お仕事編4
その日は朝早くから父と町に出ていた。例の魔力の持ち主を探すために、魔術書と人形をもって魔力の軌跡を辿るのだ。昨日のことであまり時間が経っていないので、おそらく本屋から何処へ言ったのか辿れるだろうとケヴィンは言った。父の底知れぬ魔力感知能力を、ここ数日で思い知ったリディは疑うことなく後をついていくことにした。
結果的に、魔力の軌跡は簡単に辿れた。本屋から出たらそのまま真っすぐと町の外れまで向かっていった。少し手前までは家が数件あったが、着いた先は雑木林の中だった。
人があまり来ないのか、道も狭く整備されていないがそれも途中で止まっている。
「んー、魔力はここで途切れてるんだよね。」
ケヴィンは不思議そうに首を傾げた。
「魔力が途切れるってことは、ここでいなくなったってこと?」
「そうなるね。」
高位の魔術師であれば転移魔法でも使ったのだろうと思えるが、昨日会った男の人からは微量の魔力しか感じられなかった。リディも首を傾げながら辺りを見渡すと、道が中途半端に途切れていてその先の木々が何かをよけるように生えていた。気になったので、その場所へ駆け寄ってみた瞬間。
ゴンッ!!
と顔面に何かが衝突した。
突然のこととあまりの痛さに、思わずうずくまる。
「いったーーー!!」
顔を抑えながら屈んでいるところに、ケヴィンも心配して慌てて駆け寄る。
「リディ!!大丈夫か!?」
するとリディの頭上から声が聞こえた。
「…………なんだ、うるさいと思ったらお前か。」
声の主は、昨日出会った小汚い男の人だった。
彼は突然現れた扉から出てきて、リディたちを見下ろしている。
「あぁ!この人がリディの探してた人だね!」
父は嬉しそうにその男を見て言う。確かに探していた人物なのだが、楽しみで仕方なかった魔術師と感動の出会いを想像していたリディは何とも言えない気持ちになり、
「う、うん……」
と答えるだけだった。
当の魔術師と思しき人物は微動だにせずその場で私たちをじっと見ている。
微妙な出会いだったが目的の人が目の前にいるのだから、このままでいるわけにはいかない。
痛みも少し引いてきたところでゆっくりと立ち上がり、姿勢を正して向き直る。持ってきた人形を差し出し、
「これを作ったのはあなたですか?」
と問いかけた。その人形を深い紅い色をした瞳が、無言でじっと見つめる。
「…………。」
「…………中に入れ。」
自分の問いかけに返答するでもなく、ぽっかりと浮かんだ扉の中に入れと言われた。
如何にも怪し気で、どこにつながっているのかと少し怖くなったが、このまま引き返すわけにはいかないので言われるままに中に入ることにした。
(……汚なっ!!)
足を踏み入れたそこは小さな家の中のようだが中は薄暗いのに明かりひとつ灯さず、本やらガラクタやらが散乱して足の踏み場がない。しかも埃とカビ臭さでリディは思わず口を押さえた。後に続いたケヴィンもゲフゥッっと変な咳込みかたをしていて心配になる。
当の本人は部屋の奥に行ってしまい、リディとケヴィンは所在なくキョロキョロと室内を見渡していた。
しばらくすると、何やら紙の束を持って戻ってきた。バサッと無造作にテーブルらしき場所へ放る。その拍子に埃が舞い上がってリディも堪えていたがゴホッと咳込んでしまった。
(これは、魔術の術式…?)
紙の束に目をやると、術式がびっしりと書き込まれている。その量にして、魔術辞典一冊分はあろうかという量だ。思わず駆け寄って手に取り、それを読み始める。
「その人形に組み込まれた術式だ。」
吸い込まれるように術式を読んでいたリディに、その男は言った。
思わず顔を上げて男の顔を見ると、相変わらず表情筋ひとつ動かさずこちらを見る。
(アレにこれだけ複雑な魔術を……!?)
リディは数ある魔術を目にしてきたが、この術式は一日や二日で解読できるような代物ではないことはすぐに分かった。
どうしてそんなものを簡単に自分に見せてくれたのかは分からないが、目の前の小汚い男が自分の行く末の鍵を握っていることをリディは直感で感じた。
「弟子にしてください!!」
本当だったら床に膝をついてお願いするところだったが、足の踏み場もない上にこの床にどうしても膝をつく気になれなかったリディは深く腰を折って、その男に頼み込んだ。
少し間があった後、自分は弟子など取らないと一蹴され父とともにその場を追い出された。
その後、何度も足を運んで弟子への志願をしたが、一向に頷いてもらうことは出来なかった。
しかし、結果的にリディはこの男の元で弟子・・・もといお世話係になれた。
彼の弟子になれるまでは帰れないと固く決意したリディは、父にしばらくこの町で暮らすことを伝える。
別の場所へ旅に出る父と別れたリディは、運よく町の食堂で働き手を募集していたのでそこでお世話になることができた。ちなみに、あまり料理をしたことのないリディだったが、料理は魔術の術式を組み立てるようで面白く、ホールよりも調理場の方が向いているという事で裏方として働いていた。
そして働き始めてみると分かったことがある。この町の人たちはあの魔術師の存在に気づいていないようなのだ。住んでいる家も魔術で隠されているし、たまに町に出てきても旅の人間だと思われているらしい。おそらく認識阻害の魔術をかけているのだろう。
そんなことだから、ある日仕事を終えて食堂を営むご夫婦が厚意で貸してくれている部屋に帰ろうと歩いていると、例の男が道のど真ん中で倒れていた。にもかかわらず町の人々は気づきもしない。
リディは思わず駆け寄って様子を窺うが、ピクリとも動かない。死んでいるのかも知れないと、少し耳を寄せると盛大にその男のお腹が鳴った。
たまたま食堂で残った料理を持ち帰らせてもらっていたリディは、肉をたっぷりはさんだホットサンドをおもむろに男の前に出してみた。すると男はゆっくりと起き上がり、汚れた手でホットサンドをもそもそと食べ始めた。そして食べ終わると手に付いたパンくずを払い、
「勝手にすればいい…………」
とだけ言って家がある方へ帰っていった。
どうやら餌付けに成功したらしい。
そう確信したリディは、翌日から食事をもって男の家へ通うことになったのだ。




