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小雨の事件簿  作者: 夏乃市
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第五話 お弁当消失事件

「小雨はお弁当をどこに置いたの?」

「真ん中のテーブルの上」

「で、それは忠海ただみが聞いていたと?」

「確かに俺はことづけを聞きましたけど、そこに置いといてくれと言っただけです」

「そのとき生徒会室には忠海しかいなかったのね?」

「うん」とわたしがうなずく。

「その後、鈴木と鳴海、片熊かたくま小越おごしが来たと」

 生徒会室中がうなずいた。

「その誰もがお弁当を見ていないと言うのね?」

 今度は──みんなちょっと気まずそうな顔で目を泳がせている。

「お弁当ひとつで怒るようなわたしではないわよ。でも、正直にいいなさい。食べちゃったのはだれ?」

 わたしの実のお姉ちゃんで、ここ私立蒼波高等学校の体育の教師で、生徒会副顧問の山城五月が言う。

 でも、わたしは知っている。

 五月お姉ちゃんは──ご飯のうらみを水に流したり絶対しないって。



「こんにちはー」

 わたしはすこし緊張しながら生徒会室の扉をたたいた。

「はいよー、どうぞ」

 おそるおそる扉を開けると、男のひとがパソコンに向かって作業をしていた。

「なに?」

「あの……五月お姉ちゃんがここにいるって聞いたんですけど」

「五月お姉ちゃん?」

 男のひとはようやくこっちを振り返った。

 あ、入学式のときに挨拶をしていたひとだ。たしか生徒会長の忠海浩也ただみひろやさん。

「君、もしかして五月先生の妹さん?」

「はい。一年E組の山城小雨です」

「俺は生徒会長の忠海だ。で、五月先生はいまここにはいない。ここでお昼を食べる確率は半々だね。急ぐなら職員室で放送を入れてもらった方が早いよ」

「ええと、職員室に行ったらこっちかもって教えてもらったんです。呼び出すほどでは……」

 わたしがちょっと困っていると、忠海先輩がわたしの手に目をとめた。というか、この大きな包みに目がとまらない方がおかしいか。

「もしかして、先生の分のお弁当?」

「はい。お姉ちゃんの分を持ってきたんですけど」

「あの五月先生がお弁当を忘れるなんてめずらしいね」

 忠海先輩が笑う。

 ああ──五月お姉ちゃん。食い意地がはってるの生徒にもバレバレだよ。

「違うんです。今日からわたしの分のお弁当も増えたから、お母さんがお姉ちゃんが出るまでに間に合わなくて……」

「……」

 あれ? お姉ちゃんの名誉を守ったつもりが墓穴だったかな?

「あの、えと……、ここじゃないとすると……」

「大丈夫だよ。職員室に行ったんだろ? 五月先生もすぐこっちに来るよ。ここで待っていたほうがすれ違わないよ。それともお弁当だけ置いていく?」

「じゃあ、お願いしてもいいですか?」

 実はクラスメイトと一緒にお昼を食べる約束をしている。一年生最初のお昼を抜け出しちゃうと、この先お昼に仲間外れにされちゃう危険性がなきにしもあらず──

 わたしはお弁当を包んでいたナプキンを開くと、お姉ちゃんの分のお弁当箱をテーブルの上に置いた。一緒の包みにしてきたけど、三分の二がお姉ちゃん用だ。

「じゃ、お願いします」

「はいよ」

 すでにパソコンへと向き直っていた忠海先輩は軽く手を上げた。



 お昼休みも終わりに近づいた頃、わたしの教室に五月お姉ちゃんが現れた。

「小雨」

「あ、お姉ちゃん」

「わたしのお弁当は?」

「え? 生徒会室で生徒会長さんにお願いしたけど……」

「……」

 あれ? 五月お姉ちゃんの様子がおかしい。なんかちょっと拳を握りしめたり──

「ちゃんと預けたよ。なかったの?」

「……わかった。ほら、五時間目の授業が始まるから席に戻りな」

「うん」

 忠海先輩、他人のお弁当を食べちゃうようなひとには見えなかったけど──

 五時間目と六時間目の授業は、お姉ちゃんのことが気になってちょっと上の空だった。



 放課後、どうしても様子が気になったわたしは生徒会室に来てしまった。

 ノックしていいものかどうか部屋の前をうろうろしていると、「どうしたの?」と声をかけられた。

「あの、五月お姉ちゃんが……」

「ああ、五月先生の妹さん? 遠慮しないで中に入りなさい」

 長い黒髪がきれいなひとだった。

 後について生徒会室にはいると、なんだか空気がちょっと異様だった。

「鈴木、ようやく来たね」

 腕組みをしてわたしたちを迎えたのは五月お姉ちゃんだった。

 黒髪のひとは鈴木先輩というらしい。

「あら、何かあったんですか?」

「まあね。これで容疑者は全員そろったわけね」

 答えたのは肩口で涼しげに髪を切りそろえた女の先輩。

「五月先生のお弁当が消えちゃったんだよ」

 そう言ったのはちょっと丸い──失敬、体格のいい男のひと。

「で、後ろの一年生はだれだい?」と背の高い男のひとが鈴木先輩に訊いて、「五月先生の妹さんだよ」と脇から生徒会長の忠海さんが答えた。

 なんか──生徒会室は修羅場になっていた。



 話を整理するとこういうことだった。

 わたしがお昼休みに生徒会室に五月お姉ちゃんのお弁当を届けた。

 わたしがいなくなった後、先輩たちが生徒会室に集まってお弁当を食べた。人数は五人。

 食べ終わった頃に五月お姉ちゃんが生徒会室に現れた。職員室でわたしがお姉ちゃんを捜していたことを聞いたらしい。

 で、わたしがテーブルの上に置いたはずのお弁当は影も形もなかった。

 ちなみに五人というのは、生徒会長の忠海先輩。髪の長いひとが副会長の鈴木湯由子ゆゆこ先輩。背の高い男のひとが同じく副会長の片熊亮介かたくまりょうすけ先輩。髪の短い女のひとが書記の鳴海なるみあずさ先輩で、最後に丸いひとが 会計の小越功一おごしこういち先輩だった。

 ちゃんとお姉ちゃんに手渡さなかったわたしも同罪のような気がして、なんとなく小さくなって話を聞く羽目になった。

 先輩たちはお弁当を持ち寄ってみんなで食べるのを習慣にしているらしい。

「男子のみなさんもお弁当をつくるんですか?」

「うちの男どもはみんな結構器用なのよ」と鈴木先輩。

 生徒会にはもうひとり書記のひとがいるらしいんだけど、そのひとはお昼には参加しないんだとか。

「でも、有料なのよ」とわたしに耳打ちしたのは鳴海先輩だ。

「お金取るんですか?」

「基本的に女子が作るの。で、食べた回数と作った回数で月ごとに精算。わたしたちはお小遣いになるし、男子連中は女子の手作り弁当でうれしいでしょ?」

 ──生徒会でそんなことやってていいんですか?

「今日は誰が作ってきたんですか?」

「女子二人とめずらしく生徒会長よ」

「へえ?」

「そこ、無駄話しない!」

 五月お姉ちゃんの厳しい声が飛んで、わたしと先輩たちは背筋を伸ばした。



 結局、いくら五月お姉ちゃんが問いただしても犯人が名乗り出ることはなかった。

 お昼を食べていない五月お姉ちゃんのイライラは頂点に達しているようだ。

 うあ────、ここで解決しなかったら家に帰ってからが思いやられるなあ。

「お姉ちゃん、」わたしは手を挙げた。「とりあえず学食でご飯食べてきたらどうかな?」

 蒼波高校の学食は放課後も営業していると聞いている。早くしないとしまっちゃうし、晩ご飯のことを考えると早い方がいい。

「……わかった。ちょっと時間をやるからよく考えろよ」

 五月お姉ちゃんはびしっ、と言いおいて生徒会室を出ていった。

 どっ、と全員が疲れたようにパイプ椅子に腰を落とした。

「ありがとうね」と鈴木先輩。「ええと……」

「小雨です。山城小雨」

「小雨ちゃんか。かわいい名前ね」

「ありがとうございます」わたしはちょっと頭を下げてから、「でも、いったいどういうことでしょうね?」と生徒会室を見渡した。

「わたしたちが来たときにそんなお弁当あったかしら」と鈴木先輩。

「だいたい生徒会長が受け取ったんでしょ?」と今度は鳴海先輩。

「俺は弁当箱そのものは見てないよ」

「え?」

「だって作業してたからな」

 そういえば、わたしがお弁当箱を出しているときにはパソコンに向いてたっけ。

「五月先生のお弁当箱ってどんなやつ?」と今度は片熊先輩。

「いつもはプラスチックのタッパみたいなやつですけど、今日は遠足用の紙のお弁当箱です。お姉ちゃん、昨日持って帰ってくるの忘れたみたいで……」

 あれ? ちょっと生徒会室の空気が固まった?

「念のために聞くけどさ、」と小越先輩。「お弁当の中身ってわかる?」

「はい。わたしと同じだったので、三色俵型おむすびと、とりの唐揚げ、ポテトサラダ、ピーマンの肉詰め、プチトマト。量はダンチですけどねえ……あれ、どうしたんですか?」

 生徒会のみなさんが顔を見合わせている。

 立ち上がった鈴木先輩がなにやらゴミ箱をあさりはじめる。

「ねえ、小雨ちゃん。もしかしてこれ……」



「ごめんなさい!」

 戻ってきた五月お姉ちゃんに向かって全員が頭を下げた。わたしが一緒にしちゃったのは──勢いだ。

「全員が犯人だったとはね」

 まさかの展開に五月お姉ちゃんもあきれ顔だ。

 ようやく判明した真相はこうだった。

 まず、わたしがお姉ちゃんのお弁当を置いていった。タッパのお弁当箱ではなく紙の使い捨てのお弁当箱。

 忠海生徒会長はそれを見ていなかった。

 それから生徒会室にやってきた鈴木先輩と鳴海先輩はテーブルの上のお弁当をみて、忠海先輩が持ってきたお弁当だと勘違いした。

 後から来た片熊先輩と小越先輩は、いつも通り女子が作ってきたお弁当だと思って疑わなかった。

 パソコンでの作業を中断してお昼のテーブルについた忠海先輩は、五月お姉ちゃんのお弁当が紙のお弁当箱だなんて思ってもいなかったので、全部が女子の作ったものだと勘違いした。

 女性陣が忠海先輩に、珍しいですねとでも声をかければ発覚したのだろうけど、たまにあることなのと、珍しいとかいうとへそを曲げかねないとかで、特別に指摘もせずに食事を終えてしまった。

 さらに言えば、パソコンでの作業に集中していた忠海先輩は、気づかない内に五月お姉ちゃんがお弁当を持っていったと思いこんでいた。

「まったく、あんたたちはひとの作った弁当を食べることに疑問を持たなすぎ」

 その歳でお母さんにお弁当を作ってもらっているお姉ちゃんがそれを言う?

「で、今後同じ間違いを起こさないために、ひとつわたしから提案がある」

 そうそうこんな間違いは起きないと思うけど──

「あなたたち、わたしの分のお弁当もつくってこない?」

「……」

 こうして──

 わたしの高校生活は幕を開けたのだった。


《お弁当消失事件 了》

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