10 これは魔王の鍵じゃ。
迷い込んだ水路の奥で、森の中のゴブリンの洞穴で見たのと同じ薄い紫色の魔法の光に照らされた広い空間に、これまたゴブリン洞穴で見たものと同じ、崩れた石像から出てきたらしい不恰好な四本腕のアイアンゴーレムが幼女を襲っていた。
もちろん性的な意味では無い。健全に暴力的な意味だ。
幼女は防御魔法の一種であろう、薄く緑色に光る半球状のシールドでゴーレムが四本の腕で持つ凶悪な見た目の武器による攻撃から身を守っている。
「何をボサッと見ておるか! 早く妾に手を貸すのじゃ!」
10歳くらいだろうか、亜麻色の長い髪に愛らしい顔立ちで身なりは良いが、妙に偉そうな幼女である。
「よし! もう少しだけ頑張れ! 今助けるぞ!」
俺とリリカとナツミがどうしたものかと突っ立っている背後から元ネタのキャラクター同様、困っている人を見過ごせない熱血漢らしいショウゴが飛び出した。
「破導拳ッ!」
ショウゴが両手を腰の高さで合わせるお馴染みのポーズから気弾を発射する。
それはゴーレムの頭部に命中したが、破裂音と気の輝きを散らしてゴーレムを少しよろめかせたにとどまった。
「仕方ない、またあの戦法で行くか。…エリカ! アーマーを投下してくれ!」
『投下は可能ですがマスター、現在位置の真上には現地生物の支配者階級の住居と推定される、所謂城や宮殿と呼ばれる巨大建築物があります。コンテナの掘削装置で掘り進んだ場合、該当の建築物が崩落する危険性がありますが宜しいのですか?』
「投下は中止だ! 他の方法を考える!」
『了解しました』
俺はエリカとの通信を中断して思わずリリカに怒鳴った。
「このアホ猫耳! 何が街の外へ通じるだ! 宮殿の真下に来てるじゃねーか!」
「ごめんニャあ! リリカもこんな所へ来てるなんて思わなかったのニャあ!」
「と、とにかく今は何とかショウゴさんを援護しましょう! 一人じゃ危険です!」
ナツミに言われて俺たちもそれぞれ行動に移る。
「わかったニャ! リリカも囮ぐらいにはなるニャあ!」
「あーしだってショウゴサンを一人で戦わせたりしないっス!」
「ディアス! これで出来るだけ自分の身を守ってくれ! エリカ! ファルシオンのロックを解除! 使えるようにしてやってくれ!」
俺は背負っていたファルシオンmk42電磁バレルアサルトライフルをディアスに投げて渡すと、長方形の箱にしか見えなかったそれはバレルやグリップが展開して小銃の形に変形する。
「ありがてえ! これなら俺だって少しは役にたてるぜ!」
ディアスは渡されたアサルトライフルを構えた。
スキンヘッドに黒い肌のガチムチマッチョだけに自動小銃が妙によく似合う。
俺もゴダートの街以来すっかり馴染んでしまった地味な服の長いスカートの下からふとももに固定してあったハンドガンを取り出して構え、視界に十字のクロスヘアと残弾の表示が現れ、四角いカーソルがアイアンゴーレムに重なり[unknown]と表示される。
人の背丈の3倍はあるアイアンゴーレムの足元で、正面にショウゴ、左右にリリカとスカーレットがそれぞれ四本の武器による攻撃を躱して翻弄し、その間に幼女がゴーレムの攻撃範囲から脱出した。
「皆さん下がってください! 動きを止めます! ……切り裂け!ハイドロカッター!」
ナツミの警告で前線の三人が飛び退くと、ナツミの水の魔法により放たれた圧縮された水流がゴーレムの真上の天井の石材を切り裂き、崩れた石材がゴーレムの上に降り注ぐ。
これも大したダメージは与えられなかったようだが、降り注いだ石材で足元が埋まり、ゴーレムは移動を封じられた。
「上手いぞ! あいつの表面には銃撃も効かない! 撃つなら目を狙ってくれ!」
「任せろ! RPGはニワカだがコイツなら兄貴達と毎晩やり込んだし、リアルでもサバゲーで鍛えたクラン「チームデルタ」の実力を見せてやらあ!」
今度は俺とディアスの銃撃がゴーレムの頭部に降り注ぎ、西洋甲冑の兜のような庇の奥にある赤く光る単眼を破壊した。
転移する世界を間違えたブラザー風ガチムチマッチョが叫ぶ。
「イイーッヤッホーゥ! コイツはゴキゲンだぜェェーッ!」
体内のナノマシンによる照準アシストで正確な射撃ができる俺に対して、いきなり渡された宇宙海兵隊仕様のスコープも無いアサルトライフルを腰だめのフルオートで全弾命中させたディアスの腕前に俺は思わず感嘆のため息をついた。
RPG的な戦闘では何故か役に立たないガチムチマッチョの筋肉は低反動とは言え、アサルトライフルのフルオート連射を抑え込める程の腕力がある上に、おそらく何らかのFPSをやり込んだ上にサバゲー経験者という実力も本物の様だ。
「よし! トドメだッ! ……神喰ゥゥッ!破導拳ッ!!!」
ショウゴが両手を合わせ、いつもよりも長いタメを作って発生させた眩い輝きの大きな気弾を裂帛の気合いと共に勢い良く発射し、命中したゴーレムの頭部を吹き飛ばす。
頭部を失ったゴーレムは急速に力を失い、四本全ての腕をだらりと下げてその場で動かなくなった。
生物は殺せないショウゴの技も鉄の塊であるゴーレムには効果があったらしい。
「やったな! 良いチームワークだった!」
拳を振り上げて勝利をアピールするショウゴにスカーレットが突進して抱き付く。
「さすがショウゴサンっス! カッコよかったっス! さっきのスゴいハドーケン、あんなのが出せるならあーしにも出して欲しかったっスよぉ♡」
「あ、ああ、また今度な…さすがにちょっと疲れた……」
「……そういうのはあたしの居ない所でやって欲しいんですけど。それにしてもやっぱりショウゴさんの技で倒しても光になって消えないんですねえ」
イチャイチャする二人を極力無視する様にナツミが動かなくなったゴーレムに近付いて杖でコツコツと叩くと、ゴーレムは光の粒子になって消え、ジャラジャラと大量のコインと虹色の鉱石を撒き散らして消えた。
「あれ?もしかしてあたしが倒した事になっちゃったんですか?レベルキャップで経験値入っても意味無いんでなんか悪い事しちゃいましたね」
「まあいいんじゃないか?さっきの天井を崩すのはナイスアイデアだったし」
俺も近寄ってゴーレムのいた所を見ると、コインと鉱石に混ざってゴブリンの洞穴の時と同じ鍵が落ちているのを見つけた。
「またこの鍵か。前に見つけたのとまったく同じに見えるけど、なんか意味あるのか?」
鍵を拾い上げて眺めていると、先にこの空洞に居た幼女が歩いて来て、俺から鍵をひったくって少し見つめた後、口を開いた。
「これは魔王の鍵じゃ」
◇
「魔王の鍵……ねえ」
俺たちはゴーレムの消えた地下空間でそれぞれ床に腰を下ろし、地下水路を歩き回って少々疲れて腹も減っていた事もあり、ディアスがアイテムボックスに収納していた物を提供してくれた保存用のパンと干し肉、飲料水を口に入れながら一人でゴーレムと戦っていた幼女の話を聞く事にした。
「うむ、五つ集めると魔界の門が開き、根元破滅魔王バッドエンドがこの世に顕現すると言われておる」
祭壇の上でちょこんと胡座をかいて座った幼女が腕組みをしながら大仰に頷いた。
可愛らしくて身なりも良いのに妙に偉そうな幼女だ。
「それ本当ニャ?何でそんな事を知ってるニャ?」
リリカが訊くと幼女はさらに偉そうにフンと鼻を鳴らしてから語り出した。
「二ヶ月ほど前じゃ。賢者の塔に住む大賢者ヘムズワース殿から使いが来て新たな文献が見つかったと言ってな。それが魔界に住みこの世界の滅亡を目論む根元破滅魔王の存在と出現に関する物であったのじゃ」
「二ヶ月前ってリリカたちがこの世界に転移するよりも前ニャ?」
「多分、魔王討伐イベントが開催された時のことですよ。この世界の人にはそういう認識になっていたんですねえ」
幼女の話を聞いて何やら納得したようなリリカとナツミだが、元々このゲームをやっていなかった俺にはどうも感覚的にわからない部分がある。
「魔王を呼び出すキーアイテムって事か…しかしそんなモンをゴーレムなんかがホイホイ落として良いのか?」
「魔王と言ってもイベントのレイドボスニャ。きっとその鍵も消費アイテムでそこらのダンジョンのちょっと強いボスを倒すといくつでもドロップするようになってるニャよ」
「魔王なんて言うから、てっきりどこかのダンジョンの奥でプレイヤーを待ち構えてるもんだと思ってたよ」
「運営の悪あがきの最期の集金イベントニャ。それまで魔王なんて設定のどこにも無かったのを急に出したんで何もかも雑ニャ。W〇k〇の更新も間に合わなかったらしくて魔王の出現の条件は知られてなかったニャけど、こんなので世界を滅ぼす魔王が呼び出されるとかいい加減にも程があるニャね」
「でもジークフリードが言ってた、胡散臭い与太話じゃその魔王を倒すのが現実へ帰るための条件なんだろ? イマイチ信じられないが一応手がかりが見つかって良かったと言うべきか……」
俺とリリカの話を聞いていたショウゴが腕組みをしながら呟く。
「グランシールの方じゃそんな話になってたのか? 俺が聞いた話じゃ設定上ラスボスになる予定だった邪神が復活したのを倒すと現実に戻れるらしいって事になってたぞ」
「その邪神ってこのゲームよりずっと昔の「ソードブレイズファンタジー」原作の設定じゃないですかぁ。ゲーム内じゃバックボーンとしてだけ語られる存在で魔王よりずっと気が遠くなる話ですよぉ」
ナツミがウンザリした顔で付け加えた。
「兎に角、魔王は推奨レベル250以上の30人必要なレイドボスで特攻武器が無いとまともにダメージも与えられないらしいニャ。クラリスにゃんの武器があっても対処できるか怪しいニャよ。準備が出来るまで呼び出すのは止めといた方が良いニャね」
リリカの提案に俺たちは頷いて魔王の話についてはそこまでとなった。
偶然にして鍵の事はわかったが、まだ確かめなければならない事がある。
「それで、お嬢ちゃんは何でこんな所に一人で居たのかなー? 迷子になっちゃったの? パパとママは一緒じゃ無いのかなー? おうちがどこかわかるー?」
「無礼者! 妾をそこらの童と一緒にするで無いわ!」
幼女を気遣って怖がらせない様に極力優しく話しかけたのに怒られてしまった。
この年頃の女の子というのは子供扱いされたくないのだろうか。
「そのロリは多分、この王国の女王のロリババアニャ」
「ゲーム中のグラフィックだとイマイチ分からなかったけどちっちゃいんですねえロリババア」
「イ◯グ◯ッドみたいなモンか。しかし女王がのじゃロリのロリババアってのは少し狙いすぎじゃないのか?」
「いやー、こんなロリババアに命令されて喜ぶなんて人間も業が深いっスねぇ」
「俺も和ゲーのこういう所はどうにかなんねエのかと常々思ってたんだ。細くてちっこい奴らが強くて筋肉キャラは大抵かませだろ?まァ人の趣味はそれぞれだからロリババアが悪いとは思わねえけどォ」
「な、なんじゃ貴様らは! ロリババアロリババアと! そのように言うで無い! 妾はロリでもババアでも無いわ! このラレンティアの女王ティルダじゃ!」
ロリババア連呼されたのじゃロリババアがキレた。
仕方なく俺はロリババアをなだめる。
「はいはい、良い子だから落ち着きましょうねー。それでロリバ…ティルダちゃんはどうして一人でこんな所に居たのかなー?」
「だから子供扱いするなと言っておるであろう! 貴様わざとやっておるのか!」
俺もちょっと面白がって続けてしまったら、さらに怒らせてしまった。ロリババアはババアの癖にちょっと涙目になっている。ロリかよ。
「わかった、わかったよ。だからその女王様がなんで一人でこんな所に居るんだ」
「う、うむ…そなた達には危ないところを救われた故、先程の無礼は赦そう」
ロリババア女王は気を取り直すように深く頷いて語り始めた。
「妾はある冒険者の奸計に嵌り、王都に住む童どもと王宮の奥にある同じ部屋に軟禁され、やれ国語だ道徳だ、サンスウだリカだなどと言うくだらぬ教えを無理矢理に聞かされておった。彼奴め、子供らを清く正しい健全な人間へと導くなどと言っておったが、この国の女王である妾に道徳を説くなど片腹痛いわ。尤も教師役の女官も今更妾に何を教えて良いのか解らぬ具合であったがな。そんな下らぬ遊戯に付き合ってはおれぬ故、王宮の秘密の通路を使い、地下水路を通って王宮の外へ脱出しようとした所、この部屋で見たことの無い祭壇があるのに気づき興味が湧いてな、少し弄ってみたらあのゴーレムが石像の中から現れて少々難儀しておったのじゃ」
俺とリリカとナツミはロリババアの話を聞いて、お互いウンザリとした顔を見合わせて溜息をついた。
「マサトとは少し違うようだが…今度は自治厨っつーか、それよりヤバい何かだ……」
「それにしても、なんであの人種は異世界まで来て日本の習慣を押し付けようとするのニャ。少しは一緒に転移した人間の事も考えて欲しいニャ」
「郷に行ったら郷に従えって言葉を知らないんですかね、そんなにマウント取りたいんだっらこんな中途半端なファンタジー世界じゃなくて原始時代にでも行って欲しいですよ」
どうやら現実世界でも厄介な類の人間がこの剣と魔法のファンタジー世界でその厄介さを発揮し始めているようだった。




