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3 女の子として扱えば女のコになる。そういうものさ。

 再び地上の森の中に降下したハミングバードの後部貨物ハッチが開き、俺はMMORPGソードブレイズオンラインの世界に降り立った。

 陸戦アーマーのヘルメットをつけていた時にはわからなかった森の匂いが鼻腔をくすぐる。

 ホントにMMORPGの世界なのか? リアル過ぎる。


 とにかく他のプレイヤーに話を聞いて情報を集めなければ。


 来たときは陸戦アーマーのパワーアシストがあったが、今着ている黒い全身タイツ風電磁シールドスーツにそんなものは無い。よって歩いて森から出るのだがそれが結構時間がかかった。

 途中、ゲームのエネミーらしい人間の腰くらいまである大きさの丸っこいネズミのような、ちょっと可愛らしさを感じさせる生物を見かけたが襲ってくる様子も無く俺の事など興味無さそうにウロウロしているだけだった。


 まあ最初期のスタート地点付近のモンスターなんてあんな物なのだろう。もうちょっとやる気出せよと思わなくも無いが危険が避けられるのは好都合だ。なにしろ俺はレベル1らしいからこの体がこの世界のルールに沿った能力しか持っていないとしたら銃器が通用しなかった場合は大変にまずい事になる。

 銃器が有効か試してみようかとも考えたが、敵意の無さそうなちょっぴり可愛いネズミさんを撃つのは躊躇われるし、銃は弾に限りがある。地表に降ろした揚陸艦に要請すれば補給は受けられるが無駄使いは避けたかった。

 とりあえず街でこの世界に沿った剣でも手に入れよう。



 ともあれ無事に街まで戻ってきた。

 現実になったんだから当たり前だが街の中と外が完全にシームレスで空間として繋がっている事に妙な感動を覚える。


 この世界に来た直後は大通りの真ん中でウロウロしていたプレイヤー達が居なくなっていた。

 他に当てもないから仕方なくあの猫耳メイドでも頼ろうかと考えていたので少し困る。

 

 が、それはすぐに見つかった。

 とりあえず剣と魔法のファンタジーRPGのセオリーとしては酒場だろう、誰か居るはずと思い入ったそこでピンク色のはしたないメイド服を着た猫耳ツインテールがテーブルに突っ伏してブツブツと何か呟いていた。さっそく酒をかっ喰らってたのか。やっぱりオッサンだ。


「帰るニャ…早く近代都市栃木に帰るニャ…もうこんな世界は嫌ニャ…リリカ耐えられないニャ……」


 ちょっと前は遊んで暮らせるとはしゃいでいたのに凄い落差だ。何があったのだろう。


「おーい、大丈夫か? 昼間から酒なんか飲んでないで助けてほしいんだけど」

「…誰ニャ…? んニャ? 『丸出しっ娘』…さっきのエッチなオッサンかニャ…それがアーマーの中身かニャ…もっとぼんきゅっぼんっでムチムチな頭の悪いアバターかと思ってたニャ。意外と普通ニャ」


 失礼な猫耳が失礼な事を言ったのに反応したのか、俺の耳元で声が聞こえた。

 スーツからの骨伝導で周りには聞こえないエリカの声だ。


『マスター、この知能の低そうな原住生物に助力を求めるのは推奨できません』

「んー、でも他に当てもないからなあ…少し話を聞いてダメそうだったら他を当たるよ」


「何ニャ? 他に垢持ってたニャ? でも切り替えるのは無理だと思うニャ」

「ああ、いや違うんだ。こっちの話……そんな事より随分落ち込んでるけど何かあったのか?」

「……トイレニャ……ううん、あんニャのトイレじゃないニャ。穴ニャ。しかもトイレットペーパーが無かったニャ…ばっちい布ニャ…共用ニャ…ありえないニャ…触っちゃったニャ……」

「あー、中世ヨーロッパもトイレは不潔だったって言うからなあ。でもトイレがあるだけそこらで垂れ流しよりも良かったよ」

「ぜんぜん良くないニャ! そもそも何でゲームの中のキャラになったのにオシッコしたくなるニャ!? ゲーム中『オシッコがしたくなりました』なんて状態になった事無いニャ! パンツ脱いでオシッコした後拭いてまたパンツはくモーションなんか見たこと無いわよ! オシッコだったからまだいいものの違う方がしたくなったらどうすればいいのよ! ニャ!」

「いやまあ、うん、不思議だね」

「…ニャ、そういえばオッサンもオシッコしに行ったはずニャ? その体でして来たニャ?」

「ああ、うん、適当に済ませたよ」

「最悪ニャ」

「でも古代ローマやインカ帝国だと水洗トイレがあったらしいし、探せばどこかにマトモなトイレもあるんじゃないの?」

「レアアイテム探すみたいに言うなニャ」


『マスター、話が進みません。オシッコの話題から離れてください。もしくはその知能の低い原住生物から離れてください』


 エリカにせっつかれてしまった。


「オシッコの事は置いといて、さっきも言ったけど俺このゲームの事ほとんど知らないから簡単な説明でいいから教えてもらいたいんだ。基本的な設定とか状況とか」

「んニャ…そういえば初心者さんだったニャね。とりあえず基本的な設定はよくある剣と魔法のファンタジーモノニャ。大陸に三つ国があるニャ。人間の他にエルフとかドワーフとか居るにゃ。リリカはバージョン2.35の時にクーシー族と一緒に実装されたケットシー族ニャ。職業はいっぱいあるけど基本的には戦士とか魔法使いの派生ニャ。いろんな種族が力を合わせて精霊の加護を受けて邪神の復活を阻止するってのがメインストーリーニャ。後は適当にクエスト受けたり探索したりするニャ」

「うんまあ、そんなに特徴無いな」

「キャラがカワイイのが売りニャ。余計な設定よりカワイイ衣装を着せたキャラを見せ合って楽しむのが王道ニャ。レアな衣装を持ってれば人気者ニャ。チャットツール代りに使ってる人も多かったニャ」

「そんなもんだよなあ。それで状況の方は何か解ったのか?」

「リリカはトイレ探すので大変だったニャ。リリカにもまだ何にもわかんないニャ。でも多分みんなそんな感じニャ。あっちを見るニャ」


 そう言って猫耳メイドは酒場の奥の方に集まっている黒い衣装を着た男性キャラクターの集団を指した。

 全員黒づくめでゲームの世界が現実となった今では何かの宗教のようにも見えて異様な雰囲気となっている。


「あれがどうかしたのか? 変といえば変だけどゲームキャラなんか現実になればあんなもんだろ」

「全員『キ◯ト』ニャ。名前を変えろとか誰が本当の『キ◯ト』か、とか話し合ってるニャ」


 うわ、キ◯ト多すぎ…と言うか本当のキ◯トなんか居ないだろう。居たとしても別の世界か所沢だ。


「そういえばまだステータスは見れないニャ? 変ニャね。HDD壊れてたんじゃニャい?」

「うーん、それは怖いから考えたくないけど…俺のステータスってどうなってるの?」

「んニャ…さっき言った通りニャよ。『丸出しっ娘』人間。レベル1下級戦士。んニャ? MPはゼロニャけどHPと経験値と、あと状態異常の欄が文字化けしてるニャ。やっぱりデータ壊れてたんニャね。ご愁傷サマニャ」


 経験値はともかくHPがバグってるのはちょっと怖いな。艦でバイタルを見た時は正常だったはずだけど後でちゃんと調べてみようか。

 あと『丸出しっ娘』は何とかしたい。


「名前って変えられるのか?できれば変えたいんだけど」

「自業自得ニャね。神殿で変更出来るけど100クレジット必要ニャ。クレジットは持ってるニャ?ゴールドとは違うリアル課金のマネーニャけど」

「そんなのどこにも持ってない気がする…」

「んニャ?ステータスに1000ゴールドと300クレジット持ってるってあるニャ。ガチャ一回分。ゲームスタート時のプレゼントニャね」

「ガチャなんかあったのか…とにかく神殿へ行ってみよう」

「ステータス壊れててちゃんと変更できるか心配ニャから一緒についていってあげるニャ。リリカ親切すぎニャ、感謝しろニャ」


 言い草はカンに触るが俺にはステータスが見えないしクレジットなんてのがどこにあるかも解らないので助かる。

 俺は猫耳メイドに案内されて神殿へと向かった。



「はあ、今日は訪れる冒険者の方が多いですね」


 神殿では神官風なのに横がガラ空きでチラチラと肌色が覗く、破廉恥な衣装を着た女性がウンザリしたような顔をしていた。

 やはりNPCにとっては俺たちは冒険者という認識なのか。


 神殿なのに礼拝堂のような大部屋の横にはカウンターが並び、そこで受付らしい破廉恥な衣装の神官たちが訪れる人間の相手をしている。ちょっとヘンテコな光景だ。


「なんか妙にNPCが人間臭くなってるニャ。文句言わずに仕事するニャ」

「うーん、この世界じゃ彼らもれっきとした住民って事なんだろう。とにかく名前の変更を頼んでみるよ」


 そう言って俺は一番胸の大きい女性神官の居るカウンターに行き話しかけた。

 どう見てもガラ空き衣装の横から下着らしきものが確認できない。穿いてないのか。


「名前の変更をお願いします」

「また名前の変更ですか、今日は多いですね。何かあったのですか?」

「多分色々あるんだよ」

「はあ…『丸出しっ娘』さん、変わったお名前ですね。でも変えたくなる気持ちはわかります。私だったら人前に出れません。酷い親御さんですね」


 丸出し一歩か二歩手前の格好をしているNPCに同情されてしまった。

 それにその名前は両親ではなく俺が適当につけただけだが、今やこの世界の生きる住民となったNPCに言っても仕方ないだろう。


「クラリスでお願いします」

「わかりました。新しい名前はクラリスさんで宜しいですね?」


 そう言って神官はカウンターに置いてあるツヤツヤした黒い石版に手をかざして数秒目を閉じた。


「これで名前の変更は終わりました」


 再び目を開いた神官が告げたが俺には何も変わってないように思える。

 こっそりエリカに確認してみる。


「エリカ、俺の状態に何か変化はあったか?」

『マスターの身体に変化は確認できません。それにマスターのお名前は以前からクラリスであると認識しています。丸出しなどという名前であった記録はありません』


 やはりエリカにも変化は認識できないようだ。


「これで名前変わったんですか?クレジット払ったりはしてないと思うんですが」

「クレジット…?いえ神殿は対価を求めたりはいたしません。徳の無い方の要求には答えられませんが」


 なんとなくわかった。リアル課金が徳かよ、ひでえ神様だ。


 俺は猫耳メイドのところに戻って聞いてみた。


「どう? 自分じゃ解らないんだけど名前変わってるかな?」

「ニャ、変わってるしクレジットも残り200になってるニャね…『クラリス』…?  あ、元ネタわかっちゃったかもニャ。それなら目を瞑ってなきゃダメニャ」

「狙ったわけじゃない。偶然だ」


 とにかく名前が変更できて良かった。

 もう少し神官たちを眺めていても良かったがそれはいつでも出来るし一人の時にしよう。

 俺と猫耳は神殿を後にした。



「やあ! ミルクチャンさんじゃないか! 君もこの世界に来ていたのか!」


 とりあえず今後の方針を決めるため酒場に戻ろうと歩いていると、一人の白い鎧を着た騎士風の男に声を掛けられた。


「誰だミルクチャンさんて」

「リリカのキャラクターネームニャ。『猫神姫☆ミルクチャン』ニャ」

「……お前も名前変えた方が良かったんじゃないのか」

「サービス終了するから残ってても仕方ないと思ってガチャでスッたばっかりだったのニャ。そんな事よりル◯アン、何の用ニャ?リリカたちは忙しいニャ」

「ははっ、ツレないなあミルクチャンさんは。こんな状況だからこそ力を合わせる時じゃないかな? あと僕の名前はもうルシ◯ンじゃなくてジークフリードさ! ジークと呼んでくれ! そっちのお嬢さん…クラリスさんもよろしく頼むよ!」


 また被りそうな名前に変えたもんだ。ル◯アンの方がまだ少ないんじゃないのか。


「この馴れ馴れしいのは知り合いか?」

「リリカが同じアニメのファンだと勘違いして付きまとって来たニャ。しつこくオフ会やろうって言ってくる直結厨だから相手にしちゃダメニャ」


 この世界が現実になってしまったのだから直結も何も無いが確かに友達にしたいタイプじゃない。だが直結厨はしつこく食い下がった。


「女の子二人じゃ何かと危ないだろう?僕が付いていてあげるよ。これでもレベル80のナイトさ」


 猫耳より低いじゃねえか。


「ルシ◯ンでもジークでもいいけどこのクラリスの中の人はエッチなオッサンニャ。腕時計にまでスク水の女の子のアラームを仕組んでる変態ニャよ」

「中の人がどうかなんてこの世界が現実になった今意味のない事さ。ちゃんとリアルな肉体を持った女の子だろう?女の子として扱えば女のコになる。そういうものさ」


 思った以上に業の深い直結厨だった。

 猫耳もドン引きしていたが、結局酒場までしつこく付いて来て同じテーブルを囲む羽目になってしまった。


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