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後日談 『きっと未来は明るいはずだから』

 王都から大きく離れた小さな村に、ある家族が一戸建て設けて静かに暮らしていた。

 羊を飼い、畑を耕し、小さな諍いすら怒らない平和な村には、今日も風が大地を駆け抜ける。


「とても悲しいお話だね」


 少女はその物語の結末の余韻に浸りながら、母親に率直な感想を述べる。

 今、王都で最も支持されていている絵本とは言え、子ども向けとは言いづらいあまりにも悲しいお話だ。


 その物語は、数年前に起きた実話を元にしていた。

 タイトルは『光の巫女と陰の剣士』。

 内容は事実よりかなり誇張や美化され、光の巫女は完璧超人の絶世の美女、陰の剣士は史上最悪の殺人鬼として描かれている。


 しかし『光の巫女が最後の究極魔法により、命を賭して陰魔法を封印した』という結末は真実のまま描かれている。


 光の巫女は粒子となって消滅したのを、あとから駆けつけた傍付きが目視している。

 陰の剣士はその後すべての罪を認め、未来に禍根を残さないために『陰』と共に処刑される道を選んだ。


 そしてこの物語では、陰魔法は巨悪の根源として表現され、陰の剣士の悲しい過去は人々の同情を誘った。


『罪を憎んで人を憎まず』のこの国の新しい考え方を象徴している内容だ。


 この物語が世間一般に認知され始めると、貧民街の現状を改善すべきだと主張する人たちが立ち上がり、貧民街に対する差別も無くなっていった。

 この国はよりよい明日を目指して歩み始めたのだ。


 それもこれも、この物語を描いた『レイミー』という謎多き作家のおかげだろう。


「シュナは陰の剣士のことどう思った?」


 絵本を閉じず、最後のページを名残惜しそうに繰り返し読む娘に、母は優しく問いかける。


「……とても悲しい人だって思った。だってだって、本当は誰かのために頑張りたかったはずだもん」


 その娘の優しくて立派な意見に、母は嬉しく発狂するのを抑えながら頭を撫でた。


「でもそっか。そんなにすごい時代があったんだ。いいなぁ。私も光の巫女様に会いたかったなぁ。『奇跡の夜明け』見てみたかったなぁ」


 光魔法も陰魔法も、未来永劫生まれることはないのだという。

 映像を残す技術もないので、次の世代の人たちはそれを神話の出来事としか思えなくなるだろう。


「これもそれもママがあと数年早く産んでくれなかったからだ」

「無茶言わないの」


 むくれた娘の額を母が軽く弾く。


「でもママはね。光の巫女様は本当は死んでないって思うんだ」

「どうして?」

「光の巫女様はきっと、重くて面倒な女の子だったのよ。死んだフリをして、光の巫女の役目なんかほっぽり出して、どこかへ遠くへ連れ出して欲しかったのよ」

「……重くて面倒? ママみたいな?」


 我が娘にそんなことを純粋な目をして言われ、母は必死に作り笑いを保った。


「ど、どうしてそう思うのかな?」

「だってパパが言ってたよ。ママは怒ると重くて面倒なんだって」

「へえー。あとでパパと話し合うね」


 明らかな棒読みに、目が笑っていない。

 娘はその笑顔を見て、母の強さと恐ろしさを知るのだ。


 娘はいたたまれなくない気持ちで水を啜ると、話題を変えようと「な、なんでそう思うの?」と母に聞いた。

 こうして子供は他人の機嫌を窺う力を養うのだ。


「ただの勘よ。きっと光の巫女様も、普通の女の子として生きたかったはずだから」


 その普段見せない横顔に、娘は不思議がる。そして一つの結論に考え至った。


「もしかして……ママって光の巫女様のお友達だったの!?」

「え?……う、うん。実はそうなのよ」

「すっごーい! ねえ、どんな人だったの!」


 娘が目を輝かかせている手前、引っ込みがつかなくなる。

 そして何と答えるべきかと考えを馳せらせると、母はこう答えた。


「普通の女の子だったよ」


 と、その平凡な答えに娘はガッカリする。

 1000年に一度の光の巫女だ。普通の女の子なはずがないと。


 しかし、母はそれ以上深くは答えなかった。

 そしていつの間にか話題は大きく変わっていった。


「――そうだ。次はミレイおばさんいつ来てくれるの?」

「そうね。彼女も忙しいから、直ぐには無理かもしれないけど、またそう遠くない先に来てくれるわよ」


 娘は母が焼いてくれたクッキーを食べながら話し、喉を詰まらせそうになって水を一気に飲み干す。


「落ち着いて食べないとダメでしょ」


 娘の口の周りに着いたクッキーの破片を、母が優しく拭き取る。


「それにパパも全然帰ってきてくれないし。どこぞの女と駆け落ちしてるに違いない」

「こらっ! どこで覚えたのよ、そんな言葉」

「ママがたまに言ってる」

「…………あんまりそういうこと言っちゃダメよ」


 この親にしてこの子あり、だなと母は苦笑いを浮かべる。


「それで次はいつ帰ってくるの!」

「うーん。パパも忙しいからなぁ」

「パパって王都で何してるの?」


 そう聞かれて、母は困った。

 この手の質問は何度も受けているが、未だに誤魔化し続けている。


「やらなきゃいけないこと、かな」


 その曖昧な返答に娘は機嫌を悪くする。

 そんな娘を、母は慈愛の眼差しで見つめた。


 コンコンと、静かな時間が流れる中、戸を叩く音がする。


「パパだ!」

「ちょっと、シュナ!」


 娘が椅子から飛びだす。

 廊下を走り、玄関へ急ぐと、扉の向こうを確認もせず迎え入れるために扉を開けた。




「おかえりなさい――パパ!」




 優しい風貌した青年が、笑顔の少女をそっと抱き抱えた。

最後まで読んでいただきありがとうございました!


中には後日談がない方が感動的だったと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、僕としてはこれで良かったです。


一応言っておくと、アイシャとグレイはしっかり生きています。結婚して娘も授かり、辺境の村で幸せに暮らしています。

ミレイは後に生きてることを知り、アイシャの隠蔽を手伝っています。


アイシャが生きてるのは、ご都合主義でも奇跡でもありません。アイシャの緻密な計算の結果です。



以下はその補足説明(解説)です。


究極魔法を使うと『光の巫女は消滅』します。

それは光魔法が使えなくなるという意味ですが、アイシャはその言い伝えを利用して死んだように見せかけました。

そして先代の巫女も同じ方法で姿を消しました。

『もしかしたら、歴代の光の巫女たちは』というセリフは、究極魔法とは光の巫女が使命から逃げられるように作った逃げ道なのでは無いだろうかということです。


そして光の究極魔法が発動している間は、あらゆる傷や痛みが消えてなくなります。それは黒刀の治癒妨害の効果を圧倒的に上回りました。

そのため心臓を貫かれて尚、死ぬことはありませんでした。


以上の解説を上手く最終話に紛れ込ませようとしてできなかったので、後書きに残しておきます(笑)。


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 当事者たちにも、他の多勢の人達にとっても、ハッピーエンド的な結末で良かったです。 本作品に出会えた幸運に感謝します。 ありがとうございます。
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