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8 最重要にして喫緊の課題なのです。

「ええい! 寄るな無礼者! 何のつもりじゃ! (わらわ)はぬしらの女王である事、忘れたか!」


 黄金の装飾で彩られた白い大理石の壁と磨かれた床に真紅の絨毯が敷かれた荘厳な雰囲気を醸し出す空間に幼い声が響く。

 ラレンティア王国、王都ラレンティニアの宮殿の広間で女王ティルダは自らの家臣である兵士たちよって拘束されようとしていた。


「ご無礼をお許しください女王陛下。ですがこれは摂政殿のご指示、そしてあなた自身がお認めになった法に基づくものです」

「馬鹿な! 妾を市井の(わっぱ)共と同列に扱うと申すか!」


 女王ティルダの幼い容姿に似合わぬ威圧に気圧され、兵士達はたじろいだ。


 いつからであろう、この国の女王は代々実年齢とかけ離れた幼い容姿を持っている。

 しかし実際はこの場にいる全ての兵士よりも長い年月を生きて、彼らが幼少の頃よりこの国を治めてきたのだ。

 今や古参となり、女王の身辺を護るという重要な役職に就いた兵士達も、王国の兵として志願した若き日に忠誠を誓った女王の変わらぬ姿に威圧され、それ以上近く事が出来ない。


 その兵士たちをかき分けて一人の女が女王の前に歩み出た。


「例外は認められません女王陛下。何もあなたの権力を奪って市井に落とそうなどと言っているわけでは無いのです。ただ、あなたがその幼い見た目で女王として大人達に傅かれるのを見た子供達がおかしな影響を受けるのを防ぎたいのです」

「ぬしが兵どもに入れ知恵をしおったか! ぬしが語る理想を良き物と認め取り上げてやったというのにこの仕打ちとは! 妾の目も曇っておったわ!」


 激昂する女王を、愛おしむように優しい目で見つめながら女は語る。


「今は私のことを疎ましく思うかも知れません。ですがちゃんと勉強して大人になった時、あなたは必ず私のした事を理解し、感謝するはずです」

「妾はぬしよりも長い年月を生きておるわ! 冒険者風情が知ったような口を利くでない!」

「大人とは、子供が健やかに、健全に成長できる事を見守り正しく導く事ができる人間の事ですよ女王陛下」


 女が合図をすると気勢を取り戻した兵士達が女王を拘束した。

 そして広間から連れ出して行く。


「この所業、決して忘れぬ! ぬしも憶えておれ、ゆうたママ!」


 女王が連れ出された広間で、残った兵士が不安な様子で女に告げる。


「…私は貴女の語る子供達の未来のために協力は惜しまないと…確かにそう言いましたが…ここまでやる必要があったのでしょうか、ゆうたママ殿」

「あなたも子供が居る親なら解るでしょう?この国は、いいえ、この世界は子供達にとって悪い影響を与えるものが多すぎます。子供達の清く正しい、健全な育生こそが未来への希望であり、最重要にして喫緊の課題なのです」


 女はがらんとなった広間で天井を見つめて呟いた。


「子供は子供らしく…それにしても心配だわ、ゆうクンがこんなゲームをやっていたなんて、気持ち悪いオタクになって人生の負け組になったらどうしましょう」


 _________



「へえ、街の中まで船で入れるんだなあ」

「水の都ラレンティニアニャ。ゲームだった時は結構人気のあるスポットだったニャよ」

「やっぱりここもゲームだった時より立派に見えますねえ。壮観です」


 ゴダートの街を出てからまた二日ほどかかり、ラレンティア王国のラレンティニアという紛らわしい名前の王都に辿り着いた俺たちは、艀に乗ったまま城門のトンネルをくぐり、白とブルーで統一された美しい街並みを見て感嘆した。


 しかし船着場で艀から降りて通りに出ると、現実世界における海外の観光地然とした風光明媚な街並みと裏腹に、ゴダートの街と同様地味な露出の少ない服を着た住民達がどこか精彩に欠ける表情で行き交うのが目に入る。


「うう、この街の連中も精気が溜まりに溜まってるっスよぉ……ショウゴサンにいっぱいハドーケンして貰ってなかったら我慢できない所だったっス」

「俺が出発した時より厳しくなってるようだ。一体何があったんだ」


 スカーレットとショウゴも街の雰囲気に異常なものを感じて戸惑っているようだ。

 街の様子も気になるが、まずは今度こそ忘れないうちにゴブリンの洞穴で見つけた鍵を鑑定してもらうために、まずは道具屋を訪れた。


 立派な店構えの割に客の居ない道具屋で鍵を見せると、辛気臭い顔をした道具屋の主人は俺たちをいぶかしむように眺めて言った。


「こんな物の鑑定を依頼してくるとは、あんたたち冒険者かい? 登録証は持ってるのか?」

「登録証ニャ? そんなのがあるのニャ?」

「ラレンティアの国内じゃ冒険者登録法が施行されたのさ。王国政府に登録していない冒険者相手に商売は出来ないよ」

「リリカたちはグランシールから来たニャ! そんなの聞いてないニャ!」

「ここじゃそういう決まりになったんだよ。兎に角鑑定して欲しけりゃ宮殿に行って登録してから来てくれ」


 店主に言われて仕方なく店を出た俺たちは一応宮殿に向かって歩いたが、途中にあった武器屋や魔法の店、宿屋から食い物の屋台に至るまで、その全てで登録していない冒険者を相手に商売は出来ないと言われてしまった。


「参ったな、これじゃ登録しないと何も出来ないぞ」

「でも正直言って、あたしは登録なんかしたくありませんよ。なんだか嫌な感じがします」

「そうニャね。これは異常ニャ。まずは冒険者ギルドに行って他のプレイヤーの話を聞いた方が良いと思うニャ」


 俺たちはリリカの提案通りに冒険者ギルドのある建物を訪ねたが、そこには既にギルドは無く扉は固く閉ざされ、建物は王国政府の管理下に置かれている旨が、現地の文字らしい正方形の辺と四隅を繋ぐ対角線のパターンを組み合わせたような文字と並んで、ご丁寧に日本語で書かれている立て札が立てられていた。


「なんニャあ!? ギルドまで無くなってるニャあ!?」

「これはいよいよ異常事態ですね。他のプレイヤーはどうしちゃったんでしょう?」

「まさかとは思うが、ここもマサトみたいな自治厨が仕切って他のプレイヤーを管理しようとしてるのか…?」


 俺はグランシールでギルドの長として他のプレイヤーの行動を制限しようとしていた自治厨プレイヤーの事を思い出して暗澹とした気分になる。


 かつては冒険者ギルドであったらしい、人気の無い廃墟同然の建物の前で途方にくれた俺たちに、路地裏から声が掛けられた。


「ショウゴ! ショウゴじゃないか! 一緒に居るのはプレイヤーか!?」

「ディアスか!? なぜそんな所に隠れてるんだ!?」

「そこに居たら目立つ! 詳しい話は後だ! こっちに来てくれ!」


 声につられて走るショウゴを追って俺たちも路地裏に入り、そこからさらに狭い坂道を奥へと進み古い鉄格子の外れた通路を通って地下へと降りた。


「ショウゴ! もうグランシールから戻ってきたのか!? 随分早かったじゃないか!」

「ちょっと訳があってグランシールまでは行ってないんだ。それよりディアス、街の様子がおかしいのは何があったんだ?」


 そこで俺たちを迎えたのは、黒い肌にガチムチマッチョのスキンヘッドの大男だった。

 どうやら彼がリックとドムの弟のディアスらしい。


 兄弟という設定のはずなのにどう見ても兄達と人種が違う。いい加減なのか趣味なのか。

 暗い地下に黒い肌で表情はよく見えないが、口から白い歯が覗いているのを見ると笑っているらしい。


「ああ、急に王国内での冒険者の取り締まりが厳しくなってな…最初は服装だけだったのが、危険な行為を生業としている冒険者に子供達が憧れたら困るだとか、真面目にちゃんとした職について働いて税金を納めろとか言い出してこのザマさ。冒険者は政府に登録されていちいち行動の全てを報告させられる。今やこのラレンティニアはまるで現実の日本かそれ以上の管理社会だ。ゲームの世界に入っちまったってのに、甲斐がないったら無いぜ」


 気さくな笑顔のまま語るディアスだが内容は深刻だ。


「そんな事になっていたのか…兎に角約束したグランシールまで行ってこれなくて悪かった。だがここに居るリリカ達はグランシールから来たらしい。お前の兄貴達から伝言を預かっていると言っていた」

「マジかよ!? 兄貴達は元気でやってるのか!?」

「ニャ。リックとドムなら大丈夫ニャ。いつまででも帰りを待ってるって言ってたニャ」

「ヒャッホウ! そいつを聞けて嬉しいぜ! おっと! そんな恩人をこんな所で立ち話させてちゃあいけねえな! こっちだ、来てくれ!」


 さらにテンションの上がったディアスに連れられて俺たちは地下水路を進み、木の扉で隔てられた一室に案内された。


「俺は兄貴達の所へ帰らなきゃいけないからな、登録なんか出来ねえ。それで同じように登録を拒んだ仲間と一緒にここに隠れて何とかやってたってワケさ!」

「んニャ? その割に他の人が見当たらないニャ? どっか行ってるニャ?」

「今は物資を集めたり周りのモンスターを倒しに行ったりしてる。俺はレベルが低いからこの辺りしかロクに動けねえんで一人で見回りをしててアンタらを見つけたってワケだ」


 元は何かの倉庫か管理室のような設定だったのだろうか。

 ディアスの仲間が置いていったという魔法のランタンに照らされた、そこそこの広さはあるものの、全員が入ると少々手狭な部屋で俺たちはそれぞれ乱雑に並べられた木箱や粗末な椅子に腰を下ろし、簡単に自己紹介を済ませた後ディアスの説明を聞いた。


 転移前からラレンティアに居たというショウゴの話と合わせると、転移して最初のうちはグランシールに居た俺たちと変わらず、皆混乱して生活の不便さを嘆くばかりだったらしい。


 そしてディアスがリックとドムの兄弟と共に携わっていたグランシールの下水道工事の参考にと、神殿のワープゲートを使ってラレンティニアの水路を見に来た直後、マサトの陰謀によってグランシール側の神殿が封鎖されたため、帰れなくなった。


 その時から少しづつ街の様子が変わっていったらしい。

 最初は冒険者たちのファンタジー世界の時代設定を無視した奇抜な格好を取り締まる勅令が女王の名で下された。これには街の住民であるNPCたちも喜んで賛成したが、元々が中途半端なエロでプレイヤーを釣っていたゲームだけにNPCたちの中にも露出の激しい服装をした者は少なくない。次にNPCたちの服装も制限され、エロい衣装の神官でいっぱいだった神殿も王国政府の管理下に置かれることとなった。


 そして今度は冒険者登録法などという法律が定められ、従わない冒険者は街の中の店や施設の全てが利用できなくなってしまった。


 街にいた冒険者の多くは最初こそ反対したが、街の施設を使えないのは、特に復活や休息をするための神殿や宿が使えないのは死活問題であり、渋々ながら法律に従い宮殿で登録をして、王国政府に指示された仕事だけをやらされる様になった。

 腕に自信のある冒険者達は早々に街を出て徒歩で南のグランシールか西のアステ帝国を目指したという。


「そんな事になっていたのか……」


 話を聞いたショウゴが悔しそうに握った拳を見つめる。


「グランシールでもギルドマスターになってプレイヤーを街から出られないようにした自治厨が居ましたけど、ここも酷い事になってますねえ」

「あのマサトがそんな事を企んでたとはなあ、兄貴達と協力して街を良くしようって言ってたのに、すっかり騙されたぜ」


 ナツミがグランシールで出会ったマサトの事を口に出すと、陽気にこれまでの経緯を話したディアスも困ったように苦笑した。

 マサトのやった事を思い出して、俺は自分でその時との相違を確かめるように言葉にした。


「でもマサトは現実世界に帰りたくなくて、その可能性のある魔王の討伐に行くプレイヤーが出ないようにしたかったみたいだが、ここの女王は何がしたいんだ?エロ規制か?なんだかやってる事が規制ばっかりでプロ市民みたいだ」

「ここの女王は全国民を自分の子供のように思っている母性溢れる、のじゃロリのロリババア女王って設定でしたよ。あの自治厨がグランシールの王子サマに取り入ってたみたいに女王に入れ知恵したプレイヤーが居るんじゃないですかね」


 ナツミの言葉に頷いてディアスが続ける。


「そいつが誰なのかは見当も付かねえがさっさと王国政府の側について冒険者の取り締まりに協力してる連中もいるぜ。逆に登録した冒険者でも俺たちに協力してくれてるヤツもいるんだ」

「異世界に来ても、結局声のでかい奴や調子良く立ち回る奴らが得をするのか…なんだか面白くないなあ」

「全くですよ。異世界転移はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか現地人にマウント出来なきゃあダメなんです。独りで静かで豊かで……」

「ははは、俺は独りでこんな世界に放り出されるのはゴメンだけどな。兄貴達が居なきゃあどうかしちまってたぜ」


 話を聞いていたリリカがため息をついてディアスに訊いた。


「それにしてもこんな所に隠れて暮らすのは不便じゃないのニャ? 食べ物は地上の協力者やアイテムボックスでどうにかなるとしても、おフロやおトイレはどうしてるのニャ?」

「それならこの部屋の外に流れてる水路は上水道だし、さらに降りた所には下水道があってスライムが異常に繁殖してるエリアもある。その辺でしとけば1時間もしないうちに綺麗さっぱり跡形も無くなってるぜ」

「うニャあ…スライムにアレを食べさせてるニャ……?」

「ケツを拭くのも体を洗うのもスライムを一匹捕まえてな……ああ、ケツの穴に入り込まれないように注意しなくちゃだが、コイツが結構…いや、まあ単体なら俺みたいな低レベルの冒険者でも倒せるし、慣れちまえば便利な奴らなのさ」

「そ、想像したくないニャ…リリカにはここで暮らすのは無理ニャ……」


 にこやかにスライムの利用法を語るディアスに、目を輝かせるスカーレット以外の俺たち全員は顔を引きつらせて苦笑いをした。


「そ、それにしても仲間っていう連中はまだ戻ってこないのか?」

「そういやあ遅いな。そろそろ戻って来てても良さそうな頃合いだが……」


 困ったショウゴが話を変えようとして訊くと、ディアスは扉の方を見て答え、それとほぼ同時に扉を叩く音が部屋に響く。


「お、丁度戻ってきたみたいだな」


 ディアスが立ち上がって扉を開くと、一人のプレイヤーらしい男が部屋に倒れ込んだ。


「ディアス! 逃げろ! 規制派が乗り込んで来やがった! あいつらもうプレイヤー同士でも御構い無しだ! フレイもリューンも、みんなやられちまった! ここももう……!」


 それだけ言って男はキラキラと輝く光の粒子になって消えた。


 緊急の事態になった事を察して、俺たちは全員その場で立ち上がって身構える。


 直後、数人の兵士と冒険者がこの狭い水路の部屋になだれ込こんだ。

 リーダーらしい騎士風の男が剣を抜いてこちらに向け、言った。


「おやおやおやぁ、こんな所に隠れていたのかドブネズミ共が。冒険者禁止法によって君達は拘束させてもらうよ。抵抗しても良いけど、どうせ神殿で復活した直後に取り押さえられるんだから無駄な足掻きだけどねぇ」

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