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悪魔公アリア  作者: らんたお
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02.アリア視点

 悪魔や神が、尽きた魔力を回復させた(のち)に人に宿って完全復活を果たす。それは、この世界が存在するより以前から決められている理だ。

 人としての人生を生きてやっと、完全復活を果たせる。その過程で魂の成熟を阻むことは決して許されない。これは、決して揺らぐことのない不可侵だ。


 当然、神ならばそんな卑怯な手は使わない。悪魔と戦う際も、礼儀を重んじる一面があるほどだもの。殺し合いだというのに、随分と暢気なものだと呆れてしまう。

 だからこそこんな手を使うのは悪魔だと、確信できる。同族殺しは悪魔の醍醐味でもあるし、下剋上できれば、どれだけ格が上がることか。

 魔王陛下の右腕ともなれば、当然命を狙う連中の数は計り知れない。それを片っ端から薙ぎ払うのが楽しいというのに……復活を前に、それを邪魔されるとは。


 第二の潜伏場所でもある旧貴族の廃城の一室に姿を現すと、リリスがマントを脱がせる。


「特定はできたの?」

「いえ、申し訳ございません」


 給仕の手を休めぬまま、リリスは答えた。

 そう簡単に尻尾は見せないだろうとは思っていたけど、まさかここまでとは。あの小娘を利用して、私の復活を阻むことが目的だったのだろうか? 或いは、世を騒がせることで神を引きずり出すのが目的だったか。


 この国の王族は、神への信仰の象徴。神を冒涜し人間を(なぶ)れば、神を呼び寄せることも叶うかもしれない。神は基本的に人間に関わらないが、それは神の存在が人を愚かにしてしまわないよう、あえて距離を取っているからだ。

 逆に、悪魔は人間に積極的に関わって行く。人の心を堕落させ、弄び、魂を蹂躙する。私はいつも面倒だからと、悪魔の手を借りるまでもなく堕落した人間を狩り尽くすことに楽しみを見出していたけど、普通の悪魔は人間を弄ぶものなのよね。

 リリスに至っては、拷問することに快感を得ているけれど。


「アリア様、お食事はどうなさいますか? 湯船もご用意しておりますが」

「湯が先ね」

「承知しました」


 まったく、面倒だわ。人間というものは、食べなければ生きられず、水で洗い流さなければ体が汚くなる。おまけに、眠らなければ心を病むとは……面倒な作りをしているわ。悪魔であれば、どれも必要としないものだというのに。

 用意された浴室は、リリスの魔法で大きく造られていた。元々この屋敷には人一人が入れるぐらいの浴槽しかなかったけど、足を伸ばせないなんてとリリスが大浴場に変えなければ、手足を伸ばすこともできなかったわ。

 湯船というものはいいものね。人の体だからそう思うのか、とても心地よくてこのまま眠れそうだわ。


「アリア様、お体を綺麗に致します」

「えぇ」


 右手を支えながら布で体を拭くリリス。一つ気になるのが、何故お前まで裸なのかということ。醜悪な趣味に酔いしれる人間でもあるまいし、美女を侍らせる趣味はないのだけど。

 体を拭く布が首元まで来ると、リリスが抱き着いてきた。あぁ、また始まった。


「アリア様、アリア様。どうか私を」

「抱かないわよ?」


 何度も拒否しているというのに、リリスは時よりこうして懇願してくる。リリスの病は今に始まったことではないけれど、こうも毎回言い寄られると首を刎ねたくなってしまう。

 ただ、今は我慢せねばならない。リリス以外に給仕出来る配下がいないのだから。


 リリスは、魔界の片隅で泥水を啜るようにして生き、肥溜めのような扱いを受けていた。それもこれも、美しい見た目を持って生まれたせいに他ならない。

 上位悪魔として生まれていればなんの問題もなかったのだろうけど、最下位悪魔として生まれたことは不運だったわ。



 私が敬愛する魔王陛下の支配する魔界では、明確な規律があった。上位悪魔以外の下位悪魔は、同族を殺して成り上がれというもの。己の優位性を示すために弱い者を踏みつけ、親兄弟を殺してでも上を目指せという掟は、生まれたばかりの頃から植え付けられている生存本能だった。

 猛禽類の子供が自分だけ餌を貰うために兄弟を加虐し、生まれる前の卵を巣から落とすのと同じ。生き残るために殺す、ただそれだけ。


 下位悪魔は、上位悪魔ほどの魔力を有していない。それを打破することは出来ないまでも、少なくとも近付くことはできる。同族を殺して魔力を集め、魔界を出られるほど力を蓄えた後人間を(そそのか)す。もっともっとと貪欲に魔力を集めた者だけが、上位悪魔に迫ることができた。


 それは、魔界において必ず弱者が発生するということを意味する。厳しい魔界の掟の中で生まれた明確な順位は、搾取され続けるものを生み出していく。リリスもそんな悪魔だった。

 下位悪魔は己の魔力を安定させられないため見た目が悪いものが多いが、リリスは生まれた時から美しかった。美しさは強さだ。それだけで優位である。しかし、例え美しくとも力がなければ、力あるものの餌食になるだけ。


 餌食になり続け、搾取されることに慣れた時、たまたま視界に映った下位悪魔共を惨殺した現場にリリスがいた。感情を宿さない弱者の瞳に可能性を見出し、自らの居城に連れ帰ったのはただの気まぐれ。

 下僕に世話を任せて放っておいたが、相変わらず弱者の瞳のままだったのが気に食わなかった。


『生き延びたければ殺せ。強くなるまで私の視界に移るな』


 そう言い放って魔王陛下の命で居城を離れて任務に当たっている間に、リリスは強くなっていた。私の下僕達を皆、殺して。

 己を一番世話してくれた悪魔も他のものも、残らず拷問して殺した。感情のない瞳が愉悦し、恍惚と微笑む。頭から血を浴びたその姿に、私の勘は間違っていなかったと確信する。


 居城にいたのは下位ばかりだが、給仕する分には丁度いい程度とは言え皆手練れ。それを殺れるのなら実力は充分だろうと、給仕の仕方を配下に教えさせた。着実に頭角を現し、私の配下の内5本の指に数えられるほど使える存在になったものの、生まれのせいか自己肯定感が低く、時よりこうして私に認められようと迫ってくる。

 認めて欲しければもっと役に立て、と言いたいものだわ。


 上位悪魔は不死だから、不感症なものが多い。淫魔の類でなければ、肉体的接触に快楽など抱かない。

 それをいくら言ったところで理解できないのは本当に面倒だわ。自らの快感は拷問している時だと認識していても、他者を悦ばせる方法をそれしか知らないせいかしらね。

 私には不要なものだと、どう教えればいいのか。配下を教育するのは私の最も苦手な分野だ。そういうことはすべて、イヴァンに任せていたから。


 私の一番の側近とも言えるイヴァンだけど、まだ眠っているのか私の声に応えない。リリスを上手く扱えていたのはイヴァンだったのに、何でこんな時にいないのかしら。

 他の配下も応えないところを見ると、リリス以外に私の配下はいないということになる。早く、眷属を増やす必要があるわ。でも、今増やしても肝心のリリスに問題が多すぎて配下の教育まで私がしないといけないことになる……絶対に無理ね。面倒くさくなって、殺してしまうもの。


 眷属を増やす件はもう少し考えるとして、リリスをどうにかしないといけないわね。


「食事の準備をしてきて」

「アリア様」

「今すぐに」

「……はい」


 渋々と受け入れたリリスは、浴室から出ていく。あの病は、どうやったら治るのかしらね? イヴァンが目覚めないようなら、アフィロディアにどうにかして貰おうかしら。弟のこと以上に、頭の痛い問題だもの。

 そのためにも、どうしても借りを作っておく必要性がある。


「あの子供、何かやらかしてくれないかしら」


 恐らく何事か起こるはずだから、私はただ待てばいい。事が起こりさえすれば、否が応でも私の力を必要とするでしょう?

 その日が楽しみね?

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