プロローグ
「ここが王立魔術学院……」
煉瓦造りの荘厳な建物の前にして、今年十〇歳の誕生日を迎えるリディは期待に胸が躍り、アメジスト色の瞳は希望に満ちていた。
王立ブライトン魔術学院は貴族や平民問わず魔力を有し、一定の学力試験をクリアしたものであれば入学ができる。しかし、そもそも魔力を有する者は人口の約五パーセントと限られている上に、学力試験は難関と言われているため、家庭教師がつけられない平民は魔力があっても学力が足らず、入学できない。故に生徒は貴族出身の生徒が多かった。
リディは平民であったが、魔術師である母方の祖父がこの学校の卒業生だったこともあり、幼いころから絵本の代わりに魔術書を読んでいた。
魔力は平均よりもかなり少なかったが、一度みた術式は忘れることがないし、自分なりに応用して新しい術式を作っては祖父を驚かせることもあった。
その大好きな祖父からは学院時代で出会った友人のこと、学校での生活などを聞いていたため、自然と自分もいつかブライトン魔術学院に入学するのだという目標を立てていた。
「リディ、どうだったか?魔術学院は。」
「すっごく立派で大きかった!
しかも、色んな魔力があふれ出てて見てるだけでワクワクしちゃったよ!
ついに来月からこの制服を着て通えるんだ!みてみて!」
リディは、祖父のドミニクの前でくるりと一回転してみせると、学院の制服である濃紺色のスカートがふわりと広がった。
先月学校に訪れたのは、入学前の制服を採寸するため。
採寸の会場は学校に隣接する施設で行われ、学院内に立ち入ることはなかったが、リディはその建物から溢れ出る膨大な魔力を見て、ますます学院生活への期待に胸膨らませた。
「今年も平民の新入生は少ないみたいだけど、おじいちゃんみたいにずっと仲の良いお友達ができるといいなぁ」
「リディは明るくて人を笑わせるのが得意だから、友達もすぐにできるだろう。貴族には心ないことを言う人間もいるが、学院内の生徒は誰しも平等に扱われるから心配ない。」
「うん!あとは、私のぽんこつな魔力も増えてくれるといいんだけどな……」
ポツリと言うと、リディは少し寂しそうな顔をする。
学院への入学は、学力試験を突破すれば魔力の多少は問わない。
十〇歳からの入学ということもあり、成長とともに魔力が増えることもあり、殆どの生徒がコントロールも未熟なため実技は入学してから学ぶこととなる。
リディは魔力がかなり少ない。
祖父に教わりながら魔術の練習をしているが、兎にも角にも魔力が少ない。例えば平均的な魔力を持つ同じ年齢の子どもが、浴槽いっぱいの水を湯に変えられるとする。
しかしリディは、コップ一杯の水の量しか温められない。家の近くの小川の冷たい水なら「お腹に優しい常温になったな」と、ドミニクに気を遣われるレベルだ。
とは言え、家庭教師もつけず祖父から教わっただけで難関と言われる試験を突破した。
魔力はこれから大きくなれば増えるかもしれないし、とリディは前向きに来月に控えた入学式へ想いを向ける。
「……そういえば、ジスランとこの孫も入学すると言ってたな。」
「ジスランておじいちゃんの学院時代からのお友達だよね?」
「そうだ。リディも小さい頃に遊んだことがあるが憶えていないか?」
「うーん、憶えてないなぁ…」
幼い頃の記憶を振り返ったが、リディはジスランの顔もぼんやりとしか思い出せない。
ぐううぅぅ……
その時リディのお腹の音が鳴った。
「ははっ!そろそろお昼だな。ソフィアが下で何か作ってくれているだろう」
「うん!おかあさーん!今日のお昼なにー??」
リディは制服のまま、駆け足でドミニクの部屋を出て行った。
来月には学院の寮に入るリディ。ソフィアの作る食事を食べるのもあと数えられるほどだ。
そんなことを考えながらドミニクもゆっくりとソファから立ち上がった。