マスクが無いから、妹のパンツをマスク代わりに被ってみた。
俺の名は白井カズマ……今年高二になる、ごく普通の男子生徒。
その日大地は裂け、海は割れて、人々が泣き叫び、この世全てが地獄と化すほどの恐ろしい出来事が、妹のパンツによって引き起こされたのだ。
伝説の勇者と魔王の死闘も霞むほどの、俺の壮絶な体験記をここに書き記そうと思う。人々が同じ過ちを繰り返さないために……。
◇ ◇ ◇
さる2020年3月、新型コロナウィルスが世界的に流行した。日本も例外ではなく、感染を防ぐためのマスクが品薄になり、入手困難となった。
我が家にあったマスクの備蓄は底を尽きてしまった。このままでは俺はコロナウィルスに感染し、妹との『濃厚接触』をしてしまうだろう。
そこで俺はマスクの代用品として、ある物を使う事に決めた。それは……。
「ギャーーッ! お兄ちゃん、私の部屋で何してるのっ!」
金髪ツインテで見た目ロリなかわいい妹が、大声で叫びながら部屋に入ってきた。名前は白井珠美、十三歳。今年中学二年になる。胸は小さいが、お尻はプリップリだ。なんでも最近『鬼滅の刃』という漫画にハマったらしい。
タンクトップにパンツ一丁という部屋着姿のセクシーな妹が、俺を見るなり嫌そうな顔をして言う。
「お兄ちゃん、なんで私のパンツ被ってんのよっ!」
そうだ。俺は珠美の部屋のタンスにしまってあったパンティを取り出して、顔に被ったのだ。
パンツを被った破廉恥な姿を妹に見られて、俺は俄かに慌てふためく。
「ちちち違うんだ、珠美っ! 落ち着いて俺の話を聞いてくれっ! お兄ちゃんは決して変態になった訳ではないっ! これはコロナウィルスを防ぐために、マスクの代わりに妹のくさそうなパンツを被ろうと、そう思っただけなんだっ!」
パニクって声を上擦らせながらも、必死に弁解した。
俺が全身汗だくになり、スーハースーハー息をするたびに、顔に被ったパンティの布を通過した空気が、肺の中に入ってくる。洗濯しても尚消えぬ妹の濃厚なる香りが、俺の心を激しく掻き乱す。俺は不覚にもギャラクシアンエクスプロージョンしそうになった。
それはともかく、珠美の俺に対する軽蔑の眼差しは変わらない。この世のものとは思えないゴミを見るような目で、俺を見ている。
「お兄ちゃんの嘘つきっ! バカっ! 変態っ! エッチ! ハーレムラノベの主人公っ! そんな薄い布一枚で、コロナウィルスが防げる訳ないじゃんっ!」
珠美の言う通りだ。俺はぐうの音も出なかった。
妹が穿くパンツの布は確かに薄い。あまりに薄すぎて、妹の聖地アヴァロンが見えてしまいそうになる。それを想像しただけで最弱の武器ショートソードが、最強の魔剣ダインスレイヴに進化してしまいそうだ。性的な意味で。
「もし防げるんだったら、お兄ちゃんの言う事なんでも聞いてやるっ! べーーっだ!」
珠美はそう口にして、お尻ペンペンした挙句あっかんべーした。中学生のやる事か。
「ん? 今なんでもやるって言ったね?」
妹の言葉に俺は目を輝かせて、ニヤリと邪悪に口元を歪ませる。ククッと声に出して笑う。
人類を滅ぼす魔王のように冷徹な笑みを浮かべた兄の表情を見て、珠美が思わず後ずさった。あまりに自信ありげな俺の態度に、内心焦りを抱いたのだろう。
「い……いいよ。チュウでも何でも、好きにさせてあげる。だって証明できるワケないもん」
そう言って赤面しながら強がるので精一杯だった。
「フフフッ……珠美よ。女に二言は無いぞ。今言った事をすぐに後悔させてやる。貴様は兄に顔がふやけるほどチュウされて、散々に弄ばれた挙句、アヘ顔でダブルピースしながらファイナルアトミックバスターするハメになるのだ……」
既に勝利を確信した俺は、パンツがマスク代わりになる事を証明すべく、妹のパンツを被ったまま家の外へと飛び出す。
「お兄ちゃんやめてっ! そんな格好で外に出たら、お巡りさんに捕まっちゃうよぉ!」
珠美が慌てて止めようとしたが、俺は忠告を無視した。国家権力など知ったことか。
◇ ◇ ◇
家の外に飛び出すと、早速俺は大きく口を開けて、外の空気を一気に吸い込む。自慢じゃないが、肺活量はかなりある方だ。
「すぅぅーーーーーーっ」
大量の酸素と一緒に、大気を漂うコロナウィルスが呼吸によって吸い込まれる。大半はパンツの布で遮断されたものの、ごく微量のウィルスがフィルターを通過して体の中に入ってしまう。
やはりパンツの薄い布では、マスク代わりにならないか……俺は珠美との『濃厚接触』が避けられない事を知って深く落胆する。
「……ッ!!」
その時、俺の体に異変が起こった。
空気を吸い込んだ途端、俺の体を電流のような痛みが駆け巡ったのだ。直後心臓がドクンドクンと激しく鼓動し、心拍数が急激に上昇して、胸が圧迫されたように苦しくなって息が出来なくなる。
「ぐぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」
体が引き裂かれんばかりの痛みに悲鳴を上げた俺は地面に倒れて、ミミズのようにもがき苦しんでのたうち回る。まともに意識を保っていられなくなり、すぐに死にそうになる。
「お兄ちゃんっ! どうしたの、お兄ちゃん!」
タンクトップにパンツ姿の珠美が裸足のまま家の外に飛び出し、慌てて俺の元へと駆け寄る。心配そうな表情を浮かべて、優しく俺に声を掛けたり、何度も体を揺すったりしてみたが、何の解決にもならない。俺の症状はどんどん悪化するだけだ。このまま死んでしまうのか。
「おお、これは……何という事だッ!!」
珠美が何も出来ず途方に暮れていた時、誰かがそう声を掛けてきた。
声の主は背が高くて白衣を着た、白い髭の老人だ。知的な印象を与える見た目は、高名な医者か学者のように思える。
「私はゼル・シュナイダー……通りすがりの博士だ。実は別の世界からやってきたのだが、詳しい説明をしている時間は無いッ! そこのパンツを被った青年、彼の身に何が起こったのか、私には分かるッ!!」
ゼルと名乗った学者の爺さんは、何故俺が死にかけたか知っているというのだ。
「青年が吸い込んだのは、ただのコロナウィルスではないッ! パンツの布に、ごく僅かながら付着していた少女の体液……それをコロナウィルスが取り込んで、突然変異を起こしたんだッ! 数分と経たない内に全身を猛毒に汚染されて死に至る、恐怖の殺人ウィルス……青年はそれを吸ってしまったのだッ!!」
何という事だ。博士が言うには、パンツに染み込んだ妹成分とコロナウィルスが奇跡のコラボレーションを起こして、悪魔の細菌兵器になったというのだ。俺はその餌食になってしまった。
「博士っ! お兄ちゃんが助かる方法は無いんですかっ!」
珠美が俺の生存方法を博士に問う。最愛の家族を助けるため必死になる。
「残念だが……助かる方法は無い」
博士は重苦しい表情のまま、言いにくそうに答える。
病気の原因は知っていても、治す方法までは知らないらしい。
妹の期待に応えられない事に責任を感じたのか、目を瞑って顔をうつむかせる。
「そんなぁ……」
珠美がガックリと膝をついて肩を落とす。兄が助からない事実を知らされて、心の底から落胆する。目にはうっすらと涙が浮かび、今にも泣きそうになる。
「やだよぉ……お兄ちゃん、死なないで……私を一人にしないでぇ」
涙目になりながら、地面に倒れた俺にしがみつく。何度も声に出してお願いする。俺が死んだら、この先一人では生きていけないと言わんばかりに……。
でえじょうぶだ。デレゲンベェルさあれば、生きけぇる。
……なんて事はなく、俺はガチで死にそうになる。このまま妹を泣かせる事しか出来ないのか。そう思うと、俺は悔しくてたまらない。俺はなんて無力なんだ。
「お兄ちゃん……今の私に出来るのなんて、これくらいしか無いけど」
珠美はそう言って、俺のほっぺたにチュウした。
その時、不思議な事が起こった!!
妹の柔らかい唇が俺の頬に触れた瞬間、全身の細胞が炎のように熱くなったのだ!
「おおっ! これはッ! 兄を心から慕う妹の愛が、兄の細胞を活性化させ、潜在能力を引き出したのだッ!」
博士が、この奇怪な現象について解説する。
「フォォォォオオオオオオオオオオッッ!!」
俺は大声で叫びながら立ち上がる。アドラバーストした俺の全身から炎が噴き出して、体がみるみるうちに元気になる。もはや『身勝手の極意』を習得した俺に、コロナウィルスなど敵ではない。今の俺ならジレンに勝てる。
それどころか俺の体そのものがコスモリバースシステムとなり、俺の体から月光蝶のように放たれたナノマシンが、大気に蔓延していたコロナウィルスを浄化する。
やがて数分が経過した時、日本から全てのコロナウィルスが消え去っていた。
「おお……空気が……空気が浄化されていく。世界は救われたのじゃ……ありがたや、ありがたや」
隣の家に住む婆さんが、空を眺めながら、両手を合わせて拝む。コロナ騒動が終息した事に、心の底から安堵した。
「お兄ちゃぁああんっ! 生きてて良かったよぉぉおおおおっ!」
珠美がそう言いながら俺に強く抱きついて、両手でしがみつく。目から大粒の涙を溢れさせながら、子供のように泣きじゃくる。
俺は妹の頭を優しく撫でた。普段は辛辣な態度で接しても、やはりいざという時は兄の事が心配なのだ。俺が死の淵から生還した事を、泣いて喜んでいる。俺はそんな妹がいとおしい。結婚したいくらいに。
「お兄ちゃん、大好き……愛してる」
珠美は熱烈な愛の告白をすると、俺のほっぺたにチュウをした。
俺は世界一の幸せ者だ。もう法律なんてどうだっていい。この先どうなろうと、俺は珠美とずっと一緒にいる。死ぬまでずっとだ。俺は珠美を愛している。
実の兄妹は結婚できないというなら、事実婚でいい。たとえ夜のスカイラブハリケーンできなくとも、それでも構わない。もはや俺たち愛し合う二人を引き離せる力など、ありはしない。
俺が妹と生涯添い遂げる事を強く誓った時……。
「あーー、そこの君ぃ」
そう言いながら、誰かが声を掛けてきた。
俺が振り返ると、数人の屈強なポリスマンが立っていた。彼らの近くに一台のパトカーが停まる。
「パンツを顔に被った不審者がいると通報があってね……悪いけど、ちょっと署まで来てもらうよ」
警官はそう言うと、数人がかりで俺を押さえ付けて、力ずくでパトカーに乗せようとする。俺は必死に抵抗したが、彼らはバキの死刑囚よりも強かった。世界を救ったはずの俺は、なす術なく連行された。
「お兄ちゃぁぁああああんっ!」
「珠美ぃぃいいいいっ!」
愛し合う二人は国家権力によって無情にも引き裂かれたのだ。
幸いな事に悪質な犯罪とみなされず、俺は厳重注意を受けて反省文を書かされる程度で済む。だが今後、珠美のパンツを頭に被る事を固く禁じられてしまう。
それは大の妹フェチである俺にとって、死刑判決を受けたに等しい。
俺は深い悲しみのあまり、ファミコンの『スーパーマリオブラザーズ』を何度もクリアした。そうする事でしか、心の傷を癒せなかったのだ。
◇ ◇ ◇
……これで俺の壮絶な体験記は終わりだ。
最後まで読んでくれた皆に、どうしても伝えておきたい事がある。
それは、妹のパンツはマスクの代わりにならない……という事だ。
これを教訓として、俺と同じ過ちを犯す者が現れない事を切に願う。
完ッ!
……完ッ!(二度目)