お仕事編10
引き続きイチャコラしてます。
二コラに見放されたリディは、アルフレッドの隣で手を繋いで座ったままだ。
魔術省で働いているのだから、本当だったらこんなところまで来てのんびりしている場合ではないのではないか。自分の気持ちはさておき、きちんと話をして自分たちの国に帰ってもらわねばならない。
「アル、話しにくいから移動してもいい?」
「ダメだよ。このまま話をしよう。」
間髪入れずに言われた。ダメ元だったが、やはりダメだった。目的は分からないが、やはりリディを逃がすつもりがないことだけは理解した。
「リディがこの国でやっていることは、二コラさんから聞いたよ。」
ノエルのところで魔術特許を取得するための勉強をして、もうすぐリディが国に帰ることはアルフレッドも知っているらしい。それならば、わざわざここに来る必要もなかったのではないか。
「でも、どうして僕に話してくれなかったの?二年もの間、アネットたちにも連絡を取っていないことは知っていたけど、僕もみんなも頼りにならなかった…?」
「そ…そういうわけじゃないの。頼りにしていないとか、そういうことじゃなくて…。」
アネットやカロリーヌには連絡を取ろうと思ったこともある。でも、まだはっきりと将来の道筋が見えていたわけではないし、この国で勉強しながら生活するのが精いっぱいだった。そして連絡をとれば、きっとアルフレッドがセシル王女と婚約すればそのことを耳にしてしまう。それを受け入れるだけの覚悟がまだできていなかった。
「卒業式のことは仕方がないけど、どこで何をしているかも分からなくて心配したんだ。仕事は忙しいけどリディのことを忘れた日はなかったよ。リディは僕のこと、もうどうでもいいの?友達ですらないの?」
縋るような目で訴えかけるアルフレッドに、リディは胸が締め付けられ目の奥が熱くなる。
学院にいた頃は、誰もが振り返る整った容姿に、貴族という高い身分であっても親しい人柄で先生やたくさんの生徒から好かれていたアルフレッド。何でも卒なくこなしているように見えて、実は努力家であることもリディは知っている。魔術で分からないことがあればとことん追求するし、リディのポンコツ魔力を補充して如何に効率よく術を発動させるかなど、実技の授業では二人で何度も練習を重ねた。
そんなアルフレッドが、どうして自分なんかにここまでしてくれるのかは分からないが、結局は彼に迷惑をかけてしまっている。散々カロリーヌの従妹に忠告されたのにもかかわらずだ。
「……心配かけてごめんなさい。忙しくてなかなか連絡を取れなかったっていうのもあるけど、アルには…もう迷惑をかけたくなかったの。」
俯いて話すリディを前に、アルフレッドの表情は固くなる。
「迷惑なんて思ったことない!」
声を荒げたアルフレッドにリディはビクッと肩を揺らす。幸い、奥まった席に座っているため店内にまでは響かなかった。
「今まで、僕がやりたくて…リディの力になりたくて、やってきたことなんだ。迷惑だなんて一度も思ったことないよ。」
そういってリディを抱き寄せた。アルフレッドに再会してから、彼はこうして抱きしめたり手を繋いだりと色々してくるが、セシル王女という婚約者がいるのだから良くない。貴族同士の結婚は、お互いを想いあっていなくても家のためにしなくてはならないと言っていたのはアルフレッドだ。アルフレッドがセシル王女をどう思っているかは分からないが、少なくともセシル王女はアルフレッドを好意的に見ているようだったし、母国の王女であり婚約者という大切な人を裏切る行為はしてほしくない。目を固く閉じて、溢れそうになった涙を押し込めて、アルフレッドの胸を両手で強く押し返す。
「……こういうことも、よくないと思うの。」
「…………リディは、僕のことが嫌い…?」
「嫌いじゃないよ。だからよくないと思う。……大切な人がいるでしょ?」
「うん、いるよ。」
「だったら、その…こうして手を繋いだり、キ、キ、キ…スとかも軽々しくするのはどうかと思う……。」
「大切な人にしてはいけないの?」
「…大切な人だけにするべきだと思う。」
「じゃあ問題ない。」
「問題あるよ!大切な人は一人でしょ?」
「うん。」
話がかみ合っていない気がする。これではリディを大切だと言っているようなものだ。論理的に考えることは得意なはずだが、リディが大切だという事はセシル王女が大切ではないのか。婚約者であるのにそんな不誠実なことがあってはならない。
「……セシル王女は?」
彼女のことを話に出したことは今までないが、学院時代は生徒会で一緒に活動をしていたのを見ているし、カロリーヌからは幼い頃から親しいという話も聞いている。胸がジクジクと痛むが、ここはきちんと確認しなければならない。
「ん?何でセシル??」
目を丸くしてあまりにも不思議そうな顔をしながら首を傾けるので、リディも一緒に首を傾けてしまった。
「……え??だって…セシル王女と……」
「僕がセシルと何かあったと思ってる?」
「こ、婚約するって…………」
「…………………。」
本人の口から聞くのが怖くて逃げていたというのに、結局自分から聞くことになってしまったリディは涙を堪えて唇をかみしめる。アルフレッドは、難しい顔をして黙り込んでしまった。沈黙が身体を重たくする。
「……その話、誰から聞いたの?」
「えっと、カロリーヌの従妹の子。学院にいる頃、たまに話しかけられてたんだけど…。」
「…………あぁ、まさか彼女、リディにまで絡んでたのか。」
大きくため息をついて項垂れるアルフレッド。確かに、カロリーヌの従妹であるマリエルはいつもリディが一人の時に話しかけてきた。カロリーヌがいれば撃退してくれるので安心していたが、一人の時は黙って話を聞いてその場をやり過ごすしかなかった。
「……誤解があったようだね。僕とセシルが婚約という話は小さい頃にあったけど、それは昔の話で婚約者でも何でもないよ。ただの友人だ。」
あまりにはっきりと否定されたので、拍子抜けする。じゃあマリエルの勘違いだったのだろうか。それとも嘘をついてまで、自分をアルフレッドに近寄らせたくなかったのか。これまでの態度から察するに、明らかに後者だとは思うが。
そんなことよりもセシル王女が婚約者でないと知ってしまった今、リディは自分の気持ちの置き場所に困ってしまう。魔術の勉強のためとは言え、それを理由にアルフレッドから逃げたことも事実だ。しかしあの時、婚約をするという話を聞かなければ自分の気持ちに気づくことはなかった。どうしたものかと考えていると、アルフレッドが顔を覗き込んできた。
「ねぇ、もしかして僕が婚約することを聞いて、連絡を取らなくなったの?」
いきなり核心を突かれた上に図星だ。思わず顔をを横に逸らす。
「リディ。」
「…………ひぁっ!」
耳もとで名前を呼ばれた上に、息をふっと吹きかけられた。
さっきとは打って変わって嬉々としたアルフレッドのその表情に、やっぱり見えない首輪をつけられている気分になったリディだった。