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悪魔公アリア  作者: らんたお
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04.グレゴリー視点

「セオドアの奴、ビディに対してなんて態度なんだ!」


 入って来るなり何かと思えば、またアディントン男爵令嬢か。何があったんだか知らないが、セオドアの所に彼女を連れて行く方が馬鹿だろう。連れて行かされたのは皇太子殿下の方かもしれないがな。


 にしても、急に愛称で言わないで貰いたい。一瞬誰だと思ったじゃないか。

 留学が長すぎて帝国の文化を忘れてしまっているが、この国では短縮形の名を正式名と同様に扱っている。そのせいで頭が混乱してしまう。


 先程のビディという名も、ブリジット・アディントン男爵令嬢の愛称であり短縮形だ。

 セオドアはベアトリス嬢のことをトリクシーと呼んでいたし、セオドアも親しい者にはテッドと呼ばれていた。今は誰にも呼ばせていないが、それは恐らくベアトリス嬢以外に呼ばれたくないからだろう。

 俺も帝国人のはずだけど、短縮形の名前には慣れない。まぁ、さすがに正式名が長くなっていたら略しちゃうけどさ。


 そんなことより、皇太子殿下への態度が不敬だと言うのならばまだしも、公爵であるセオドアが格下の男爵令嬢への態度が悪いだけでここまで陰口を叩かれるなんておかしいだろう。恐らく仕事中にも関わらず邪魔をしたのだろうし、責められるべきは業務妨害の方だ。

 終始、アディントン男爵令嬢のことを無視していただの、殿下に関係者以外立ち入り禁止なのでご遠慮願いますと言って追い出しただのと、文句が尽きない。

 やはり、無理やり付き合わされたようだな、皇太子殿下。


 丁重にお願いしているわけだから、セオドアもよく頑張ったと思うよ。アディントン男爵令嬢を無視し続けていたなんて、彼の忍耐力の頑張りが窺える部分だと言えよう。

 少々不敬な面があっても、セオドアに対して罪の意識があるため皇太子殿下は強く言えない。寧ろ、顔色を窺うような素振りすら見えることも。一国の王になるべきお方が、威厳も何もあったものではないようにも思われるが、そのようになってしまった気持ちも分かる。色々とあったからなぁ……


 皇太子殿下とセオドアは、いわゆる幼馴染だ。正確には、皇太子殿下とセオドアとベアトリス嬢の三人が、だが。とても仲のよかった彼等が引き裂かれた渦中にいるのがアディントン男爵令嬢なのだから、疎まれていて当然だと言える。


 そんな当たり前のことにも気付かないダンフォースには、呆れを通り越して憐れに思えてしまう。奴は、本当に人が変わってしまった。昔はあんなにも、ドロレス嬢の愛らしさを逐一報告してくるぐらい骨抜きになっていたのに。

 奴から届く手紙の大半がそんな内容だったのは、もう3年も前のことだ。それがぱったりと途絶えたかと思えば、その翌年にはアインツ公爵家が不幸に見舞われ、一家全員がお亡くなりになられた。



 元々アインツ公爵家は、代々皇帝陛下に仕えた五公爵家の一つだったが、お世継ぎに恵まれず親戚より引き取った娘を令嬢として育てていたものの、血筋への疑念を抱かれ家名を継ぐことを周囲に反対された。その解決策として挙げられたのが、現皇帝陛下の弟の養子だ。

 王族の血を少なからず継いでいることが公爵家の証明であるとされていたため、先帝の時代に婚外子として生まれた彼の養子先として最も適していたというのが理由である。そのような事情から養子に出されたものの、お世継ぎ問題が解決した上にアインツ公爵家は公爵家の中で一番王族の序列に近い存在となって復活を果たした。


 その後、先帝が身罷られた後現皇帝が即位した(のち)、本の虫だと誰もが声を揃えて言うほど本に取りつかれていた彼は、爵位を継いでアインツ卿となり、皇帝陛下の親愛の証を得て宮廷書庫室長として幸せに暮らすこととなる……はずだった。


 歯車が狂い始めたのは、3年前のこと。ある男爵令嬢が、社交界を泥沼へと変えたのだ。

 見目麗しい男達が次々に陥落し、アディントン男爵令嬢に溺れてしまった。中には婚約者がいる者や、既婚者までいる。決して淫らな関係ではなかったものの、明らかに異常とも言える社交界の状況に、すすり泣く者が後を絶たなかった。


 婚約者や夫の心を奪われた淑女達は、淑女たるものの礼節を考えアディントン男爵令嬢に物申すこともあったが、相手は取り合わないどころか、男達の恨みを買う形となって溝が深くなっていく。その状況を目の当たりにした淑女の中には、嫌われたくない一心で何も言えなくなった者もいた。ダンフォースの元婚約者であるドロレス嬢もその一人。

 元々物静かな令嬢だったこともあり、アディントン男爵令嬢にもダンフォースにも何も言えず、ただ静かにその状況を悲しんでいた。それが2年前ともなると、アディントン男爵令嬢に対するある事件が勃発し、その首謀者があろうことかアインツ卿の一人娘のベアトリス嬢だと王宮で開かれた宴で疑われたのだ。


 その頃には、皇太子殿下やらセオドアやらの公爵家以上の者にも物怖じせず、時には不敬だと言われ兼ねないほどアディントン男爵令嬢は傍若無人になっていた。間の悪いことに、皇帝陛下や皇后陛下がアインツ公爵夫人の病状を見兼ねて夫妻を伴い視察という名の避暑へと赴いていた時に事件は起きてしまう。

 不幸にも、セオドアも護衛として付き従っていたため、ベアトリス嬢の味方となれる者がほとんどいない状況だった。


 全権を皇太子殿下御一人が背負う形になっていた状況で、皇太子殿下は真偽を確かめるまでは確定ではないと庇いはしたものの、アディントン男爵令嬢を庇う男達の猛追が激しく、ベアトリス嬢を王宮内のアマリリス宮に幽閉という名の保護をすることで一先ずの治まりをつけた。証拠だと言われているものはすべて状況証拠でしかなく、ベアトリス嬢が主犯であると決定付けるものは何一つ存在しない。


 帝国内に吹き荒れた嵐も、ベアトリス嬢は首謀者ではない可能性が高いという風潮が出始めたところ、事態を聞きつけた皇帝陛下や皇后陛下とアインツ公爵夫妻の王都帰還が成される前に、アマリリス宮が焼失した。一足先に戻って来ていたセオドアが燃え盛る王宮を目の当たりにして馳せ戻るものの、すべてが灰になるまで燃え続けたアマリリス宮からはベアトリス嬢が大事にしていた婚約指輪が見つかり、傍には複数人の男の焼死体が転がっていたという。


 元々体の弱かったアインツ公爵夫人は、ベアトリス嬢が亡くなったと聞き倒れ、その夜のうちに急死する。アマリリス宮で起きた事の調査が進むに連れ、出火を目の当たりにした侍女の話から、普段の護衛とは違う厳つい顔の物騒な男達が護衛に来て、本来ならば決して入ることのないはずのベアトリス嬢の寝室に入って行ったのを目撃すると、中から悲鳴が聞こえたという。自らも男達の仲間に抑えつけられ恐怖していた中、寝室から男達の下品な笑い声が聞こえた直後、彼等が入室してから数分と待たずに男達の悲鳴と共に寝室が燃え、その炎はアマリリス宮を焼き尽くすまで消えなかった。


 その状況から察することは、男達は本来の護衛ではないということと、ベアトリス嬢を傷ものにすることを目的としていた可能性があるということだった。そうであったのならば何故出火したのか、というところまでは分からなかったが、男達はほぼ即死だったところから、元からベアトリス嬢を殺すことを目的にしており、男達はただ殺人の片棒を担がされただけの爆発物という扱いだったのではないかという可能性が出て来たが、真相は謎とされた。


 一つ確かなのは、ベアトリス嬢が亡くなった、ということ。それらの事情を知った(のち)、ベアトリス嬢や夫人の後を追うようにアインツ卿も書斎で首を吊った、という事実だ。

 アインツ公爵家は爵位を継げる者もおらず、その広大な領土は未だ領主不在のまま2年も経っている。王族の喪の期間は3年であることを受けて、皇帝陛下がアインツ卿の死を悼み領土の所有を誰にも許していないとはいえ、管理する者がいないわけではない。

 アインツ公爵家にベアトリス嬢しか後継者がいないことから、セオドアが婿養子に入ることが元から決まっていたためだ。今は彼が便宜上の領主として管理してはいるが、あの日以来彼は死人のように生き、寝る間も惜しんで仕事に打ち込んでいて痛々しいばかりだった。

 まぁ、俺が知っているのは1年半前からの彼だけどな。その前の半年間は、生きているのかさえ分からなかったから、ほぼ失踪だったと言える。

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