ブライトン魔術学院編9
今日のランチは、いつものメンバー三人にカロリーヌを初めて誘って四人で食べることになった。
ジャンと一緒に食堂で席を取って待っていると、程なくして二人もやってきた。
「お待たせ!ジャンはカロリーヌと話すのは初めてよね。」
「うん、すごく美人さんだね。僕はジャン・マルセル、よろしく。」
「あなたがマルセル商会のジャンね。あなたのところの商品はよく使わせてもらってるわ。こちらこそよろしく。」
一通り挨拶が終わると、みんなで今日のメニューを確認する。
「今日はチーズハンバーグだ!やったー!!」
リディがよろこぶと、すかさずアネットが厳しい指摘をする。
「でも付け合わせが質素よ。何この葉っぱだけのサラダなんて。デザートに至ってはルージュの実よ!?そこら辺の山にごっそりなってるじゃない。ありえないわ!」
「まぁまぁ、肉料理だとコストがかかるから仕方ないんじゃないの?」
と、ジャンが商会の息子らしくフォローを入れる。
カロリーヌはというと、
「私は食べられればなんでもいいわ。いつ野営をすることになるかわからないから、食べられるときに食べられるものを食べる主義なの。」
どこの貴族のご令嬢が、どういう状況でサバイバル生活に追い込まれるのかと思ったが、とりあえず聞き流す。初対面のジャンも二人に倣って聞かなかったことにした。
四人でなんやかんやと言いながら席に着いて食べようとした時、声を掛けられた。
「僕たちもご一緒していいかな?」
声のする方に目を向けると、そこにはアルフレッドとクロヴィスがいた。
「いいよ、隣あいてるから座れば。」
ジャンがそう答える。
もともと人懐っこい性格の上に、課外授業の時からというものクロヴィスとは、二人で話しているところを度々見かけるようになった。
「さんきゅー。」
「ありがとう。」
とアルフレッドが笑顔でリディの隣の席に、クロヴィスはリディの向かいに座っていたアネットの隣に座った。
「……チッ」
「……なんだよ、おまえもいたのかよ。お嬢様が舌打ちすんじゃねーよ。」
クロヴィスがアネットの反対側の隣に座っていたカロリーヌに向かって言う。
「うるさいわね。あんたこそ何でこんなとこに来るのよ、クソチビ。」
「こっちこそ、いるの知ってたら来なかったっつーの。」
二人は同じ侯爵家だからだろうか、見知った仲のようだ。それにしても、貴族のご子息ご令嬢とは思えない口の悪さ。いつもは気品あふれる所作のカロリーヌが、今は表情を崩してクロヴィスに悪態をついている。
「相変わらず仲が良いね、ふたりは。」
二人のやり取りに慣れているのか、ニコニコとその様子を眺めている。
「仲良くないわよ!こんなヤツと!」
「そうだよ、こんな女らしさのカケラもないやつ!」
確かに、口は悪いが息はぴったり合っているようだ。
二人に挟まれたアネットは頭を縮めて小さくなっている。
いつもはスカしたクロヴィスも、カロリーヌの前ではちょっと違うなぁなどと思ったリディは、右隣に座るジャンがルージュの実を残していることに気づく。
「ジャン、それいらないなら食べていい?」
物欲しそうにリディが見るので、あんまり好きじゃないからいいよと言ってくれたジャンのお皿からルージュの実を手づかみで取って口に入れる。
赤くてひとくち大のルージュの実は、甘酸っぱくてリディは大好きだ。頬にじんわりと酸味が広がり、思わず目と口をキュッと結ぶ。この感じがクセになるのよね、ごちそうさまとジャンにお礼を言う。
「リディ。」
不意に呼ばれたのでアルフレッド方を向くと、手に持っていたルージュの実をリディの顔の前に持ってきた。
「はい、僕のもあげる。」
「??!」
思わず条件反射で開いた口の中に、アルフレッドがルージュの実を入れた。
アネットが、ひゃっと小さな悲鳴を上げて真っ赤になりながら、両手で顔を覆う。ジャンからはグッと喉が鳴る音がした。クロヴィスとカロリーヌも、目を丸くしてこちらを見ている。
目の前のアルフレッドは、相も変わらず眩しい笑顔で見つめてくるし、リディは何でこんな変な空気になっているのだろうと混乱した。
「ん゛ん゛っ!!」
カロリーヌが咳払いをして姿勢を正し、場の空気を元に戻す。
「ところで今年、我が家でお茶会を開くことになったの。身分関係なく招待しているから、よろしかったらアネットとリディにも来てもらえないかしら?」
男子たちに声を掛けていないところを見ると、このお茶会は女子だけで行われるようだ。
こんな機会は滅多にないと、アネットは二つ返事で参加を決めた。
リディも、お茶会の作法などサッパリわからないがお友達が増えるかもしれないと、参加させてもらうことにした。
時期は、夏休みが終わって涼しくなったころに招待状を送ってくれるという。
学校が終わって寮に戻った後、アネットに言われてお茶会に持っていくお礼の品を考えなければならないことを知った。二人で相談し、夏休みが明けたら学院がお休みの時に買いに行くことになった。
今年の夏休みの前半は、去年と同じようにコルタナ村に帰ってのんびりと過ごした。ソフィアもドミニクも変わらず元気で、今年は何故か父も帰ってきていた。旅先で見つけたという変な人形をもらったが、学院に持っていくのはちょっと恥ずかしかったので、実家の部屋に置いてきた。
後半は、アルフレッドがまた今年も声を掛けてくれて一緒に王立図書館に勉強に行った。一週間ほど毎日通ったので、図書館の入館受付や司書さんに顔を憶えてもらえるほどになった。
しかし最近ちょっと気になることがある。
アルフレッドとの距離が近いことだ。なんというか、物理的に近い。
図書館の行き帰りの馬車の中は、向かいではなく隣に座るし、図書館の席でも同様だ。
リディもたまに、友達の手を握ったりハグしたりするが(男子には気軽にするなとジャンに怒られたけど)、自分が思っている友達との距離よりも近い気がするのだ。
一度近くないかなと聞いたが、そう?とにっこり笑って流されてしまったので、それ以降は何も言えなくなってしまった。嫌ではないのだがアルフレッドが隣に座ると、そちら側の身体半分が緊張してしまうのでちょっと困る。
「お友達に緊張するなんて、失礼だよね。アルは気を遣われるのは寂しいって前に言ってたから、今まで通りにしなきゃ。」
ふぅっと小さくため息をつき、ベッドに寝ころびながら部屋の窓から見える夜空を見た。