この星で暮らすために
この『根戸』と、彼女が養う子供たち。
彼らは外見的には猫そっくりだが、実は全く別の生き物だ。そもそも、地球の生物ですらない。
はるか昔、宇宙船の故障でこの星に降り立ったのが、彼らの先祖なのだという。
幸い、彼らの星もこの星も、大気成分は同じ。まず息をするには困らなかった。しかもこの星には、姿形が酷似した『猫』という生物が存在していたため、彼らは猫に擬態して暮らすことを決めた。
しかし。
この星における猫は、別に生態系の頂点というわけではない。『猫』のままでは、生きていく上で危険も多かった。
だから彼らは、人間に――この星で文明を築いている存在に――なることを考えた。ちょうど彼らは「生物の脳髄を食すことで、その記憶や姿形を貰い受ける」という特殊能力を有していたので……。
「この星のニンゲンには、戸籍という厄介な制度もあるの。いきなり新しいニンゲンが現れても、受け入れてもらえないの。だから子猫のうちに既存の子供とすり替わって暮らすことになるのよ」
彼女だって、子猫の頃に根戸家に送り込まれて、その時から『根戸』として生きてきたのだ。
一生懸命に説明する彼女だったが、もう子猫たちは、話を聞いていなかった。かろうじて耳にしていた子猫も「『既存』って何だろう? ママの話、難しい……」と思いながら、敢えて聞き返すほどの興味は示さなかった。
もう彼らは満腹になったはずなのに、それでも死体にかじりついている。難しい話を聞かされるのが嫌で、食事の方に戻ってしまっていた。
それに、この子猫たちにとって『ニンゲン』は美味しいご馳走だ。食べ残すことだって、今まで一度もなかったくらいだ。
「あらあら。そんなに、がっついちゃって……」
母親の声にも「もう話を続けるのは諦めた」という気持ちが出ている。説明は、またの機会だ。
それでも。
あらためて子猫たちに話して聞かせたことで、彼女は、ふと思い出す。
偉大なご先祖たち。
でも、中には迂闊な者もいたのだろう。例えば化け猫の伝説は、人の姿への変身を見られてしまったご祖先たちなのではないか、と彼女は思うのだ。
また、世界中に伝わる宇宙人の話の中にも、ご先祖たちの目撃談があるのかもしれない。
そうした噂をチェックするため、彼女は、インターネットで都市伝説を漁るのが好きなのだが……。
「そういえば、都市伝説じゃないけど……」
これもインターネットで知った話。今から四十年くらい前に、服を着て二本足で直立した猫の写真やグッズが、日本中で大流行したのだという。あれなんかも、うっかり猫の姿のまま二足歩行しているところを見られたご先祖様がいて、それがヒントになっていたのかもしれない。
「それに……」
昔話ではなく最近の出来事で。
都市伝説系まとめサイトのリンクから跳んで知った、現実的な怖い話。
DNA鑑定が簡単になってきた昨今、調べてみたら「実は自分の子供ではなかった」というケースが増えているのだという。
他人の子供を育てていた父親の立場から書かれている場合が多いが、あれだって、実の父親の立場から考えてみれば……。
「人間夫婦の元に我が子を送り込む私たち……。それと同じようなものよね? ネットでは、確か『托卵』と呼ばれていたかしら」
もはや食事に夢中で、彼女の言葉など耳に入らぬ子猫たちを前にして。
この星の人間社会で『根戸』として暮らす彼女は、フフッと笑いながら、呟くのだった。
「托卵ブーム……。ニンゲンたちも、ようやく私たちに追いついてきたのかもしれないわね」
(『猫の子育て ――この星で暮らすために――』完)