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僕は人々が嗅覚を奪われた世界で、アロマセラピストをしています。  作者: 梅屋さくら
Perfume4. セラピストの不幸と歴史の秘密。
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56. 関西やないねん。

 月の光と街灯のみが街並みを照らす中、大きなスーツケースを引っ張り、もう片手で紙袋を提げてミカゲは現れた。

 春先だというのにオレンジ色のオフショルダートップスにレザー生地のスキニーパンツという彼女らしい格好だ。首に掛けた鎖のようなネックレスが彼女の綺麗なデコルテを際立たせる。

 ミカゲも幼い頃からヒサシと交流があるため、いつもより暗い調子で追悼の言葉を述べた。そして追悼にそぐわない格好をしていることを詫びたが、


「じいちゃんのことを報せたとき、そういうのを気にするなって言ったのは俺でしょ。正直、真っ黒な服を着たミカゲなんて見たくないよ」


 とヒカルが制止した。彼は暗い雰囲気になるとすぐに泣き出しそうなほど精神的に不安定な状態だ。せめてミカゲにはそうあって欲しくないと思った。

 見たくないって何よ、とミカゲは反論しそうになったが、彼が自分のことを気遣ってそう言ってくれたのは分かる。無言で紙袋からさらに二つの紙袋を取り出した。


「これ、うちの院長からのお菓子。で、こっちが私から。開けてみて」


 ミカゲからと言って渡された袋の中には小さな箱。中には薄い茶色のキャンドルが入っていた。

 それを取り出したと同時に、ヒカルは紅茶の香りを嗅ぎ取る。懐かしい、ヒサシの香りにそっくりだった。


「実は院長な、ヒサシ先生の論文は全部熟読してるんやで。ほんで知り合いのセラピストに読め読めって押し付けたり、気に入った部分はラミネートしてクリニックに飾ったりしてるんやで」

「じゃあトウキョウに来てじいちゃんと会えば良かったのに」

「と思うやん? 憧れすぎて会えないーとか、オオサカの人間はトウキョウには行けんのやーとかいろいろ言って、あの人はこっちに出て来るの嫌がるねん」


 ああどうりでミカゲの院長と会ったことないのか、とヒカルは納得した。

 ヒカルが院長からもらった菓子の詰め合わせからマドレーヌやクッキーをいくつか取り出して、ヒサシのために設けられた棚にそっと並べる。


「じゃあお先。お疲れさま」


 マコトがミカゲに腕を組まれてクリニックを出る。早く行こうと急かされるがままストリートを歩き、飲食店が立ち並ぶ通りへと入っていく。


 焼き魚をつつき、味噌汁を少し掻き混ぜてから口に運ぶ。綺麗な指で箸を持ち、骨にわずかな身さえも残さない彼女の様子をマコトはじっと見ていた。

 そうしながらも彼女は口を休ませることもほとんどなく話していた。とは言っても口に食べ物を含んでいるときは絶対に口を開かないし、喋っても決して周りに迷惑を掛ける音量ではない。そういう、彼女の粗暴なようで常識人である部分がマコトは気に入っている。

 ミカゲは秘密を打ち明けていた。人差し指を立てて真っ赤な唇に当てる。


「私の出身地どこだと思う?」

「オオサカとか、ナラとか、まあ関西のほうでは?」

「そう思うやん⁉︎ 私の出身な、関西やないねん……」


 それから彼女は、十八歳までは関西出身であると思っていたこと、幼稚園卒園まではトウキョウに住んでいたこと、卒園とともにオオサカに引っ越したことを話した。

 そういえば彼女はヒカルと幼稚園の同級生であると言っていた。その頃は今のような話し方ではなかったのだろうかと想像すると、少し笑えてくる。


「オオサカでトウキョウ弁で話してたらなめられてまう、私は関西出身なんや! って思って、小さい私は関西弁の練習を一生懸命頑張ったんやで。ほんでいざ行ったらなんて言われたと思う?」

「なんですか」

「ミカゲちゃん訛りすぎやし、関西弁おかしいでーって!」

「じゃあミカゲさんの関西弁はけっこう間違えてるってことですか?」


 せやねんせやねん! と彼女は大笑いした。いつものようにマコトを叩きたそうに手がうずうずするが、彼に届かないので自分の太ももをぺんぺんと叩いている。

 こんなことヒカルに言ったら絶対馬鹿にされるから秘密な、と声を潜める。

 たしかに彼女のことさえ覚えていなかったヒカルは、彼女が関西弁であったか否かなど覚えているはずがない。

 マコトは手でオーケーサインを出して、また二人は魚と向き合った。

 少し経ってマコトが完食すると、口をペーパーで拭って息をゆっくり吐き、またゆっくり吸った。ミカゲのほうを真っ直ぐ見て、


「俺がずっと秘密にしていたことをミカゲさんに話します。これは親以外、ヒカルさえも知りません」


 ミカゲは彼の緊張を感じ取り、一口ぶんの味噌汁を碗に残して箸を置いた。思わず背筋が伸びる。


「親いわく、俺の安全に関わることです。しかしここまでのやりとりで、ミカゲさんは恐らく事実を話しても大丈夫だと判断しました」


 実は俺。

 そう切り出して話したことは、ミカゲの目を見開かせた。しかし今まで感じていた小さな違和感のすべては彼の話したことによって合点がいく。さらに彼の話したことには裏付けがあった。

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