1 まずは現状を説明しようと思う。
まずは現状を説明しようと思う。
MMORPGの世界、もしくはそれに酷似した異世界に転移したらしい。
らしい、と言っても何が起きたのかは解らないし、こうしている俺がさっきまで部屋でPCの前に座ってゲームをしていた俺と同一いう保証もない。
兎に角、事実として目の前にはいかにも剣と魔法のファンタジーといった街並みが広がっているし、大通りの先には真っ白いきらびやかな城が建っているのが見える。そしてその全てがゲームのグラフィックだった時よりも遥かにリアルで現実的な質感を持っている。
周りには俺の他にも数人、俺と同様にこの世界に入り込んでしまったプレイヤーらしき人たちが何が起きたのかと呆然とあたりを見回したりしている。
確かソードブレイズオンラインとかいうタイトルだった。
昨今のスマートフォンの普及による手軽なソーシャルゲームの隆盛に押され衰退の一途を辿りながらも細々と運営を続けていたPC用MMORPGの一つではあるが、有名イラストレーターの手によるエロいキャラクターデザインと自由度の高いエディット機能によるエロいキャラクターメイキングと豊富なエロい衣装、それに複数のライトノベル作家が手掛けたというちょっとエロいクエストシナリオが売りでサービス開始当初はそこそこウケたものの、最近ではアクティブユーザーの同時接続人数も500を下回り近々サービス終了するとの話を耳にしていた。今日がそうだったのかも知れない。
かも知れない、というのは俺がこのゲームの事を良く知らないからだ。
確かに一度IDを作ってログインしゲームを始めてはみたが、噂のエロいキャラメイクをひとしきり楽しんだ後、少しだけこのスタート地点となる街を歩き回りユーザーインターフェイスが好みではないと気付き、キャラクターのパンチラスクショを何枚か撮った後ログアウトしてそれ以降二度とこのゲームにログインする事は無かった。
そう、俺はさっき転移してくる直前もこのゲームを遊んではいなかった。
目の前に居るプレイヤーらしい、立っているだけでパンツが丸見えの短いスカートに胸元が大きく開いたピンク色のメイド服を着た猫耳と尻尾の生えたツインテールの背の低い、いかにもアホっぽい見た目の少女がブツブツと呟いている。
「困ったニャ。どうすればいいニャ。明日学校の模試があるんだニャ。ゲームの世界にいる場合じゃないニャ。栃木に戻れないとヤバいニャ」
明日模試があってヤバいならゲームなんかしなきゃ良かったじゃん。と思いつつも気持ちは解るので何も言わなかったが、猫耳少女は突然俺の方に振り向いて突っかかってきた。
「何が起きたニャン!? 何でリリカがソーブレの中に居るのニャ!? それにコレはアバターの体ニャ! 猫神姫☆ミルクチャンの体ニャ! 説明するニャ!」
「すいません、解りません」
俺に当たられても困る。
俺だって何も解らないし、それどころか恐らくこの事態に巻き込まれたプレイヤーの誰よりもこの世界の事を知らないのだ。
「ニャ? キミ変わったアバターニャね? 顔まで見えない全身鎧ニャ…? あ!それヲーファイの陸戦アーマーニャ。コラボ特典か何かニャ?でもヲーファイとのコラボイベントなんかした事あったかニャ? 洋ゲーとのコラボなんか聞いた事無いニャ」
ウォーファイアユニバース。
俺がさっきまで、この世界に転移する直前まで遊んでいたゲームだ。
編成した宇宙艦隊を率いて悪の帝国や宇宙海賊や凶悪エイリアン等と戦ったり未開の惑星を探査したりする、銀河を舞台にしたオープンワールドシミュレーター。
RPGの要素も多く取り入れられていてネット対戦モードもあるがMMOではないスタンドアロン型のゲームだ。
俺はこのゲームのネット対戦をしていたのだ。
あくまでオマケ要素のネット対戦はバランスが劣悪で好きでは無かったが、対戦に参加しないと貰えないマテリアルがあるため仕方なくやっていたものの、相手も最初からやる気がなかったのか押され始めるとすぐに勝負を捨てて放置プレイになった。俺はさっさと勝負をつけるために陸戦装備で敵の旗艦に乗り込んだ。
乗り込んだ所で目の前が剣と魔法のファンタジー世界になってしまった。
「全く意味がわからない…何でこんな関係ない世界に…」
「ニャー! こんな事なら別窓でソーブレなんか開かないでヲーファイの対戦続けてれば良かったニャ! でもあんな廃人に付き合ってらんないから回線切ってれば良かったニャ!」
俯いた俺の前で猫耳が何か聞き捨てならない事を言った。
ひょっとしてコイツのせいか。コイツのせいなのか。
「ん?でもよく考えたらずっとこの世界に居て栃木に戻れなかったらもう模試を受けなくてもいいし受験もしなくていいのニャ! やったニャ! この世界ならリリカはレベル120の魔法拳士ニャ! 遊んで暮らせるニャ! なんだか楽しくなってきたニャ!」
たとえ目の前で馬鹿なこと言ってはしゃいでいる猫耳が俺を巻き込んだのだとしても、今は状況を把握しなければ。なにしろ俺はこの世界の事をほとんど何も知らないのだ。
だがこのアホっぽい猫耳はこのゲームを結構やり込んでいるらしい。
俺は怒りを抑えて猫耳に話を聞くことにした。
「ちょっと聞いていいかな? 俺はこのゲームの事よく知らないんで何がどうなってるのかまるで解らないんだ」
「そんなのリリカもわからないニャ。とりあえずキミはレベルいくつニャ? …んニャ、ステータス見た方が早いニャね」
レベル? ステータス? そんなの何処にも見えないぞ?
「ニャ? ヒューマン…下級戦士…レベル1!? ニャハハハハハハ! 初心者さんだったニャか! スキルも装備も空っぽニャ! ご愁傷サマニャ!」
「え? そんなのどこでわかるの?」
「目の前にステータスウィンドウがあるでしょニャ…名前は……『丸出しっ娘』? ……最悪な名前ニャ…エッチなキャラメイク目当てでサービス終了直前にスクショ撮りに来たニャね? そのアーマーの下は初期の小さい下着だけニャ?」
ドン引きした目で俺から一歩後ずさる猫耳だが、俺の視界にはどこにもステータスウィンドウなんか見当たらない。
グングニルmk4陸戦アーマーヘルメットのHUDに現在のバイタルが正常であることと背負っているアサルトライフルの残弾数とフラググレネードの数、そして目の前の猫耳に四角いカーソルが重なり[unknown]と表示されている。
というかその恥ずかしい名前はサービス開始当初に一回だけログインして作った時のキャラクターの名前だ。アンインストールせずにPCに残っていたデータから俺のユーザーデータが採用されてしまったのか?
「中の人はエッチなオッサンだったニャね。でもレベル1じゃ可哀想ニャから少したすけてやってもいいニャ。栃木に帰れたらお礼を請求するニャ」
エッチなオッサン呼ばわりされてしまった。
確かに俺は35で多少エッチかもしれないが、エッチなオッサンと呼ばれる筋合いは無いし栃木県民じゃない。
コイツだって怪しいものだ。模試だ受験だと学生のような事を言っているがパンチラ猫耳メイド(しかもピンク色)なんてキャラはどう見てもオッサンのセンスだ。オッサンかもしれない。いやオッサンだろう。
そんな風に目の前の怪しいオッサン猫耳メイドの手を借るのも、ちょっと嫌だが、この状況では仕方がないかと考えていた時、アーマーの左前腕部に装備されている多機能通信モジュールからアラームが鳴った。
通信のスイッチを押すとモジュールから光が投射され、左腕の上に白い旧型スクール水着を来た12インチフィギュアサイズの少女の立体映像が映し出された。
『マスター。現在我が艦隊は原因不明の現象により未知の惑星の軌道上に居ます。惑星の地表にマスターのシグナルを検知したため通信を試みました。未だ銀河連邦標準座標での艦隊の現在位置を特定できていません。早急に旗艦エインフェリアにお戻りくださるようご検討ください』
それだけ言って立体映像はかき消えた。
「ニャあ、よく出来てるニャね。そんなコラボ装備があるニャらちゃんと公式サイトもチェックしとくんだったニャ。でも腕時計のアラームまでスク水の女の子はヤバいニャ。ホントにエッチなオッサンニャ。リアルがバレたらヤバいニャ、付き合うのを考え直した方がいいかもニャ……」
また自分の格好を棚に上げて何か失礼な事を言っている猫耳メイドを無視して俺は踵を返す。こんなのの相手をしているよりも確かめなければならない事ができた。
「待つニャ! 何処へいくニャ!? レベル1のくせに一人で町の外に出るのは危ないニャ!」
「ちょっとオシッコしてくる」
俺は適当にごまかして走り出した。




