20 何を勝手にまとめてるニャ。
反物質重力パルスエンジンという、意味も原理も解らないデタラメな推進機関によってデタラメな速度で上昇するSF降下艇。
その決して広くは無い後部貨物デッキでもつれ合いながら、生身の人間なら押し潰されてミンチになってしまうと言う重圧で内壁に押し付けられている、陸戦アーマーを纏った俺と生身の青ハゲは、なおも取っ組み合いの力比べを続けている。
「ぬううッ! 無駄な足掻きよッ! 魔力の戻った今、どれほどの高さから突き落とされようと我には無意味よッ!」
青ハゲが右腕で掴んだ、腰に回された俺の左腕が積層特殊合金のアーマーごと、電磁シールドのプラズマ放電と火花を散らして握り潰される。
「いだあああああッ! いだだだああぁぁぁッ! のこったぁぁッ! のこったのこったあああッ!!」
俺はもう何でもいいからと本能の命令通りに叫んで激痛を紛らわしながら、残った右腕で青ハゲに必死で組み付いた。
左腕に掴まれた、アーマーの部位でも特に頑丈なヘルメットがミシミシと、続いてピシリと音を立ててバイザーが割れ、視界にヒビが入る。
「やめてえええぇぇっ! マジやめてえぇぇっ! 頭はシャレにならないぃぃっ!」
「しぶとい虫ケラめッ! いかに頑強な鎧に身を包もうと我が魔力の前には……!」
何か魔法を使おうとしたのだろうか、青ハゲが俺の体から手を離したその時、両者を押し付けていた圧力が消え、その体がふわりと浮き上がった。
『惑星の落下重力圏内から離脱しました! マスター! 早く退避を!』
「やったあああああぁぁっ! 勝ったあああぁぁぁっ!!」
エリカの声と俺の苦し紛れの絶叫が降下艇の中に響き渡る。
「ぬぅッ!? 何だこれはッ!? 浮遊魔法かッ!? いや、我の魔法は発動せぬッ! 魔素が足りぬッ!! 何だここはッ!!」
「せ、世界を滅ぼす大魔王なのに宇宙の事は設定されてなかったみたいだなぁっ! 決まり手は寄り切りだッ!」
俺は体勢を入れ替えて無事な右腕で兵員用シートのベルトを掴む。
青ハゲ大魔王は大気中に含まれる粒子が大気ごと無くなったせいで魔法を使えなかったらしい。
エーテル宇宙とかの数十年前に流行ったSF風味が足されたファンタジー世界でなくて本当に良かった。
「ハッチ解放! 放り出せぇぇぇッ!!」
『了解!』
俺が蹴り飛ばしたのと同時にハミングバードの後部貨物ハッチが開き、青ハゲは不自然に多い星々が瞬く宇宙空間へと投げ出された。
バイザーの亀裂からヘルメット内の空気が漏れているらしく、俺の耳にけたたましい警告音が鳴り響いている。
青ハゲが何か叫んでいるようだったが、警告音が無くても小さな降下艇の中の空気はすぐに放出されて俺の耳に届く事は無かっただろう。
小さくなっていく青ハゲの姿が白っぽい霜のような氷に覆われていくのが見えた。
『ハミングバードをエインフェリアに収容します! すぐに治療を!』
ハッチを閉じたハミングバードが機首の向きを変え、旗艦エインフェリアに向かう。
「ち、治療はもう少し後にしてくれ……宇宙に放り出しただけじゃ倒した事にはならないだろう。キッチリとどめを刺しておく……!」
正直言って、すぐにでもぶっ倒れそうだが確かめておかなければならない事がある。
『……了解。アーマーロック。神経接続開始』
エインフェリアに向かうハミングバードからの中から、神経接続によってホログラムの義体が艦隊旗艦の艦橋に再現された。
左腕の痛みが消えたが、左腕自体が再現されず消えている。
AI制御の無人艦隊の中で、唯一艦橋に人が座る椅子の付いた司令官席にホログラムの体を沈め、右手でコンソールに触れる。
『目標の位置を重力アンカーで固定しました。現在の布陣ではカエルラからの砲撃が最短になります』
「わかった、それでいい。あの青ハゲがどの位頑丈か確かめよう」
眼前のモニターに大魔王を名乗った青ハゲの哀れに凍りついた姿が映し出される。
「対艦レールガン発射」
俺の声でバハムート級戦艦カエルラから放たれた、対艦小型レールガンの一撃で青ハゲは粉微塵になって吹き飛んだ。
「まあ、凍ってたしあんなもんか。……エリカ、フリルドスクエアで地上のドラグーンとクルセイダーの残骸を回収、ついでにリリカ達に無事だと伝えておいてくれ…ちょっと、休む」
それだけ伝えて、俺は意識を手放した。
◇
「やっと戻ってきたニャ。作戦があるならちゃんとやる前にキッチリ説明して行かないとこっちが困るニャ」
「無事ならさっさと戻ってきて下さいよ。まったく、すぐに一人で無茶するんですから」
あの後、エインフェリア内居住区の司令官室で目を覚ました俺は、青ハゲに握り潰された左腕がその痕跡も残さずに完全に治療されているのを確かめ、そそくさと身支度をして再びハミングバード降下艇で直接廃墟同然となった王都ラレンティニアに戻ってきた。
裸でベッドに寝かせられて義体のエリカに添い寝されていたのは驚いたが。
どうやら10時間以上眠っていたらしく既に翌朝になっており、出迎えたリリカとナツミが顔を合わせるなりブー垂れた。
「いやだって、あの場で実行出来るのは俺しか居なかったろ。宇宙船の中じゃないし火山の火口付近でもないんだから」
「口答えするなニャ。宇宙に行くまでにやられてたらどうするつもりだったのニャ」
「やっぱり自分だけチート能力を持ってると思って自惚れてるんですね。仲間をないがしろにしてると後で痛い目に会いますよ」
「……たく、素直じゃねえなあ。二人とも一睡もしないで帰りを待ってたクセによく言うぜ。俺ァさすがに眠くなって途中で寝たよ」
大欠伸をしながら簡易テントから這い出してきたディアスに指摘され、リリカとナツミは顔を真っ赤にして何かまくし立てたが、ディアスに軽く受け流された。
「で、結局あの大魔王とか言うハゲ親父は倒せたのか?」
それを言うならディアスもスキンヘッドなのだが、とりあえず突っ込まずに答えた。
「ああ、レールガン一発で粉々になったよ。あれで倒せてないって事ならもう諦めるしかないな」
「結局、魔王を倒したら元の世界に戻れるなんて話はデタラメだったワケか。まあそもそも目的の魔王じゃなかったし、その魔王は実装すらされてなかったんだからこの世界には居ないんだろうしなぁ」
「そっちはまた別の方法を探すしか無いな……何の手掛かりも無くなっちまったけど。それでショウゴはまだ復活できないのか?」
「幸い犠牲者は少なかったが、さすがに神殿もゴタゴタしてて死者の復活もワープゲートの起動もまだしばらくかかりそうだぜ。ま、その間に出来る事をするさ」
そい言ってディアスは半壊した王宮を見上げた。
「ぜ、全然心配なんかしてなかったニャあ!」
「そうですよ! クラリスさんのためなんかじゃないですからねっ!?」
リリカとナツミはまだ何かほざいていた。
その後、廃墟の街で王権に復帰したティルダ女王の号令でディアスとベアトリクスを中心に復興作業が始まり、王都は再建の道を歩みだした。
ゴダート伯爵と衛兵隊長はサキュバス達を連れてゴダートの街へと帰り、そこで試験的に娼館を開いてサキュバス達を管理するらしい。
ついでに神を名乗った少年、カムイは取得経験値10倍と言うチートスキルを持っていた為、人間に害をなす魔物を少し倒してはサキュバスにレベルを吸われるというレベルサーバーとでも呼ぶべき食料供給奴隷兼、娼館の下働きとしてサファイアを筆頭としたサキュバス達に囚われたまま連れていかれた。
この世界の神になったと言っていた割には悲惨な末路だが、すっかり正常な思考能力を奪われたカムイはずっと両手でピースサインをして気色の悪い笑顔を浮かべていた。
考えようによっては少し羨ましい身分ではあるのかもしれない。
タリヤ村のゴブリンとオーク達、フィーナとニールもタリヤ村へと帰り、女王のお墨付きでこちらも魔物と人間の共生のための試験地区として共に暮らしていく事になった。
そして俺とリリカとナツミ、俺たち3人はやはり戦いが終わった後の王都で何の役にも立つ事は出来なかったが、女王の厚意で王宮の奥の無事な部屋で過ごし、神殿の機能回復を待っていた。
その間、女王に事の顛末を聞かれた俺たちはダメ元で事のあらましを説明した。
「つまり、妾達の住むこのバルムガルドはげえむとやらの遊戯の舞台で、ぬしら冒険者はこの世界ではない、別の世界からやって来たと言う訳か…? 俄かには信じられぬ話じゃのう。妾にはちゃんと幼い日の記憶もあれば、この国には両親や長老達から伝え聞かされた歴史も記録もあるのじゃ。人の手によって作られた舞台だなどと言われても受け容れられぬ」
「別の世界から来たと言っても、リリカ達も元々はこんな体じゃなかったニャ。この世界に合わせた体になってると言うか、現実が入れ替わったみたいな感覚ニャ」
「ますます解らぬ……じゃが、それで魔王を倒せば元の世界に戻れるやも知れぬと思うておったが、その魔王は存在しなかったという訳じゃな。そういう事であれば賢者の塔に住む大賢者殿に会いに行ってみてはどうじゃ?」
女王の口から出た大賢者という名前は前にも聞いた。
「その大賢者が魔王の鍵を集めれば魔王を呼び出せるって言ってたヤツだろ? 出てきたのは魔王じゃなくて大魔王だったじゃないか。信用できるのか?」
「大賢者ヘムズワース、ニャね。そもそもゲーム中では今まで倒した敵の総数やちょっとした攻略のヒント、イベントの告知なんかを教えてくれるNPCニャ。当てになるかは怪しいニャねえ」
「それに賢者の塔ってドワーフの大トンネルを抜けた先の大陸中央の高レベルエリアですよ。まずはアステ帝国に行って他のプレイヤーから情報を集めた方が良いんじゃないですか? 熟練プレイヤーはみんなあっちに行ってるみたいですし」
アステ帝国。
なんでも若き皇帝が治める魔導機関とやらが発達した軍事国家らしい。
レベル100以上が主な対象のエリアだが、グランシールやラレンティアよりも文明的に発達したその国で少しでも現実の日本に近い環境を求めて多くの熟練プレイヤーがそこを目指したと言う。
だが奴隷制度が合法となっているような厳格な階級社会でもあり、元日本人のプレイヤーが馴染めるかどうかは少し怪しい所だ。
尤も、奴隷目当ての不埒な願望でそこへ向かったプレイヤーも居るのだろうが。
「どっちにしろ、まずはグランシールにディアスを連れ帰ってからだな」
「何を勝手にまとめてるニャ。チートで大魔王を倒して主人公気取りかニャ?」
「クラリスさんがチート主人公だったら、もっと都合良く物語が展開して貰わないと困りますよねえ。振り回される登場人物の身にもなって欲しいってモンですよ」
「だからそういう事言うなよ……」
「やれやれじゃ、ぬし達の言う事は本当に訳が解らぬのう」
結局、今一つ締まらない俺たちをのじゃロリ女王は呆れたような顔で見ていた。
◇
そして数日後、私情も多分に含んだ女王の指示によっていち早く神殿がその機能を回復させた。
「命を捨ててまで、この国を大魔王の魔の手から救った大英雄じゃ。やはり復活したショウゴ殿は、わ、妾の伴侶として迎えるのがふさわしかろう。うむ、まさにショウゴ殿こそ王になるべき器よ」
「何をふざけた事をほざいてるッスかこのチビッコは! ショウゴサンはこんな宮殿で趣味の悪い椅子に座って過ごすようなヒトじゃ無いっスよぉ! あーしと一緒に静かな湖の湖畔に建てた小さいけどあったかいお家で誰にも邪魔されずに二人でエロエロな暮らしを送るっス!」
焼け焦げた赤ハチマキを掴み合う、のじゃロリ女王と一人王都に残っていた赤い髪のサキュバスが本人不在のままショウゴのこれからについて言い争うのを、グランシールの物と同じ神殿地下の環状オブジェの前に立った破廉恥な格好の神官が困ったような顔で収まるのを待っている。
神官達が職務に戻った神殿の地下で、俺たちは集まってワープゲートの起動とショウゴの復活を見守っていた。
俺は前に立つベアトリクスに話しかける。
「お袋さんも復活させるけど、大丈夫ですか?」
「はい、今度こそは僕がしっかりママに言い聞かせます。もう、誰にも迷惑をかけないように」
それを聞いていたディアスがベアトリクスに言う。
「ベア子、お前もお袋さんを連れて俺とグランシールに来い。ここには居づらいだろうし、あっちにゃ俺の兄貴達がいる。きっと力になってくれるさ」
「は、はい! ありがとうございますディアスさん!」
ベアトリクスがディアスに答えた後、神官が集まった人達を見回して宣言する。
「それではゲートを起動させます。グランシール、アステ帝国との道が繋がり、黄泉を彷徨う魂達もここへ戻ってくるでしょう」
神官が目を閉じて祈りを捧げると環状オブジェが低い音を立てて、その円の中に光の幕が現れる。
すぐに光の幕に人影が映し出された。
それはこちらに向かって歩いてくる。
そして人影はオブジェの円を通り抜けて、こちら側に降り立った。
見たことも無い男。
ゴチャゴチャした装飾の付いた軍服のような格好の男だ。
その後に続いて次々とゲートから槍と盾を携えた完全武装の兵士達が現れる。
すぐにゲートの周りは出て来た兵士たちの隊列でいっぱいになり、こちら側にいた女王を含む俺たちは全員、神殿地下からの出入り口階段の方に押しやられ、ゲートから遠ざけられてしまった。
「な、なんじゃぬし達は!? ここはラレンティア王都、ラレンティニアの神殿なるぞ!」
神殿地下に現れた兵士たちにティルダ女王が気勢を張って問い質す。
布陣された兵士の先頭に立った軍服の男が口を開いた。
「ようやくゲートが通じたか。お前はティルダ女王だな? 丁度良い」
軍服の男は持っていた筒から丸めた紙を取り出し、女王に向けて開いて高らかに宣言した。
「我が神聖ネクロザイル=アステ大帝国はラレンティア王国、ならびにグランシール王国に対して宣戦を布告する!」
この日、このSBOの世界、バルムガルド唯一の大陸、ファーガリア全土を巻き込む戦乱がその始まりを告げた。
第二部 了
これにて第二部終了です。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
お手数ではありますが、評価、感想等頂ければ活動の励みになりますので宜しくお願いします。




