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プロローグ

森林の代わりに鬱蒼と生い茂るのは人、人そして人。

太陽と朝露の乱反射が寝起きの眼に厳しい朝には鎧袖一触のスーツと学生服の濁流が駅のホームに押し寄せる。茹だる熱を帯びた蜃気楼のような昼には朝の濁流が街中まで流れ着き人々が波を持つ海になる。

星の落ちそうな静寂を忘れた夜空は都会の摩天楼の所為でその姿をしばらく見せていない。

明かりといえば街灯、ビル、そして流れの弱った人のことを指しては眠らない街を彩った。

ある意味では完成された世界。

人がいて都市がある。齢16の私にはこれでよかった。ここで生きてきた、だからそう言える。


ガタンガタンと円環の電車は揺れる。喧騒は歌のように流れ耳を塞ぐイヤホンもそれを守ることなく一緒に音楽を奏で続ける。


そういえばどこかで聞いた事がある。

交通事故による年間の死者数は3000を超えて約4000人なんだとか。こういうことって考えると気が気じゃないんだけどもしこの電車がって思うと少し安心する。

だってここの皆が死んだらそれは世紀の大事故だろうから。

電車のドアが空く。人混みの熱気とは別の不快な熱気が車内と混じって尚のこと苛立ちを増す。そこからせき止められた水道管が決壊したように流れる人に身を任せて私も一緒にホームに流れ出る。充満する瘴気が弾けたように外気と混ざる。

制汗スプレー、香水、汗。私はどれだろう。多分誰も気にしてない。誰も、彼も。混じって交じってぐちゃぐちゃになってるから誰も気にしてない。例えばそう。誰かが鋭利な刃物で刺されたって。

男はホームで発狂し私の、というか周りにいた人を次々と刺して暴れ回った。

どくどくと流れる血に青ざめ視界が霞む。

死の瞬間。ぼたぼたと落ちる若干粘液質な血液が地面にまばらな模様を書いてはそれを私の身体が覆う。

なにが起こったのか理解が進まないまま前のめりに壁みたいになった地面に突っ込むと頭まで割る衝撃が伝わったみたいで1回脳が揺れる。

鈍痛が身体を支配して体温が下がるリアルな質感。これはなんだろう。夢か現か。

目覚まし時計の音が鳴らないから、多分現実なんだろうな。だって死んだら夢から覚めるって聞いたから。

そういえば、日本で起こる殺人事件の被害者は年間300人に満たないという。

(こっちの方が有り得ないじゃん……)

右脳が、左脳が揺れて、意識が遠のく。

他愛もない雑音が嘘みたいに消えていくのを感じ終えると私の視界は一瞬で真っ暗になった。

終わりのとき。

私が私を見下ろすのはまさにその瞬間だった。


これが、私の最初の終わり。



目を覚ますとそこは黒い森だった。

霧がかかった湿地帯の地面で身をうずめていた私はゆっくりと起き上がる。

(私……死んだんじゃ……)


朧気だけど気が狂ったように奇声を上げる男に腹部を刺された記憶は残っている。

勿論痛みを感じたことだって覚えているけれどそれらしき傷はどういうわけか見当たらない。

状況を整理したとてここがどこかも分からない。凡庸な頭で幾つか考えられることを挙げてみてもいかにも「らしい」ことしか思いつけない。

例えば死後の世界だとしてここが天国だというなら宗教家たちは随分と大きな嘘をついていることになる。私は無宗教だしそもそも天国なんかは信じていないけどここが天国なんかじゃないことははっきりわかる。

じゃあ地獄かと聞かれればきっと否だろう。だって傷も痛みも感じないし閻魔大王様だってその使いだっていつまでたっても姿を見せやしない。

(もしかして……生きてるのかな……?)

ほっぺを乱暴に抓ったりしてみると確かに痛みを感じた。生きてる。はっきりと意識があって快活に脳が回転してるのもわかる。

生きているなら2度も理不尽な死に苛まれるなんてまっぴらだ。フル回転でも理解できない状況にアドレナリンが出ている間にここがここが何処なのかを知らなきゃならない。そのまま辺りを見渡すと暗闇に目が慣れていき少しずつだけど道が見えるようになった。

微かに川の音がする。そっちに行けば人はいなくてもなんとかなる気がする。

(たしかサバイバルの番組かなんかで川に沿えば下山できるって言ってたような……)

歩き出す瞬間その方向に唸り声と仲良く暗闇に赤い光がいくつも浮かび上がる。

ガサガサと音を立ててじわりじわりと寄って来るのは犬と似た形だけど比べ物にならないくらい大きい。

(あれって狼……!?じゃあここ日本じゃないの!?)

グルグルと唸り声をあげて狼の集団は何かの好機を伺っている。

(やばい……いや、やばい!)

咄嗟に踵を返して走り出しあてどなく悪路を走る。

馳せるように、私の息は世界を弾ませる。

二度か一度か。いいや何度も。私の足をくじく。泥濘を駆けてはその視界をふらつかせてもまだまだ走るしかない。心臓がポンプをして血液と酸素を循環させるが、私の疲労に追いつくわけもなく吐瀉物が胃の中で逆流して外に出ようと私よろしく必死になる。

逃げられている。なんとか。決して私は足が早いなんてことはないし歩幅も狭い。それでも狼は私を取り囲むようにして襲ってくる気配はなかった。

「あぅ!!!」

グシャリ、と木の根っこに脚を取られて無様に顔面から転げる。

立ち上がるまもなく狼たちは私の身体に近づき匂いを嗅いでいる。毒かどうかを定めているのだろうか。でも勿論私に毒はない。

朦朧とする意識のなかで世にも珍しい2度目の死を味わう事になる。

(なんでこうなるのよ……)

走馬灯のように母親の死んだ日を思い出す。

父親のような何かが女を作って逃げた夜のこと、引き取られた先で優しかったおばあちゃんのこと。でも全部思い出す前に醜悪な獣の臭いと共に獰猛な牙が迫る。

動かない身体と一緒に目を伏せる。

次は覚悟を出来た「死」ということを鑑みるとまぁ相応に理不尽の極みまではいかないだろう。

そして迫り来る「その」瞬間は、まるで世界の終わりにも見えた。


牙が刺さる瞬間、狼の身体が真っ二つに裂け、噴水のような血飛沫を上げた。


(……え?)

理解の追いつかぬまま瞼を開くとそこには黒いローブ?のような浮世離れした衣装を纏った男が立っていた。

「死の直前にも魔力を発しなかった……おい、お前。魔法は使えるか?」

なにが、一体なにが起こっているのか検討もつかない。狼が爆散して男が魔力だのなんだの、これは漫画の話?例えあのサイコキネシスみたいなのが偶然でも私の前に立ってこの狼から守ってくれたのは事実だし……。

「えぇと魔法って……?」

ありがとう、の前にこれは良くないとも思いつつ聞かれた事だけに答える……質問を質問で返してるから更に無礼なこと極まりないのは言った直後に気づいた。

「……どうやら本物のようだな」

男はニヤリと細く微笑み私を担ぎあげる。

「「鍵」の守人よ。俺は扉の御子のシド・ファウストだ。貴君を守りに来た」

またもや意味不明言葉との自己紹介。簡潔だけど全然内容がわかならい。でも命の恩人に名前を名乗られたからには返さなくては。

「……えっと私は……」

朱星 永久です。頭の中ではそう言ったけれど声には出なかった。助かったという安堵が緊張感の糸とアドレナリンをぶった切って暗い意識に堕ちる。

ガクッと項垂れる頭が寄りかかったその堅牢な肩は陽だまりのような懐かしい匂いがした。

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