同僚の女性
三人の姿が見えなくなったところで。
仕事が一つ片付いてホッとしたのか、女性職員の二人は、カウンターに並んだまま雑談モードで言葉を交わす。
「それにしても……。根戸さんは、本当に子供に好かれるわねえ。あの子の帰り際の態度、見た? 本物のお母さんより、あなたに懐いちゃったみたいだったわ」
「あら、さすがに、それは大袈裟ですわ。あのママさんにも失礼でしょうし」
同僚の言葉を、冗談として受け流す根戸。
「そうかしら? まあ、どちらにせよ……。いつも根戸さんが迷子の世話をしてくれて、本当に助かるわ。私、子供の相手するよりも、カウンターに立っている方がラクでいいもの。こういうの、適材適所って言うのかしら?」
それでは仕事を押し付けられているようなものだが、
「そうかもしれませんね」
根戸の顔には、不満の色は全く浮かばない。むしろ、嘘偽りのない笑顔にしか見えない。
「ええ、これって、私の天職なのでしょうね。私も、子供は大好きですから」
「根戸さん、好き過ぎて迷子お持ち帰りしたりしちゃダメよ?」
「そんなことするわけないじゃないですか! やだなあ、丹下さんは!」
ホホホと笑う根戸を見ながら、丹下は思う。
迷子センターで働く同僚としては、根戸は悪い相手ではない、と。
根戸は人付き合いが苦手らしく、職員同士の飲み会にも顔を出さないような人間だが……。別に丹下だって、根戸と友達になりたいわけではないので、それはそれで構わない。
根戸のプライベートにも興味はないが、いつも休憩中スマホにかじりついているので、一度「何がそんなに面白いのか?」と思ってヒョイッと覗き込んだことがある。すると、根戸はインターネットのまとめサイトを見て、ニヤニヤしているようだった。
しかも、お化けとか宇宙人とかの都市伝説をまとめたサイト! なんてネクラな趣味だろう!
そんな陰気キャラの根戸が子供に好かれるのは、丹下には少し不思議だったが……。
「まあ、ともかく。根戸さんが迷子の世話をしてくれるのは、本当に助かるわ」
内心での根戸評価は顔には出さず、とりあえず丹下は、先ほどの言葉を繰り返すのだった。
しばらくして。
館内に「まもなく閉店のお時間です」のアナウンスが流れて。
一日の仕事が終了する時間帯となった。
客たちが帰っていった後、控え室を兼ねた更衣室は、自分たちも帰ろうという職員で賑わう。
特に女子更衣室の方は、もう「女三人寄れば……」どころの数ではないので、かなり賑やかだ。
「先輩、今日どうします? 旦那さん、出張中ですよね?」
「そうなのよ! 一人寂しくご飯なんて、まるで独身時代に戻ったみたい!」
「それなら、私たちと一緒に飲みに行きません?」
「そうねえ、ご相伴にあずかろうかしら」
「いっそのこと、丹下さんも誘いません?」
「あら、いいわね! ほら丹下さん、あなたも行きましょうよ! 今時の若者のエキス、吸収しちゃいましょ!」
「あら、私も構わないの? それなら喜んで……」
迷子センターで働いていた丹下も、別の部署の職員から誘われ、一緒になって騒いでいる。
もう同じ迷子センターの根戸のことなど、眼中にない。
そんな中、根戸は、
「お先に失礼します。
誰に言うともなく、宙に浮いた感じで挨拶の言葉だけを残して、一人その場を去っていく。
直接の同僚からもこの扱いを受けるくらいで、そもそも「人付き合いが苦手」と認識されている根戸だから、彼女が帰っていく様子に関心を向ける者など、一人もいなかった。
いつも根戸が大きな鞄を抱えて通勤していることも、その鞄が、いつも以上に大きく重そうに膨らんでいることも、誰も気にしていないのだった。