12. もう1人院長がいる。
患者全員の患部に女性の指示通りのガーゼを貼った後はセラピストができることはない。
あとは香りの力に任せて様子を見るのみだ。
食欲はなかったが、長く様子を見なくてはならないであろうこの火傷の治療に備えて、3人は弁当を食べていた。
マコト以外の弁当は食べかけだ。
その場には、セラピストの女性もいた。
彼女はマコトとイノウエと向かい合って座っているヒカルの横の椅子に勝手に腰を下ろしている。
「初めまして、オオサカでセラピストしてます、三澤未影です。ヒカルとは幼稚園の頃の友達です」
ヒカルはミカゲに勢い良く抱きつかれたが、その腕を優しく離しながら未だ怪訝な顔をしていた。
「ごめん、覚えてないんだけど……」
ミカゲはわざとらしく口を大きく開けて驚いた顔を作ってみせる。
「覚えてないんか⁉︎ ミカゲやで、お泊まり保育のときペアになってだるまに絵描いたやん!」
ヒカルははっとした。幼稚園児の頃がフラッシュバックする。
「……あのミカゲか!」
「せやで、なんで忘れとるん!」
肩を容赦なくバシバシと叩くミカゲから目線を外し、ぼそっとつぶやいた。
「君のこと、男の子だと思ってた」
怒るだろうかと思い目線を外したわけだが、ミカゲの反応は違った。
腹を抱えて大笑いし始めたのだ。
彼女のあまりの笑いようにその場にいる3人はただその姿を見つめていたが、笑いが収まるまでかなり時間がかかった。
涙をアイメイクが落ちないように丁寧に指で拭いながらひいひい言っていたが、そのまままた話し始める。
「たしかにあの頃の私、男の子くらい髪短かったからなあ。どうや、美人になったやろ?」
長い髪を手でばさっと払い、ウインクした。
宙を舞った髪の毛は金色なだけでなくつやつやで、昼時の強い光を受けて透けているように見えた。
ヒカルはそういうとき上手く返答するのが苦手な質で、しどろもどろになっていると、マコトがそんな彼の代わりに質問する。
「ミカゲさんはどうしてここに?」
「ヒカルに会いに来たんや。それにしても」
椅子から立ち上がり、反対側のマコトがいるほうに近付いた。高いヒールの軽快な音が響く。
そしてマコトの手をぐいと自分の方に引き寄せて、口に運ぼうとしていたコロッケを食べてしまった。
呆気にとられるマコトを気にかけることなく咀嚼して飲み込み、口の周りを指先でなぞってその指をぺろりと舐める。
マコトの耳元に真っ赤な唇を寄せて、
「あんた、さっきは治療で頭いっぱいで気付かなかったけど良い男やな。クールそうで美人で、私のタイプやわ。名前何て言うん?」
と囁いた。
「マ、マキウラマコトです」
「マコト君って言うんやな、名前まで綺麗や」
戸惑って固まっているマコトになおも構わず、頬を指で小突く。
わあ、すべすべふわふわやな、と感想を述べるミカゲをヒカルが引き剥がした。
「やめてやってよ、マコト困ってる。それで、俺に何の用なの。わざわざオオサカからトウキョウに来たからにはちゃんとした理由があるでしょう」
せっかちやな、と不満げな様子を見せるが、彼女はすぐに真剣な表情になった。真剣な表情をすると、彼女のはっきりしたつり上がり気味の目がより一層綺麗に見える。
「オオサカでセラピストセミナーがあるんや。講師は何と、伯剌西爾、つまりニッポンの反対側でナンバーワンって言われてるセラピスト」
「いつ?」
「来週水曜日の11時から14時と、19時から21時。もし来るなら泊まりやで」
ヒカルはセラピストとしての自分の知識を高めたい意欲が強く、トウキョウ近辺でのそういったセミナーにはほぼ全て参加していた。
しかし即答はできなかった。
やはりこのクリニックを開業した院長である以上、平日のちょうど真ん中の水曜にクリニックを空けるのは悩ましい。
ミカゲは意外にも返事が来ず、手持ち無沙汰な様子で枝毛を探し始めていた。
「もしクリニックを空けられないって思って悩んでるなら行けよ。ここにはもう1人院長がいるんだ」
マコトが自分の方を親指で指し示す。その表情はとても凛々しかった。
「そうだよな。ありがとう。じゃあミカゲ、俺は行くよ」
マコトにさらに惹かれたミカゲは、彼の方をぽうっと見ていたが、はっと我に返ってヒカルの方に向き直った。
にかっと白い歯を見せて明るい笑顔を見せる。
「よし、宿泊先や時間は任せとき! オオサカ帰ったらまた連絡する」
そう言ってブイサインを作ると、マコトにどこかで購入したクッキーを渡して去って行った。
患者の経過を見なくて良いのか、と言ったが、
「ここには立派なセラピストが2人おるし平気やろ」
と豪快に笑った。
幼少期の私、すごく髪が短かったのでよく男の子に間違えられていました。
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