5 中々できる事じゃ無いっスよ!
「いやあ、生き埋めになるかと思ってさすがにちょっと焦ったよ」
横倒しの状態でハッチを開いたアーマー着脱コンテナの中から這い出した俺は太陽の光を浴びて深呼吸をした。
「……洞穴が崩れた時はどうなるかと思ったニャけど、まあ出てくるだろうとは思ったニャ」
「エリカさんも付いてましたからねえ。でも無事なら無事ですぐに出てきてくださいよ」
コンテナに腰掛けて一息ついた俺にリリカとナツミが少し怒ったような顔で詰め寄った。
あれから俺は崩れ落ちる地下空間でエリカの提案によりコンテナの向きを変えてその中に入り、追加されていた掘削旋盤で崩れた通路を掘り進んで地上へと脱出した。
アーマーもその時に外されている。
「二人とも素直じゃないっスねー。洞穴が崩れた時は助けに行くんだって大暴れで止めるのが大変だったっスよー」
「大切な仲間を見捨てられないって、泣きそうだったゴブ」
「ウチ達もつられてちょっと泣きそうになっちゃったわぁ。若いっていいわねぇ」
「無事で良かったって、そういうのは素直に伝えた方がいいブヒよ」
「ななな、何を言ってるニャ! リリカは心配なんかしてなかったニャ!」
「そうですよ! シチュ的にちょっと流されただけです!」
森の中とはいえ、明るい日差しの下でゴブリンとオーク、そしてサキュバスたちにからかわれて顔を真っ赤にしている猫耳メイドと女装ショタエルフ。
なんだか妙な光景だが悪い気はしない。こんなファンタジー世界も良いじゃないか。
「いやまあ、なんていうか、悪かった。俺もとっさに逃げてきたんだ」
「まあ無事に戻って来たんだし許してあげるニャ。ところでエリカにゃんはどこニャ?」
『私は常にマスターと一緒に居ます。アーマー着脱コンテナには一人しか収容出来ませんので先程の義体は地下で自壊させました。既にエインフェリアで12体が製造されており、内4体がフリルドスクエアに搭載されているので心配は無用です』
「なんていうか、やりたい放題ですねえ。もっと要領良く立ち回ればそもそも危ない目になんか合わなくて済むんじゃないですか?」
「心掛けてはいるんだけど、それが出来れば苦労はないよ」
ナツミの言う通りかもしれないが、俺にだって宇宙艦隊の能力でどんな事が可能なのか判っていない部分も多い。おいおい慣れていくしかない。
「それとこんな物を見つけた。ゲーム的にはなんか意味がありそうなんだが、何だか判るか?」
リリカとナツミにゴーレムから出てきた鍵を見せる。
「どこかの鍵ニャ? 見たことの無い鍵ニャけど、ダンジョンの中で手に入れた鍵は大抵そのダンジョンの中で使うのニャ。でも肝心の洞穴はもう崩れちゃったニャよ」
「でもさっきの洞穴にあれ以上奥へ進めそうな通路は無かったですし…どこか他の所で使うアイテムなのかも知れませんねえ。鑑定して貰えば名前くらいは判るかもしれませんけど」
「鑑定かあ、二人ともそういう魔法かスキルは持ってないのか?」
「………」
俺が聞くとリリカは無言で顔を逸らした。
「まあ鑑定の魔法はアイテム消費したりで面倒らしいんで……魔法使系だと錬金魔導士がそういうのスキルで出来るんですけど、頼める当てはありませんよねえ」
「あー、うん、そんな知り合いはもう居ないよなあ」
「街へ行ったら道具屋で頼んでみましょう。物によっては結構お金がかかる上に失敗する事もあるんで街でアイテムの鑑定をする人あんまり居ないんですけどね」
「そうだな、とりあえず持っててくれ」
俺はナツミに用途不明の鍵を渡して、助け出された全裸の男達を見る。
改めて見ても酷い光景だ。こんなの村へ連れ帰って大丈夫だろうか。
「それで、洞穴は崩れちゃったけどお前らはどうするんだ?」
一番近くに居た赤い髪のサキュバスに聞いた。
「あーし達っスか?オークのゴムロサンに話は聞いたっス。そのナントカの村で男達が女に逃げれて欲求が溜まる一方ならあーし達もひとまずその村で厄介になるっスよ」
「サキュバス達が居れば男達もヘンな気は起こさないと思うブヒ。無闇に精力が溜まる男達にサキュバス、オラ達は晴れて村の女と仲良くできるブヒ。理想的ブヒ」
いやそれ村の人間が滅びないか?
喉まで出かかったが、もうあの村はどうしようもないだろう。落ち着くところに落ち着くならそれで良しとして、あの村からはさっさとお暇しよう。
俺たちは意識を取り戻した全裸の男達と、全裸のようなボディペイントスタイルのサキュバス達を連れて、来た時よりも遥かに大人数でぞろぞろと森を歩き村に帰った。
◇
「いやねえ、男どもが戻って来たのは良いけど、流石に男どものアレを搾り取るだけのサキュバスを村には置いておけないよ」
俺たちが村に連れてきた全裸の男達と半裸のサキュバス達を見て、村の女達は驚き、顔をしかめた。子供の目を塞ぎ足早に去っていく母親の姿も見える。そりゃそうだ。
そして村長はサキュバスの村への入植を拒んだ。
「ヒドいっスよオバサン! サキュバス差別っス! 村の女達がオークとゴブリンの精気を吸ってあーし達があぶれた男達の精気を吸えば一石二鳥、ウィンウィンじゃないっスか! …あ、なんかウィンウィンってイヤらしい響きっスね。気持ち良さそうな感じっス」
「そういう所だよ、言ってる事はわかるが村の中で昼間っから盛られたらたまったもんじゃないよ」
「生き物として自然な事っスよー。アレが溜まるのは体に良くないっス」
「だから何でもそういう事に結びつけるのはやめておくれ。村には小さい子供だって居るんだ」
平行線である。
理屈で考えれば上手く行きそうな事も生の感情を持つ人間には受け入れ難い場合もあるという事だろう。この場合、理屈で考えてもどうかと思う部分は多々あるが。
「村長さんの気持ちもわかるニャ。このままじゃ村は18禁の変態村に向かってまっしぐらニャ」
「困ったブヒね。上手くいくと思ったブヒが、どこか他の村でサキュバスを受け入れてくれそうな所を探すブヒか?」
「でもゴブ達と違ってサキュバスに村の仕事は向かなそうゴブ。この村がダメなら他でも難しいんじゃないゴブか?」
「そんなの困るっスよぉー。今更男もいない地下迷宮の奥に戻るなんて嫌っス。それに今、地底世界は色々大変なんスよぉー」
「あたし、なんかもうバカバカしくなってきましたよ。いっそサキュバスの皆さんでどっかの街に娼館でも開いたら良いんじゃないですか?」
魔物と人間の共存を願って真剣に悩むゴムロとザザを見て、ナツミが投げやりに口に出した言葉に、村長に抗議していた赤い髪のサキュバスが聞き返した。
「なんスかショーカンって?あーし達そーゆー魔族じゃないっスよ?それとも何か特別なプレイっスか?」
「え?いやほら、男の人がお金を払って女の人にそういう…その、エッチな事をさせて貰うお店ですよ。本気で言ったわけじゃ無いです。ていうか元が全年齢向けのこの世界にそんな物があるのか知りませんけど……」
「いや、良いアイデアかもしれないぞ? 街みたいな人の多い場所で不特定多数の男から精気を吸い取るようにすれば人間に害は無いだろうし、サキュバス達が人間の街で暮らすのに必要な金も自分達で稼げるじゃないか」
「なにを乗り気になってるニャ。エッチなオッサンは自重するニャ」
「いやいやいや! スゴいっス! 人間の街じゃ男の精気が吸えてお金まで貰えるっスか!? 良い事づくめじゃないっスか! ナツミサン天才っス! 性の救世主っス! そんな事を思いつくなんて中々できる事じゃ無いっスよ! 尊敬するっス!」
確かにサキュバスを一箇所に集めて娼館でもやらせておくのは良いアイデアかも知れない。
目を輝かせてはしゃぐサキュバスに持ち上げられナツミは自分の発言を後悔しているようだ。
「良かったじゃないか、念願の知識チートだな」
「こんなの嬉しくありませんよぉ……」
◇
「じゃあサファイアちゃん、行ってくるっス! きっとみんなでショーカンを出来る場所を見つけてくるっスから期待して待ってるっスよ!」
「気をつけてねぇスカーレット、あなたそそっかしいからぁ、知らないおじさんに精気をあげるって言われてもホイホイついて行っちゃダメよぉ?」
「任せるっス! 精気を貰うときは悪い人間にさらわれないようにちゃんと人目の多い所でするっス!」
そしてまた翌日、今度こそ俺たちは川を下って街へと出発する事になった。
ゴムロとザザが必死に村長を説得した事もあり、昼間は大人しくしているという条件付きでサキュバス達は娼館を開ける場所を見つけるまで村に居られるらしい。
その場所を見つけるためにサキュバスを代表して俺たちに同行するのが赤い髪のサキュバス、スカーレットである。
「あんた達には世話になったゴブ。ありがとうゴブ」
「オラたちもこの村でがんばるブヒ。元気でいるブヒよ」
見送りに来てくれたゴブリンのザザとオークのゴムロ、そして数人の村人たちに手を振って応え、川を下る筏を出してもらう。
「それじゃ船頭さん、お願いするニャ」
「おう、任せときな。今日は天気も良いし昼にはゴダートの街へ着くぜ」
船頭が係留していたロープを外すと共に筏は川の流れに乗って動き始めた。
「改めて自己紹介するっス! あーしはサキュバスの仲間内じゃスカーレットって呼ばれてるっス! スカちゃんって呼んでほしいっス! これからよろしく頼むっス!」
「いや…サキュバスでスカはちょっと……」
「わかったニャ。スカちゃんニャね。こっちからもよろしくニャ」
サキュバスの割に元気良く自己紹介したスカーレットの愛称に少し嫌な物を想像して言葉を濁した俺を無視してリリカがためらう事なくその愛称を口にする。
畜生、猫耳の中身のオッサンめ、なんて趣味をしてやがる。
「でもいくらサキュバスと言っても人間の街に行くのにその格好はマズくないですか?」
そもそもサキュバスが人間の街へ行くのはマズくないのだろうかという点は置いておくとして、ナツミがもっともな事を言った。
スカーレットは言動こそ落ち着きがなくアホっぽいが、褐色の肌に腰まで伸びる真っ赤な髪、そしてサキュバスらしいグラマラスな体型で黙っていれば妖艶な美女そのものである。
頭には水牛のような角、腰にはコウモリのような羽、尾骶骨のあたりから長い尻尾が生えているが、それ以外は人間と変わらない。
ほぼ全裸に黒いボディペインティングもどきで一応見えてはいけない部分を隠しているものの、あれは自分の意思で好きなように消したり出したり出来るらしい。
そんなセクシー美女が白昼堂々と街を歩いて大丈夫だろうか。
と思ったが、隣国ではさらに危ない格好の王族が堂々と自国の王都を闊歩していた事を思い出した。
「まあ…あの姫騎士が大丈夫なんだから大丈夫なんじゃないか?」
「それもそうですねえ、アレよりはスカーレットさんの方が隠れてる面積は大きいです」
「サキュバスより破廉恥なお姫様ってのも考えものニャ」
「あーし達サキュバスよりエロい格好のお姫様が居るっスか!?人間半端ないっスねぇ…自信無くすっスよぉ……」
他愛ない話をする俺たちと困った顔で苦笑いする船頭のオッサンを乗せて筏は川を進む。
とりあえず街に行って悪目立ちするようなら適当な服でもリリカに出させて着させておけば大丈夫だろう。
筏の上でのんびりとのどかな景色を楽しみながらしばらく川を下ると、大きな城壁に囲まれた、これまた予想より規模の大きい街が見えてきた。