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小雨の事件簿  作者: 夏乃市
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第六話 湯由子先輩事件

「ねえねえ、きみ蒼波あおば高校の子?」

 いったいいつの時代のチンピラかって声にわたしは振り向いた。怪しいふたり組の男のひとだった。

「この学校にさ、ゆーゆなんとかって名前の子いるでしょ? 知ってる?」

 わたしがなにひとつ返事をしていないのにどんどん話がすすむ。

 なに? このひとたち?

「あれー、俺たち不審がられてる? 大丈夫大丈夫、俺たちマスコミ系だから」

 系って──なにが大丈夫なんだか。

 今は下校時刻。場所は学校の正門から百メートルぐらい歩いた道路脇だ。

 ちょっとひと気は少ないけど、道の向こう側には蒼高生もちらほら見える。

 ええと、とりあえず叫んでみようかな?

 わたしはこれ見よがしに大きく息を吸い込んだ。

「ちょ、ちょっと待って。ほんとに怪しくないんだよ! ゆーゆなんとかって子さ……」

「わたしは知りません。学校の事務に聞いたらどうですか? せーの、きゃ……」

 ちっ、と下品な舌打ちが聞こえて、ふたり組は足早に去っていった。

 喉元までていた叫び声をフェードアウトさせる。

「……ふう」

 なんだか知らないけど物騒だ。

 でも。

 ゆーゆなんとかって──もしかして──湯由子ゆゆこ先輩のこと?



「あ、そのふたり組、わたしも声かけられた」

「え?」

 翌日、お昼休みにわたしが例のふたり組のことを話題にすると、秋巴あきはさんがびっくりしたように声を上げた。

「今朝よ。正面の通りにでる直前だったわ。わたし怖くなっちゃって走って逃げたけど……」

 秋巴さんはいまどき珍しいほどおしとやかな女の子だ。

 それはそうと──

「なんて言ってたか覚えてる?」

「ひとを探してるとか何とか」

「名前は?」

「ゆーゆ?」

「?」

「しっかり聞いたわけじゃないから……」

「それってそれってさ、」脇から多岐江たきえさんが口をはさんだ。「ユーユーのことじゃないかな」

「ユーユー? なにそれ?」

 わたしと秋巴さんは顔を見合わせた。

 しらないの? と多岐江さんはあきれたような顔をしたが、説明したがっているのは見え見えだ。いや、むしろ獲物を見つけたハンターのようだ。

「これはねこれはね、わたしの推理も含んでの話なんだけど……」

 自称情報通の多岐江さんは、内緒話をするように頭を下げて声をひそめた。



「ネットアイドル?」

「そうそう。名前は「ユーユー」。最近けっこうな人気なのよ」

「ええと、それは男のひと? 女のひと?」と秋巴さん。

「女のひとにきまってるじゃない」

「決まってるんだ……」とわたし。

「お嬢様系ネットアイドルってふれこみでね、ブログのアクセス数はすごいのよ」

「へえ。そのひとの日記っておもしろいの?」

 秋巴さん……ちょっとそれはズレすぎでは?

「写真よ写真。ネットアイドルなんだから。頻繁に更新されるコスプレ写真が人気なの」

 多岐江さんの言葉に力がこもる。

「さらにさらに、ユーユーの正体は誰だ誰だって話がいま盛り上がっているのよ」

「どこで?」と秋巴さん。

「ネットで、ネット上でよ」

「ネットアイドルってみんな正体不明なものじゃないの?」とわたし。「ばれちゃったら困るでしょ?」

「それはもちろん、それはそうなんだけど。一部のユーユーファンが盛り上がっているのよ。彼女は現役高校生だって未確認の情報もあるのよね」

 未確認ね。

 アイドルなんてたいてい現役女子高生ってことになっていそうだけど──

「でねでね、ここからがわたしの推理」

「あのふたり組はユーユーの正体を探っているって?」

 わたしは先回りをしてみたが、多岐江さんはチッチッチッとひとさし指を揺らした。

「そんなの推理にもならないわ山城さん。なってない。彼らがなんで蒼高で聞き込みをしているかが問題よ」

「なんでって……」

「きっと彼らはネットニュースの記者かおたく系ブロガーだと思うのよ。でねでね、きっとうちの学校の誰かにあたりをつけていると思うのよ」

 あたりって──

 わたしが聞かれたのは「ゆーゆなんとか」

 ユーユー。

 ゆーゆなんとか。

 まさか──

「わたしねわたしね、ユーユーの正体は生徒会副会長の鈴木湯由子先輩じゃないかと思うんだけど」



 ユーユーなるネットアイドルをみたことがないので多岐江さんの推理の正否はなんともいえない。

 あの湯由子先輩がネットアイドルなんてやるだろうか?

「……」

 結論。

 やるかもしんない。

 まっすぐな長い黒髪が魅力的な湯由子先輩は、蒼波高校でも屈指の美人さんだ。

 でも、意外とおたく趣味らしいのだ。まあ、容姿と趣味は関係ないけど。

 おたく趣味=ネットアイドル、という公式は当然成り立たない。でも、わたしたちの想像を超えたことをやっていても驚けないと思う。

 うう──

 考えれば考えるほど深みにはまる。

 これは、一度ユーユーを確認する必要があるかも。

 わたしは気もそぞろな五時間目が終わると、教室を飛び出した。



 生徒会室の鍵は開いていた。

 わたしは生徒会長がいつも作業に使っているパソコンを借りることにした。

 検索サイトで「ネットアイドル」「ユーユー」と入れてみる。

 お──、出てきた出てきた。


〈お嬢様系ネットアイドル「ユーユー」の「ゆゆ式」〉


「……」

 ネットアイドルとか初めて見た。

 予想していたよりコスプレがおとなしい。

 水着とか、超ミニスカートとかを想像していたけど、そんなのはまるっきりない。

 というより、顔と手以外の素肌はまったく出ていない。

 ああ、だからお嬢様系なのか。

 で、

 問題の顔は──

 似ているといわれれば似ている。

 でも、ここまでお化粧されちゃうとわからないっていうのが本音だ。

 写真の修整も簡単にできちゃうんだよね?

 うーん……、ブログでも判断はつかない。内容は当たり障りない話題ばっかりだ。

「授業さぼって、なーにみてんの?」

「ひっ!」

 突然背後から五月お姉ちゃんに声をかけられて、わたしは飛び上がった。

「エッチなやつ?」

「ち、違うよ!」

 わたしはあわててブラウザを閉じた。

「し、調べもの。忠海先輩のパソコン勝手に借りちゃった」

「これは生徒会の備品だからそれは問題ないけどね。でも学校でエッチなのみるんじゃないよ」

「しつこい!」

 わたしはぷいっと顔をそらした。勢い視線が窓の外へ向かう。生徒会室の窓の外は正門だ。

「あ!」

 あのふたり組が学校の中をうかがってるのが見えた。

「どした? 小雨。はやく授業に戻りな」

「そんなことよりお姉ちゃん……」

 わたしはお姉ちゃんにふたり組のことを告げた。



 遅刻して出た六時間目の途中、パトカーが学校にやってくる音が聞こえた。

 あのふたり組は逃げちゃったかもしれない。でも、しばらくは学校に近づけないだろう。

 多岐江さんには、あんまり湯由子先輩のことを吹聴しないでくれとお願いをした。あくまで想像であって、ユーユー=湯由子先輩である証拠はなにもないのだ。

 わたしの印象は五分五分。正直わからないってこと。

 ふたり組がどれくらいの生徒に声をかけたのかはわからないけど、へんなひとはたまに出没するし、いまどきの高校生は気にもしないだろう。

 ユーユーと湯由子先輩のつながりは不明だけど、それは別にはっきりしなくてもいい問題だ。

 うちの学校での問題はこれで一件落着。

 そうなるはずだったんだけど──



「ちょ、え? なんですかこれ?」

 掃除当番を終わらせていつも通り生徒会室に顔を出したわたしは、生徒会室前の廊下にたむろする男子生徒の群に度肝を抜かれた。

 しかもなに?

 みんながみんな携帯を掲げている。

 写真? 写真を撮ろうとしてるの?

 なんとか人混みをかき分けて生徒会室に飛び込むと、生徒会の面々はパソコンの前に集まっていた。五月お姉ちゃんもいる。

「あ、小雨ちゃん」

「あずささん、なんの騒ぎですか? これ」

「これこれ」

 あずささんが指さしたのはパソコンの画面。

 そこに映っていたのは──

「ユーユー? え? だって?」

 わたしは生徒会室を見渡した。

 湯由子先輩は隅っこで腕組みをしている。

 じゃあ、あの男子の集団は湯由子先輩の写真を撮ろうとしているの?

「そうよ」と五月お姉ちゃん。「鈴木のことをユーユーと勘違いしてね」

 え?

 あれ?

 勘違い?

「そうでしょう? 鈴木」

「はい。本当にご迷惑をおかけします」

 ご迷惑?

「ブログは閉鎖するようにします」

 え?

 ええ?

 なにがなにやらわからずにあうあうしているわたしに、湯由子先輩がやさしくほほ笑んでくれた。

「小雨ちゃんのおかげね。取り返しのつかない問題になる前にくい止められたわ」

「あの、湯由子先輩? いったいどういう……」

「ユーユーはね、わたしの弟なの」



 例の不審なふたり組は、昨日今日でずいぶんとたくさんの生徒に声をかけたようだった。

 その中には多岐江さんと同じような推理をしたひとも当然いた。

 特に男子生徒の間で噂話が飛び交い、湯由子先輩がユーユーかもしれない──そうだといいかも──いやきっとそうだ、とエスカレートしたみたいだった。

 わたしが五月お姉ちゃんにふたり組のことを教えるまで、先生たちは彼らに気がついていなかったらしい。

 もし、六時間目に警察が来ていなかったら、ふたり組の質問に湯由子先輩のことを教えてしまう生徒がいた可能性がある。

 いや、すでに湯由子先輩のことを話した生徒はいたかもしれないが、ふたり組はまだ湯由子先輩を見つけられずにいた。だから、彼らに湯由子先輩の写真を撮られることは避けられた。

 湯由子先輩のことが写真付きでネットに公開されてしまったら──と考えるとぞっとする。

 まさに間一髪だったというわけだ。

 五月お姉ちゃんが心底ほっとしたようにつぶやいた。

「ほんと、鈴木の身柄確保も間に合ってよかったよ」

 五月お姉ちゃんは警察へ連絡を入れるのと平行して、念のため湯由子先輩にしばらく校舎の外へ出ないようにとのお達しをしたのだとか。

「あれ、でもわたし、たんに変なふたり組がいるとしかお姉ちゃんに言わなかったよね?」

 わたしがお姉ちゃんに耳打ちしてからまだ一時間くらいしか経っていない。どうしてそんなに早く湯由子先輩と繋がったのだろう?

「先輩たちの中にも声かけられたひといたんですか?」

 わたしの言葉に、なぜかみなさんが呆れたような顔をする。

「あのね小雨ちゃん」とあずささん。「わたしたちが声かけられたら、その時点で警察呼んでるわよ」

はあ。

「小雨、このパソコンで調べたろ?」と忠海生徒会長。「その履歴が残ってた」

「りれき?」

「以前なにを調べたかをパソコンが覚えているんだよ。小雨の行動を怪しんだ五月先生がそれを見て事情を察したんだよ」

 そんな仕組みしらないよ──

 ぽかんとしているわたしのあたまに、湯由子先輩がぽんぽんと手をのせた。

「ほんと、授業までさぼってくれて……ありがとう」

「弟さん……なんですか?」

「ええ。高校一年生だから小雨ちゃんと同い年ね。中学生の頃にわたしが面白がって女物の洋服を着せてたらね」

 癖になったと。

 どうりで露出が少なかったわけだ。

「女装して外を歩くわけじゃないし放ってあったんだけどね。由紀の同級生か誰かがわたしと勘違いしたんじゃないかしら。それで噂が流れたんじゃないかと思うわ」

 なるほど。

 その噂にあのふたり組が喰いついたわけだ。

 湯由子先輩は困ったように笑った。

「実はわたしも見てて少し面白かったの。ユーユー。だからちょっと残念だわ」



 数日後、ネットアイドル「ユーユー」は、実は男でした宣言をしてブログを閉鎖した。

 多岐江さんの話では、ユーユー男宣言の波紋はとんでもなく大きかったとか。

 きっと男性陣の怒りが渦巻いているのだろうと想像していたんだけど──さにあらず!

 なんと復活を望む声が多いんだとか。

 しかも、美形好きの女性の声ならともかく、男性からの意見も結構多いらしい。

 その話に湯由子先輩は苦笑している。

 いやはや──

 蓼食う虫も好きずきとはよく言ったものだ。


《湯由子先輩事件 了》



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