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小雨の事件簿  作者: 夏乃市
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第四話 柔道部事件

「あ──、終わった!」

 わたしの前の席で麻子がばんざいをした。

 夕礼が終わってみんながいっせいに席を立つ。

「小雨は生徒会室にいくの?」

「今日はなし。文化祭の前はほとんど休みなしだったからねえ」

「そっか。こっちは秋の大会に向けて本気モードよ!」

 麻子は女子バスケットボール部だ。三年生がぬけた新チームで、準レギュラーになったとかで張り切っている。

 と、これ見よがしな盛大なため息が聞こえた。

「はああ──」

 斜め後ろの席からだ。席の主は田山周一たやましゅういちくん。柔道部だ。

「なに? わたしのやる気に水を差すの? 田山」

「守前たちは悩みがなくていいなあ」

 たち? それってわたしも含む?

「ちょっと」当然麻子は黙っていない。「小雨と一緒にしないでよ!」

 え? そこ?

「ひどい! わたしだって悩みくらいあるもん」

「無理しない無理しない。それより田山、あんたなに悩やんでんのよ?」

「ふっ、知っちゃいけないことを知ってしまったんだよ……」

 ばしっ!

 シリアスぶった田山くんの頭に麻子がチョップをきめた。

「そんな芝居がかった物言いをしている時点でたいしたことなし。あー時間の無駄だった。部活にいこーっと」

 それが麻子のやさしさだ──と思うのは考えすぎ?

 口笛をふきながら教室を出ようとしていた麻子がふと振り返った。

「あ、小雨。ちいさな胸が好きな男も多いから安心しな」

「そ……、」

 そんなことは悩んでいません!

 ぬ、脱いだら意外とすごいんだから──



 気づいたら田山くんもいなかった。

 わたしはちょっとため息なんかついて、とにかく帰ることにした。

「わっ……」

 机の間を抜けようとして、足が滑った。

 思わず手近な机に手をつく。

「うにゃ!」

 後頭部から机につっこむのは避けられたけど、思いっきりおしりから床に転んだ。

 まだ教室に残っていたクラスメイトがいっせいにこっちを見る。

 さっきの麻子の発言に加えての恥の上塗りだ。

 ああ────もう。

 わたしは足下をみた。紙のようなものを踏んですべった感触があったからだ。

 雑誌の切り抜き?

 ずいぶんと古い。しかも、最近までどこかに張ってあったみたいで、四隅に茶色くなったセロテープのあとがある。

 拾い上げると、柔道着をきた女のひとの切り抜きだった。〈女三四郎〉の文字が大きく踊っている。試合中なのか両手をあげて「そりゃー」って叫んでいるみたいな感じ。きれいなひとだ。たぶん、よく柔道の解説をしているひとだと思う。名前は──ちょっと思い出せない。

 きっと田山くんの落とし物だろう。柔道部だし。

 机の中に入れておいてもよかったけど、帰りがてら柔道部に届けてあげることにした。

 探しているといけないし──

「……」

 けっして踏んでしまったのが後ろめたいからとかじゃないよ。うん。



 柔道場は意外にも静かだった。

 どばんどばんという練習の音や、「そりゃー」「てやー」とかいう叫び声が聞こえるものだと思っていた。

「こんにちはー」

 わたしは靴を脱いで柔道場にあがると、扉のなかをのぞいた。

「なんだ!」

 銅鑼をたたいたような大声が聞こえた。

 熊みたいに大きなひとが仁王立ちで振り返る。柔道部主将の円深鉄和まるみてつかず先輩。生徒会の手伝いをしているので、部活動の部長さんたちはひととおり知っている。運動部の三年生は引退の時期だけど円深先輩はまだ出てきているらしい。

「あ、円深主将。田山くんを……」

「あとにしろ! いまそれどころではない」

 よく見れば主将の前には一・二年生の柔道部員が正座させられている。

 わあ──、なんか大変なところにきちゃった?

 練習に気がはいってないとか、おまえらまじめにやる気あるのかとか、そういう運動部独特のあれですか?

「?」

 でも、部員たちの目を見ると──なんか様子がへん。

 なんでわたしに助けを求めるような顔なの?

「あの、主将? なんかあったんですか?」

「部外者には関係ない。ここは女人禁制だ」

〝にょにん〟って──いつの時代のひとですか? 先輩。

 そういえば、うちの柔道部に女子はいなかったっけ。

 でも──

「ちょっと聞き捨てなりませんよ、先輩。いまやオリンピックでも女子柔道の方がメダルが多いじゃないですか」

「……あれは、みな女ではない。柔道家だ」

 うあ──、何言ってんのかなあ、このひと。

「とにかくコレは柔道部の問題だ」

 なんだかよくわからないけど、わたしもちょっとムキになっていた。

「生徒会としてはちょっと見過ごせない気がします。くわしく聞かせてもらってもいいですか?」

 わたしは円深主将の顔をずいっとのぞき込んだ。ここで強引にわたしを追い出せる円深先輩ではない。先輩がからっきし女に弱いのは周知の事実。生徒会(特に湯由子先輩)は各部長の弱点情報もぬかりないのだ。

 ふふふ──女を武器にしちゃったわたしは、ちょっと小悪魔的?

 すがりつくような柔道部員の視線をスルーするのは忍びなかったわけで、とにかくわたしは話だけでも聞いてみることにした。



「あれだよ」

 田山くんが指さした先には額装されたお習字があった。いや、この場合は〈書〉っていうのが正しいのかな。達筆すぎてなんて書いてあるのかわからない。なんでも、ずいぶん前の卒業生が書いたらしい。

「主将がいうには、あれが動いていたっていうんだ」

「動いていた? なにそれ?」

 わたしは思わず円深先輩を振り返った。

「あれは我が柔道部の魂である。それに手をふれるなど不届き千万」

「でも、お掃除はどうするんですか? はたきくらいかけるでしょう?」

「そ、掃除は主将が代々つとめている」

 わたしは田山くんに目で訊いてみる。でも、答えはあいまいだ。

「ええと、つまり主将の聖域を犯されたことを怒っているんですか?」

「俺は、誰がやったのかわかればそれでいい」

「その犯人をみつけてどうするんです?」

「ど、どうもしない」

「は?」

「と、とにかくだ。やったヤツは名乗り出ろ! そうだな、ここで言いにくかったらあとから俺のところに来ればいい。いや、それがいいな。そうしよう。うん」

 なんかおかしい。円深先輩は話を終わらせたがっているような感じだ。

「部員のみんなもそれで納得?」

 わたしが訊くと、正座した面々は硬い表情でうなずく。

「……? じゃあ、お説教はここまでってことで、練習再開」

 わたしがパンッと手をたたくと、ようやく柔道場の空気がほぐれた。



「ところで、山城は俺になんの用だったの?」

「あ、忘れてた」

 わたしは鞄の中から例の切り抜きを引っ張り出した。

「これ、田山くんのじゃない?」

「あ!」

「?」

 一瞬で柔道場のなかの時間が止まった。

「田山くん?」

「山城……どこでこれを……」

「教室に落ちてたけど」

 ごくりと田山くんが唾をのみこんで首を巡らした。その先に、憤怒の表情に彩られた円深主将がいた。

「たーやーまー、貴様が犯人か!」

「ちょ、ちょっと待ってください。俺はなにもしてませんよ」

「それがなによりの証拠だ!」

「いや、だから、これは俺のものじゃないんですって。こんなものを額縁の裏に貼ったりしませんて」

「額縁の裏?」とわたしが訊く。

「う……実はきのう、一年生で柔道場の掃除をしていて、埃をはらった拍子に額縁が傾いたんだよ。で、直そうと思ってはずしたら裏にそれが貼ってあって……」

 女三四郎の切り抜きが貼ってあったと?

 ──あれ?

「額縁に触るなっていわれてなかったの?」

「俺はしらない……」

「主将?」

 わたしの問いに、円深主将がちょっと固まっている。

「主将、信じてください。誰がこんな不届きなことをしたかわかんないですけど、きっと数年前からあったんですよ」

「不届きってなに?」

「柔道家は女なんかにうつつをぬかすなかれって円深主将の口癖で……」

 ああ、それで。

 教室で田山くんが言っていた知っちゃいけないことって、このことだったのか。

 でも待って──

 なにか話がおかしくない?

 田山くんたちが問題にしているのは、柔道場に女性の柔道家の切り抜きが長年貼ってあったこと。女人禁制とまで言い切る円深主将を誰かがおちょくっていたということにおののいている。

 でも、円深主将は額縁にだれかが触れたことを怒っていた。

 ん──?

「じゃあ、これは田山くんの切り抜きじゃないのね? 私が処分してもいい?」

「ああ、もちろんだ」

 わたしは切り抜きを鞄にしまうと円深主将に向いた。

「主将、かれらは主将の聖域を犯すつもりはなかったようですよ。切り抜きは、紙のよれ具合から数年前から貼ってあったみたいだから、田山くんたちはおとがめなしってことでいいですか?」

 円深主将は鉛を飲み込んだような顔をしてうなずいた。

「じゃあ、みなさん。あの額縁の掃除は今後は主将にお任せってことで、よろしく」

 一様にほっとした表情をする柔道部員たちを残して、わたしは柔道場をあとにした。



「この切り抜きはあなたのものですね?」

 わたしの言葉に大きなからだが小さくうなずいた。

「まったく。女に興味がないふりをするのがかっこいいと思ったんですか? 円深主将」

「面目ない」

 柔道部を後にしたわたしを追ってきたのは円深主将だった。

 わたしたちは柔道部員に見とがめられない場所まで移動して向かい合っていた。

 そうなのだ。額縁の裏に切り抜きを貼っていたのは円深主将だったのだ。じゃなきゃ、切り抜きを見て反応するはずがない。

「彼女にあこがれて俺は柔道をはじめた。彼女は俺の目標でもある」

「見守っていてもらいたかったのね? いつから貼ってあったんですか?」

「俺が一年生のときだ。あの額にはだれも手を触れなかったからな」

「まったく……」

 三年生はそろそろ引退する時期だ。

 円深主将は切り抜きを回収しようとして、それがないことに気がついた。

 後輩たちにばれたと──そう思ったのだろう。

「山城。あそこでばらさずに済ませてくれたこと、感謝する」

 でも、冷静に考えれば誰でも気づくと思うけど。主将恐さに思考がかたまっちゃっている田山くんたちはともかくとして。

「恩に着せるつもりはありませんよ。誰だってあこがれのひとの切り抜きぐらい懐に忍ばせているものですし」

「そ、そうか……」

「でも、タダってわけにはいきません」

「なに?」

「こんど学食でお昼ごちそうしてください」

「そ……そんなことぐらいなら」

「並んで食べるんですよ?」

「な……」

 円深主将が固まった。

「そろそろ、硬派の仮面も捨ててみたらどうですか?」

 わたしは妖艶に(自称)ほほ笑んでみた。

 ふふふ──どう?

 わたしってずいぶんと魔性の女じゃない?

「その提案に乗るのはやぶさかではないが、ロリコンはどうも……」

「……」

 なんていうか──

 やっぱりみんなの前でばらしてやればよかった。


《柔道部事件 了》




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