ブライトン魔術学院編2
入学式から三か月が経った。
学院近くにある寮で生活しているリディも、最初は慣れないことばかりで戸惑っていたが、同室の平民であるアネットが世話好きでとても良くしてくれ、だいぶ身の回りのこともきちんと出来るようになった。
入学当初は、母が作ってくれたリボンを上手く結ぶことが出来ず、毎朝のようにアネットに結んでもらっていたが、今では曲がらずにきれいな蝶々結びが出来るようになった。
アネットとはクラスは違うが、実家が豪商でジャンとも繋がりがあるらしい。そんな縁もあって、リディとジャンとアネットの三人は学院の食堂でランチを一緒に食べることが多い。
「やった!今日のランチはオムライスだって!」
「リディの大好きなメニューね。副菜は茹でただけの野菜に、デザートはフルーツゼリーですって。もう少し手の込んだものが良いのに。」
「アネットは料理のことになるとうるさいね。さすが、実家がレストランを経営しているだけある。」
「もちろんよ、いずれは自分でカフェを開きたいと思っているもの。」
二人の会話をよそに、リディはもぐもぐとオムライスを食べている。
「リディはこの学院を卒業したら何をするの?」
急にアネットにそう聞かれたリディは、目を瞠った。
この学院に入ることを目標としていたが、卒業した後に何がしたいかなんて考えてもいなかった。
「私、魔力が超・超少ないから、大きくなって魔力が増えて魔術が使えるようになりたいと思ってたけど、それで何をしたいとか考えたこともない……」
「そうなんだ。でもリディは学科の授業がずば抜けて良いから、これから考えればいいんじゃないかな。」
聞いていたジャンも気を遣ってくれたが、つまりは彼もきちんと将来を考えてこの学院生活を送っているということだ。
「なんにせよ、夏休み明けには待ちに待った実技の授業が始まるから楽しみね!」
「そうだね!」
まだ入学したばかり。ブライトン魔術学院での生活は十五歳までの六年間ある。
自分の将来のことはもうちょっとしてから考えるとして、まずは実技試験で魔術が使えるように頑張ろうとリディは思った。
「そんで、夏休み二人はどうするんだ?」
ジャンがそう言うと、
「私は実家に戻って、お店のお手伝いをするわ。」
アネットは、実家の営む王室御用達の高級レストランを手伝うという。レストラン経営がなぜ魔術と関係があるのかと、以前彼女に尋ねたことがある。
王室御用達のレストランということで、お忍びで訪れることもあるそうだ。王家の方々の身を守るだけでなく、国の極秘情報が漏洩しないようにアネットの商会は有能な魔術者を雇い、王家の信頼を得ているのだという。そんなアネットも、大好きな料理だけでなく魔術も学びたいということで、この学院に入学したそうだ。
「リディは?」
「んー、私は実家にも帰るけど、ちょっとだけ遠いから早めに帰ってきて学校の図書館で勉強しようかと思ってる。」
「休み中まで勉強すんの!?」
「うん。学院に入ったら、知らないことがまだまだあるって分かったからね。・・・でも本当は、王宮の敷地にある王立図書館に行きたいんだけど、あそこは紹介状がないと入れないって先生に言われたんだ。学院長の紹介状があっても申請には時間がかかるから、夏休み中は無理みたいで…」
「おまえ、本当すげぇな…」
ジャンがため息をつきながら、デザートを口にする。
王立図書館は持ち出し禁止の魔術書などがあり、ドミニクからも一度行ってみると良いと言われていたが、そう簡単に入れる場所ではないと知り、リディもがっかりしていた。
「そうだ、私ちょっと図書館に寄ってから教室戻るから、先に行ってて。」
図書館の話をしていて思い出した。今日から貸し出しの新書があることを。
リディはそう言うと、一足先に食器を片付け食堂を後にした。
初めて見た学院の建物は、今まで見たことのない魔力がたくさん感じられてドキドキしていたが、三か月も経つとすっかり慣れる。大理石のひんやりとした廊下を図書館がある棟に向かって歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「リディ」
振り返ると、ブロンドヘアの彼が立っていた。
「アルフレッド様……」
ここは、食堂棟と校舎をつなぐ廊下ではなく、中庭を通って少し行ったところにある別棟の図書館に繋がる廊下だ。お昼休みの少ない時間なので、この廊下を通る人は殆どいない。
「いつも言ってるじゃん、アルで良いって。」
ふんわりと優しい笑顔をしたアルフレッドは、リディに歩み寄る。
彼はいつも人に囲まれているが、珍しく今はひとりのようだ。
「でも、慣れなくて。みんなアルフレッド様って呼んでるし。」
「そうだね。でも僕、ちょっと寂しいんだよな。せっかくみんなと仲良くなれると思って入った学院なのに。」
「そ、そうなんですか。」
入学式のあの日からというもの、アルフレッドはたまにリディに声を掛けてくれる。
挨拶であったり、授業の内容であったり。なぜ自分にという気持ちもあるが、こうして身分関係なく色んな人と話せるアルフレッドは意外と嫌な人ではないのではと思い始めていた。
「リディも言ってたよね、入学式の時に友達が欲しいって。僕も学院で友達ができたらいいなって思ってるんだ。でも、みんな僕のことの侯爵家の息子としてしか見てくれない。」
「それは寂しいですね。」
「だからさ、リディくらいは僕のことアルって呼んでよ。敬語も嫌だな。」
そう言われてしまうと断る理由はない。
「わかりま…わかったわ。」
「ありがとう。…………名前は?」
有無を言わさない圧を感じたリディは、少し後ずさりをする。
「アル……」
そう呼んだ後の彼は、見たこともない嬉しそうな笑顔をしていた。
(やっぱりこの人まぶしすぎる…!)
恥ずかしさと眩しさのせいで、リディは思わず両手で顔を覆ってしまった。