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お仕事編3




リディがいなくなった。





とある侯爵家の二階に設けられた執務室。

ウォルナットで統一された家具にカーテンやソファも落ち着いた色でまとめられて、格調高いオリオール家に相応しい室内装飾である。

そんな執務室にあるソファの背もたれに全体重を預け、アルフレッド・オリオールは両手で顔を覆いながら深いため息をついて天井を仰いでいた。



五回生になってクラスが別れ、生徒会やオリオール家の跡継ぎとなる兄の手伝いなどで忙しくなってからは、リディに会える時間がめっきり減ってしまっていた。

偶然彼女を見かけてそばに行こうと思っても、その手前で生徒会のメンバーや後輩に声を掛けられてしまい、結局彼女の元に行くことが叶わず苛立ちは日々募るばかりだった。それを表に出さないようにしていたのだが、家族や昔から付き合いのあるクロヴィスには機嫌が悪いことは気づかれていた。




卒業式まであと少しの寒い日。その日は絶対にリディに会うと決めていた。

ほとんどの生徒が下校した頃、初めて彼女のクラスの教室に行くとまだ残っていた女子生徒に囲まれてしまったが、教室の窓際にリディの友人のアネットがいたので声を掛ける。彼女なら図書館に行ったというので、急いで教室をあとにして図書館に向かう。



図書館に入ると、いつもの窓際の席に彼女は座っていた。久しぶりに見るこの風景に、心がキュッと締め付けられる。窓から差し込む夕日に照らされた彼女の髪はいつもより少し明るく見えるのが好きで、アルフレッドはリディを窓際に自分はその隣に座るようにしていた。



彼女を近くで見るのも久しぶりで少し緊張したが、アルフレッドは平静を装って彼女に小さく声を掛けた。

最初は驚いていたが、いつもの愛らしい笑顔で「久しぶり」と返してくれた。それだけで、これまでの苛立ちが昇華されていくようだった。



彼女も久しぶりで緊張しているのか最初はお互いぎこちなかったが、少しずついつも通りの二人に戻ってきた。ふっくらして可愛らしかった頬も、大人っぽい輪郭になっていて思わずじっと見つめてしまう。

気になっていたリディの進路について恐る恐る尋ねた。やはり、その話になるとあまり話したくないようで視線を下に落としてしまった。無理に作った笑顔に胸が苦しくなる。


そんな姿を見て、リディが自分から離れて行ってしまうのではないかと不安になった。

約束が欲しかった。自分と彼女をつなぐための約束が。

彼女を離したくないと、頬に手を伸ばした。そのまま抱きしめてしまいそうになったが何とか理性で踏みとどまり、柔らかな彼女の髪をそっと耳にかけた。



卒業式につけてもらうために前々から準備していた髪飾りを箱から出し、彼女の髪につける。

夕日がキラキラと反射し、彼女の赤茶色の髪と合わさりとても綺麗だった。髪飾りに模られた花は、小さい頃に彼女と一緒に駆け回った野原に咲いていたあの花だ。それは今も彼女と自分をつなぐ証のようで少し安心できた。



彼女と再会できた学院生活は、僕にとって人生の礎だ。楽しいこと、嬉しいこと、辛いことや苦しいことも彼女とともにあった。自分が見立てたドレスを着せて一緒に踊ったら、この六年間の学院生活を締めくくるにふさわしい一日になるだろう。

ドレスを贈る約束をすると、彼女ははにかみながら了承してくれた。初めて見るその表情に、昂る気持ちを抑えられず周りの目も気にせず手に触れるだけの口づけをしてしまったが、後悔はなかった。





しかし、それが彼女に会える最後の時となったことは知る由もなかった。





数日後、その日は珍しくジャンが遅刻をしてきた。教室に入るなり自分の元へやってきたが、どこか様子がおかしい。一緒にいたクロヴィスも不審に思ったのか、声を掛ける。



「ジャンが遅刻なんて珍しいな。どこか具合でも悪いのか?」


「い、いや……そうじゃないんだけど…………」



何だか煮え切らない様子にいつもの彼らしくないと思っていた時、ジャンが鞄から何かを取り出した。



「これ。…………リディからアルに渡して欲しいって。」



そう言ってジャンは一つの封筒を渡してきた。

嫌な予感がした。というか、嫌な予感しかしなかった。その手紙を開くことができず、受け取ったまま立ち尽くしているとジャンが言った。



「リディは今朝、学院を出てったんだ。卒業式には出られないらしい。急だったから、アネットとたまたま一緒にいたオレしか見送りできなかった…。カロリーヌにも挨拶できなくてゴメンって言ってた。」



そう言ってクロヴィスの方を見た。仲が良くないとは言え、婚約関係にあるのだから伝えて欲しいという事だろう。でも今はそんなことはどうでも良かった。

手紙が氷になったかと思えるほど、指先から冷たくなっていき全身が凍った。



「……行き先は」



乾いた唇で何とか絞り出して問いかける。



「わからない。なんか、父親と魔術師を探しに行くことが決まったらしい。一度実家に帰るけど、すぐどこかに出発するみたいでオレもアネットも詳しくは聞けなかったんだ。」



少し前に会ったばかりなのに、リディが魔術師を探しているなんて言っていなかった。

自分には話したくなかったのか、話す必要がなかったのか。泥のように真っ黒く汚れた気持ちが胸の中をぐるぐると這いまわった。





もはや卒業式なんてどうでも良いと思ったが、リディとの六年間の思い出が詰まった学院だ。

心はボロボロだったが、彼女のためにも生徒代表としてこの学院にきちんと別れを告げた。

夜に行われたパーティーに至っては記憶がほとんどない。何人かの女子生徒にダンスを頼まれて踊ったが、リディでなければ意味がなかった。



クラスが別になってもしばらく会えなくても、同じ学院にいるのだと思えたし、遠くから姿が見えるだけでも我慢できた。でも今は、リディと自分をつなぐ確かなものはない。

もらった手紙には、謝罪の言葉だけでリディのこれからを知らせる言葉は何もなかった。

彼女の未来に僕は必要ないと言われているようだった。魔術師になる夢を彼女と一緒に叶えたかった。魔術師になれないと分かっても、身分が違っても、君と一緒に居られる未来を探していたのに彼女はそうではなかったのだ。



「おい、アル。明日から魔術師団の研修が始まるんだろ?そんなんで大丈夫かよ。」



ノックの後、返事を待たずして友人が入ってくる。



「……大丈夫じゃない。」


「アルが弱音吐くなんて初めてだな。でもどうしようもないだろ。」


「わかってる。でも受け入れられない……」



クロヴィスは同じく王都で魔術医として働くことになっている。勤務先は近いが、お互い研修が始まれば忙しくなるので、いつもならお茶でもしながら話に花を咲かせるところだが、到底そんな気分にはなれなかった。



「気持ちはわかるけどさ。ずっと一緒にはいられないだろ。アルだって家のために結婚をしなきゃならない時が来るし、それは彼女では無理なことだ。」


「わかってる!……でも好きなんだ。こんなに早く別れが来るなんて思っていなかった。別れの挨拶もできず、会えないままなんて耐えられない。」


「お前をここまでにする彼女もすごいな。っていうか好きって言ったな。まぁ、魔術師を探しに行ったって言うなら、魔術師団に入ればどこかで繋がるかも知れないし、最終手段はアルのお祖父さんに頼めば良いんじゃないか?」


「そうだな…でもそこまでして会いたくないって言われたら、立ち直れないと思う…………」


「ちょ、おま…、恋愛に関してここまでポンコツだと思わなかったわ!」


「…………クロヴィスにだけは言われたくない!」



自分こそ、長年想い続ける彼女に意地悪することでしか近づけないくせに。

思わず感情に任せて、近くにあったクッションを投げつけた。





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