15 こうする他あるまいッ!
「せ、摂政殿! 宜しいのですか!?」
「宜しい訳無いでしょうッ! 衛兵は何をしているのッ! 早くあの変態集団を取り押さえなさいッ!」
宮殿の二階でカーテンの締められた窓から外の様子を覗き、女が激昂する。
「ですが、宮殿前に集まっている者のほとんどはこの王都の市民です! 彼らに矛を向けるなどと…!」
「あんな気持ちの悪い集団に市民権なんてある訳無いでしょうッ! みんな罪人よッ! 生きる価値なんて無いクズ共よッ! 殺しても構いませんッ! いいえ、皆殺しよッ!」
「摂政殿! 先頭に立っているのはティルダ女王ですぞ!」
「あんな子供に何がわかると言うのッ! 子供はッ! 大人しく黙って大人の言う通りにすれば良いのッ! 大人の言うことを聞けない子供は欠陥品よッ!」
喚き散らす女に周りにいた騎士達は何か諦めたように俯いた。
「何なのッ!? 貴方達まで私の言うことが聞けないって言うのッ!? 黙ってないで言いたい事があるなら言いなさいよッ!」
「ならば言わせて頂きます! もう我々は貴女の言う事には……」
「うるさいうるさいうるさいッ! 黙れッ! 口答えするなこの役立たずがッ! クズな環境で育ったヤツはやっぱりクズだッ! こんな汚らわしい国のクズ人間なんかにワタシの気持ちが解るかッ!」
言葉を遮られた騎士は苦渋に満ちた表情で剣を抜く。
「……貴女の本心、しかと聞きましたぞ。ならば最早、我らは貴女の言葉に耳を貸す事はありませぬ。我らは女王の騎士。その身を女王への反逆者として捕らえさせて頂く!」
「な、何よッ! そうやって暴力で言う事を聞かせようって言うのッ!? フザけんなッ! この◯◯◯どもッ! ◯◯◯◯のガキはやっぱり◯◯◯◯だッ! お前ら劣等◯◯は存在自体が迷惑なんだよッ! 謝罪しろこの◯◯◯◯ッ!!」
カーテン越しの窓に背中を付け、狂ったようにまくし立てる女に騎士達は無言で剣を向け、取り囲む輪を女に向かって狭めてゆく。
さすがに女ももう彼らに何を言っても無駄だと悟ったのか、怒りで歪んだ顔を冷や汗が伝って落ちる。
しかし、次の瞬間、女を取り囲んでいた騎士達は前触れもなくその場に崩れ落ちた。
女も何が起きたのか理解できず、少しの間倒れた騎士たちを呆然と見下ろしていたが、自らの身の危機が去ったと判った後、目の前で倒れた騎士の頭を足蹴にして怒りをぶつけた。
「あ、あははははは! ザマァ見ろクソ◯◯◯ッ! ワタシに不埒なマネをしようとするからバチが当たったんだッ! 死ねッ! 死ねッ! 死ねぇッ!」
倒れた騎士達の上で狂気のダンスを踊る女に声が掛けられた。
「あははは、随分困っていたみたいじゃないか。貴女はレベル1だからねえ、戦いになったら一般の兵士にも勝てないよ。このままじゃ可哀想だから僕が少し力を貸してあげよう」
いつの間にか、倒れた騎士達の後ろに少年が居た。
いつから居たのだろう。
しかし女にはそんな事はどうでも良かった。
「そ、そうよ! 助けてカムイ君! このままじゃゆうクンが……!」
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「この勝負、俺が引き受ける!」
「ちょ、ちょっと待つニャショウゴ! こんなのこっちに何の利益も無いニャ!」
「そうだぜ! こっちはこのままゆうたママを引き摺り出せりゃあいいんだ!」
一騎討ちに応じようとするショウゴをリリカとディアスが引き止めようとするが、ショウゴは足を止めない。
「クラリスにゃん! ショウゴを止めるニャあ!」
「いやー……ああなっちゃうと無理じゃないのか? 一騎討ちって燃えるシチュエーションだし、火がついちゃったんだろうなあ」
俺だって滅茶苦茶な条件だとは思うが、一騎討ちと言われて黙っていられないショウゴの気持ちも分からなくは無い。
俺のチート能力がそれっぽい物だったら俺だって名乗り出たかも知れない。
「ショウゴ! ぬしに任せた! 妾の騎士として敗北は赦さぬぞ!」
「ショウゴサンがんばるっスよぉ! あーし達の運命が掛かってるっスー!」
「勝ったらウチ達もいっぱいサービスしてあげるわぁ。気張ってねぇ」
「ボクチンを倒した男の実力を見せてやるブヒーッ!」
何故かもうノリノリでショウゴを応援する連中も居る。
こうなるとノリで集まった集団だけに流されやすい。
宮殿から出てきた、一人で群衆の前に立ち塞がり、一騎討ちを申し入れてきた男装の少女の前に進み出たショウゴが額の赤ハチマキを締め直しながら少女に問う。
「たった一人でこの大集団を前にゆうたママを守ろうと出てくる……キミが「ゆうた」だな?」
「ち、ちちち違う! ぼく…私はベアトリクス! レベル120の魔法剣士だ! レベル50程度の拳士なんかに負けたりはしないぞ!」
「この世界が元々RPGだったとしてもレベルが全てじゃない。キミの方こそ舐めていると痛い目にあうぞ?」
「僕が勝ったら全員言う事を聞いて解散してもらう! それでも良いのか!」
「キミだってもうそんな事で収まりがつかないのは判っているはずだ! それでも立ち向かわねばならないキミの覚悟! こうする他あるまいッ!」
ショウゴは脚を開いて大きくスタンスを取り、腰を落として石畳の地面をずん、と音がするほど強く踏み鳴らした。
「そんなに自信があるのか! なら僕だって容赦しない!」
「確かみてみろッ!」
男装の少女、ベアトリクスも携えていた片刃の剣と円形の盾を構える。
「行くぞッ!」
「来いッ!」
二人の声に群衆から大きな歓声が上がると、ベアトリクスが盾を正面に構えたまま地面を蹴ってショウゴに向かって突っ込んだ。
そのまま盾で殴りつけるが、ショウゴは片腕でそれをブロックし、姿勢を低くして地面を擦るようにベアトリクスの足元を蹴り付ける。
ベアトリクスは一瞬バランスを崩し、そこにすかさずショウゴがしゃがんだ姿勢から立ち上がるようにアッパーパンチを繰り出すが、ベアトリクスは何とかそれを剣の腹で受け止めて勢いを逃すように数歩分後ずさった。
「な、なるほど、確かにただのレベル50程度の拳士じゃない……!」
「こちらの手の内を見せないのはフェアじゃないな。……見せてやる! 辰撒!戦封脚ッ!」
ショウゴが下がったベアトリクスの前に再び肉薄し、飛び上がって片足を上げ、ヘリコプターのように回転しながら連続蹴りを放つ。
ベアトリクスは盾を上げてそれを防ぐが、三回転目の蹴りで耐え切れなくなり盾ごと吹き飛ばされた。
「ぐあっ!?」
ベアトリクスが倒れると群衆から大きな歓声が上がる。
しかし盾で勢いを殺したため大したダメージは無かったのだろう、ベアトリクスはすぐに立ち上がった。
「そ、その技は……!?」
「見ての通りだ。俺はこの世界に巻き込まれた時に偶然この力を得た。経緯は自慢できるような物じゃあないが、俺は信じるもののためならば、この力を使う事を躊躇しない!」
「それならこっちだって……!」
ベアトリクスが剣を縦に構えると彼女の体が薄い光に包まれる。
「気をつけるニャ! 行動速度上昇の魔法ニャ!」
リリカが声を上げるのと同時にベアトリクスは風のようにショウゴの目前まで疾り、盾から手を離して空中で落下を始める前のをそれショウゴの顔面に向けて裏側から蹴り飛ばした。
ショウゴはそれを咄嗟に両腕をクロスさせて防ぐが、ベアトリクスは剣の峰を視界を遮られガラ空きになったショウゴの脚に叩き付けた。
「グゥッ!」
続けざまにショウゴの脇腹を狙って剣を振るうが、ショウゴはあろうことか、その刀身を素手で掴んで止めた。
剣を掴まれたベアトリクスは迷う事なく剣からも手を離して、ショウゴの腹に掌を当てた。
「マジックミサイル!」
ベアトリクスの掌から魔法の輝きが発生し、ショウゴの腹で炸裂する。
「ぬウゥッ! これしきッ!」
しかしショウゴはその場で踏みとどまって裏拳を放つ。
ベアトリクスはそれを飛び退いて避けると、何も無い空間、アイテムボックスから別の剣と盾を取り出して構え、再びショウゴに肉薄して盾で殴りつける。
「き、汚いニャあ! そんなのズルいニャあ!」
リリカが抗議を叫び、群衆からもベアトリクスを非難する声が上がる。
だがショウゴはベアトリクスの強化魔法によって速度を増した、猛烈な勢いで叩きつけられる盾と剣の峰から両腕で頭を庇いながら群衆を制止した。
「これでいいッ!これなら対等だッ!」
「やせ我慢をッ!」
ベアトリクスがなおも連続で攻撃を続けるが、一瞬の隙を縫ってショウゴの体が低く屈み込む。
「勝流拳ッ!」
ベアトリクスの剣が空を斬り、身を低くした姿勢から繰り出されたジャンピングアッパーが盾を弾き飛ばし、同時に繰り出された膝蹴りがベアトリクスの胴に突き刺さり、その身を浮き上がらせる。
「ぐはぁっ!?」
そのままベアトリクスを吹き飛ばし、ショウゴが地面に降り立つ。
吹き飛ばされたベアトリクスも、ジャンピングアッパーの衝撃で落とした剣と盾の代わりを新たにアイテムボックスから取り出し、剣を地面に突き立てて立ち上がった。
「……まだ立つか、この世界での体は女でも、大した男だな、ゆうた!」
「だ…だから…この世界では僕はゆうたじゃない…! ベアトリクスだ…!」
「ならば次で決着だ! ベアトリクス!」
ショウゴの呼びかけにベアトリクスが剣を構え走り出す。
それを迎え撃つべく腰を落として構えるショウゴの目前で再びベアトリクスは盾を前方に投げてショウゴの視界を奪った。
「二度同じ手が通じるかッ!」
ショウゴはそれを片手で弾き飛ばす。
「閃光ッ!」
盾を投げたベアトリクスの左手で閃光が迸る。
ショウゴは構えたまま、周りで見ている俺たちも一瞬目をそらす程の眩い光を目の前で浴びた。
「これで終わりだッ! チャージスラッシュ!!」
ベアトリクスの剣が赤い光の尾を引いて、閃光を浴びた姿勢のまま動かないショウゴに襲いかかる。
「ショウゴ!」
「ショウゴサン!」
ティルダ女王とスカーレットが叫ぶ。
しかし次の瞬間、光を纏った刀身がショウゴに触れると同時にショウゴの体が青く発光して目に見えない程の速さで撃ち出された正拳付きがベアトリクスの胸の上部に叩き込まれた。
「ぐあっ!?」
ベアトリクスはたまらず驚愕した表情でよろめく。
「あ、あれはオートカウンターニャ!」
「知っているのかリリカ!」
隣で驚きの声を上げるリリカに思わず俺も驚いて訊き返す。
「ソーブレの拳士系ジョブの初歩スキルニャ! 今まで温存していたのニャ!?」
なるほど、チート能力による別ゲームの技を印象付けて本来のSBOで使えるスキルに対する警戒を逸らしていたという事か。
ショウゴは地面を滑るように脚を動かさないまま一瞬でよろめいたベアトリクスの懐へと潜り込む。
「縮地ニャ! アレも拳士のスキルニャ!」
よろめいた体制でショウゴに肉薄されたベアトリクスは苦し紛れに剣を振り上げるが、それが振り下ろされるよりも前にショウゴの体が低く沈み込んだ。
「侵ッ!!」
屈み込んだ姿勢から右のアッパーブローがベアトリクスの腹に突き刺さる。
素早く体勢を入れ替え左のアッパーを顎に叩き込み、左膝で腹を蹴り上げてそのままの勢いで残った右脚で大地を蹴る。
「勝流拳ッッ!!!」
ショウゴはアッパーと膝蹴りでベアトリクスを捉えたまま空中へ翔び上がり、その体を空高く吹き飛ばした。
着地したショウゴに遅れてベアトリクスが地面に叩きつけられる。
ベアトリクスはそれでもなお立ち上がろうともがいたが、遂には力尽きてその場で仰向けに倒れた。
「……俺の……勝ちだ!」
拳を振り上げて勝利をアピールするショウゴに俺は、それ違うキャラだろと突っ込みそうになったが、途中から声も出せずに固唾を飲んで見守っていた群衆から爆発するように歓声があがり、スカーレットとティルダ女王、そして仲間たちがショウゴに駆け寄る。
「やったニャあ! 一時はどうなるかと思ったけど勝って良かったニャあ!」
「この野郎! ハラハラさせやがって!」
「うむ、さすがは妾の騎士じゃ!」
「ショウゴサンカッコよかったっスよぉ! 一騎討ちの後は女を抱くのが人間のしきたりだって聞いたっス! 早速始めるっス!」
「ええい! 寄るな淫魔めが! 妾の神聖魔法で傷を癒すのじゃ!」
しかしショウゴは駆け寄った仲間たちを右手を上げて制すると、倒れているベアトリクスに肩を貸して立ち上がらせた。
「コイツにも回復魔法を頼む。コイツが片刃の剣で峰打ちなんかじゃなく両刃の剣や刃で俺を斬りつけていたなら、俺はとっくに切り刻まれていた……本当はお前だって闘いたくなんか無かったんだろう?」
「……それを言うなら貴方だって、辰撒戦封脚や勝流拳を使えるんだ…破導拳も使えるのでしょう?それを使えばもっと安全に戦えたはずだ」
「……男と男の一騎討ちで飛び道具なんか使えるか」
「だから僕は…ベアトリクス…少なくともこの世界では女だ…!」
それだけ言ってベアトリクスは再びその場にへたり込んだ。
ティルダ女王が二人に回復魔法をかけ、傷を癒している。
チート能力が飛び道具に偏っている俺としては複雑な気分だが、周りの人々は二人のやりとりに感動しているらしい。
何故かディアスやゴダート伯爵が感極まって涙を流している。
なんだかなあ、と俺が視線を宮殿の方に移すとベアトリクスの出てきた宮殿の正面入り口の門扉が再び開き、
「ゆうクンッ!!」
死闘を繰り広げた二人を見守る人々の間に、甲高い叫び声が響いた。




