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小雨の事件簿  作者: 夏乃市
7/12

第七話 ショッピングドキドキ事件

「小雨は生徒会の誰ねらいなの?」

 五月も半ばをすぎたある日、ぽっかりと自習になった五時間目の数学の時間に、麻子がわたしにそう訊いた。

「誰ねらい?」

「すっとぼけてもダメ。学校入ったばっかりですっかり生徒会室に入り浸り……なにか打算がなくちゃウソだわ」

 打算ねえ。

「麻子は誰だと思う?」

「そうねえ……生徒会長が怪しいかな」

 生徒会長、忠海浩也先輩、三年生。めがね。パソコン。ちょっと変わったひと。

「うーん、忠海先輩には完全に子供扱いされてるしなあ。ちょっとね」

「わたしは片熊先輩がすてきだと思うけど」

 そう言って話に入ってきたのは秋巴さんだ。

 生徒会副会長、片熊亮介先輩、二年生。細身で長身。気配り上手。

「片熊先輩はやさしいよ。でも、ちょっと身長差がありすぎなんだよね」

 たぶん先輩は百八十センチ強、わたしは百四十センチちょい──その差は四十センチだ。まあ、たいがいの男子はわたしより背が高いわけで、本当のところは理由になんかならないけど。

「いろいろと細かいわね」と麻子。「身長で言えば小越先輩がちょうどいいわね。大穴だなあ」

 生徒会会計、小越功一先輩、三年生。丸顔。体も丸い(失礼)。計算に滅法強い。

「大穴って失礼だよ。それに、小越先輩彼女いるし」

「「え────?」」

 麻子と秋巴さんの声がハモった。

 小越先輩の彼女さんはこの学校のひとじゃない。写真を見せてもらったことがあるけど、かわいいひとだった。

「残るは宮根先輩? ちょっと小雨にはハードル高くない?」

 生徒会書記、宮根和希先輩、三年生。クールでストイック。

 でも──正直、生徒会の役員さんのなかでいまだに宮根先輩だけはよくわからない。

 あんまり話もしたことがないし、考えてみると笑っているのを見たこともない。

 正直──ちょっと怖いかも。

「あーあ、やっぱりか」と麻子がつぶやいた。

「やっぱりってなに?」

「小雨が生徒会室にいくのは五月先生がいるからでしょ? まだまだお子ちゃまだね」

「子供って……それひどすぎ」

 麻子は笑って手をひらひらさせた。

 まったく。

 ちょっと生徒会室に行きづらくなっちゃうじゃない。



「小雨。ちょっとこれやってくんないか」

「はい」

 いつも通り生徒会室に遊びにきていたわたしに、忠海生徒会長が紙の束を差し出した。

「陸上部二〇XX年度会計報告……ですか」

「陸上部だけじゃない。各部のやつが出てる。前年の予算額と決算額、それから予算の消化率を書き出して欲しいんだ。ちょっと小越が風邪でダウンしちまったからなあ」

 忠海先輩の説明中に宮根先輩が生徒会室に入ってきた。

「チェックした結果、まだ提出してない部があったら……」

「ちょっと待て」

 わたしの手元に目を止めた宮根先輩が言った。

「ん?」と生徒会長。

「それは俺がやる」

「なんで? お前は今年の予算会議のレジュメ作りが大詰めだろう」

「生徒会役員でもない一年生に予算書類を任せられるか」

 うあ。言われちゃった。

「後で俺がチェックするよ」

「それなら最初から俺がやった方が早い」

 そうして宮根先輩はわたしから書類を取り上げた。

「あ──、ごめんな、小雨」

「いえ……」

 忠海先輩が小さく右手を挙げて謝ってくれた。

 いや、謝ってもらうことはなにもないような気も……

「あの、宮根先輩。ありがとうございます」

「いや」

「……」

 別に邪魔にされているわけではないようだけど。

 でも……

 むう。

「そだ、お茶でも入れます」

 わたしは立ち上がると、電気ポットへ手を伸ばした。



「お、ミニのワンピースかわいいねえ、小雨」

「えへへ、ありがとう」

「小学生に見えないこともないけど」

「ちょっとそれはひどいよ、麻子」

 週末。わたしは麻子と駅前のショッピングセンターに来ていた。

 そろそろ夏物を見に行こうってことになったのだ。

 ちなみに麻子はカラフルなキャミソールにデニムのホットパンツ。生足全開で梅雨をとばして夏一直線だ。

「麻子は今日はなにを買うの?」

「わたしはトップス。高校生になったしちょっと刺激的なやつが欲しいんだ。小雨は?」

「わたしはねえ……」

「わっ」

 麻子が小さな叫び声を上げた。見ると五歳くらいの女の子が麻子にぶつかって転んでいた。

で、

 女の子が手にしていたオレンジジュースが盛大に麻子へぶちまけられた。

「あちゃ──」

 わたしは女の子を起こしつつ、ポケットからハンカチを出す。

 麻子のキャミソールはオレンジジュースに染まってさらにカラフルになってしまっている。

「ご……ごめんなさ……」女の子がいまにも泣き出しそうな声を出す。

「大丈夫よ。このお姉ちゃん強いんだから」

「強いってなによ、小雨……ああ、これは洗わんとダメだわ」

「ひろみ!」

 人混みをかき分けて女の子のお兄さんらしきひとがかけよってきた。

 お兄さんは状況を察すると麻子に頭を下げる。

「どうもすいません。大丈夫ですか?」

「あ!」

 その顔を見て、思わずわたしのほうが声を上げてしまった。

「え?」

 驚いてわたしを見たお兄さんは──

 なんと宮根先輩だった。



「ええと……なんかすいません」

「いや。元はといえばひろみから目を離した俺に責任があるし、守前の要請ももっともだ」

「要請って……」

 わたしと宮根先輩、加えてひろみちゃんの三人は、いまショッピングセンター内の女性服売場にいる。

『わたし着替えにいったん帰るので、戻るまで小雨の相手しててもらえますか?』と麻子が言いおいた結果だった。

 麻子の家までは二十分くらいだから、一度着替えて戻ってくるのには一時間近くかかることになる。

 さっきは泣きそうだったひろみちゃんも、いまは元気にわたしの手を引いている。

「こさめお姉ちゃんお洋服買うの?」

「そうよ。どれがお姉ちゃんに似合うと思う?」

「ん──とね、これ」

「……」

 ひろみちゃんが指さしたのは、キャラクターが大きく全面にプリントされたTシャツだった。

「ええと、もうちょっと大人っぽいのがいいなあ」

「へんしんするとね、おとなになるのよ」

「へんしん?」

「こさめお姉ちゃんもおとなになれるのよ」

 ぷっと笑い声が聞こえた。

 わたしはジト目で宮根先輩を振り返る。

「……いや、すまん山城。そういう意味じゃない」

「……」

 わたしが何も言っていないのに言い訳する先輩。

 こどもっぽいって言いたいんですか?

「そのキャラクター、いまテレビでやっててな。ひろみのお気に入りなんだ」

 ひろみちゃんはしげしげとTシャツを眺めている。

「ほら、ひろみ。お姉ちゃんにはもっとフリフリのついたやつのほうが似合いそうだろ?」

「ふりふりー」

 あ──、と、ふりふりって……

 わたしはいまの自分の服装を見直した。水色のワンピース。ふりふりは──そんなについてないじゃん。

 やっぱり、こどもっぽいって言いたいんですね。

「宮根先輩」

「ん?」

「わたし、ふりふり以外ではどんなのが似合うと思います?」

「ん──、そうだな。山城はどんなのが欲しいんだ?」

 あれ? 意外にもまじめに話に乗ってきた。女物なんか知るか、みたいな反応をされると思った。

「夏物のシャツとスカートを買おうと思ってきたんですけど」

「そうだな……」

 臆せず女性服売場を物色し始める宮根先輩。

 ちょろちょろと動き回るひろみちゃんを、結局わたしがみることになる。なるほど、こうやってさっきも目を離したのかもしれない。

 しばらくすると、いくつかの服を抱えて先輩がもどってきた。

「こんなのどうだ?」

「……ええと、ちょっと試着してみます」

「しちゃくってなあに?」

「試しに着てみることよ。ひろみちゃんもくる?」

「うん」



 宮根先輩が持ってきたのはノースリーブの白いブラウスと黒のプリーツスカートだった。

 ……なんか、男のひとが選んだ服を着るのって恥ずかしい。

 でも、ひろみちゃんも連れてきちゃった手前着てみないわけにはいかない。

「なんか自爆かも……」

 ちょっと困らせて見たかっただけなのだが、宮根先輩は想像以上のまじめさんだった。麻子にわたしの相手をしていてくれといわれたから、本気で買い物につき合ってくれているのだ。

「こさめお姉ちゃんかわいい!」

「そ、そう?」

 ブラウスには生地と同色のリボンがついていて、襟元をしっかり締めないと格好が付かない。そうすると、ノースリーブなのに何とも上品。大きなプリーツのスカートは、膝上のミニだったけど、モノトーンなのでずいぶんと大人っぽくみえる。

 しかも、あろうことかぴったりサイズだ。

「お兄ちゃん、みてみて」

 わたしの着替えが終わったところで、ひろみちゃんが試着室を飛び出していってしまう。

「お、似合うじゃないか」

「……」

 宮根先輩に見つかった。

 いや、そうじゃなくて、見つかっていいんだけど……うん。う────……

 きっと、わたしの顔はいま真っ赤だ。

「あの、これ大人っぽすぎるんじゃあ」

「そんなことないだろ」

 さらっと言われて、わたしは絶句する。

「……あの」

「ん?」

「なんでわたしのサイズぴったりなんですか? ずっとどこ見てたんです?」

 ああ、こんなこと言いたいんじゃないのに。

 宮根先輩はというとうろたえるそぶりすらない。

「サイズのことは秘密だ」

「なんでですか?」

「そんなことより、それ買うのか?」

 さらっと流された。

「もっと他のも見てみます!」

 わたしは逃げるように試着室に飛び込むと、カーテンを勢いよく閉めた。



「ええ? 結局なにも買ってないの? 小雨」

「うう……だって……」

 着るたびに宮根先輩の顔を思い出しそうなんだもん。

「これじゃあ、つき合ってくれた宮根先輩が骨折り損じゃない」

 宮根先輩は麻子と入れ違いに帰っていった。

「先輩、小雨に服見たててくれなかった?」

「くれたよ。なぜかサイズぴったり。どこ見てたんだか……」

 と、突然麻子が大笑いをし始めた。

「な、なに? あんた……宮根先輩がエッチな目であんたを見ていたと思ってたの?」

「だって、なんでサイズがぴったりだか言わないんだよ」

「わははは、小雨、相当パニックになってたわね」

「え?」

「そんなのちょっと考えればわかるじゃない」

 麻子は涙を流してひーひー言っている。

 笑い事じゃない──だいたい、麻子が宮根先輩にあんなこと頼まなければこんな──こんな──

「あ!」

「気づいた? 先輩に小雨のサイズを教えたのはわたしよ」

「でも、それならそれで、そう言えばいいのに」

「わたしが秘密にしてくださいって言ったからじゃない?」

 それは──融通が効かなすぎだ。

 でも、宮根先輩らしい。

「……」

 ああ、そうか。

 宮根先輩は本当にまじめなんだ。

 生徒会役員じゃないわたしには、生徒会役員がやるべき仕事はやらせない。

 麻子との約束はちゃんと守る。

 わたしが服を選んでくれといったら、ちゃんと選んでくれる。

 融通は効かないけど──

「宮根先輩、あんな風に笑うんだね」

 麻子の言葉が、わたしの鼓動をひとつ蹴り上げた。

 学校で見たことがなかった宮根先輩の笑い顔。

 ひろみちゃんに向けていた優しい顔。

「ねえ小雨、どうよ?」

「え? ど、どうって? な、なんにもあるわけないじゃない!」

「ふーん。何の話?」

 しまった。

 麻子がにやにやしてわたしを見ている。

「ほ、ほら、早く買い物しよ。遅くなっちゃう」

「そうね。あたたかく見守ることにするわ」

「なに言ってるのかわかんないよ」

 う────……

 そんなんじゃないもん。

 でも、なんだろう。このドキドキ。

 たぶん、いまはちょっと不意打ちを喰らってびっくりしているだけだ。

 そうそう。

 きっと明日になればふつうに戻る。

 いつも通り生徒会室で会うことができるだろう。

 できると思う。

 思うけど……

 結局──

 先輩の顔がちらついて、その日は何も買うことができなかった。


《ショッピングドキドキ事件 了》


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