7 君も別のゲームの能力を持ってるのか?
「勝ォー流ゥーッ拳ッッ!!」
植え込みから飛び出した謎の人物の膝蹴り付きジャンピングアッパーをモロに食らって、ゴダート伯爵こと丸出しデブは無様に吹き飛び、短い両脚を広げ丸出しの下半身を晒して地面に転がった。
「ブヒィィッ…!? ……お…お前は…昨日の…!?」
「昨日はお前達の卑怯な戦法に不覚をとったが、この屋敷の庭に隠れてずっとお前が使用人から離れるチャンスを狙っていたんだ!今日こそ街の女の人達を解放してもらうぞ!」
そう言って赤いハチマキと白い道着の人物は丸出しデブに突きつける様に拳を突き出した。
「伯爵様!」
背後で起きた事に焦った執事の老人が両手を使い、巧みに操る綱糸で道着の人物を攻撃する。
「女が盾になっていなければこんな物! 辰撒ッ!戦封ゥー脚ッ!!」
道着の人物は飛び上がると片足を水平に上げてヘリコプターのように回転しながら綱糸を振り払った。
回転蹴りで振り払われた綱糸が千切れてゆらゆらと風に吹かれながら舞い落ちる。
「古代ドワーフの鋼線とやら、意外に呆気ねェじゃねェか」
道着の人物が余裕の笑みで返すと、自慢の武器だったのだろう、綱糸を蹴りで斬り落とされた老人は力を失いへなへなとへたり込んだ。
「クソ! クソクソブヒブヒ! ブヒ! セバスチャン! 何をやってるんブヒ! この役立たずめ! こんな乞食のような格好の冒険者にボクチンが負けて良いはず無いブヒ!」
無様に倒れながらも上半身だけどうにか起こした丸出しデブは道着の人物に向かって魔法の光弾を放つ。
「ボクチンの最大魔力のマジックミサイルを喰らうブヒ!」
だが道着の人物は躱すそぶりも見せずに両手を腰の高さで合わせ、そこから魔法の光弾とは違う輝きを放つエネルギーの塊を発生させて、それを両手で押し出す様に発射する。
「破導拳ッ!!」
二つの光弾は両者の間、中央でぶつかり破裂音と眩い輝きを散らして相殺した。
自分の最大魔力で放った魔法が打ち消されて戦意を喪失したのだろうか、丸出しデブは力を失いその汚い丸出しの下半身から汚い水分を放出して、今度こそ仰向けに倒れた。
「勝流拳を破らぬ限りお前に勝ち目はない!」
そう言って道着の人物は腕を組んで倒れた丸出しデブから視線を外した。
「な…なんニャあ……アレ…ソーブレの魔法でもスキルでも無いニャ……」
「あ、アレはアレですよねえ…? あの、一対一で戦うヤツの……」
「まさか…あいつも…他のゲームの……?」
道着の人物の何処かで見た事のある技や戦い方に俺たちが困惑していると、その人物が主人が倒されたのを呆然と見ている裸エプロンの女性たちの間を通ってこちらに歩いて来て、言った。
「危ない所だったな!だがお陰で伯爵の隙を突く事が出来た。俺も昨日はあの卑怯な戦法に不覚をとって、伯爵が女達から離れて隙を作るのを伺っていたんだ」
「そ、それはいいけど…さっきの技…」
「ああ、この世界に巻き込まれた時にちょっとな。そのせいか気付いた時には使えるようになってたんだ」
何が「ちょっとな」なのかわからないが、恐らくこいつも俺と同様、別のゲームのキャラの能力を持って転移してしまったのだろうと言う事は想像が付く。
近くで見ると思ったよりも若く、髪も長い。体は能力の元になったゲームのキャラではなく、SBOでキャラメイクした物だろう。
「とにかく、これで囚われていた女達も自由になれる。それに王都を出てからやっと他のプレイヤーにも会えた。嬉しいよ。俺はショウゴ、よろしく頼む!」
「んニャ。リリカはリリカニャ。こっちの金髪がクラリスにゃん。中身はエッチなオッサンニャ。エルフはナツミチャン。こっちは女の子の格好してるけど外側が男ニャ。そして赤い髪がスカちゃんニャ。ちょっと訳があって一緒に居るけどサキュバスニャ」
「自己紹介はいいですけど、なんか周りの女の人達、自由になった割にあんまり嬉しそうじゃないんですけどぉ……」
ナツミに言われて周りを見回してみると、たしかに女性達は解放された喜びよりも戸惑いの方が大きいようだ。
「あ、あの、助けて頂いたのは有り難いのですが…私達は家族にお金を渡して貰う引き換えにここで伯爵に仕えていたんです…伯爵の元を離れる訳には行きません……」
椅子になっていた全裸の女性が代表するようにそう言って俯いた。
俺たちが困って顔を見合わせた後、庭園に衛兵達が続々と乗り込んで俺たちを包囲した。
かくしてショウゴも含めた俺たち五人は再び衛兵達に詰所に連行される事となった。
まあ、いくら悪徳でもいきなり領主をぶちのめしたらそうなるよネ。
◇
「…つまり、君たちは商売の許可を貰うために伯爵の元を訪れたら、伯爵に襲いかかられて自衛のために戦ったと言う事か?」
「そ、そうニャ。ああしないとリリカたちはテゴメにされちゃう所だったのニャ。被害者なのニャ。正当防衛ニャ」
詰所の一室で並んで座らせられた俺たち五人は管理職らしい中年の兵士に尋問され、リリカが言い訳を並べている。
兵士はため息をついて矛先を変えた。
「それで君は、女性達を救おうとして伯爵の敷地に潜り込んで彼を襲ったのか?」
「お前達の街の女性達が不当に扱われていたんだぞ!あんなヤツに好き勝手させていたお前達の方が問題だ!男として恥ずかしいとは思わないのか!」
「あれでも女王から爵位を得てこの地を預かっている領主なんだ。我々が逆らう事など出来ん」
兵士は言った後、一度息をついて続けた。
「……だが、女性達を救い出してくれた事はこの街の住民の一人として礼を言おう。ありがとう」
兵士が頭を下げて礼を言ったので、俺たちはようやく緊張が解けた。
衛兵に連行された時はどうなるかと思ったが、これなら穏便に済みそうだ。
牢にでも入れられそうになった場合は強行突破もやむを得ないと思っていたので、そうならなくてホッとしたのだ。
「だがこのまま何もせずに君達を無罪放免という訳にも行かない。住民達の目もある。だが君達冒険者は滅茶苦茶な能力や魔法のアイテムボックスとやらを持ってたりするから牢に入れても無駄だろうし、正直言って我々の手には負えん。この街からの追放というのが妥当な所だと思うが、どうだ?何も永久にって訳じゃない、ほとぼりが冷めるまででいい」
「そ、そんなの困るっス! あーしは仲間達とショーカンを出来る場所を探すためにこの街へ来たっスよ!」
「落ち着けスカーレット。どっちみち風紀が厳しいこの街じゃ娼館を作るのは難しい気がする。他の街を当たろう」
「ショウカン…? 何をするつもりかは知らんが風紀が厳しいのは女王の勅令によるものだ。なぜ女王が突然そんな事を言い出したのかは我々にも判らんが実の所、我々も少し困っているんだ。どうにかしたければ王都へ行って直接女王に直訴するしか無いだろうな」
なんだかまた面倒な事になって来たようだが、元々王都へ行ってワープゲートが封鎖されている理由を調べるのが目的だったし、こうなったら王都へ行くしか無いだろう。
「んニャ、リリカ達は元々王都へ行くのが目的ニャ。それは構わないニャけど、あの女の人達はどうなるニャ? またあの伯爵が好き放題するようになったら問題ニャ」
「それについては我々がなんとかしよう。これからは伯爵の行動にも監視を付けるつもりだ。もっとも、伯爵が信頼していた執事のセバスチャン氏が失意して彼の下から去るようなのでもうあんな横暴は出来ないだろうな」
「うーん、出来ればあの豚…伯爵にはもっと痛い目を見せてやりたかったですねぇ。結局ショウゴさんが一発殴っただけですし」
「戦意を失った者に振るう拳は持たない。それが武道家の流儀だ」
「心配せずとも、彼は多くの人間に恨みを買っていた。一人になったこれからの毎日は決して楽しいものにはならないはずだ」
兵士の言う事にとりあえず納得して、俺たちは宿に泊まる訳にも行かずその兵士の家で一晩を明かし、翌朝王都に向かう艀に乗って街を出る事になった。
俺たちを家に迎えた兵士は途端に気さくな様子になり、奥方に豪勢な食事を振舞わせて家族全員でもてなしてくれた。
彼はこの街の警備隊長であり、個人的には伯爵の横暴に頭を悩ませていたらしい。
これは彼なりの個人的な礼という事だろう。
翌朝、一応兵士に連行されるという形で艀という貨物運搬船に乗せられた俺たちを、数人の兵士と隊長の家族、そして伯爵に奉仕させられていた女性の何人かが頭を下げて見送ってくれた。
一日しか滞在せず、ほとんど罪人として追い出される形になった街だが、その光景を見ると悪い気分ではない。
俺たちは街の人たちに手を振って答え、川を下る艀に乗ってゴダートの街を出た。
◇
「結局、あの鍵の鑑定も出来なかったなあ」
「まあ、鑑定なら王都の道具屋の方が規模が大きいでしょうし、スキルで鑑定できるプレイヤーも見つかるかもしれません」
「それもそうか」
「それで、結局ショウゴも一緒に王都へ行くニャ?」
「ああ、予想以上にゲームだった時より移動に時間がかかるみたいで、やっぱり徒歩でグランシールまで行くのは無理みたいだしな。一度ラレンティニアに戻ってから他の方法を探すよ」
王都へ荷物を運ぶ艀の上で、俺たちは並べられた木箱に座って離れていくゴダートの街を眺めながらこれからの事を相談していた。
艀には俺たちの他に数人の船頭と商人らしいNPCしか乗っていない。
「グランシールに行くつもりだったニャか?リリカたちはグランシールから来たニャ」
「そうなのか? 神殿のワープゲートでグランシールに行けなくなってたんだが、そっちで何かあったのか?」
「んニャ…ちょっとプレイヤーの中で暴走しちゃったのが居て神殿を封鎖したのニャ。もうワープゲートは使えるようになってるニャよ。でも今度はラレンティニアの方で封鎖されてるみたいでワープ出来ないのニャ」
「そんな事になっていたのか…俺が居た時はまだラレンティニアの神殿は封鎖されていなかったが…ディアスのやつガッカリしなきゃいいが……」
不意にショウゴが聞き覚えのある名前を呟いたので俺は聞き返した。
「ディアス? ひょっとしてリックの弟のディアスか?」
「知ってるのか?俺はそのリックともう一人、ドムって名前のディアスの兄貴に彼の無事を伝えるためにグランシールへ行くつもりだったんだ。ディアスはレベル8でラレンティニアの周辺じゃ街の外に出る事も危険だからな」
「俺たちはそのディアスにリックとドムから伝言を預かって来てるんだ。いつまでも帰りを待ってるって」
「それは良かった! ディアスも喜ぶだろう」
意外な所で用事の一つは済んでしまった。
これでグランシールに居るリックとドムを安心させてやれるだろう。
「そんな事より聞きたい事があるのニャ! あの伯爵と戦った時の技は何なのニャ!? アレは拳士のスキルじゃないニャ!」
一応ラレンティアに来た目的の一つである、リックとドムの兄弟の願いをそんな事呼ばわりは少々可哀想ではあるがショウゴの技については俺も聞いておかなければならない。
「ああ、その事か…実はこの世界に転移する前、他のゲームやっててな。中々マッチングしないから対戦待ち受け設定のままトレモで放置してて、そういやあの日でサービス終了だった事を思い出して、誰か知り合いが残ってないか確かめるために久々に別窓でSBOを開いてログインしたってわけだ。知り合いは居なかったが気づいたらこの世界の中に入っちまってた」
「それで、この世界でそのゲームの技が使えるようになってたのか」
「ああ、最初は気づかなかったが平原で普段見かけない強いモンスターに出会ってな。もうダメだやられる! って思った時に咄嗟に技を出して気づいたんだ」
「そういやその体はソーブレのアバターみたいニャね?その道着とハチマキはコラボイベントの時のニャ?」
「ああ、俺がSBOを始めたのもそれがきっかけだったんだ」
「ふうん、レベル50の拳士ニャ?クラリスにゃんと違ってステータスはどこも文字化けしてないみたいニャ」
「マジか。もしかしてステータス使えるのか?」
「普通に使えるし見えるぞ? もしかして君も別のゲームの能力を持ってるのか?」
「ああ、俺も別のゲームやっててこの世界に来ちゃったんだ。俺が使えるのはそのゲームの装備でこれだ」
俺は地味な服のスカートの下から太ももに付けていたハンドガンを外してショウゴに見せた。
ショウゴは信用出来そうだが、とりあえず艦隊の事は説明が面倒だし今のところはこれで良いだろう。
「へえ、FPSか?そんなネット小説があった気がするなあ」
「そういう事言わないでくれ。パクったと思われたくない」
「良いじゃないか、こんな事になったんだ。身を守る手段は強力な方が良いだろう。もしかしたら他にも他のゲームの能力を持ったプレイヤーもいるかも知れないな」
俺もマサトが複垢で三人分のキャラクターの体を得て転移していたのを知り、ひょっとしたらと考えていた事だが、やはり他にも特別なチート能力を持ってこの世界に転移しているプレイヤーの存在がショウゴによって証明された形だ。
「別窓でそのゲームの能力が手に入るなら、なんでリリカのねこねこ☆ミルク艦隊はこの世界に来てないのニャ…どうせならリリカもチートが欲しかったニャ…」
「この世界に来る前にもうボロボロだったからなあ、ひょっとしたら残骸が宇宙のどこかで漂ってるんじゃないのか?」
「なんで初心者相手にもっと手加減してくれなかったのニャあ!」
「ははは、そっちも色々あったみたいだな」
ショボくれたり怒ったり忙しい猫耳を見てショウゴが笑って続ける。
「しかし別窓で他のゲームをやってたのが条件なら、元々が末期の過疎ゲーだったしそんなプレイヤーもそう多くないだろう」
「ああ、でも俺はSBOはやってなくてその猫耳に巻き込まれて転移したせいか、ステータスの類は見れないし使えないんだ……」
「やっぱりクラリスにゃんは単にPC壊れてたんじゃないのニャ?」
「マジかよ…結構良いパーツ使って組んだマシンだったのに…戻れたら修理に出さないとなあ…ちょっとヘコむわ……」
まさかこんな事で大金をかけた自宅のPCの不具合に気づくとは思わなかった。
「それは気の毒にな。俺もプロゲーマーを目指してるんでマシンのスペックには気を使ってたから気持ちは解る」
「ありがとう…ちょっと救われる……」
「そっちの話はもういいっスかぁ? あーしもそのお兄サンに聞きたい事があるっスよぉ♡」
俺がどうにか笑顔を作って答えると、つまらなそうに話を聞いていたスカーレットがニヤニヤといやらしい笑いを浮かべながらショウゴに擦り寄った。
「うわっ!? な、なんだ急に!?」
「気をつけるニャ。スカちゃんはサキュバスニャ。レベルを吸う気かもしれないニャ」
「違うっスよぉ、このお兄さんにはレベルを吸うよりも興味があるコトがあるっス。あの伯爵の魔法を打ち消した、魔法みたいな技っス。アレ、あーしにもやって欲しいっスよぉ♡」
「破導拳の事か? 飛び道具だが多分打撃属性の技になるんだろうが、当たると痛いぞ?」
「あーしはサキュバスっスよぉ。ちょっとくらい痛いのも大歓迎っス♡あれは生命力の塊みたいに見えたっス。是非あーしにブチ込んで欲しいっスよぉ♡」
「そ、そうなのか…?たしかに破導拳は気の塊を相手にぶつける技だが…わかった、やってみよう」
そう言ってショウゴとスカーレットは少し離れて立った。
十分な広さがあるとは言え、艀の上だし他の人も居るから正直やめて欲しい。
「痛かったらすぐに言ってくれ。行くぞ、破導拳!」
「んああああぁぁぁぁーーっ♡」
ショウゴが両手から放った気弾が命中したスカーレットはおかしな声を上げて身を震わせた。
「だ、大丈夫か!?」
「スゴいっス♡ もっとぉ♡ もっと欲しいっスよぉ♡ もっと強くしてっスー♡」
ただならぬ様子のスカーレットに催促されてショウゴは再び気弾を放つ。
「は、破導拳!」
「あひいいぃぃぃぃん♡」
「破導拳!」
「おほおおおおぉぉぉぉっ♡♡」
「破導拳!」
「しゅごいいぃぃぃぃん♡♡♡」
「破導拳!」
「らめぇぇぇぇぇっ♡♡♡」
「破導拳!」
「もうっ♡ 来ちゃうっス♡♡ 何か来ちゃうっスぅ♡」
「破導拳!」
「ハドーケン来ちゃうっスぅぅぅぅぅっっ♡♡♡」
何だこれ……
俺とリリカとナツミ、そして艀に同乗していた人たちは引きつった表情で遠巻きにその様子を眺めた。




