表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔公アリア  作者: らんたお
8/33

07.セオドア視点

「よぉ、楽しんでるか?」


 入室早々、私の神経を逆撫でするグレゴリー。それでなくとも、先程まで不愉快な人物が来ていたせいで頭痛がするというのに。しかし彼は、それすらも見透かしたように陽気だった。

 執務の大半を彼が行っている第三騎士団では、彼がいなければ事務処理が回らないと言われているほど。それを後回しにしてでも訪ねてきたということは、報告書ができたということだ。


「いやぁ、苦労したぜ。何せ、王都から国境までありとあらゆる場所で出没してくれてるからなぁ。同一犯かどうか見極めるのも、本当に大変で」

「早く出せ」


 手を出して報告書を渡すよう要求するが、グレゴリーは一瞬固まったものの渡そうとはしない。咳払い一つして、尚も何事か口にする。


「実は、大事な報告があるんだが」

「書類で見る」


 早く内容を確認したくて頑なに態度を変えないでいると、やっと書類を渡してきた。初めからそうしろと言いたいものだ。

 私が確認したかったのは、今回もアレが現場にあったのかどうか、だ。そして、どの程度調査が進んでいるのかである。


 現場の調査指揮権が第三騎士団にあるため、我々第一騎士団は報告を受けてからの被害者の身辺調査しかできない。それもこれも、第三騎士団の隊長であるオークウッド卿が意欲的に現場に馳せ参じているからであり、また、その現場において我々第一騎士団の出る幕はなかったからだ。

 誰が決めたわけでもなく自然と住み分けられてしまったため、現場の状況を私は知ることができない。だが、知らなければならない。あの悪魔が、現場で何をし、何を残していったのかを。


 義賊だ等と、皆いい様に解釈する。実際のところは、そんな義侠心からではない。騒ぎを起こして揺さぶりをかけ、失態を誘導する。もしそれが無理だったとしても、体が鈍って仕方がないから丁度いい、と暴れたかっただけだ。

 あの隠れ家も恐らく、勘のいいオークウッド卿ならば近く発見してしまうはず。間一髪、尻尾を掴まれることなく逃げ去れたというのが昨夜の状況だろう。


 調査の進み具合を後々知る形になる私としては、常に先手を打ってあの悪魔を誘導しなければならない。見つかったら見つかったで構わないだろう、と堂々とした姿勢を見せている悪魔を目的のためにもそういうわけにはいかないと諭すのは難儀だ。

 今は出方を窺うべき時だというのに、分かっているのだろうか。


 悪魔は、契約という形である私に対して包み隠さず己のことを話した。魔王陛下の右腕であり、ヴァンディットという七変化の武器を所有する戦闘・殺戮の権化の悪魔公アリア。

 闇の属性の中でも黒炎と血水を得意とし、気が短いので気を付けろと言う。頭を使うようなものは無理だと言うので、作戦を練るのは私の役目となったことは言うまでもない。


 悪魔は息を吸うように嘘をつく生き物だが、面倒だから使ったことはないと、どこまで本当か知れないことを言う。それすらも嘘なのではないかと初めは疑ったものの、2年も見ていればある程度内面が見えてくる。

 嘘とは、偽りだ。けれど、偽り続けるというのはとても難しい。あの悪魔にとっては、難しいことを実行し続けるよりも、素直でいた方が楽なのだろう。


 だからこそ、巷で囁かれる義賊についても、己の役目を果たし、欲求を発散させただけに過ぎないのだ。役目…悪魔にも、そんなものがあるのだとは知らなかった。

 欲望に溺れ、弱者を食い物にする悪しき人間。それらを狩るのが、あの悪魔の行動原理なのだという。勿論、相手が強者か神であるならば、戦闘欲求の方が勝るのだそうだが、人間相手であれば、人としての倫理を外れた醜悪な人間を恐怖に陥れながら殺すことが楽しみなのだそうだ。


 真っ当に生き、人を傷つけることなく、人を尊重する。そんな人間は、あの悪魔の切っ先を見ることなく平和に生きられるらしい。

 何故そんなものが決められているのか、と問えば、すべては魔王陛下のご意志だと簡潔に言った。魔王がそのような決め事を作っている、という事実に驚く。悪魔は皆同じく邪悪で忌むべき存在だと思っていたが、そうではなかったというのか。

 信じてきた常識が覆されたかのようで、とても信じがたかった。


 しかし、そうであるならば何故、我々は悪魔の呪いを受けているのか。その答えも、悪魔は教えてくれた。

 お前達が私の弟を殺したからだ、と言う。人間かぶれの意志の弱い弟を殺したことが罪なのだ、と冷笑した。悪魔が人間如きにやられることだけでも許しがたいが、寄りにも寄って私の弟を殺したのだからそれだけで罪だ、と語気を強めて悪魔は言う。

 そこで初めて、今目の前にいる悪魔が我々の祖先を滅ぼしかけた悪魔なのだと知った。


 なんということか。私達が償わなければならない相手が、まさかこの悪魔だというのか? そんな悪魔に対して、再び危害を加えた、と? 今度こそ人類は、滅亡してしまうのではないか。

 だが、そう考えて一瞬止まる。トリクシーのいない世界なのだ。滅びることに何を躊躇することがあるのかと。

 一瞬過ったその考えも、家族の顔が浮かんで消える。馬鹿なことを考えるな。トリクシーの死と人類の滅亡を同列に考えるべきではないと、自分に言い聞かせた。


 だが、この事実は絶望だ。目の前の悪魔を再び侮辱した。それがすべてなのだから。しかし悪魔は、我々への怒りよりも、己を陥れた悪魔に対して憤慨していた。

 悪魔の誘惑の魔法は、本来使用者を通して誘惑された者の寿命を少しずつ奪うものだという。その話を聞けば、ダンフォースに対して少しばかりの同情心を抱かないわけでもなかったが……トリクシーの身に起きた出来事を思えば、彼を許せる気がしなかった。


 初めこそ、人間の寿命を奪うことを目的にしていたのだろうと悪魔は言ったが、トリクシーを陥れた出来事がアディントン男爵令嬢の一存なのか、或いは悪魔の指示かによって見方が変わるのだという。

 アディントン男爵令嬢の独断であればただの愚か者なだけだが、もしも悪魔の指示であれば状況が変わる。トリクシーの中に上位悪魔がいたことを知り、格を上げるための下剋上だった可能性と、神への挑発のために信心深い王族を刺激して神を引き摺り出そうとしていた可能性があるのだという。


 両方向に向けていた可能性もあると悪魔は言うが、本当にそうだろうか? 私が知る限り、神が介入したことは一度もない。それこそ、あの悪魔が大暴れした際ですら神は我々の祖先を護ってはくれなかった。

 王族を刺激したからといって神が人類を護って下さるとは、とても信じ難かった。しかし悪魔に言わせれば、魔王陛下の右腕を断ち切っておいて傍観するほど、神は悠長に構えてはいないだろう、と言う。

 神の人柄を知らない身としては、そう言われても信じられない。人類が滅亡しかけたのを傍観していた神が、果たして悪魔同士の争いに介入するものなのだろうか。


 更に悪魔は言う。悪魔も神も、魂が保有する魔力がとても大きい。その為、人間のような肉体を所有する必要がないのだと。魔力で疑似的な肉体を作り出すことはお手の物なので、普段はそうして生活している、と。

 ただ、肉体を保てないほど魔力を消費してしまうことがあり、そうなった際は魂を休息させることで回復を図る。ある程度の歳月を要して回復させた後、悪魔も神も、人間の体に入ることで魂の完全復活を果たさなければならい掟なのだそうだ。

 その過程において、復活を阻むようなことはしてはならない。それなのにも拘らず、トリクシーの中で復活の日を待ち侘びていた悪魔の未来は断たれた。それは前代未聞の事態だったという。


 このような重大な事態でありながら、神は傍観できるわけがない。もしもそんなことが許されてしまえば、自分達とて復活を阻まれてしまうかもしれないからだ。

 悪魔同士の諍いだと、見て見ぬふりのできる問題ではないと悪魔は言った。今まで覆されたことのない掟を覆した悪魔がいるということは、それほど重大な事態なのだという。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ