EX3 あの『世界』の住人となって欲しいのです。
「ここは…何処だ……?」
目の前に広がる空間に、およそ景色と呼べる物は何も無い。
ただ白い地面が地平の彼方まで広がり、ほんの僅かなコントラストの違いで白い空との間に地平線を形作っている。
夢の中なのか、だが夢でもこんな景色を見た覚えは無い。
これが現実ではないという奇妙な実感だけは確かにあった。
「俺、死んだのか…?」
何故、自分がこんな所に居るのかと考え、頭の中で直前の記憶を手繰り寄せる。
狂気に染まった貌。
血に濡れた包丁。
腹に感じた激痛とそこから流れ出す血。
ああ、なんてこった。
イカレた女め。
うっとおしいヤツだとは思っていたがここまでやるとは思わなかった。
畜生、キチガイ女に刺されて死ぬなんてあんまりだ。
ならここはあの世か天国か、それとも走馬燈のような死にかけた俺の意識が見せている光景なのか。
「畜生…! 何で俺がこんな目に…! 何で俺が死ななきゃならないんだ…!」
「あなたはまだ死んではいません」
女の声。
唐突に背後から掛けられた声に驚いて振り向くと、白い布を体に巻き付けた女が居た。
さっきまでは誰もいなかったはずだ。
「ですが、今まさに貴方の命は尽きようとしています」
瞳を閉じたまま、穏やかな表情と口調で女は絶望的な事実を突きつけた。
「じゃあやっぱり俺は死ぬのか!? 何なんだここは! あんたは!」
「私は女神。そう、今は暁の女神とでも名乗っておきましょう。貴方の命と、とある終わりを迎えつつある『世界』を救うために、貴方を此処へといざないました」
「俺の命と…『世界』…?」
女神と名乗る女は俺の反応に満足したように笑みを浮かべて、
「はい。その『世界』は貴方が最後に向かおうとしていた『世界』。貴方がたの常世で言うところのMMORPGの『世界』です」
MMORPG、神の口から出るのは予想もできない言葉を出してきた。
「そ、それって…ソードブレイズオンライン…なのか…? あんなゲームが『世界』だって…?」
「『世界』とは可能性、そして物語なのです」
「だ、だけどあれはゲームで、作り物の『世界』だ!」
「貴方がたの常世から見れば電子の作られた『世界』でも、もっと上の次元から俯瞰すればそれは同じように『世界』足り得るのですよ。貴方がたの常世もそうではないと、貴方には証明できますか? 過去も記憶も、全てがもっと上の次元の何者かによって作られた物では無いと、神である私に」
女神の語る言葉に、俺は俺の居た『世界』の定義を揺るがされ言葉を失った。
「そ、そんなバカな……」
「ですが、あの『世界』はまだ不完全な物。世界を定義するために、貴方にはあの『世界』の住人となって欲しいのです」
「だ、だけど俺はただの一般人だ! いきなりそんな所へ行けと言われても困る!」
「心配には及びません。MMORPGの世界ですからあちらには既にあなたの魂の器たる存在が居るでしょう。そして、貴方の元居た世界の器は壊れ、もうすぐ全ての機能を完全に失います。そうなれば貴方の魂は世界に留まる事をできずに消滅するでしょう。魂無き器が動かぬように、器なき魂もまた存在を保てないのです」
俺は女神の言葉に項垂れる。体中から力が抜けて行くようだ。
「……結局、俺に選択肢は無いって事か……」
「理解して頂けたようで助かります」
女神は変わらず瞳を閉じたまま微笑む。
ただ生き返らせてくれるほど都合よくはないらしいが死ぬよりはマシだろう。
異世界転生か。
まるでアニメかラノベだが、本当にこんな事があるとは。
「わかった……。このまま死ぬよりは良い。さっさとやってくれ」
「わかりました。では……」
白い空間が、白い光に包まれ女神の姿も消える。
俺の意識も白い光に包まれるように霞んでいく。
ああ、あの世界には他のプレイヤーのキャラも生きているんだろうか。
だとしたら、もう一度あの子に会えるだろうか。
ほんの少しの間だけだったが同じパーティーの仲間だったあの少女に。
彼女の友人に一度だけリアルの写真を見せてもらった。
一目惚れだった。
彼女がパーティーを追い出されたのは、俺のせいだったのかも知れない。
もう一度、彼女に会えるだろうか。
………
……
…
「いやー、異世界転移いっちょあがりっと、世界も送り込んだ人間もあんまり期待できないけど、まあ数撃ちゃ当たるってねー。複垢使って工作すればランキングの端っこくらいには引っかかるかも? ウケなかったらそのまま放置でいいしねっ。折角だからあと二、三件転移させとくかなー……、あれ? さっきの小僧、転移してないじゃん。どっか引っかかったのかな? もっかい出力を上げて……。うん? やっぱりダメじゃん。範囲を広げて、出力最大でー…… はあ? 全然転移しないじゃん! なにこれ、どうなってるの? ちょっとサポート、サポート!対象者が全然転移先の世界に現れないんですけどー!」
「はい、こちらサポートです。どういった状況でしょうか」
「死にかけの人間を異世界転移させたんですけど、転移先につかないんです―」
「今状況を見てみますね……。ってうお!? なんじゃこりゃ!? おいお前何やったんだよ! 規定外の人間が大量に転移してるぞ!」
「対象が転移しないから出力と範囲を広げて転移させたんですよー」
「対象者はもう死んでるぞ! 死にそうな人間相手にダラダラやってたんだろ! 死んだ人間は転移しねえよ! どうすんだこれ! 一遍にこんな「大量の人間を転移させたら対象の世界では大事件だぞ! わかってるのかこの野郎馬鹿野郎!」
「そ、そんなこと言ったって、あたし初心者なんだもん!」
「初心者ならちゃんとマニュアルと注意事項読めよ! あーもう! ちょっと上司に相談してくっからそのまま動くんじゃねえぞ!」
この日、とある世界から数百人の人間の魂が異世界へと飛ばされた。




