EX4 お前にうってつけの面白い話があるんだよ。
「それで何なんですか、急に呼び出して」
愛想の無い店員によって運ばれて来た、グラスに注がれたアイスコーヒーを一口啜った後、対面に座る人物に尋ねた。
「どうせ暇だろうと思ってな。手当はちゃんと出すから、ちょっと手伝って欲しいんだ。いいだろ? 仕事、クビになったって聞いてるぜ」
「クビじゃないです。契約が更新されなかっただけです」
「同じじゃねえか」
「同じじゃないです」
モノには言い方というものがある。
俺は憮然とした表情をして見せて、もう一口コーヒーを啜った。
「どっちにしろお前があんな仕事で燻ってるのは勿体無いと思ってたんだよ。良い機会だから本格的に俺んとこに来いよ。お前の書く記事、評判悪くないぜ」
「嫌ですよ忙しい仕事は。あの仕事だって自分の時間が取れるからやってたんです」
「それでクビになってちゃ世話ないぜ」
喋りながらその人物はメロンクリームソーダに浮かべられたアイスクリームをスプーンでぐちゃぐちゃにかき混ぜてメロンソーダに無理矢理溶かし込んだ薄く緑がかった乳白色の液体をストローで啜ってから大きく息を吐いた。
嫌な飲み方だ。見た目が汚らしい。
学生時代からの付き合いなので、もうかれこれ十年以上になるが、その頃と変わらず変な所で子供っぽい。
「お前にうってつけの面白い話があるんだよ」
グラスをテーブルに戻しニヤリと含みのある笑みを浮かべた。
「精神病院での取材にはもう行きませんよ」
「いやそうじゃねえ、今回はもっとデカい話だ。もっとも、あの時の取材に似てるっちゃあ似てる話だがよ」
「……また『異世界送り』ですか?」
異世界送り。
近年、頻繁に起こる様になった行方不明事件、健康な人間が突如意識不明になる奇病と言った奇怪な事件が総じて『異世界送り』と呼ばれる。
最初は誰もそれら個別の事件を関連づけて考えてはいなかった。
しかし数年前、20年近く意識不明の昏睡状態にあった最初期の患者が目を覚まして、回復を喜んだ周囲の人々に言った。
「俺は異世界から帰ってきたんだ」
と。
勿論彼の言う事を信じる者はおらず、その後も病院で徹底的な検査を受けたが彼の言動は変わらず、故郷から遠く離れた精神病院で治療を受ける事となった。
しかし、それをきっかけとして、その頃から徐々に増えつつあった原因不明の未解決行方不明事件や、突如昏睡状態に陥る意識不明患者などが「異世界に連れていかれたのではないか?」と噂される様になった。
俺が目の前にいるこの人物、今はネットメディアのフリーライターという実態のよくわからない仕事をしている学生時代の先輩の取材で手伝いに駆り出されて同行したのがその病院であり、取材をしたのがその異世界から帰ってきたと言う男であった。
その時は先輩の出任せでどうにか面会をこじつけた件の患者に異世界の事を聞き出そうとしたが、彼は錯乱状態となり俺たちは病院から叩き出された。
どうも、異世界での事は全て夢だったと納得して快方に向かっていた彼に異世界の事を思い出させてしまったのが良くなかったらしい。
俺と先輩は医者と駆けつけた警察官にこってりと絞られる事になった。
「あの時はマズったよなあ」
事の元凶が少しも反省などしていないという顔で笑った。
「マズったどころじゃないですよ。危うく職場に連絡されかけたんですから。アレがバレたらクビになってました」
「でも結局、別件でクビになったじゃねえか」
「クビじゃありません。とにかく、あんな話なら手伝いませんよ」
俺はもう一度憮然とした表情をして見せてからアイスコーヒーを啜った。
「まあ話だけでも聞け、面白えからよ」
先輩は鞄からゴソゴソとコピー用紙の束を出してテーブルに乗せた。
「何しろ今回は人数が多い。ざっと調べただけで400人以上が同時に昏睡状態になって病院に運ばれたんだ」
「400人? 多過ぎますよ。それだけの人がいっぺんに倒れたらニュースになるでしょう? テレビでもネットのニュースでもそんな事があったなんて何処も言ってないじゃないですか。2年前に修学旅行生が乗ったバスごと、一クラス丸々消息を絶った事件の時なんか毎日大騒ぎだったでしょう。あの時は40人位だったからその10倍だ」
「倒れたのが全国、北は北海道から南は沖縄まで。それぞれ別の場所で、ほとんどが自宅だったしな。夜中だった事もある。最初は関連性なんか気付かなかったのさ。だがな、人数が多かった東京で一晩に10人以上運び込まれた病院があって、関係者がちょっと調べてみたらしい。そしたらどうやら全員、ほぼ同じ時間に意識を失ってたんだ」
「偶然って事は?」
「事が事だけにな、水面下じゃ警察も捜査してるし大手の新聞や週刊誌なんかも動いてる。そして解ったのがこれだ」
鼻息を荒げてコピー用紙の束を突き出してきた。
「倒れた患者は全員、同じネットゲームのMMORPGをやってた」
「……冗談でしょう?」
一応コピー用紙を手に取ってパラパラとめくってみた。
最初の数ページは事件の概要やら憶測やらが書かれている様だが残りはほとんど名簿だ。
「ざっと調べただけでこれだからな。一人暮らしで近所づきあいの無いヤツなんかまだ誰にも知られずに部屋で倒れてるかもしれねえ」
「嫌な事言わないでくださいよ……『ソードブレイズオンライン』?」
ふと、資料の中に見覚えのある単語を見つけて俺は困惑した。
「ああ、それが被害者達がやってたゲームだな。しかし今時MMOってのもまだやってるヤツ居たんだなぁ。お前やった事あるか?」
「サービス開始した頃に一度だけやってみましたけど…ユーザーインターフェイスが肌に合わなかったんでそれっきりですね」
「ははは、合わなくて良かったな。やり続けてたらお前も今頃『異世界送り』になってたかもしれないぞ」
「笑い事じゃないですけど……つまり、このゲームのプレイヤー達が『異世界送り』になったって言いたいわけですね?」
先輩はニヤリと口を歪めた。我が意を得たり、という顔だ。
「そう言う事だ。俺が思うに、ゲームのプレイヤー達がゲームの世界に食われちまったんだ。あったろ? そういうアニメ」
「元はラノベですね。でもアレは未来の話で、ゲームもヘルメットみたいな機械で眠りながらやる…みたいな感じで、その機械に細工した犯人の陰謀でプレイヤー達がバーチャルなゲームの世界に閉じ込められたって…SFですよ」
「そうだったか?」
「現実の普通のPCでやるネトゲじゃあそんな事は無理ですし、運営は結構大手のパブリッシャーでしたよね」
「資料に書いてあるが、実質は下請けの小さな会社でサービス終了も決定していたからその夜はもう一人が会社に残ってシステム管理をしてただけらしい。そいつも犠牲者の一人だ」
言われて資料のそれらしき部分を目で追った。
確かに管理していた会社は既に夜逃げ同然に解散し、パブリッシャーも知らぬ存ぜぬで通しているようだ。
そして元々レンタルサーバーを使用していたゲームは契約通りにサーバーを停止され、もう『ソードブレイズオンライン』というゲームは稼働していない。
「過疎の末期ゲーとは言え、酷い有様ですね」
「まあ俺は詳しくないんでよ、ゲームに詳しいお前の方が色々解るだろうと思ったんだよ」
「そうは言ってもですよ、ゲームはもうサービス終了してるみたいですし、こんなゲームが切っ掛けで400人以上も意識不明なんてちょっと信じられないですよ。他の共通点とか調べた方がいいんじゃないですか?」
ようやくこの先輩がわざわざ俺を呼び出したのには納得できたが、こんな怪事件の事を相談されても何も解る訳がない。
「日本全国のあちこちで性別も年齢も関係なし。他の共通点なんか無えよ」
「それじゃあお手上げですね」
「……そういや一人、そのゲームやってて意識不明じゃなくて死んだヤツが居るんだが…関係無えな。痴話喧嘩で刺されたんだった」
「嫌な話ですねえ」
正直どうでもいい。
「刺した女が言うには、そのゲームで知り合った他の女に色目を使ってたって話らしいんだが、もし『異世界送り』なら晴れて基地外女から解放されて、異世界でその子と会えるのかもな」
「知りませんよ。そもそも『異世界送り』なんてのが根も葉もない噂なんですから」
「記事にするならそういうメロドラマっぽいロマンスがあった方がウケるだろうが」
「そういうの、今は炎上しますよ」
どうでもいいので聞き流してパラパラと資料の名簿を流し読みしていると、ふと見覚えのある気がする名前に目が止まった。
「猫間…慧莉嘉…?」
「ん? 何だ、知り合いでもいたか?」
「あ、いえ…違います。似た名前ですけど…莉々嘉、か…それにしても、住所も栃木県…肉親か…? いや、でも…この事件で意識不明になったのなら講義に来なくなった時期とも一致する……」
困惑する俺の様子に先輩はクリームソーダのストローを口に咥えたままニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「面白くなってきたな」
「面白くありません」
笑い事ではない。
「関東の被害者は4カ所の病院に別けて収容されてる。その子は…群馬の大学病院だな……行くか?」
「行きましょう」
俺の返事を聞いた先輩はわざとらしく大きくうなづいた後、残っていたクリームソーダを一気に飲み干し、伝票を掴んで立ち上がった。
「よし! 行くぞ倉田!」




