6 リアルの話を持ち込むのはご法度だったニャ。
「に"ゃあ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!??」
満天の星空を水面に映す湖のほとりに猫耳の絶叫が響き渡った。
大きめの石を集めて作った即席のかまどで火を焚き、湖に着水させたドラグーン輸送艇に備え付けられていたサバイバルキットから見つけたレトルトのシチューを温めている俺の前に、バスタオルを体に巻き付けてツインテールを解いた猫耳なのに濡れネズミとなったリリカが開け放たれた輸送艇の後部貨物ハッチから飛び出してきた。
中のオッサンがこだわってキャラメイクしたであろう、オッサンの好みそうなロリ体型の割にふくよかな胸がバスタオルを掴む腕に押されて柔らかそうに変形している。なかなかやるじゃないかと感心した。
「あのエルフ女の子じゃないニャ! あ、あ、あれ、アレが付いてるニャ!」
「アレって何だよ。お前も現実の体には付いてるんじゃないのか?」
「付いてるワケないニャ! リリカはキャラも本人も女の子ニャ!」
「あー、うん、わかってます。わかってますよ」
「その顔はわかってないニャアあああああ!」
どうもこの猫耳少女の中のオッサンはこの世界の住人となり、キャラの体が現実となってしまったので錯乱しているらしい。現実世界に戻れたら医者の診断が必要だろう。
「んもー、どうしたんですかリリカさん、女の子同士一緒にオフロ入ろうって誘っておいて」
俺がそんな猫耳の中のオッサンを心配していたら、猫耳の後からロリエルフ改め女装ショタエルフが女装抜きの全裸で堂々と出てきた。お前は少しは隠せ。
「女の子同士じゃないニャ! リリカを騙したニャね!? っていうか早くそれを隠すニャ! ぶらぶらさせるなニャ!」
「ひどいですよー、あたし中身はちゃんと女の子です。メケメケちゃんが男の娘なだけです。ああでも大自然の中でこの解放感!すごいです!これが人間の自然の姿なんですね!」
お前はエルフだけどな。
湖のほとりで全裸のエルフ、という言葉にすると幻想的な目の前のそれは何故か汚らわしい。
『原住生物は早く体の洗浄を済ませてください。5分後に艇内の汚染対策として消毒殺菌を行います』
「誰が汚染ニャあああああ!!」
輸送艇からAIなのに少し苛ついているような気がするエリカの声が聞こえ、猫耳はまだ文句を言いながらも後部ハッチの奥へと戻って行き、中からショタエルフの露出の多い女装服が放り出された。
「あー、ひどいですよー。でも気持ちいいからあたしはしばらくこのままで居ますね」
「いやせめて服を着ろよ。てか自分の性別が変わったのに違和感無いのか?」
「何言ってるんですか、三十と有余年憧れ続けつつも縁の無かったモノが自分の体になったんですよ! 立ちションだって出来ちゃうんです! 女装エルフ少年の立ちション、ウェヘヘヘヘ嬉しくって涙がでらぁ」
「ヨダレしか出てねーよ。でも立ちション出来るのは少し羨ましい」
「現実世界に戻れたらおちんちんの素晴らしさとありがたさに感謝するんですね!」
結局その夜、露出に目覚めたショタエルフが服を着る事はなかった。
◇
翌日になり、結局そのままグラスポートの街を目指す事になった俺たちは再び森の中を歩いていた。やはりシャワーよりもちゃんとした風呂に浸かりたいとの事だし、それには俺も賛成だ。
洋ゲーであるWFUの設備にはシャワーはあれど湯船のある風呂は無かった気がする。
「飛行機があるなら何で使わないニャ。あれならグラスポートまでひとっ飛びニャ」
「まだこの世界のことを歩いて色々調べてみた方がいいだろ。あと出来るだけ目立ちたく無い」
「はー、また何の取り柄も無いレベル1の初心者のフリして「俺また何かやっちゃいましたか」とかほざくつもりかニャ」
「だからそう言う事言うなよ。単に他のプレイヤーがみんな押し掛けて俺にたかるようになったら嫌だし、お前達だってシャワーなんか使えなくなるぞ」
「それはそうかもニャ、確かにリリカたち三人以外には秘密にした方がいいニャね」
「あたしも秘密にするのに賛成です。いざと言う時に地上で助けを求める連中を飛行機で見下ろしながらおちんちん弄ったら最高でしょうね」
「いやさすがにそれは可哀想だし人のマシンの中で弄るなよ……」
「あたしをパーティーに入れなかった連中なんかこの世界で朽ち果てればいいんです。あたしが何年ソロプレイで頑張ったと思ってるんですか。ゲームでも現実でも」
「ああ、うん、大変でしたね」
もしかしたらこのショタエルフより直結厨の方がマシだったかも知れない。
「そういえばまだナツミチャンのレベルを確認してなかったニャね…レベル100の精霊術士ニャ?ソロプレイでそこまで行ったのはすごいニャ」
「ええ、会社倒産してからずっとやってましたから」
「社会人さんだったニャか、ごめんなさいニャ。リリカ社会に出た事ないから失礼だったかもニャ」
ショタエルフも闇が深そうだが、社会に出た事が無いとは猫耳の中のオッサンはニートだったのか。予想以上の難物だ。
「気にしないでください。ネット上では性別も年齢も関係ないって言うじゃ無いですか。あたしもピチピチの女の子です。それにもうネット上どころか異世界です! この少年エルフの体が現実になったんです! リリカさんも猫耳の女の子、クラリスさんも金髪の女の子、それで良いじゃないですか」
「そうニャね、リアルの話を持ち込むのはご法度だったニャ。ごめんニャ。エッチなオッサンも気にぜず金髪美少女ライフを満喫するといいニャ」
「そう言われるとなんか釈然としないんだが、なんか会ったやつみんなレベルがキリの良い数字なのは何か理由があるのか?」
猫耳の失礼な物言いを受け流して、気になっていた事を聞いてみた。
「ニャあ、レベルキャップニャ。レベル自体は上がりやすんニャけどコレのせいで面倒な素材を集めなきゃならないニャよ」
「あー、よくあるよなそういうの。それでレベルのカンストはいくつ位なんだ?」
「わからないニャ。前はレベル200でカンストだったけどサービス終了が決まってから運営がヤケクソになって設定されてたのを全部解放したって話ニャ。イベントの魔王は推奨レベル250以上らしいニャ。そんなの集まるわけないのニャ」
「運営腐ってますよね。キャラデザがあの先生じゃなけりゃやってませんでした」
運営も散々な言われようである。まあ魔王にバッドエンドなんて名前をつける運営では仕方無いかもしれない。
そんなこんなで森を歩いていると、またモンスターに出くわした。
今度は馬鹿でかい蜘蛛だ。こいつも全長で3メートルくらいはあるだろう。
「ジャイアントスパイダーニャ。推奨レベルは60でワイルドオーガより弱いけどコイツもこの辺に居るハズ無いモンスターニャ」
「エリカ、周囲に同様の個体の反応はあるか?」
『確認できませんマスター。おそらく単体行動だと判断します』
「こんどは本当に一匹だけみたいですね」
「さあクラリスにゃん、さっさと撃ち殺すニャ」
当然のように俺に命令する猫耳だが俺にも考えがある。
「嫌だよ、銃弾には限りがあるんだから。昨日のオーガより弱いんだったら二人で何とかしてくれ」
「はあー、ニャ。銃とバリアが無ければ何も出来ないニャ? あー自分の力じゃグラスラット一匹倒せないひ弱チャンだったニャね。仕方無いからリリカが助けてやるニャ、あとでちゃんと借りを返すんニャよ?」
「あと俺この世界に来てからまだ一回も魔法を見てない。魔法使ってみて」
「注文が多いニャ。でもまあアレに近づいて殴るのも嫌ニャ。魔法でやっつけてやるニャ」
やれやれと言った調子で恩着せがましく文句を言いながらも、今日はピンクの水玉模様が入ったやはりパンツが丸見えのメイド服を着た猫耳メイドが巨大蜘蛛の正面に立った。
立って何やら空中の何も無い空間を指でつついている。
そのまま巨大蜘蛛が目前まで迫った所でこちらを振り向いて情けない声で言った。
「アイコン押してるのに魔法が出ないニャ…」
蜘蛛の前足が猫耳の情けなく耳が垂れ下がった頭に振り下ろされそうになり、俺が仕方なく助けようと飛び出す直前、猫耳を掠めて竜巻を横倒しにしたような突風が蜘蛛を直撃して吹き飛ばした。
煽りを食らった猫耳の短いスカートがめくれ上がり悲鳴をあげてスカートを抑えているが捲れなくてもパンツは丸見えだったくせに今更すぎる。
「魔法もスキルもアイコン押しても出ませんよ! イメージを集中して念じるんです!」
女装ショタエルフが両手を突き出して構えている。どうやら彼(彼女)?が魔法を使ったらしい。
腰の通信モジュールからエリカが報告してくる。
『マスター、先程その原住生物の周囲で大気に含まれる照合不能な微粒子に不規則な振動を感知しました。その原住生物の起こしたと推定される現象と因果関係があるものと推測されます』
「ああ、なんとなく予想した通りだ。周囲であの二人以外から同じような反応があった場合は警告を出すようにしてくれ」
『了解。オートリアクションにセットします』
俺がエリカと話している間に蜘蛛は倒されたようで光の粒子になって消えるのが見えた。
「うええ、結局殴っちゃったニャ…いきなり念じるとか言われてもわからないニャ…」
「光になって消えちゃうんだから体液ぶち撒けて飛び散るより良いだろ」
「感触はちゃんとあるニャ…虫は嫌いだニャ。それにしてもナツミチャンよく魔法の出し方がわかったニャね」
「この世界に来てからすぐに確かめて色々試しましたから!」
この世界に来た直後、トイレの事でグダグダ言ってた猫耳よりずっと建設的だった。
◇
程なく森を抜けると巨大な石壁の城門が見えた。
「ドーラ砦ニャ。あそこを通って山岳地帯へ行くニャ」
巨大蜘蛛を倒してからあれこれと魔法を出そうとして、結局魔法を使えなかった猫耳が気を取り直すように説明した。
どうもこの猫耳はメイド服の癖に自分がリーダーのつもりらしい。
だが自分が猫耳少女だと思ってなりきっているオッサンだ。現実の鬱憤が相当溜まっているのかもしれないので好きにさせてやろう。
俺と女装ショタエルフは大人しく猫耳に従って砦に向かった。
向かったが砦の門は固く閉ざされていた。