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悪魔公アリア  作者: らんたお
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09.グレゴリー視点

 これは重傷だなと、第一騎士団の執務室を離れて思う。セオドアの疲れた顔を見たら、同情しかない。ちゃんと眠れているんだろうか? 元々眠りが浅そうなのに、ベアトリス嬢の一件から睡眠障害になっていると医者が言っていたが。


 それにしても、様子が変だったな。俺自身も第三騎士団に籠りきりだからあまり顔を合わせることもないが、奴は逆に第一騎士団にあまり顔を出さない。とは言え、今日ほど情緒不安定な表情を見せるとは……アディントン男爵令嬢は、本当にセオドアにとって害悪でしかないな。


 第一騎士団の副隊長であるセオドアは、現場仕事よりも執務仕事を請け負う方が多かった。本来ならば隊長自ら行うべき書類整理をやらされているからというのが大きい。

 まぁ、うちの隊長よりはやっているんだろうけどな。第一騎士団はうちに比べてやることが膨大だから、その分副隊長の負担はあるというわけだ。


 武人肌な隊長を持つということは、それだけで部下の負担が大きくなる。うちの隊長が正にそれで、第一騎士団の隊長のマクブライド卿に至っては王族への忠誠心の篤さが現場活動への根源となっていた。

 仕事人間なので書類関係の仕事でも手は抜かないが、何分皇帝陛下の近衛騎士でもあるので不在がちだ。

 まぁいい、それは分かる。ただ、なんで俺はこうなっているんだ? 副隊長でもないってのによ。溜息しか出ない。


 ともかく、執務を請け負う以上、王宮内にある騎士団の執務室はセオドアにとっていつも通う職場のはずである。それなのにも拘らず顔を見せないのは、十中八九アディントン男爵令嬢のせいだ。彼女が王宮に匿われているので、顔を合わせることがないようマクブライド卿が気を利かせた結果、十数日ぶりの出仕となった。

 王宮内にある騎士団の執務室に顔を出してしまえば、それを聞きつけたアディントン男爵令嬢が今日みたいに訪ねて来るかもしれない。そんなことを危惧しながら仕事を配分するのは大変だろう。


 まぁ、セオドアはアインツ公爵領の運営もしなければならないわけだし、あちらの実務に追われて騎士団の仕事どころではなかったというのもある。

 義賊の件で仕事に追われる騎士団にとって、色々と問題はあるものの誰でもいいから手伝ってくれ、な状況だ。申し訳ないと思いつつも、セオドアに来て貰わなければならないこともあったのだろう。


 大体、あの羽根は一体何なんだろうか。黒鳥にしては色が変だし、あんな闇のような色を持った鳥なんて知らない。単純に、俺の知識不足というだけなんだろうか?

 方々調べてはいるが、未だ何の鳥の羽根なのかは分かっていない。


 そう言えば、前にダンフォースに一つくれと言われていたな。あいつ自身が欲しがるとも思えないから、恐らく何処かから聞きつけたアディントン男爵令嬢が欲しがっているのだろう。

 事件の証拠品を欲しがるなんて、常識の無さに嫌気が差す。王宮で平和に過ごしているせいで、他人事だと思っているのだろう。帝国内では、大事になっているというのに。



「さてと」


 こんな好機は滅多にない。第三騎士団の執務室から離れられたこの機を利用して、密命の方の仕事をしますかね。

 実務に殺される前に、歴史から何からすべてを記録している保管室に向かう。消えた俺を部下達が探しに来るのはいつになるだろうかねぇ。






 保管室の管理を任されているアイザックに嫌な顔をされつつも目的の資料を引っ張り出して机に乗せて行く。検証と承認が済んだ書類や資料はすべてここに保管されているが、ここに入れるのは皇帝陛下や皇后陛下、皇太子殿下とアイザックのみ。

 アイザックに至ってはここに住み込んでいるので、書庫室最奥の壁から不気味な音が聞こえると書庫管理をしている者達に不気味がられている。

 まぁ、書庫室の奥にこんな部屋が隠されていることを知らされなければ、そりゃあ不気味だろうよ。俺には密命という役得があるので出入りさせて貰えているけど。


「アイザック、お茶くれ」

「飲食したいなら出て行け!」


 相変わらず、神経質だなぁ。ホント、これがうちの隊長の息子だとは思えないよ。同じ血が流れているとはとても思えない。

 片や武人肌の豪快な男、片や保管室に閉じ籠る文官の鬼才。似ても似つかない。

 まぁ、この容姿ですから? このまま事が収まるまで、ここでひっそり暮らしていた方がこいつのためかも。アディントン男爵令嬢に目を付けられないためにもな。後、いい加減髪を切れこの長髪男。

 溜息交じりに、資料に手を伸ばす。



 ベアトリス嬢の身に起きた事件の裏には、必ず何者かの手引きがあるはずだ。そうでなければ、騎士ではない者が騎士の格好をして王宮に入り込めるわけがない。

 焼死した男達の身元は、生き残った侍女の協力で制作した似顔絵などから判明した。彼女自身も男に抑えつけられていたにも拘らず、いくつかの特徴を覚えていてくれたおかげで犯行に及んだ6人を特定できたのだ。


 一言で言えば、ごろつき。王都内の治安の良くない地区の酒場でよく釣るんでいる連中に、顔や特徴が似ていると分かった。

 ただ、一体誰に雇われたのかという部分は未だ不明。それでも、彼等が実行犯であることが分かったことは大きな一歩だと言える。後は、どうやって彼等が王宮内に入れたのかということと、騎士団の服をどこで手に入れたか、だ。


 騎士の装いは、それぞれの騎士団で変わる。率いる隊長の家紋によって変わるからだ。

 今回の事件で使われた騎士の服は第二騎士団のもの。主に市中警護に当たる彼等が、王宮内で目撃されることはあまりない。つまり、王宮内に秘かに運び込んだということになる。


 可能性として考えられたのは、宴を設けた際に外部の料理人達や使用人達が入り込んでいたため、その中に不届き者達が紛れ込んでいたのではないかということだった。持ち込まれる荷物もすべて検査されていたはずだが、もしもその中に協力者がいたとすれば、甘い検閲で済んだ可能性がある。

 協力者だったのではないかと疑っている人物がいるにはいるが、今は泳がせている状況だ。尻尾を出してくれれば簡単なのだが、あの出来事以来、妙に羽振りが良くなったという事実だけでは不十分だった。

 しかし、あれだけ派手に金を使っているのに未だ金に切れ目が見えないところを見ると、何処かから金を得ているということだろう。その現場を抑えられれば、糸口が見えるかもしれないというのが今の状況だ。


 本当に、こんな地道なことをするしか出来ないことがとても歯痒い。セオドアにしてみれば、アディントン男爵令嬢を打ち首にしてくれという気持ちだろう。

 彼女が何かしらの関与をしていることは、証拠がなくても明白だ。しかし、どの程度の関与なのかが分からない。疑わしいだけでは罰せないのだ。


 ならば、別の角度から攻めてみるのはどうか、ともう一つの事件の資料も確認してみる。それは、アディントン男爵令嬢暗殺未遂事件。そもそも、この事件がきっかけでベアトリス嬢が疑われたのだから。

 しかし、ベアトリス嬢が関与してはいないだろうという結論に至りはしても、その事件の真偽は確かめられていない。それどころではなくなってしまったからだ。


 この事件が虚偽であったならば、すべての証拠が嘘であるとされる。しかし、実際に毒物が飲み物から検出されているので、少なくともそれは嘘ではないということだ。

 いつそれが混入されたか、そもそも毒物を何処から手に入れたのか、あらゆる角度からの検証を行った結果、入手経路を判明できた。アディントン男爵令嬢に心酔していた既婚者の貴族の妻が懇意にしていた商談から入手したものであると分かったのだ。

 夫の心を取り戻すために偽装自殺を装うために手に入れていたが、それを夫に見つかりその場で毒を煽ろうとしたのを夫に取り上げられたと夫人は話してくれた。その後の毒の行方は分からないとのことだが、夫が取り上げたのだからそいつが持っているに違いないと本人を問い詰めると、捨てた、の一点張り。怪しさ満載な非協力的な態度だったそうだ。


 もし万が一それが本当ならば、アディントン男爵令嬢には毒物が入手できた可能性がある。それを己自身に使えば、暗殺未遂事件に見せかけることも出来るということだ。

 しかし、あまりにお粗末な仕掛けではないか? これではとても、ベアトリス嬢を陥れることなどできない。単純に、ベアトリス嬢に疑いを向けることだけが目的で、罪に問う必要はなかったということだろうか。初めから、彼女の息の根を止めるつもりだったから?


 セオドア程ではないが、怒りを感じる。ベアトリス嬢さえいなくなればよかったということなのか。なんて、なんて不愉快な話なのだろう。あまりにも命を軽視し過ぎているし、騎士団の調査能力を舐めている。

 もっと突き詰めれば、いくらでもアディントン男爵令嬢を追い詰める証拠を集められるだろう。後は、王宮という牢獄に囲われたアディントン男爵令嬢の呪縛から目を覚ます者が出てきてくれさえすれば解決できそうなものだが、もう2年も経っている。段々正気に戻ってきてはいるが、未だ囚われている彼等をどうやって正気に戻せばいいのか、課題が山積していた。


「なぁ? お前はどう思うよこの事件」

「……共通の敵」


 言葉少なげに自室に引っ込んでしまった。まぁ、あれだ。あいつなりの決意表明ってやつだ。その決意のままに、絶対に部屋から出るなよ?

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