラも不思議な顔をしているので、二人で部屋の奥に行くとそこには転移ゲートが出来ていた。
瞬間、リディの涙は引っ込んだ。さすがの二コラも呆れて何も言えないらしい。
この日リディはノエルから独立することとなったが、ごはん係は継続となった。
二コラが転移魔術で送ってあげると言ってくれたが、自分でこの国に来た以上は自分の足で帰りたかった。コツコツ働いたお金を貯めておいたので、帰りは馬車に揺られて帰る。せめてもと、認識阻害と防御魔術をかけてもらったので女性の一人旅でも安心だ。そして、二年ぶりにコルタナ村に戻って家族に会う。何度か“聞こえるジャン”で話をしたが、頻繁に声を聞くとホームシックになってしまうので最低限にとどめていた。
そして二年ぶりに帰ってきた我が家。
母ソフィアと祖父ドミニクが出迎えてくれた。父は相変わらず旅に出ているそうだ。両手を広げて迎え入れてくれた祖父にリディは抱き着いた。
「ただいま!おじいちゃん!!」
「ははっ!リディはまた大人になったな!」
二年の間に、また祖父の白髪が増えていたが変わらぬ笑顔にホッとする。
母も変わらず元気そうだ。夕飯の準備が出来るまでゆっくりしなさいと言われたので、まずは荷物の片付けをして、そのあとドミニクの部屋に行く約束をした。
生まれた時から変わらない祖父の部屋。たくさんの本の匂い。古いものから新しいものまで、たくさんの魔術書が揃っている。ドミニクもリディの祖父だけあって根っからの魔術オタクだ。引退した後も魔術を使うことはほとんどないものの、新しい魔術は常に調べて学んでいる。
そんなドミニクも、リディが学んだ魔術特許については興味津々だった。
リディが隣国で学んできた魔術特許について聞いたドミニクは、可愛い孫が将来の目標を見つけて帰ってきたこと、そして自分の知らない分野の魔術特許について学び成長してきたことを大いに喜んだ。
リディの国でも間もなく魔術特許法が公布される。あらかじめ、いくつか特許出願するための魔術は準備しておいたので、そこで特許権が取得できれば定期的な収入が見込まれるようになる。そしてノエルのように研究室を作って身を立てていきたいと思っていることをドミニクに話した。
「もうそこまで考えているのか。ソフィアの時もそうだったが、孫の成長はもっと早いもんだな…」
と少し寂しそうな表情をしたが、研究室を作る際には後見人になることを申し出てくれた。
いずれ部屋を借りる時には、ある程度の身分が証明できる者が後見人になる必要がある。ドミニクは引退したものの、王都魔術師団の魔術師としての実績があるので後見人としては申し分ない。
無事、国に戻ってきたリディは今度は研究室を立ち上げるための準備に取り掛かることにした。




