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悪魔公アリア  作者: らんたお
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01.アリア視点

 久しく、このような高揚感を抱くことはなかった。これらはすべて始まりだ、と確信する。あの方の目覚めが近い。

 遠からず、皆が目の当たりにすることだろう。この世の悪をすべて吐き出して、生まれ(いずる)は闇の王。そのご尊顔を拝することが叶うは一握り。

 私はその一番近い場所で群衆を見下ろし、発布する。魔王陛下のために、魂を捧げろと。

 その日が待ち遠しい。


「アリア様」


 眷属のリリスが名前を呼ぶ。報告以外で口を開くとは珍しい。まぁ、それを言うならば、それに対して不快感を露わさずに反応する私も珍しいと言える。

 随分と寛容になったものよね。昔の私ならば、即刻首を刎ねていただろうけど。

 リリスは逡巡しつつ、慎重に言葉を選び進言する。


「間違いなく、アフィロディア様なのですか?」

「私が信じられないと?」

「いえ。ただ、あのような凡庸な子供に生まれて来るとは、信じがたく」

「はっ、確かに取り柄はなそうだったわねぇ」


 瞬きをしている間に忘れてしまいそうなほど、埋もれてしまいそうな顔だった。だが、それでこそアフィロディアらしいとも言える。人目を引かぬよう、最善を尽くしたつもりなのだろう。無駄なこと。一度(ひとたび)魔力が表に出れば、そんなものは意味がなくなる。分かっていただろうに……本当に詰めの甘い男よ。


「アレが目覚めてさえくれれば、弟を探しやすくなる。見張っておいて。借りを作れそうだったら作るわ」


 人のままでは、思い通りにならないことが多い。奴がどう出るかより、あの子供がどう出るか楽しみだわ。

 奴は慎重な男だが、あの子供はどうかしらね?

 人としての人生を生きる人格がある以上、自分であって自分ではないというもどかしい気持ちには覚えがある。奴とて、それは同じだろう。


 まぁ、今はそんなことはどうでもいい。やっとヴァンディットを手に持つだけの魔力が取り戻せた。全盛期の十分の一にも満たないとは言え、転移魔法も違和感なく使えるようになったことは収穫だったわ。これならば、眷属を増やすことも可能ね。

 威厳も何もあったものではない、汚く小さな部屋の椅子へと歩いて行く。一段高いところにあるだけのそれに座り、足を組みながら見下ろした。


「変わったことはない?」

「ございません」


 玉座に座る私に首を垂れる男。ほんの数年前までは、死んだような眼をしていたが随分と見れるようになった。それもこれも、この体の持ち主への深い愛情の成せる業、なのかしらね? 悪魔である私には、到底理解できるものではないけれど……なんて、リリスに言わせれば、人間なんかと契約し、子飼いにしていることの方が理解できないみたいだけど。


 私とて、人間に頼らなければならないことは不満だ。けれど、それと同時に楽しみでもある。これは、余興として大傑作ではないか?

 魔王陛下の右腕にして、戦闘・殺戮の権化とも言うべきこの悪魔公アリア様が、人間の小娘の体に閉じ込められているのだから。


 私の復活を阻んだ者は、楽に殺してなどやらない。何者であろうとも、私を敵に回したことを後悔させてやる。


「いつ、動けそう?」

「もう少し、陽動してからになります」

「ここはいつ空けた方がいいのかしら?」

「可能ならば、すぐにでも」


 あの人間共も、少しはできるみたいね。ベアトリスがああなった時は無能なのかと思ったけど。まぁ、こっちも派手にやったもの。あれで後手に回るようなら、救いようがないわ。

 椅子から立って、男の前まで歩いて行く。ほんの僅かな動揺を示す男は、されどじっと頭を垂れたまま拳を握る。それは恐怖からではない。怒りと悲しみだ。


「よくやったわテッド。必ず、お前の望みは叶えてあげる」


 息がかかるほど近付いて微笑む。この男がよく知る笑顔ではなく、悪魔の冷笑。その瞳は悲嘆に暮れ、痛みに震えていた。

 額に唇を寄せるのは、まだ死なせるわけにはいかないから。生きて役に立って貰わないと困るもの。

 可哀想なセオドアを残して、部屋を出て行く。扉の向こうから、男の嗚咽が聞こえた気がした。

 泣いたところで何になる? 婚約者一人守れなかったことを悔いても始まらない。すべての元凶は、この国で一番大きな城に住んでいる。


「お前達の罪は、いつも私と縁があるのね」


 この世界で一番大きな国の王族の罪。許せるその日まで、許しを請い続けなければなけないその最中に、再び罪を犯すとは。

 まぁ、今回ばかりはむしろお前達を憐れに思うわ。同情にもならない微々たるものだけれど。


「必死に抗って、事態を良好に済ませるよう配慮していた結果がコレだもの。随分と、判断力が鈍ったんじゃない?」


 たかが人間如きに、成す術などなかったのは確かだけど。

 相手が悪かった、と言えばそれまでだ。すべてが過ぎ去った後では、何一つ状況を好転させられないというもの。果たして、目をつけられたのは私か、お前達だったのか。或いは両方か?

 どちらにしても、私は立ち止まることなどしない。負けを認めることもないし、そもそも正攻法ではない。卑怯者には、それなりの罰を与えてやろうじゃないの。


 覚悟することね。この私を冒涜したことを魂に深く刻まれるほど後悔させやるわ。



 王宮に背を向け、潜伏場所として使っていた旧市街の古びた建物を後にする。目深に被ったマントは、闇に紛れるのには好都合。陰に入ったところで、転移魔法を使う。

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