6 勝ォー流ゥーッ拳ッッ!!
「なんだその格好は! お前たちのような破廉恥な格好の女を街に入れる訳にはいかん!」
ダメでした。
筏で川を下って街の入り口近くまで来た所で船頭のオッサンに礼を言い、材木の搬入用の桟橋に向かう筏から降りた俺たちは正規の入り口である街を囲う城壁の門を通って街に入ろうとした所で衛兵に止められてしまった。
「ヒドいっスよぉー、あーし達サキュバスは裸がユニフォームっス。いつスケベチャンスが起きても即対応出来るように常に臨戦態勢がサキュバスの心構えっスよぉ」
「郷に入ったら郷に従えってヤツだ。とりあえず街の中では人間のフリくらいはしてろ」
俺がさっそくブーたれるスカーレットをなだめる横でリリカが衛兵に説得を試みる。
「ごめんなさいニャ。この子にはちゃんとした服を買って着せるからとりあえず街の中に入れて欲しいニャ。タリヤ村の村長さんから手紙を預かって来てるのニャ」
「何を言ってる! お前ら四人ともだ! そんな脚を出した格好で胸元までそんなに開いて! 男を誘っているのか! そっちのお前! お前も肌が隠れてればいいってもんじゃ無いだろう! 下着姿でウロチョロするんじゃない! ちゃんと服を着ろ! そのエルフも子供のくせになんて格好だ! はしたないとは思わないのか!」
俺たちは門の裏の詰所に連行され、リリカが金を払って衛兵が買ってきた、実にモブっぽい露出の少ない地味な色の服を着せられてようやく街へ入る事を許された。
「うニャあ…この服可愛くないニャあ、こんなの厳しすぎるニャ……グランシールのお姫さまはもっと酷い格好だったニャよ」
「他所は他所、ウチはウチだ。この国の風紀は乱れきっているとして厳しく取り締まれとのお達しがあったのだ。文句があったら政をやってる連中に直接言うんだな」
街の中に入って周りを見ても、街行く人々は皆、ほとんど肌の見えない地味な色の服を着ている。元が中途半端なエロを売りにしていたゲームとは思えない光景だ。
「うぅー…こんな野暮ったい服、恥ずかしいっスよぉ……それにこの街の連中、みんな精気が溜まりに溜まってるっス。こんな所で男を誘惑できないなんて生殺しっスよぉ……」
慣れない服を着て所在無さげにモジモジしているスカーレットを引きずるように、地味な服装に身を包んだ人々が行き交う街の中を進む。
ちなみに頭には布を被って角を隠しているし、尻尾も長いスカートで隠れている。翼は体の模様と同じく好きなように出したり消したりできるらしい。便利な種族だ。
人々の格好の為か、なんとなく活気を感じられない大通りを抜け、冒険者ギルドにたどり着いた。
街中でも見かけなかったが、やはりギルドの中にも冒険者の姿は見えない。
がらんと静まり返っている。
受付のカウンターに一人だけ座っているくたびれた印象の、やはり地味な服装のお姉さんにリリカが預かって来た手紙を見せて話しかけた。
「タリヤ村の村長さんからゴブリン退治の依頼を取り下げて欲しいって手紙を預かってきたニャ。よろしくお願いするニャ」
「あー…もう受ける冒険者も居ない依頼だったけど、それも取り下げかぁ…もうこの街の支部もお役御免かしらねえ。職員も私しか残ってなかったけど…ちゃんとお給料出るかなあ……」
「随分寂れてるニャ。他に冒険者は来てないニャ?」
「ご覧の通りよ。ちょっと前に一人だけ来たけどそれっきり。これでも以前はそれなりに冒険者も居て賑わってた街なんだけどねえ」
ため息をついて項垂れる受付嬢を見ながらナツミが付け加えた。
「ラレンティア周辺の地上クエストはレベル50くらいまでが対象ですし、元々過疎ゲーな上にサービス終了まで決まってるんじゃその辺りのプレイヤーなんか残ってなかったんでしょうねえ」
「諸行無常だなあ」
「そんな事よりショーカンの出来る場所を聞くっス!こんな欲求の溜まった人間がいっぱい居る街ならあーしの仲間うち全員食べて行けるっスよ!」
スカーレットに急かされてリリカが受付嬢に尋ねる。
「あの、実はあの子の知り合いが仲間たちと…なんて言うか、ちょっとしたお店を始めたいらしいのニャ。この街のどこかにいい場所は無いニャ?」
「いやウチは一応冒険者ギルドだからそんな事を聞かれても…商売なら商人のギルドか…いや、まずはこの街の領主のゴダート伯爵の所に行って許可を取らないとダメなんじゃない?」
「伯爵? そんなのが居たのニャか」
「そりゃあ居るわよ。王国って言っても全部女王サマが取り仕切ってるワケじゃないんだし。でもまあ、あの伯爵あんまり評判良く無いから女の子だけで会いに行くのは考えものよ?」
「うーん、でも商売に許可が要るなら行かない訳にもいかないニャ。場所を教えてほしいニャ」
受付嬢から伯爵の屋敷の場所を聞いた俺たちは、今度はそこへと向かう事になった。
◇
その屋敷は街の奥まった場所で高い植え込みと鉄柵で区切られた一角にあった。
いかにも金持ちの貴族が住んでいますよ、と言わんばかりに白く塗られた壁の大きな邸宅がそびえ立っている。
「ここまで来て言うのも何だけど、どうにも娼館を作らせて貰えるような街じゃないよなあ」
「そうですねぇ。冒険者も居ないし、もう街の景色全部が地味に見えますよ」
ここまで来るまでに街の中で見た人々の極力肌の露出を控えた地味な服装と衛兵の言っていた事を考慮すると、どうにも街の風紀が厳しく取り締まられているようだ。
とても娼館のような水商売が許される空気じゃない。
「そんなの困るっスよぉ、あーしお腹を空かせてるみんなの為にも手ぶらで帰る訳には行かないんスよぉ。手ブラでもダメっス。この服も早く脱ぎたいっス」
「まあこの家に居る領主が街の風紀を取り締まってるニャら、話だけはしてみるニャ。エッチなお店をやるのはどうかと思うニャけど、この街はやりすぎニャよ。一体どんなカタブツが仕切ってるのか心配ニャ」
屋敷の門の前で立っている衛兵に領主に話がしたい旨を伝えると、衛兵は俺たち四人をそれぞれジロジロと舐め回すように見た後、
「ああん?そういう事か…まあ良いだろう、通れ」
そう言ってあっさりと敷地の中へと通した。
「ニャんだか感じの悪い兵士だったニャ。ギルドのお姉さんは評判の悪い領主だって言ってたニャけど、兵士がアレなら領主の方も評判通りかもしれないニャね」
「先が思いやられますねえ。とにかく気をつけて行きましょう」
色とりどりの花々や手入れのされた草木が植えられた庭園を進むと、屋敷の前の芝の上でテーブルと日傘が並べられ、優雅にお茶をしている集団が居た。
あの中に伯爵が居るのだろうか?
「おやぁ? また新しい娘達が来たブヒね? 一度に四人とは嬉しいブヒが、今はこの椅子で一戦終えたばかりブヒ。可愛がってやるのは夜まで待つブヒ」
全然優雅では無かった。
上半身こそ高価そうな服で着飾った金髪の太った中年男が下半身丸出しで、四つん這いになった全裸の女性の上に座ってブヒブヒと荒い鼻息を鳴らしながら高価そうなティーセットでお茶を飲んでいる。
近くにかしこまって控えているメイドか侍女のような女性達も全員裸エプロンスタイルだ。
「なななな、ナニをやっているニャあ!?」
リリカの叫びを無視して丸出しデブがテーブルにティーカップを置き、後ろに控えていた執事らしい老人に賛辞を送る。
「ほほぅ、中々の美形揃いじゃないブヒか。パーフェクトだセバスチャン、褒めてつかわすブヒ」
「お褒めに預かり恐縮でございますが伯爵様、この者達は私が手配した娘ではありません」
「そうブヒか?なら金目当てで自分から来たブヒか、どっちでも良いブヒ。裸が見たいブヒ。その娘たちの裸を見せるブヒ」
何なんだこの豚は。これが伯爵なのか?
て言うか喋り方も変だ。こいつオークじゃないのか?
「お前たち、ゴダート伯爵様の声が聞こえなかったのか?早く服を脱いで伯爵様に裸をお見せしろ!」
執事が命令するが、俺たちにはそんな物に従う理由は無い。
街の入り口で半ば無理矢理着せられた服であったが、この豚の前では露出が少なく体の線も出ない地味な服を着ていて良かったと思える。
「フッッザケんなこの白豚ッ! 冗談はその汚ねえ腹と◯◯◯だけにしろ◯◯野郎!!」
早速堪忍袋の緒の耐久性に問題のある女装ショタエルフがブチ切れたが、今回は俺もほぼ同意見だし、リリカもそうらしい。
「冗談じゃないニャ! リリカたちは冒険者ニャ! 話があってここに来たニャけど、こんな事をしているヤツの命令なんか聞けないニャよ!」
「スカーレットさん! 脱いじゃダメですよ! こいつらの喜ぶ事をするのは我慢できません!」
「言われなくてもそうするっスよ。あの太ったオッサンも後ろの爺さんも全然精気が溜まってないっス。あんな薄い搾りカスしか出なさそうなオッサンじゃ、あーしも萎え萎えっスよぉ」
身構えて一歩下がった俺たちを丸出しデブがニヤニヤと余裕の表情で眺める。
「ブヒヒヒヒヒ、ボクチンに逆らうブヒかぁ? たまには生意気な娘も良いブヒが、冒険者だからって調子に乗らない方が良いブヒよ。昨日も馬鹿なのが一人、女たちを解放しろと言ってきたブヒが返り討ちにしてやったブヒ」
「お、お願い、伯爵様に逆らわないで…!」
丸出しデブがその汚いケツを乗せている四つん這いの女性が懇願すると、ヤツは少し苛ついたようにその女性の全裸の尻を叩いて、ぴしゃりと音を立てた。
「誰が喋って良いと言ったブヒか? お前が出して良い声は喘ぎ声だけブヒ。椅子は椅子らしく大人しく黙っているブヒ」
なんてヤツだ。
こいつがこの過剰に風紀の乱れを取り締まっている街の領主なのか?
「街の人たちには服装を厳しく取り締まっておいて自分は屋敷に女の人を連れ込んでやりたい放題ってワケか。絵に描いたような悪徳領主だな」
「ブヒヒヒ、勘違いするなブヒ。ボクチンだってこんな馬鹿げた勅令は嫌いブヒ。王都からのお達しだから仕方なく従わせているブヒよ。まあボクチンのような貴族にはそんなの関係ないブヒがね」
「ヒドいっス! スケベはみんなの物っス! 生きとし生けるもの全てが平等にスケベする権利があるはずっス! スケべは命の輝きっス! スケベの独り占めはスケべの暗黒面に堕ちるっスよ!」
「ブヒヒヒヒヒ! ならボクチンは禁欲を強いられる街の女どもにスケベを分け与えてやってると言う事ブヒよ! 領民思いの領主ブヒ!」
他の生き物の命の輝きを吸うだけのサキュバスが言うのは少し間違ってる気がするが、目の前で萎れた汚いモノをブラブラさせて、その皮に包まれた先端から汚い汁を垂らしている丸出しデブは存在そのものが全て間違っていると言って良いだろう。
「こいつはキツいお仕置きが必要だな」
「全く同意ニャ。女の敵ニャ。許さないニャ」
「今なら周りに兵士みたいなのも居ないですし、チャンスですね」
「このヘナ◯ンからスケベの自由を取り戻すっス!」
まずは女性たちを巻き込まないようにリリカが丸出しデブを直接蹴り飛ばそうと走り出す。
しかし直前まで迫ったところで丸出しデブは見かけによらない素早さで後ろへ跳びのき、椅子にしていた裸の女性の髪を掴んで自分の前に立たせた。
リリカはすんでのところで急停止する。
「お、女の人を盾にするなんて汚いニャあ!」
「昨日も馬鹿な冒険者を一人返り討ちにしてやったと言ったはずブヒ! ボクチンはお前らなんかに負けないブヒよ! マジックミサイルブヒ!」
女性の陰から腕を突き出した丸出しデブの掌から光弾が放たれ、リリカに直撃する。
リリカはとっさに両腕でガードしたが着弾した光弾の爆発で俺たちよりも後方に吹き飛ばされ、両手をついてどうにか着地した。
「ブヒヒヒ! 貴族として生まれながら魔法の才能もあるなんてボクチンは天才ブヒ! 権力と魔力! 二つが合わさり最強に見えるブヒ! お前ら!あの女どもからボクチンを守るブヒ! 街に居るお前らの家族が飢えても良いブヒか!?」
命令されて後ろに控えていた裸エプロンの女性たちも丸出しデブを守るように前に出て俺たちに立ち塞がる。
「は、はだかの女の人!? これじゃこっちは魔法で攻撃できませんよぉ!」
「あんな欲求を発散させたばかりの人間じゃあーしの魅了も通じないっス!」
「ブヒブヒ! これが権力ブヒ! お前らごときには太刀打ち出来ない力ブヒ!」
女性たちの陰から丸出しデブが次々と魔法の光弾を放ってくるのを、ナツミが魔法の障壁でなんとか防ぐ。
「こ、この精霊の盾はあんまり強い防御魔法じゃないんです! 長くは持ちませんよぉ!」
「クソ、人間相手に銃は使いたくないが、どうにか間を縫ってあのデブだけを撃ち抜けるか…?」
「こうなったら全員殴っておねんねしてもらうしかないっス!」
「うニャ…こうなったらそれしか無いニャね…!」
戦列に復帰したリリカとスカーレットが仕方なく女性たちに殴りかかろうとしたが、俺の目にはその進路上に何かがキラリと光るのが見えた。
「飛び出すな! 前に何かある!」
慌てて飛び退いたリリカとスカーレットの前で、太陽光を反射して光る糸のようなものがシュルシュルと音を立てて揺らめいた。
「ほほう、気づきましたか…中々良い目をしているようですな」
女性たちと一緒に丸出しデブの前に出た、執事の老人が黒い革手袋をはめた左右の手を振るうと、それに合わせて鋭利さを窺わせる金属のような光沢の細い糸が揺れた。
「ピ、ピアノ線ニャ…?」
「あんな武器もあったのかよ…時代設定的におかしくないか…?」
「古代ドワーフの作による希少な隠し武器でございます。私めの鋼線と伯爵様の魔法、そして女どもの肉の壁。浅慮な冒険者風情に突破出来ますかな?」
「ブヒヒヒ!良いぞセバスチャン!その女どもの着ているもの全て切り裂いて丸裸にしてやるブヒ!」
下半身丸出しのデブと老人だと甘く見ていたが、思った以上に厄介な難敵だ。
どうする?エリカを呼ぶか?
だがエリカが人質となっている女性達を巻き込まない様に手加減できるかどうかは怪しい所だ。
「……あんなので俺のスーツが切れたりはしないだろう。俺が飛び込んであの糸をどうにかする。後は仕方ないが女の人たちを力ずくで排除してからあのデブを叩こう」
「だ、大丈夫ニャか? 顔が切られたりしないニャか?」
「でも他に方法がありませんよぉ…! もう障壁が持ちません!」
「やるっス! サキュバスは裸がユニフォームっス! 元々服なんかいらないっスよ!」
俺たちが意を決して行動に出ようとしたその時、何者かが庭園の草木の生い茂る植え込みの中から飛び出して、女性たちの後ろで一人になっていた伯爵に飛び掛った。
羽織っていた黒いマントを脱ぎ捨てたその姿。
頭に赤いハチマキを巻いた、袖の無い白い道着姿。両手には赤い指出しグローブまで着けている。
あの姿はまるで……
「勝ォー流ゥーッ拳ッッ!!」
低く屈みこんでからの体全体で捻りを加えたジャンピングアッパーが顎に、同時に突き出した膝蹴りが腹に突き刺さり、丸出しデブはその身を浮かせた。




