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小雨の事件簿  作者: 夏乃市
12/12

第十一話 遊園地事件

「山城、今度の日曜日あいてるか?」

「はひっ?」

 試験問題盗難事件が一段落して夏休みが近づいたとある放課後、生徒会室での作業中に宮根みやね先輩に突然そう切り出されて、わたしは声をひっくり返してしまった。

「遊園地に行こうと思うんだが付き合ってもらいたい」

「え? や……突然いわれましてもですね……心の準備というか、そもそもこんな衆人環視のなかお誘いいただくのも、あの、その……」



 私の名前は山城小雨こさめ蒼波あおば高校の1年生で、放課後は部活動気分で生徒会のお手伝いをしている。

 この時期の一年生が生徒会を手伝うのは珍しいかとも思うけど、実のお姉ちゃんが生徒会の副顧問をしている(本職は体育教師)というのが大きいかな。生徒会長の忠海ただみ先輩なんかは、わたしのことを生徒会のマスコット――なんて呼んでくれるけれど……さすがに自称はできない。うん。

 で、宮根和希先輩。生徒会書記で三年生。クールで真面目な人。6人いる生徒会役員の先輩方の中で最も近づきがたい人だけど――4人の男性陣の中では一番格好良いといえなくも、なくもないと思ったりなんだり……いやいや。うほん、うほん。

 宮根先輩は生徒会活動中に女子にお誘いをかけるようなひとではないと思っていました。しかも、今は生徒会役員全員が揃って夏休み前の作業をやっつけているわけで、お姉さまふたり(副会長の湯由子先輩と書記のあずささん)が、作業の手を動かしながらも興味深々でこちらの様子をうかがっているという、非常に冷や汗ものの状況ができあがっちゃっていたりしている。

 ――いや、待ってください先輩方。わたしと宮根先輩との接点なんて、ちょっと前にショッピングセンターで妹さん含めてばったり会ったことがあるくらいで……

 あ。

「もしかして、ひろみちゃんですか?」

「ああ。山城のことを気に入ったみたいでな」と当たり前のように答える宮根先輩。「付き合ってもらえるか?」

 あう。事情を察した先輩方が急激に興味を失っていくのがわかる。

 あずささんなんか、あからさまにがっかりして「ま、そうだよね」なんて口に出しちゃってますけど。

「ひろみちゃんと遊びにいくのは全然オッケーですけど……」

 ちょっと頬が熱くなっているのを自覚しつつ、わたしは宮根先輩をにらんだ。

 この仕打ちはちょっとあんまりだ。無駄に心臓がドキドキしてしまったではないですか! まったく、もう! ぶつぶつぶつぶつ……

「――……小雨ちゃん、聞いてる?」

「え?」

 あずささんの声に我に返る。はいっ、なんでしょう?

「今の宮根先輩の話聞いてた?」

「……半分くらいしか」――本当はまるっきり聞いてなかったけど。

「日曜日は遊園地の前に9時でいいか?」

 宮根先輩が律儀に繰り返してくれた言葉に、わたしは小さく頷いた。



 次の日曜日。午前9時。快晴。

 遊園地の入り口前で、わたしは呆然と立ち尽くしていた。

「ありがとうございます。今日1日よろしくお願いしますね」

「……」

「お姉ちゃんのいうこと、よく聞くのよ?」

「「は――い!」」

 なぜ、わたしは小学校低学年の子供達に囲まれているだろうか。そして、満面の笑みで頭を下げてくるこのお母さんたちは?

「あ、あの、先輩?」

 おそらく”元凶”だろうと思われる宮根先輩に目を向けると、逆に驚いたような顔をされてしまった。

「ひろみとその友達を遊園地に連れて行くのを手伝って欲しい、と言ったはずだが……聞こえてなかったのか?」

 うっ。もしかして、わたしがぼーっとして聞いてなかった話のところですか? でもでも……

「なんで、待ち合わせ時間しか繰り返してくれなかったんですか?」

 わたしの半泣きの訴えを、宮根先輩は涼しい顔で受け流した。

「いや、半分は聞いていたのかと思って」

 ……。

 宮根先輩らしいです。真面目というか、融通がきかないというか。

「こさめお姉ちゃん、早く入ろうよ」

 ひろみちゃんがわたしの袖を引っ張る。

 子どもは彼女を含めて4人。全員小学2年生の女の子。

 ああ、もう!

 ここで投げ出す訳にはいかないじゃない!

 なんといっても、ひろみちゃんたちに罪はないのだし。

「よし、行こうか!」

 子どもたちの顔を見ながらこぶしを振り上げてみる。

 とにかく――お母さんたちが迎えにくる午後3時まで、この状況を乗り切らなきゃなんないよね。



 初夏の遊園地は混んでいた。とはいっても、小さなローカル遊園地なだけあって、ディズニーランドなんかと比べたらまだまだ余裕がある。

 子どもたちは勝手知ったる様子で園内になだれ込んだ。

 ひろみちゃんと顔見知りだったこともあり、女の子たちとはすぐに仲良くなった。結果、文字通り引っ張りまわされる。

「こさめお姉ちゃん、はやくはやく!」

「や、ちょっと待って……」

「おそ――い。迷子になっちゃうよ!」

 あう。

 これじゃあ、どっちが引率だかわからないじゃない。

「まずはジェットコースター!」

「え? みんな乗れるの?」

「だいじょうぶ!」

 ここのジェットコースターはスピードや過激さを売りにしているわけじゃない。身長制限も100センチと甘めだ。

 とはいえ――

「あ、あんまりジェットコースターは得意では……」

「楽しいよ! 乗ろう、乗ろう!」

 小学生に囲まれてジェットコースターの列に並ばされるわたし。こびとさんに運ばれるガリバーの気分はこんな感じだろうか。――いや、わたしがちびなのは自覚してるけどさ。

「あれ? 先輩は?」

「お兄ちゃんは荷物番」

 なに――!?

 それはむしろわたしの仕事ではないのですか? 先輩が妹さんと遊ぶのが本来のはずでしょう?

 ――なんて思ってみたところで、日曜日の遊園地の列はどんどん伸びて、あっという間に先輩を見失ってしまった。



 もちろん、ジェットコースターの出口で先輩は待っていてくれた。

 ただ、世間一般的には穏やかな部類に入るコースターも、わたしにダメージを与えるには充分だったわけで――

「苦手なのか? 意外だな」

「得意そうに見えますか?」

 息も絶え絶えに答えるわたし。そもそも、わたしは身体を使うこと全般が苦手だ。見ればわかるだろうに、このひとは何を考えでいるのか――

「山城先生の妹なら、こういうのも好きなのかと思った」

 ――お姉ちゃん。

 たしかに、体育教師を職業にしている五月さつきお姉ちゃんは、絶叫系の遊具全般大好物だけど――とばっちりもはなはだしい!

「荷物番はわたしがやりますから、先輩がひろみちゃんたちと乗ってくださいよー」

「やだ! お姉ちゃんがいい」

 ひろみちゃん。お姉ちゃん、うれしいような悲しいような複雑な気分だよ。

 宮根先輩はといえば、相変わらず涼しい顔で頷いている。

 なに、奥さんと子どもたちを連れてきた休日のお父さんみたいな顔しているんですか!

 ……。

 ……――ああ。しまった。

 自分の想像で墓穴を掘った。

 また無駄なドキドキが――

「お姉ちゃん、次はあっち」

 女の子たちがぐいぐいくる。せめて嫌みのひとつでも先輩に言ってやりたいのだけれど、ゆっくり嫌みを言う時間なんて与えてはくれない。

「はいはい、次はどーれ?」

「バイキング――」

 ひ――。



 午前中をノンストップで遊びきったわたしたちは、芝生広場の隅にレジャーシートを敷いてお弁当を広げていた。

「は――――」

 長いため息がでる。

「お疲れ」

 宮根先輩がペットボトルをひとつ差し出した。

 ようやく、嫌みチャンス到来。

「誰のせいだと思ってるんですか!」

「ひろみのせいかな……」

 こ、こ、この状況をひろみちゃんのせいにするなんて、それはさすがに見損ないますよ!

「と言うのは冗談だけど……」

 なんでも、お母さんたちが揃ってお出かけする予定があって、その間、子どもたちはどうするか、という話が事の発端らしい。最初はどこかのお父さんと宮根先輩のふたりで引率予定だったらしいのだけど……

「予定していたひとが都合つかなくなったんだ。俺一人で4人は無理だって言った」

「……」

「そうしたらひろみが、こさめお姉ちゃんと行こうよって言い出したんだ。だめだって、その場で言えばそれまでだったんだが、つい」

「つい、何ですか?」

「山城となら楽しいかなって」

「――――」

 これは――完全に返り討ちだ。

 あーあー、この先輩は真面目で打算がないのは知っていたつもりだったけど、ここまでとは――

 女の子たちは、お母さんたちが用意したお弁当をすごい勢いでかきこんでいる。さっさとお昼を終わらせて、時間いっぱい遊ぶつもりなのだ。

 宮根先輩はといえば、何事もなかったようなにおにぎりをかじっている。

 何だか恥ずかしさでごまかされちゃったけど、やっぱり宮根先輩が原因なんじゃないですか! まあ、“元凶”は言い過ぎかもしれませんけど。わたしもそれなりに楽しんではいるし。

「――ですか?」

「ん?」

「実際、楽しいですか?」

「ああ。予想通り、ひろみは楽しそうだ」

「……」

 ――楽しいかなって、そういう意味ですか。



 さて。

 後日、親友の麻子あさこに事の顛末を報告したら、お腹を抱えて笑われた。

「そんなに笑うなんてひどいよ!」

「ご、ごめん」麻子は涙をふきながら言う。「でも、そんな小雨の独り相撲だけで終わった訳じゃないんでしょ?」

 う……、さすが麻子。鋭い。

「だって、それだけだったら、もっとしょげていそうなものだもの」

 そんなにわたし、わかりやすいかな。

 あの遊園地事件(わたしにとって!)は、最初っからわたしがひとりで宮根先輩の言葉を誤解して、勝手にドキドキして、勝手に肩すかしを食らい続けたものだった。

 あの日、ひろみちゃん以外の女の子たちをお母さんたちに引き渡してから、宮根先輩とひろみちゃんとわたしは、遊園地の最寄り駅まで3人で歩いた。

 正直わたしはヘトヘトで、もう先輩に嫌みを言う気力も、ドキドキする体力も残っていなかった。

「こさめお姉ちゃん、おもしろかったね」

「そうだね。お姉ちゃんも楽しかった」

「お兄ちゃんはどうだった?」

 何気ないひろみちゃんに言葉に、宮根先輩が自然に答えた。

「楽しかったよ。ありがとう、山城」

「……どういたしまして」

 夕方の爽やかな風が髪をかき回して行く。居酒屋さんだろうか、仕込みのいい匂いがお店から漂ってくる。今までのドキドキとは違う穏やかな満足感が疲れた身体を満たしていく。

 とりあえず、今日という日はこれで良かったんだと思える。だから、つい口をついて言葉が滑り出た。

「先輩。また遊びに行きましょうね」

 どうせ宮根先輩は、ひろみちゃんと一緒に、って意味だと理解したんだろうし、実際わたしだってそのつもりで言った。

「お兄ちゃんとお姉ちゃんで行きなよ!」

 宮根先輩が何か言いかけたところに、ひろみちゃんの声がかぶさる。

「そうだな」

 ひろみちゃんの満面の笑顔。

 ようやく暮れ始めた空と、灯りはじめた家々の灯。

 3足のスニーカーが踏む、アスファルトの微かな音。

 先輩の言葉は、わたしへの答えなのか、ひろみちゃんに対しての答えなのか――なんとなく、確認したくなくて、わたしは無言で歩いた。

 宮根先輩も、そこに言葉を重ねることはなかった。

「何があったか言いなさいよ」と麻子が重ねて問いただしてくる。

 報告すればこうやって追求されるのはわかっているんだけど、吐き出さないとわたしの心臓がもたない。

 あの日以降――何度ひとりで赤面して、何度ベッドの上で転げ回ったことだろうか。

 こうして麻子が笑ってくれると、少し冷静になれる自分がいる。

 あんなやりとりをしたからといって、次の約束をしたわけではないし、何か記念品を貰った訳でもない――まあ、全部おごってもらっておいて、そんなことを考えるのは図々しいけど。

 ひろみちゃんとはまた遊びたいと思うし、他の子たちと一緒だっていい。

 宮根先輩とも――1日一緒にいて不快なことは何もなかったから…………うん。まあその、なんだ――うほん。うほん。



 開け放たれた教室の窓から初夏の風が吹き込んでくる。

 もうすぐ、夏休みだ。



《遊園地事件 了》

 

 

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