7 そんなもの、ウチにはないよ…
目指すグラスポートの街がある山岳地帯へ行くために通らなければならない砦は、その門を閉ざしていた。
砦は王国の領土を隔てる東西に延びる長い城壁と中央にある城砦で構成されていて、城砦の門をくぐらねばこれより北へは進めないらしい。
短めな万里の長城のファンタジー版という所か。
武装したNPCの兵士たちが慌ただしく行き来している。
「どういう事ニャ! 何で門が通れないのニャ!?」
堪え性の無い猫耳パンチラメイドが門の前で槍を持って立っていた兵士に突っかかった。
「何だ? 冒険者か? 現在ここから北の地域ではアンダレス山から凶悪な魔物が大量に下りて来ていて手練れの冒険者といえども命の保証は無いぞ。それに断続的にこの砦にも魔物が押し寄せて来ている。門を開くわけにはいかん」
「NPCが勝手な事してるんじゃないニャ! いいから通すニャ!」
「えぬ…? …まったく、冒険者どもの言う事は意味がわからんな。とにかくエヴァンジェリン姫殿下の御命令なのだ。門は開かん」
取りつく島もないNPC兵士になおも食い下がろうとする猫耳を引きずって俺と女装ショタエルフは一旦門から離れ、道端で相談する事にした。
「どうどう、リリカさん、どうどうですよー、良い子だから落ち着きましょうねー」
「どうどうじゃないニャ! リリカはケットシーニャ! 馬じゃないニャ!」
「ほらほら、血圧が上がると現実世界のオッサンにも悪影響が出るかもしれないぞ」
「出ないニャ! オッサンじゃないニャ!」
埒があかない。
やかましい猫耳をスルーして俺とショタエルフは話し合いを始めた。
「それにしても困りましたね。門が閉じてるなんて事、ゲームの中では無かったのに」
「凶悪な魔物が押し寄せて来てるって言ってたな。そういうイベントでもあったのか?」
「そんなイベント聞いたことありません。でもアンダレス山っていうのはバージョン3以降で追加されたエリアです。あそこには強いモンスターもいっぱい居いました」
「って事はそこのモンスターがエリアの外に出て来ちまったってワケか」
「森の中にも今まで居なかった強いモンスターが居ましたから…関係あるんでしょうか」
「きっとリリカ達がこの世界に転移したのと関係あるニャ!」
理性を取り戻した猫耳が自信満々といった表情で言ったがその位は誰だって思いつく。理性は取り戻せても元々怪しい知性はそうは行かないようだ。
「リリカ思ってたニャ。リリカ達がこの世界に転移してゲームのキャラになったんじゃなくて、このゲームの中が現実になったのニャ。だからNPCもモンスターも自分の意思で好き勝手に動き回るようになっちゃったのニャ。そしてリリカたちプレイヤーのみんなもキャラが人格を持っただけで現実のリリカ達は今頃サービス終了したゲームを閉じていつも通りの生活をしてるニャよ」
「それは俺も考えたけど、それだと何でこのゲームやってなかった俺が別のゲームのキャラでこの世界に来ちまったんだよ」
「偶然ニャ。運が悪いニャ」
「身も蓋も無いですねー。でもクラリスさんの事は置いておくとしてNPCやモンスターの事は説明つきます。このあたしの意識が現実のあたしのとは違うって言うのはちょっと怖いですけど」
「まあモンスターが適正レベルのエリアを無視して動き回るようになったとしたらこの世界の住人としては大変かもな。洋ゲーだとたまにあるけど」
これは思った以上にこの世界中で大事になっているのかも知れない。
「この分だとグラスポートの街もどうなってるか解りませんね。無事に残ってるといいんですが」
「それは困るニャ! 他に温泉があるのは大陸の反対側のアステ帝国ニャ! 神殿でワープしなきゃ行くのはムリニャ!」
「そこまで行ったってここと同じような状況かも知れないしな。今はどうにか砦を抜けないと」
「飛行機を出すニャ。もうそれで行くニャ」
「だからそれは最後の手段だ。とりあえず砦の責任者に会って交渉できるか確かめよう」
人間楽を覚えるとろくな事にならないし猫耳に楽をさせてやるつもりは無い。
俺たちは再び門の前へ向かった。
「何だまたお前達か、さっきも言ったが門を開くわけにはいかんのだ。さっさと王都に帰ってギルドの指示でも待ってろ」
「いや、それなんですが俺…いや私たちでもお手伝いできる事があるかなー、なんて思いまして。ほら、大変な状況みたいだし私たち一応冒険者ですから。モンスターの事ならおまかせー、みたいなー?」
「オッサンムリするなニャ」
「冒険者といっても若い女が三人だけでそっちのちっこいのなんかエルフじゃないか。エルフでそのナリって幾つなんだ。お遊びじゃないんだぞ」
「いえいえ、あれでもレベル100の精霊術士ですしこっちの猫耳なんかレベル120の魔法拳士なんですよ」
「レベル…? 冒険者ギルドの階級みたいなモンか? とにかく腕に自信があろうがダメなモンはダメだ」
NPCの癖に、というかNPCだから融通がきかないのか、兵士のオッサンは頑として譲ろうとしないのでどうしたものかと考えていたら背後から馬の足音と声が聞こえた。
「おい、そこの衛兵! 何をしている、その娘達は何だ!」
その声に振り向くと馬に跨った数人の騎士を従えた、豪華な装飾の付いた鞍を付けた白馬に騎士達と同じく跨った、
痴女が居た。
長い縦ロールの銀髪と凛としたブルーの瞳。この世界の女性としては長身で肉付きの良い体をしていてもなお、アンバランスなほどバカデカい乳とデカいケツとぶっといフトモモ。正直この時点でもちょっとやりすぎじゃね? くらいには思うがそれはまだいい。
その装備のカテゴリーに名称があるとするならシースルーマイクロビキニアーマーだろうか。いやビキニというのは紐で繋がってるものだがアレはパーツが独立してる。体に貼り付けているのがろうか、固定方法が不明な面積の小さいクリアガラスのような透明の装甲?に施された金色の装飾のお陰で辛うじて全年齢向けでは見えてはいけない部分が隠されているが、ちょっとでも動いたらヤバそうだ。というかもう見えたような気さえする。ついでに言えばマントまでレースのカーテンみたいにスケスケだ。それ意味あるのか。
「エヴァンジェリン姫殿下! お戻りになられましたか!」
そんな二◯元ド◯ームでももう少しは自重しそうな痴女を見て、門番の兵士が体を硬直させて畏まったが別に性的興奮を催したわけではなさそうだ。
「うむ、近くの村娘を誑かして遊んでいたわけではなさそうだな。何をしていた」
「そ、それがこの娘達は冒険者だと言って北に行くから門を開けと…」
「なるほど、冒険者には女性も多いと聞いていたが勇ましいものだな」
痴女が偉そうな事を言っているがこれは自分たちを売り込むチャンスなのではないか?
丁度いい位置にあった猫耳の猫耳に耳打ちする。
「なあ、信じたくは無いが兵士の反応からしてアレがこの砦の責任者っぽいからアレに取り入れば通して貰えるんじゃないのか?」
「姫騎士エヴァンジェリンニャ。なんでこんな所に居るのかは判らないけどそうニャね…でもゲーム中のグラフィックでもアレだったのに現実になったらさらにアレニャ。あんまり話しかけたくないニャ」
「俺だってアレはヤバいと思うがそうも言ってられないだろ…」
その姫騎士のあまりの格好に話しかけるのを躊躇う俺と猫耳だったが腰の通信端末からエリカの声がした。
『その必要はありませんマスター。現在その地点より北から危険度E−−から危険度D-相当の多数の野生の原生生物及び危険度C−相当の大型原生生物が接近しています。そこにある原始的な防護壁及び城塞は1時間以内に崩落する可能性大。ハミングバードで一時的に退去すれば障害物は無くなり徒歩で通過できるようになるでしょう』
エリカの報告に猫耳が顔色を変える。
「ニャニャ!? そんなのダメニャ! 強いモンスターがいっぱい最初の街の近くでうろつく様になったらバランス崩壊ニャ!」
「いや多分バランスはもう崩壊してるしうろつくだけじゃ済まないだろうけどな」
これはさすがにヤバそうだ。
だからと言って砦のNPCを見捨てて逃げるのも気が引けるし、街が破壊されたらこの世界での生活は困難なものになるだろう。
「敵襲! 敵襲だーっ! 魔物の大群がこっちに向かってくるぞーっ!」
考えていると程なく城壁の上から兵士の声が聞こえた。
周りに居た兵士達にも一斉に緊張が走る。
「くそ、援軍の到着は間に合わなかったか…! 今ある兵力だけでもこの砦を守り切るぞ! 総員準備にかかれ!」
姫騎士という肩書きらしい痴女の号令で兵士達が動き出す。
「お前達もここに居るよりはいいだろう、砦の中へ入れ!」
俺たちは痴女騎士と共に通用口のような所から砦の中に通された。
そのままドサクサに紛れて痴女の後にくっついたまま兵士達が慌ただしく行き交う砦の中を通って城壁の上に出る。
目の前に広がる荒野の先に見える山の麓から巨大なモンスターが砂埃を巻き上げこちらに向かってくるのが見えた。その周りにも無数のモンスターが並走している。
「なんて事だ…この世の終わりか…」
「あんな数の魔物、防ぎきれるのかよ…」
モンスターの規模に慄いた兵士達が弱音を漏らし、痴女がそれを一喝した。
「我らがここを守りきらねば王都が!民が!愛するもの達が危険に晒される! グランシールの勇者達よ!弱音を吐くな!不退転の覚悟で臨め! 魔物どもをここから先へは一歩も通すな!」
痴女の声で兵士達は己を奮い立たせ「おおーっ!」と気勢を上げた。
俺の隣でその様子を見ていた猫耳が俺の脇腹を肘でつついて囁いて来た。
「ニャフフフ、リリカいい事思いついちゃったニャ。『トールハンマー』ニャよ。ワイバーン級攻撃艦についてる地表攻撃用レーザーニャ。アレであのモンスターどもを焼き払うニャ。その際にはリリカが大魔法を使うフリでNPCどもをビビらせて感謝させるニャ」
「ワイバーン級のトールハンマー…?」
「良いアイデアニャしょ?さっさと準備するニャ」
「そんなもの、ウチにはないよ…」
ワイバーン級攻撃艦。主に惑星制圧用の艦で地表を攻撃するための武装を多く持つ。
WFUでは初期にお世話になる事が多い低コスト戦艦だがその分、艦隊戦では有効な武装を持たずデカいだけの的になりやすい。
「なんで無いのニャ!リリカの艦隊じゃ最大戦力の一つだったニャ!」
「艦隊戦に地表攻撃用の船を編成するなよ。それにバハムート級のレールガンか核ミサイルの方が威力高いし。リヴァイアサン級が建造出来るようになったらワイバーン級は解体して資源にするのがセオリーだ」
「じゃあ…そのバハムート級ってののレールガンで…」
「砦もろともこの辺一帯吹っ飛びそうだ」
「じゃあ他に何か良い手はないニャ!?」
「こういうのを想定した艦隊じゃないからなあ、とりあえずは出来るだけ目立たず兵士の皆さんを支援する方向で行きたい」
猫耳の言うようにトールハンマーがあればこう言う場面では有効だったかも知れないが今は無い物ねだりをしても仕方ないので別のプランを考えて居ると、それまで黙っていた女装ショタエルフが疑問を口にした。
「あたし、その何とかって宇宙艦隊ゲームはやった事ないんでそっちの事はお任せしますけど、そもそもこのSBOでモンスターとNPCが戦うとどうなるんでしょう?イベントだとNPCも死んだりもしますけど、フィールドに居ても基本的には戦わないし死なないですよねNPC。不死属性がついてるって言うのかな?」
「言われてみればそうニャ。イベントに関わったり街で役割を持ってるNPCが死んだらゲーム進行に支障が出るニャ。ひょっとしてこいつらみんな死なないニャ?」
「洋ゲーだとたまに死ぬけどな重要NPC。でも現実になった世界で意思を持って行動してるのが死なないってのは違和感があるな。そこらの人に試しに死んでくれとも言えないけど」
「頼まなくてもすぐに判りそうニャ。来たみたいニャ」
猫耳に言われて砦の外を見るともうかなり近くまでモンスターの集団が迫っている。
モンスター VS NPCの集団戦闘が始まろうとしていた。