2 ……この方、追い剥ぎにでも遭われたんでしょうか…?
「こりゃあ、想像以上に不味い状況みたいだなあ」
通路のあちこちに座り込んでいる兵士たちを見てディアスが零す。
ようやく辿り着いたドーラ砦は以前来た時と同じようにグランシールとラレンティアを繋ぐ街道の門を閉ざしていた。
だが以前と違い、東西に伸びる長い城壁の上に設置された兵器群が向いているのは内側、グランシール領内だ。
そして砦の中では疲れ果てたと言う様相の兵士たちが通路のあちこちに座り込んでいた。
森を出てから砦までは身を隠す場所もない荒野を歩いて来たが、その間にもグランシールから逃げて来たという集団と幾度かすれ違った。
「やっぱり王都はもう陥落しちゃったんでしょうか」
「だからさっさと飛行機で乗り込めば良かったのニャ!」
砦の兵士に案内された部屋で面会してくれると言う代表者を待ちながら、ナツミが呟いた言葉に反応してリリカが俺に対して声を荒げた。
「いやだってこっちはこっちで色々大変だったろ。宇宙艦隊っつったって兵器が無限にあるわけじゃ無いんだから慎重にならないと」
実際には艦艇が損害を受けていない以上それほど心配する事でもないが、再三せっつかれているのでいい加減に取り繕って答える。
リリカは訝しんだ目を向けて来るだけだったが、俺たちより一歩下がって勧められた椅子にも座らずに立っていたベアトリクスが口を開いた。
「兵士の方々の様子、疲れてはいるようですけど怪我人は多くないように見えます。ラレンティアと同じようなワープゲートからの奇襲だったのなら大きな戦闘なんかは無かったんじゃないですかね?」
「そうそう、そう言うところに乗り込んでも混乱を大きくするだけだよな」
「ホントにそんな事考えたのかニャあ……」
すかさず発言に乗っかった俺にリリカは呆れたように脱力してスカートの短いメイド服ではしたなく足を投げ出した。
その直後ドアが勢いよく開かれ、待っていた砦の代表という人物が部屋に入って来た。
「この国難の時にリリカ殿達が戻って来てくれるとは僥倖! まさに100人力だ!」
代表者は痴女であった。
◇
ベアトリクスが俺の後ろに来て耳打ちをする。
「……この方、追い剥ぎにでも遭われたんでしょうか…?」
常識的に考えれば尤もな疑問である。
ドーラ砦の代表として現れたグランシール王国の王女にして姫騎士、エヴァンジェリン殿下は最小限の布地で最低限の部分だけをどうにか隠した頭のおかしい恰好である。
以前も少ない面積のほとんどをクリアパーツで構成された頭のおかしい、かろうじてビキニアーマーと呼べなくもない装備を身にまとっていたが、今はそれさえ無く、どこかのカーテンを引きちぎったような白い布が何とか胸と腰に巻かれている。
よく見ると布地自体はレースのあしらわれた光沢のある高級そうな布地ではあるし、足元は他の兵士と同じようなブーツを履いているので着る物が無いというわけでも無いだろう。
そもそも部下であろう他の兵士がちゃんと服の上に鎧まで着ている。
「な、何があったのかニャ…?」
俺が困っている間にリリカが恐る恐る、痴女に大雑把な質問を投げた。
「……うむ、王都グランバリアが突如神殿に現れたアステ帝国の軍によって占拠されてしまったのだ……」
大雑把な答えが返ってきたが、大体予想通りらしい。
「そ、そうなのニャ……実はラレンティアの王都も同じように占領されて、リリカ達は応援を頼みにきたのニャけど、それは難しそうニャね……」
「済まない……我々も帝国に屈せずに抗戦を続ける者たちだけでどうにかここまで落ち延びたという有様なのだ…突然の事だったので私も母から受け継いだ剣と鎧すら持ち出せなかった……」
あの変態アーマーを着ていない理由は解ったが普通の服を着ていない理由はまるで解らない。
「ちょっと待ってください、ラレンティアの王都……ラレンティニアは、まあ色々あって都市機能が壊滅状態だったからさっさと放棄して別の街に拠点を移したんですけど、グランシールの王都はちょっと汚れてたかもしれませんけど普通に健在でしたよね? 何でそんなにさっさと占領されちゃったんですか?」
今度は話を聞いていたナツミが痴女に訊いた。
俺は痴女の格好に気を取られていたが、言われてみれば尤もな疑問だ。
「……兄上が即座に降伏したのだ」
あー……
そういえば居たなそんなヤツ。
ナヨっとしたイケメンの空回り王子。
「何てことしてくれてんですかあのイケメン。イケメンだからって意気地が無さすぎます。これだから博愛主義者や平和主義者は肝心な時に役に立たないんですよ。敵を殺せなくてウジウジするタイプは見ててストレス溜まりますよね」
「ナ、ナツミちゃん落ち着くニャ。何か理由があるのかも知れないニャ」
「う、うむ、兄上は王都内部での戦闘になれば民に被害が及ぶと判断しての事だったのだ。事実、人的被害はほとんど出なかった」
なるほど、帝国に支配されて多少不便はあっても人が死ぬよりは良いという事だろうか。
だがナツミは納得せずに追い打ちをかけた。
「じゃあ何でこんな所に立てこもってるんです?」
「グランバリアの住民は食料、財産、住居、その全てを奪われた……奴隷階級として強制労働を強いられている……」
ダメじゃん。
何もかも奪われた上に強制労働ではその場で命が助かっても失うものが多すぎる。
「想像以上に酷い状況ニャ……」
リリカも驚いているが、俺は帝国の事を何も知らないので訊いてみる。
「そして帝国ってのは想像以上に悪い奴らだな……よく知らないから絵に描いたような悪の帝国みたいに思えるけど、そういう所なのか?」
「ううんニャ、奴隷制度があるとか、他の国より設定的にハードな部分はあったけどプレイヤーにとっては他の街と同じような拠点に過ぎなかったニャ。皇帝が若いイケメンの野心家って設定だった気がするからそのせいで暴走してるのかもしれないニャね」
「またイケメンか……この世界のイケメンはロクなヤツが居ないな……」
「きっとどこかに良いイケメンも居るニャ……」
話が脱線しそうになった所で、タイミングを計っていたらしい痴女が真剣な面持ちで、リリカにぐいっと身を乗り出した。
「そういう事なのだ! グランバリアを開放するためにぜひリリカ殿に力を貸して貰いたい!」
「そ、そうは言われてもリリカ達もラレンティニア開放するために力を借りに来たのニャ……あっちでも援軍を待っている人たちが居るのニャ……」
何となくこんな事になりそうな予感はしたが、実際に困った事になった。
この砦には最低限軍と呼べるものが居るには居るが、俺たちが手を貸したとしても先にグランバリアを開放してからラレンティアに戻るという事が可能だろうか。
リリカとナツミ、ディアスとベアトリクスも同じように頭を悩ませているらしく、視線を落として返答に困っていた。
その時、また扉が勢いよく開かれ、部屋に大柄な男性が急いだ様子で入ってきた。
「大変だお姫さん! また帝国の奴らが来やがった! しかも前より数が多い!」
それを聞いて椅子を蹴倒す勢いで立ち上がって驚いたのは痴女ではなく、ディアスである。
「兄貴! 無事だったのか!?」
「ディアス!? ディアスか!? 生きていやがったか!」
頭にバンダナを巻いた髭面のマッチョとスキンヘッドに黒い肌のマッチョがガッシリと力強くお互いを抱きしめ合う。
「おぉ…ディアスよぉ…よく戻って来てくれたなァ……!」
「兄貴ぃ…! まさかこんな所で会えるなんて……!」
熱烈に抱き合ったまま互いのぶっとい腕が互いの体をまさぐり合う。
その目はお互いを至近距離で見つめ合ったまま涙で潤んでいる。
正直見ていられない。
「あ…あの、その、何だ……感動の再会を邪魔して悪いのだが……リック、君たちはその、どういう?そういう…? いや、それは後で詳しく聞かせて貰うが……帝国の手の者が来たと言うのは……」
この部屋に居る全員が唐突に始まった謝肉祭を呆然と眺めていた中、痴女が責任者として必死の覚悟を振り絞った様子で絡みつく二人の巨漢に割って入った。
「あ、ああ…すまねえ姫サマ。 コイツは俺の弟なんだ」
「ああ…そういう事か……いや、それよりも今は帝国の事だ。何があったのだ?」
何故か若干、残念そうな目をした痴女だがすぐに話を軌道修正する。 この辺りは一応責任ある立場の人間だ。
「大勢の兵士が砦のすぐそばまで来ているんだ! 外にいる使者が降伏を迫って来ている!」
「もうここまで軍勢を進めてきたのか……今この砦に居る兵士たちは皆疲れ、憔悴している……我々だけでは抵抗したとて……どこまで抵抗できるか……」
報告を聞いて格好のわりに真面目な痴女が俯き、表情を曇らせながらもチラチラとリリカの方を伺った。
何を期待しているのか一目瞭然だ。
以前、この砦をモンスターの大群から救った『大魔法使いリリカ様』の助力を当てにしているのだろう。
「と、とりあえず使者の人が来てるならまずは話を聞いてみるのがいいんじゃないかニャあ……」
あからさまに嫌そうな顔、というよりは以前調子に乗って手柄を吹聴した事を後悔している顔で大魔法使い様が消極的ながらも至極まっとうな意見を出した。
◇
「……あのお姫様、いきなり使者に矢を射かけたりしないだろうな……?」
なし崩し的にその場にいた俺たちも使者と会うため、痴女の後へ続いて砦の外へ向かいながら俺は不安を口にした。
「さすがにそこまでアホじゃないと思うニャ。それにしても困った事になったニャねえ」
「これじゃラレンティアに援軍を連れて行くなんて無理ですよ。あっちの方がまだマシな状況だったかも知れません」
リリカとナツミもどうしたものかと困惑した様子で歩く後を、ディアスがリックと同じくこの砦に来ていたドムと再会を喜び合いながら続き、最後にベアトリクスがもつれ合う三人の巨漢を困ったような顔で見ながら砦の正門の前に出た。
門は重々しい音を立てて人一人が通れるだけの幅に開き、そこから外に出てアステ帝国の使者と対峙する。
「そういえば、リックさんもドムさんもこの砦に来てるって事は、グランシールに居たプレイヤーはみんな王都から逃げられたって事ですか?」
ふと、思ったことをリックに訊いてみた。
「いや、全員って訳じゃねえんだ……残念な事だが、プレイヤーの中には……」
「もうグランシール王国のほぼ全域が僕ら神聖ネクロザイル=アステ大帝国の手に落ちたよ! 君たちも諦めてさっさと降伏した方が賢いんじゃないのかい? 無駄に戦っても痛めつけられるだけなのがオチさ!」
何やら気まずそうに答えるリックの言葉を遮る形で、砦の前に来ていたアステ帝国の物らしき、黒い軍服のような軽装の鎧を着た兵士たちが道を開けて、後方から黒い重装鎧を着た騎士風の男が前に出て声を張り上げた。
なんか……どっかで見たことがあるような男だ。
「アレ……ルシ……じゃなかった、ええと…ジークフリード…? だったかニャ…?」
「げえっ! 猫神姫☆ミルクチャンさん!!??」




