2話雑誌記者
「ダンナ、アンドレの旦那、どうかしましたか?」
私の背中に手がかかり、聞き覚えのある気さくなダミ声に私は振り向いた。
私の後ろに立っていたのは、フランソワと言う名の雑誌記者だ。
近年流行りの神秘主義者向けの英・米国大衆雑誌「プレアティ」を担当している。
招待状を受けて、悩んでいた私の旅行の手配をしてくれたのは彼だ。
「フランソワ君。よくここにいるのが分かったね?」
待ち合わせは凱旋門のあたりだった。しかし、早く到着していた私は、物珍しさにシャンゼリゼ通りをコンコクルド広場方向へとぶらぶらと結構な距離を歩いていた。
よくも、こう、人通りの激しい場所で私を見つけ出したものだ。
「蛇の道は蛇。旦那も一緒でございましょう?」
フランソワは、含みのある笑顔を私に向ける。
「確かに。」
30年以上、警察業務に従事していた私も人混みの中から人を見つけるのは得意な方だ。
フランソワは、私の返事に納得し、それから、二人でホテルに向かって歩き出した。
「高級ホテルに向かうとなると、どうも緊張していけませんね。
アンドレの旦那、ダンナは仕事柄、そんな事はないんでしょうね?」
フランソワは、下町訛りの英語で話しかけながら、冬の近づくシャンゼリゼ通りを颯爽と歩いて行く。
ノルマン人を祖先に持つと言うだけあってフランソワは、2メートル近い長身で、澄んだアイスブルーの瞳をもつ、中々の美男なのだが、まだ、30才前後と言うわりには、年配者のような狡猾さと、下品な下町言葉がその美しさを壊していた。
とはいえ、無言でマロニエの並木道を歩く彼は、主に女性の人目を引き、どこかの役者か何かと勘違いされているようだった。
「パリくんだりまで足を運んできたんだ。ダンナ、ズバリお伺いしますが、犯人は奴だと確信してるんでしょうね。」
私の一歩先を猫のように軽快に歩いていたフランソワが、私に歩速を合わせて並んできた。
奴と言うのは、ホワイトチャペルの娼婦殺人事件の犯人、通称切り裂きジャックの容疑者。
私は複数犯を思い描いていた。
と、言っても、当時、星の数ほど囁かれていた容疑者候補にはのぼらず、
スコットランドヤードも、マスコミも、私の上司すら、相手にしなかった、そんな人物だ。
「アンドレ、お前の考えはもういい。早く、持ち場に戻れ!」
今は亡き上司の声が記憶の底から浮上してきた。