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第一話 『才能と努力』

 かつて私は、ある男の子を傷つけた。


 私は彼のことが好きだった。

 この魔術師の学校でトップの成績を修めていた彼は、周りから嫉妬の目で見られ、貧民街の出であったため煙たがられていた。


 それでも、私は知っていた。

 彼が人知れず練習に練習を重ねる努力の人であることを。


 彼は誰よりも勉学に励み、面倒がられている体術の訓練も手を抜かず取り組んでいた。

 そして夜遅くまで修練場で魔術の練習をしている姿を見て、私の心は容易く撃ち抜かれた。


 彼は学年首位を貫いていた。

 おそらく、学年一位の生徒に与えられる国家魔術師団への入団推薦状のためだろう。


 私はそういったものにはまるで興味がなかった。

 この学校に入学したのも伯爵家のしきたりで、極悪な難易度を誇っているらしい入学試験もコネで突破した。


 私は魔術師になんてなりたくなかった。


 だから講義も訓練も自主練も、何一つ本気でやっていなかった。

 私と彼はまるで正反対であり、彼は私のような意志の弱い女の子は嫌いだと思っていた。



 ある日、彼が学年二位に転落したことを知った。


 彼は入学当初こそ優秀だったが、周りがレベルを上げるにつれてあっという間に追いつかれてしまった。

 彼をよく思っていなかった人は、彼を陰で嘲笑った。


「何も知らないくせに」と、私は強く思った。


 誰も、彼が血の滲むような努力をしていることを知らない――いや、知っているからこそ、その努力が無駄に終わることを願っている。


 芯の弱い人は、成功者が積み上げた努力を想像しようとしない。

「才能があってよかったな」と、嫌味のように言うのだ。

 それは、自分がいかに努力のできない意志薄弱な人間かを認められないからだ。


 それが悔しくてもどかしくて、仕方がなかった。

 だから私は、勇気を振り絞って彼に声をかけた。


「……ま、魔術を、教えてくだしゃい!」


 めちゃくちゃにたじろいで盛大に噛んでしまった。

 それが功を奏したのかは知らないが、彼は嫌な顔一つせず私に魔術を教えてくれた。


 私は彼に自信を持って欲しかった。

 教える立場になれば、自信が湧いてくると思ったのだ。

 また友達として、彼を元気づけたかった。


 それからは毎日が楽しかった。


 放課後になると、修練場へ向かい、彼に教えを乞う。

 一緒に昼食を食べるようにもなり、初めは気難しかった彼も、次第に心を開いてくれるようになった。


 魔術の極意や、魔術師の在り方を、熱く語ってくれた。

 その横顔がとても楽しそうで、私も嬉しくなった。


 気がつけば、私たちは友達として毎日のように笑いあった。


 だけど私は、練習に手を抜いていた。

 彼に教えて貰ったことをそつなくこなしてしまうと、気を悪くさせてしまうと思ったからだ。

 そうしたら、教えて貰えなくなるかもしれない。


 だから私は少しドジな女の子を演じた。

 彼はそんな私に呆れず微笑みかけてくれたし、とても心地が良かった。


「なんでそんなに頑張るの?」と、私は訊いた。

「国家魔術師になって、この国を変えたいから」と、彼は答えた。


「俺は貧民街の生まれなんだ。父さんは病気で死んだ。母さんは元気だけど、二三日飯が食べられないなんてざらにあるんだ。貧民街じゃ、餓死や病死は日常。働く金がないから、みんな生きるために殺し奪い合うしかない」


 彼は食堂の人に余り物を貰っては、持って帰っているらしい。

 私は伯爵家の一人娘で、飢えを味わったことはないし、今まで苦しいことなんてなく楽して生きてきた。


 貧民街の話は聞いていても、「あの地域の人間は危ないから、近寄ってはいけない」と言い聞かされているだけだ。


 私は所謂箱入り娘で、何も世界を知らなかった。

 だから私は、伯爵家の生まれであることをひた隠しにした。


「俺は国家魔術師になって、貧民街をなくした。飢えで死ぬ仲間たちを救いたい。母さんを守りたい。――そのためには、血反吐を吐いて努力するしかないんだ。俺にはこれしかないから」


 彼は誰よりも誇り高く大きな野望を抱いていた。


「うん。絶対に叶うよ! 努力は必ず報われる! 努力は才能なんかを遥かに凌駕するから!」

「ありがとう。アイシャ」


 私は何があっても彼の味方で、彼の夢を応援しようと誓った。


 だけど彼は――少しづつ成績を落としていった。


 私が帰ったあとも彼は一人で練習したが、いつも次第に粗雑になり、上手くいかない自分へ八つ当たりしているようにしか見えなかった。


「クソ! なんで、俺はこんなにもダメなんだ!」


 日に日に彼は衰弱していった。

 才能のない自分を痛めつけるように練習し、自暴自棄になっているのは私にも分かった。

 それでも傍で寄り添っていれば、いつか結果も出て、元気になってくれると信じていた。


 そのために、身体を捧げて慰めてもいいと思っていた。



 そんなある日、私は突然お父様に呼び出された。

 そこには既に十数人の大人たちがいて、私を見つめていた。


 15の誕生日を迎えていた私は、親同士が決めた結婚の話でも聞かされるのだと思った。

 どこの誰かも分からない道楽の息子。

 本当は自分の決めた相手と結婚したいだなんて、口が裂けても言えない。


 これは伯爵家の娘として生まれ、苦労もなく与えられるまま生きてきた私への報い。

 所詮、与えられた人生、鳥籠の中の私は逃げることを許されない。


 何故だろう……覚悟はできていたはずなのに。


 結婚すれば、もう学校には通えないし彼には会えない――そう思うと、胸が張り裂けそうになった。


 しかし、お父様は驚くべきことを口にした。


「お前には光の巫女の可能性がある。この魔晶石に触れて欲しい」


 光の巫女……とは、確か1000年に一度の確率で生まれる、『光魔法』と呼ばれる特別な力を使うことのできる、神の使徒とされる存在だ。


 神話の話だと思っていた私は「何を馬鹿なことを」と心の中で思いながらその水晶に触れた。


 すると、たちまち水晶は煌々と発光した。


 おお、と周りから歓喜の声が上がり、お父様を含め、その場にいた大人全員がその場に跪く。


「アイシャ。お前はこれから光の巫女として人々を照らす存在になるんだ」


 お父様は涙を流して喜んでいた。

 きっとそれは、私の成長に喜んだわけではないだろう。


「えーっと。お父様。結婚は?」

「そんなものはもうどうでもいいんだ。国家魔術師になりなさい」


 そう言われて、私は鳥籠から解放されたと思った。

 期せずして私の夢は叶ったのだ。

 これでこれからも彼の傍にいられる――本気でそう思っていた。


 本当に馬鹿な話だ。


 私は光の巫女として魔術に本腰入れて練習すると、ひと月も経たず彼の実力を追い抜かして、学年一位に君臨した。


 周りの目も羨望へと変わり、私は『巫女様』と呼ばれるようになった。

 どこに行っても視線を浴び、人だかりができ、彼と会えなくなってしまった。


 その頃には彼は学年七位にまで転落していた。


 数日後、私はやっと彼と二人きりになれる時間を見つけ、彼に声をかけようとした。

 そんな時、聞こえてきたのだ。一人で練習する彼を嘲笑する声が。


「なあ、知ってるか。アイツ、学年七位のくせに出しゃばって巫女様に魔術教えてたんだってよ」

「何それ、超カッコ悪いじゃん」

「それでカッコつけて魔術の極意とか言ってたらしいぜ」

「うそー。ウケるんですけど」


 そんな腸が煮えくり返るような会話を聞いて、その怒りは自分に向けるべきものだと気づいた。


 私は――なんて酷いことをしてしまったのだろうか。


 私はどんな顔をして彼に会えば良いのだろうか。

 なんて謝れば許してくれるだろうか。


 才能を隠しててごめんなさい? 私が光の巫女でごめんなさい? 学年一位になってごめんなさい?

 そんな言葉どれも彼を傷つけることにしかならない。


「努力は才能なんかを遥かに凌駕するから!」


 その言葉を才能だけで成り上がった私が言ったのか。

 何一つ本気でしてこなかった。努力も苦労も何もかも。


 彼の熱意を。彼の夢を。彼の努力を。

 何の大志もない私が踏みにじった。

 彼が喉から手が出るほど欲しがっているものを、私は拾った。


 彼は暫く学校を欠席した。

 そして久しぶりに登校すると、講義を受けず去っていった。


「あ、あの! グレイくん!」

「…………アイシャ。何の用だ?」


 私は彼を呼び止めた。

 彼は足を止め、ゆっくりと振り返った。

 その顔は、私が知っている彼とはまるで違った。

 目にくまをつくり、頬は痩け、世界を呪った目をしていた。


 胸がきゅっと締め付けられる。謝るんだ、私。


「ご、ごめんなさい!」

「……なんで君が謝るの?」

「いや、えっーと……」


 煮え切らない態度に、彼は重い口を開けた。


「なあ。楽しかったか?」

「え?」

「俺を笑ってたんだろ。光の巫女様よぉ」

「そ、そんな」

「もううんざりなんだよ! お前も、お前らも!」


 彼が裂帛の声を上げる。

 泣いているような……苦しんでいるような声だ。


「野望がないなら俺の夢の邪魔をするな! 俺に文句があるなら正面からぶつかって来い! 頼むから……そんな柔い意志で、俺の願いを否定しないでくれ」


 息が出来なかった。何も言えなかった。

 私はただ突っ立ったまま、彼が去っていく背中を見つめることしかできなかった。


 彼の腕には、火傷の跡があった。

 治癒魔術なら簡単に治癒できるだろうが、何故か私には、彼がそれを戒めとして残しているような気がした。



 彼は、数日後にこの学校を去った。



 その後、貧民街で火事があったことを知った。

 中には一人の遺体があったらしい。

 そしてその場には、陰を纏った少年の目撃情報があった。


 特に捜査はされず、妙な噂すらも数日後には消えた。

 その少年が誰だったのか、今となってはもう分からないし、知りたいとも思わないが。


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