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4 いや頂けないどころか最低の部類だ。

「魔王?」

「そう、根源破滅魔王バッドエンド! それがこの異変に関係しているはずだ!」


 しつこく食い下がる直結厨(ジークフリード)を仕方なく連れて酒場まで戻ってきた俺と猫耳(リリカ)は、こんなのでも何か知っているかもしれないと一応話を振ってみたら物騒なのか投げやりなのか判断のつきにくい名前を出してきた。


「サービス終了前の最後のイベントとして前振りも伏線も無く出てきたヤツニャね。でもアレ、結局倒されないままだったかニャ」

「そう、魔王を倒せればサービス継続、倒せなければこのゲームはサービス終了として運営の最後のあがきで行われたイベントさ。でも二度のイベント期間延長を経ても魔王を倒しに行くレイドパーティーすら集まらず、結局この世界は闇に閉ざされ崩壊し、ゲームもサービス終了となる……はずだったのさ」


 過疎ゲーだったとは聞いていたが思っていたより悲惨な末路だった。

 俺は少し運営に同情した。


「露骨に特効の付いた課金装備が必要な集金イベントニャ。どうせ倒してもお金だけ持ってトンズラしてサービス終了するつもりだったニャ」


 やはり同情できなかった。


「だがきっと倒されなかった魔王の無念が呪いとなって僕たちプレイヤーをこの世界に召喚したに違いない! きっと魔王を倒せばハッピーエンドとなり現実世界に戻れるはずだ!」


 魔王が倒されなかった無念て何だよ。

 それにあくまでゲーム内の要素かキャラクターの魔王のせいで現実の人間がゲームの世界に転移してしまうというのはどうも違和感がある。

 だが他に何の方策も無いのも事実だ。


「うーん、何の目的も無くいつ現実に帰れるか解らないこの世界でダラダラ過ごすよりは少しマシか?」

「この直結厨の言う事を信じるニャ? リリカは信じられないニャ。それに魔王の名前が投げやりでやる気も起きないニャ」


 猫耳は魔王の名前を投げやりと判断したらしい。


「倒されなかった魔王の呪いってのは現実味無いよなあ」

「二人とも何を言うんだ! 今こそ僕たちで力を合わせて根源破滅魔王バッドエンドを倒す旅に出ようじゃないか! そのためにもあと一人回復魔法が使える女の子を仲間にしよう!」


 こいつハーレムパーティー作って冒険がしたいだけじゃないのか。

 直結厨の魂胆がミエミエの提案は無視するとして、とりあえず魔王は少し気になったので小声でエリカに聞いてみる。


「エリカ、魔王なんてモノが居るらしいんだけど軌道上から強い生物なりそれらしい物を探知できるか?」

『魔王。オメガF334星系にてアリステラ型エイリアンを率いていた個体がそう名乗っていた記録がありますがその惑星上に同型のものは確認できません。ですが大陸中央部の山脈の間に危険度B−の原住生物と危険度C−以下の生物の群を確認。軌道上からバハムート級戦艦の艦首レールガンで爆撃すれば一撃で殲滅可能です』

「…とりあえずほっといていいや」

『了解。爆撃の必要があればいつでも要請してください。それと生体スキャンによると目の前の原住民男性は性器が勃起しています。性的興奮状態にあると思われるので不用意な接触は避けてください』


 この直結厨気が早すぎる。

 俺がこそこそエリカとやりとりしている間、下を向いて何かを考えていたらしい猫耳が顔を上げた。


「魔王はどうでもいいけど回復役(ヒーラー)を仲間にして軽いクエストをやってみるのは良いかもしれないニャ。そのオッサン…クラリスはまだレベル1ニャ。しばらくこの世界に居るかもしれないのに迂闊に一人で町の外を歩けないのはたとえエッチなオッサンでもさすがに不便で可哀想ニャ」

「なんと!? まだレベル1?! サービス終了直前にスクショ撮りに来たんだね!? 気持ちはわかるよ!」

「いや違うから。あと身を乗り出さないで。近寄らないで。こっち見ないで」

「なんだツレないなあ、女体化したら友人に体の悩みを打ち明けて心も体も委ねるのがセオリーだろう?」

「友人じゃないしそんなセオリーはこじらせた成年コミックの中だけだ」

「未成年の前でなんて話をするニャ! とにかく回復のできる仲間を探すニャ!」


 誰が未成年だと喉まで出かかったが、どうもこの猫耳の中のオッサンは口調もそうだがキャラを演じる事に拘るロールプレイ重視派のようなのでここで機嫌を損ねるのも得策では無いと思い直し、口を閉ざした。

 少なくとも俺一人でも街の外で問題なく行動できるか確かめるまでは仲間として一緒にいた方が良いだろう。


 しかし猫耳なりきりのオッサンと所構わず勃起する直結厨だけが仲間というのはどうにも頂けない。いや頂けないどころか最低の部類だ。

 他の仲間を探すというのには俺も賛成だった。



 だったが新たな仲間は見つからなかった。


 何でも早速街の外へ行ってモンスターと戦ったパーティーが居て、そいつらによって「ダメージを受けると普通に痛い」という話がプレイヤーの間に広がり回復魔法の使える人材の需要が急増したのだそうだ。

 そして仲間は見つからないまま日が暮れて夜になってしまった。


 あー、普通に日も暮れるんだなあ。

 そりゃあ歪ではあるけど惑星の形になってるんだものなあ。


 酒場の二階の宿に泊まったが、俺はステータス上では持っているはずの金の出し方が解らず結局猫耳が宿代を払ってくれた。

 他のプレイヤーはステータスにアイテムボックスという欄があり、そこから金を含む物の出し入れが出来るのだという。俺はそもそもそのステータスを見る事も使う事も出来ない。


 システム上普通に使えて然るべきモノが使えないのは相当に詰んでいるのではないだろうかと考え、俺は少し落ち込み中世ファンタジーの割に清潔そうな宿のベッドで毛布に包まった。

 そして、もしかしたら寝て起きたら現実世界のいつもの日常に戻っているのではないかという淡い期待を裏切って、そのまま当然のようにファンタジー世界の夜が明けた。



「グラスポートの街へ行くニャ!」


 朝になって一階の酒場に集まり朝食を食べていると、今日はパステルグリーンの破廉恥なメイド服になった猫耳メイドがそんな事を言い出した。

 ちなみに宿で出された食事はパン食だったが普通に美味かった。


「どこだそこ。なんかあるのか?」

「この街の北にある森と砦を抜けた山岳地帯にある小さな街さ。あそこには温泉があったはずなんだ」


 いきなりどこどこの街と言われてもサッパリわからない俺に直結厨(ジークフリード)が説明してくれた。

 親切は嬉しいが近寄らないで欲しい。


「そうニャ! 温泉ニャ! お風呂ニャ! もうこの街は我慢できないニャ!」


 あー、なるほど、確かに宿では頼めば大きめの桶にはったお湯を使わせてもらえたが風呂は無かった。風呂が恋しい気持ちはわかる。


「でもグラスポートの街の温泉はゲームだった時は入る事が出来なかったよね。入り口はちゃんと男湯と女湯に別れていて内部のグラフィックも見えたのに、悔しかったなあ…」

「ゲームだった時の事ならトイレだって入れなかったニャ! あんな穴だったなんて知りたく無かったニャ! しかもNPCが中のアレを桶に汲んでどっかに持って行ったニャ! あんなモノどうするつもりなのニャ!?」

「多分畑に撒くんじゃないかな…畑がどこにあるのか知らないけど」

「剣と魔法のファンタジーが台無しニャ…魔法でどうにかして然るべき事ニャ…」

「そういう魔法あるの?」

「無いニャ…」

「じゃあそういう事なんだろう」

「ははは、タイムトラベル架空戦記モノなら硝石をとって銃を作るところだね」

「はははじゃないニャ! とにかくグラスポートへ行くニャ! クラリスはレベル1だけどリリカは120の魔法拳士ニャ! ヒーラーが居なくてもそこらのモンスターには負けないニャ!」


 必死だなあ、と思った後ピンと来た。

 女湯、そういう事か、とうとう馬脚を現したなオッサンめ。猫耳少女の体なら遠慮なく女湯に入れるって魂胆か。だがまあ今は俺も金髪少女の体である。ここはひとつオッサンの思惑に乗ってやろう。


「ナニをニヤニヤしてるニャ。中の人がエッチなオッサンのクラリスとは絶対に一緒に入ったりしないニャ」


 自分の事を棚に上げて失礼なオッサンだった。


「まったくこういう時男の人は気楽でいいニャ。でもお風呂はともかくトイレは嫌じゃなかったニャ? 大っきい方はしてないニャ?トイレットペーパーも無いなんて不潔過ぎるニャ」


 俺はといえば、実は朝方エリカに要請してドラグーン輸送艇を街の外に降ろし、その中で簡易トイレとシャワーを使っていた。ゲーム内では使わないし知らなかったがさすがに本国ではノベライズが出版されるほどガチガチに過剰な設定が付けられた洋ゲーだけあって、兵員輸送にも使われるという設定のドラグーン輸送艇の内部には生活に必要なものが揃っていた。

 ありがとう開発者。


「僕はガチャのハズレでダブったいらない衣装がたくさんあったから破ってその布を使ったよ」


 直結厨の解決法は意外と機転がきいてシンプルだった。

 それを聞いた猫耳は愕然とした表情でショックを受けていた。



 とにもかくにもその後簡単に準備を済ませて(クラリス)猫耳(リリカ)直結厨(ジークフリード)という、どうにも締まらないパーティーはグラスポートとかいう街を目指して街を出た。



「クラリスにゃん、装備はそれだけニャ? 武器は無いニャ?」


 街を出て少し歩いたところで猫耳が聞いてきた。

 今現在俺が身につけているのは見た目全身タイツ気味な軽装電磁シールドスーツとスーツの腰の部分に吸い付いているハンドガンとその予備マガジン、付属のストラップで背負ったアサルトライフルだ。アサルトライフルはグリップやバレルが収納されていて薄い長方形の箱にしか見えない。ゲーム中だと構えたりしまったりする度に変形するアニメーションは無駄な演出もいいところだったがこんな状況では便利だ。


「その銃みたいなのもコラボアイテムニャ? ソーブレに銃カテゴリーの武器は無いニャ。どうせ使えニャいんでしょ」

「まあ一応持ってようかと」

「結局武器屋でちゃんとした武器は買えなかったニャ?」

「金が出せないんだから仕方ないだろ」

「レベル1でスキルも装備も無しなんて哀れすぎるニャ。しょーがないからコレをやるニャ」


 そう言って猫耳は何もない空間から剣を取り出して俺に渡した。

 アイテムボックスというヤツか。正直羨ましい。


 猫耳から渡された立派そうな装飾の施された剣を眺めると刀身がうっすらと光っている。


「モンスターのドロップで出た魔法の剣ニャ。リリカには必要無いけどそこそこ良い剣のはずニャ。感謝するニャ」

「ありがとう。それは感謝するけど鞘は無いの?」

「無いニャ」


 抜き身で持ち歩けって言うのか。危ないだろ。


「あとそのカッコも何とかするニャ。下着カテゴリーのタイツのまま外に出るなニャ。オッサンは自分の体がアイドル系金髪美少女になってるのを自覚した方がいいニャ。ジークが前屈みになってるニャ」


 ピンク色のポンチョも出してくれた。この色なんとかならないの?

 それとあの野郎静かだと思ってたらまた勃起していたのか。嫌すぎる。他の仲間が見つかったらさっさとオサラバしたい。

 だが改めて自分の体を見下ろしたらアサルトライフルのストラップでパイスラ状態になっていたのに気づいた。

 まあ多少は仕方ない部分もあるかもしれない。


 俺がゴソゴソとポンチョを羽織っていたら猫耳が声を上げた。


「敵ニャ!」


 見れば森の中でも見た、大きいけど丸っこいネズミさんが三匹、歩いていた道を塞いでいる。

 いや森の中で見たのと少し色が違う。森の中のは灰色っぽかったがこれは茶色っぽい。


「グラスラットニャ。一番弱いモンスターニャからちょうどいいニャ、クラリスにゃん戦ってみるニャ」

「うーん、なんか見た目がアレだと剣で斬りつけるのはちょっと可哀想だけど」

「レベル1のくせに何言ってるニャ。初心者はああいうのを倒してレベルアップするニャ」

「わかったよ、やってみる」


 まあ腕試しには丁度いいだろう。

 俺は抜き身の剣を両手に構えてネズミさんに向かって走った。

 意外と剣がズッシリしていて重い。


 どちらかと言えば戦うよりモフりたい見た目のネズミさんだが今は情け無用。

 俺は鬼となって真ん中のネズミさん目掛けて剣を振り下ろした


「ぅおりゃーっ!」


 気合を込めた雄叫びのつもりだったが金髪美少女の声帯を通した声はなんだか可愛らしかった。

 そしてネズミさんに振り降ろされた剣は丸々とした体にボヨンとはじかれてしまった。


「えいっ! ていっ! せやぁっ! とおっ! おらぁっ! しねぇっ!」


 ボヨン、ボヨン、ボヨン、ボヨン、ボヨン、ボヨン。


『マスター、何をしているのですか。その原住生物を殺傷するのであればその原始的な打突武器ではなくグラディウス45口径低反動電磁バレルピストルの使用を推奨します』

「今はっ! これでっ! いいのっ!」


 ボヨン、ボヨン、ボヨン。


 エリカの呆れたような声が聞こえたが構わずネズミさんに剣を振るい続けた。

 続けたが一向ににダメージを与えられた様子は無い。

 予想したより遥かにネズミさんはタフで立派そうに見えた剣はナマクラだった。


 諦めて後ろを振り向くと猫耳が呆れたような目で俺を見ていて直結厨がニヤけていた。


「何なのニャ。弱すぎるニャ。一体どんな風に能力値を割り振ったのニャ」

「俺の能力値ってどうなってるの…?」

「能力値は他人からは見えないニャ。普通レベル1でもその魔法の剣ニャらグラスラットくらい一発で倒せるハズニャのに…ジーク、ちょっとその剣を使ってみるニャ」

「わかったよ、僕に任せてくれ。僕のカッコいい所を見せてあげよう」

「グラスラット相手に何言ってるニャ」


 俺から剣を受け取った直結厨はネズミさんに片手で剣を向ける。


「フフッ、さっきのはちょっと萌えたよ」


 萌えるな。

 しかし直結厨が片手で剣を振るうとネズミさんの体に光る傷跡のような形のエフェクトが現れた後、ネズミさんが「ピィーッ!」とネズミっぽく無い叫びを上げ、キラキラした粒子になって消えて、その場に虹色の水晶のような石と数枚のコインが散らばった。

 それを見た残り二匹のネズミさんが慌てて近くの草むらに逃げ込んで行く。


「うん、中々良い剣だね」

「そのはずニャ。クラリスにゃん状態異常の欄も文字化けしてたけどもしかしてバフもかからないニャ?だとしたらヤバいニャ。街の中でひっそり暮らすしかないニャ」


 酷い。剣と魔法のファンタジー世界で剣も魔法も俺に味方してくれない。

 さすがに切なくなってピンク色のポンチョにくるまり、うずくまった俺の肩に手を置いて妙に優しい目で猫耳が言った。


「乗りかかった船ニャ。グラスポートの街まではリリカが連れてってあげるから心配するなニャ。あの街には設定上夜に女の子がエッチな衣装で踊る劇場もあるから後はそこで日銭を稼いで暮らすといいニャ。エッチなオッサンにはおあつらえ向きニャ」


 目は優しそうなのに言っていることは酷かった。


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