2 これはこれで人類の危機ニャ。
「オラッ! 出て来やがれブタ野郎ッ! ミンチにしてやるッ!」
村長の家から出た俺たちの前で若い男が山刀を振り回して怒鳴り散らしている。
威勢はいいが顔が赤く足元も覚束ない。どうやら酒に酔っているらしい。
「昼間っから酔っ払って暴れてるのニャ? 迷惑だからやめるニャ。それとも頭を冷やして欲しいニャか?」
酔っ払いを見咎めたリリカが動こうとしたのを、俺たちの後から出てきたオークが遮って一歩前に出た。
「ニールさん、またブヒか。いい加減こんな事はやめるブヒ」
「出て来たかブタ野郎! 何がやめろだ! こうなったのも全部てめえらがこの村に来たからだ! 今まで散々俺たちに迷惑をかけたくせに、今度は俺たちから何もかも奪いやがって! 絶対に許せねえ!」
「オラたちはそんなつもりは無かったブヒ! オラたちオークも、ゴブリンたちも、みんな心から村のみんなに悪い事をしたと思ったから、こうやって村で働いて償いをしてるブヒ!」
必死でニールと呼ばれた若い男を宥めようとするオークに村長のおばちゃんも加勢に入る。
「そうだよ! 仕事を全部オークやゴブリンに押し付けて働かなくなったのはアンタら村の男衆じゃないか! なのに昼間っから酒を飲んでそんなモノ振り回して! どっちが魔物かわかったモンじゃないよ!」
「うるせえババアッ! やっぱり女なんかを村長にするんじゃなかったぜ! テメェも年甲斐も無くブタ共の◯◯◯にイカレちまってんだろォッ! このメスブタがァーッ!」
「なんて事を言うんだい! 女房に逃げられたのだって自業自得だろうに!」
「うるせえッ! テメェから死にてえかッ!」
村長の言葉に図星を突かれて逆上したのか、山刀を振り上げて男が村長に飛び掛る。
しかし、音も立てずに素早く間に割って入ったリリカが男の山刀を蹴り落とした。
「ニャあ、なんだかヘンな事になってるみたいニャね。何か事情がありそうニャけど、そんな物を振り回すのは危ないニャ」
「な…なんだこのヘンな格好の猫女は…? ぼ…冒険者なのか…?」
「ヘンな格好とは失礼ニャ。衣装ガチャにお小遣いを注ぎ込んで当てたお気に入りニャよ?」
純ファンタジーと言うか、中世の、俺から見れば映画のモブのような格好をした村人たちにはガチャやコラボ特典で時代設定を無視した冒険者の衣装はさぞ奇怪な格好に見えるのだろう。
ニートのオッサンに与えた小遣いがピンク色のメイド服に注ぎ込まれた、高齢であろう親御さんの心中はいかばかりかと心配になるが、とりあえず今はどうなっているのか解らない現実の事を心配しても仕方が無い。
山刀を蹴り落とされ、へたり込んだ男をどうしたものかと眺めていると、さらにその背後から一人の女性がこちらに駆けて来た。
「ニール!何をしているの!? またゴムロさんを逆恨みしてケンカ!? いい加減に私たちに付きまとうのは止めてちょうだい!」
「フィーナぁ…頼むよぉ…戻って来てくれ……俺にはお前しか居ないんだ……それにお前だって以前そいつらに攫われて散々酷い目にあったんじゃないか…どうしてそんなヤツに……!」
「ごめんなさいニール…その、やっぱり私…あの時の事が忘れられないって言うか…もうあなたのアレじゃ全然物足りないの…乱暴にしないで真面目に働くオークだったらそっちの方が良いのよ……」
これは酷い。
フィーナと呼ばれた女性は俺たちを村に案内したオークに寄り添った。
どうやらゴムロというのはこのオークの名前らしい。
昼間から呑んだくれて刃物を振り回していたとはいえ、俺は少しだけ男に同情した。
元嫁らしい女性にトドメを刺されて泣き崩れた男は、後からやって来た仲間らしい村の男たちに何処かへと連れられて行った。
それを見届けた村長が溜息と共に漏らす。
「……みっともない所を見せちまったね、今宿の酒場じゃあの穀潰し共がたむろして昼夜問わず酒を飲んでクダを巻いてるのさ」
◇
俺たちは再び村長の家に戻り話を聞いた。
詰まる所、改心して森から出てきたゴブリンとオーク達が村で働くようになって、村の男達は働かなくなり、昼間から酒を飲んでは遊び呆けてばかりいる。
元より人間よりも力が強く体力もあるオークと、体こそ小さいものの、小さいなりに素早く夜目が利き睡眠時間そのものも少ないゴブリンたちは人間が野山で働くよりも効率良く多くの仕事をこなした。
村の女性達が働かなくなった男達を見放して、仕事の出来るモンスターたちに靡くのに時間はかからなかったらしい。
さらに付け加えるならゴブリンもオークも性欲が旺盛でアッチの方もスゴい。との事である。
男達も同情し難いが、女達も大概であろう。
かつては村を襲い、女子供を攫っていたモンスター相手に掌を返すのが早すぎる気もするが、この村のような農村では現実問題として多少の美醜よりも逞しく仕事が出来る雄が魅力的なのかも知れない。
「なんか、安い賃金で雇い入れた外国人労働者に嫁も仕事も奪われたみたいな話だなあ」
俺は半ば呆れてそんな感想を口に出した。
「でも結果的には困った事になってるニャ。どうするニャ?」
「どうするたって、こんな現実の世界でも厄介な問題を俺たちがどうにか出来るワケ無いだろ。政治が悪いって斬って捨てようにもこの世界じゃなあ」
「あたしはもうこの村の人間、全員死刑でいいんじゃないかって気がしますよ」
「そう言わないでおくれ、もちろん村の人間全員がそんな事になってるわけじゃあ無いんだ。真面目に働いてゴブさんやオークさんたちと仲良くやってる連中だってちゃんと居るんだよ」
思わず口に出たのであろう、過激な発言を村長に咎められたナツミは「はぁ」とだけ漏らして口をつぐんだ。
「何もかもオラ達が蒔いた種ブヒ。時間がかかっても根気よく説得してわかって貰うしか無いブヒよ。冒険者さん達の手は煩わせないブヒ」
「ゴブ達はどんな過ちも努力を続ければいつか償えると信じてるゴブ。ゴブ達が全てのニンゲンと魔物が手を取り合って共存できる未来への架け橋になって見せるゴブ」
「ゴムロさん…! ザザさん…!」
男らしい態度で立派な決意を語る緑色のモンスター二匹とそれをうっとりとした瞳で見つめるフィーナという名前らしい、酒浸りの夫を捨ててオークに鞍替えした女性。
この村はもうダメなのかも知れない。
俺は思わず口に出してしまう。
「いや、今までの悪行を反省したのは良い事だし、言っている事も立派だけどニールさんだっけ?あの人の怒りも尤もだよ。何で早々に人の嫁さん寝取ってるのさ」
「オラたちオークも、ザザたちゴブリンも、ほとんどメスが生まれないブヒ。所詮は人に寄生する事によってしか子孫を残せない哀れな道化ブヒ」
そう言って、多分、ニヒルに自嘲した緑色の豚人間を寝取られた本人である人間の女性、フィーナが擁護する。
「ゴムロさん達が悪いんじゃないわ。きっと私達はこうなる運命だったの。だって本当にオークのアレは凄いのよ? 大きさ…硬さ…太さ…ゴツゴツでイボイボで…あなた達も女なら想像してみて? それにゴブリンの赤ちゃんはお産も楽だって聞いたわ」
想像してみて?と言われても俺は中身は男のままなので非常に困る。
うっとりとした表情でオークの素晴らしさを語るフィーナにリリカとナツミもウンザリとした顔で目を背けていた。
聞くに耐えなくなった俺たちは村長と話した通り、街へゴブリン退治の依頼を取り下げる手紙を届ける事を約束して、明日の朝に出発するために村長の家に厄介になる事にしてその場を辞した。
充てがわれた、一応ベッドが二つと古びたソファーのある客間らしい部屋で俺たち三人はそれぞれ腰を下ろし息をつく。
「ゲーム中にあった元のクエストだと、さらわれた女性がゴブリンやオークにそういう事をされたってのが匂わされているだけだったのが、随分と露骨というか、エゲツない事になっちゃってますねえ」
「こんな事になってるなんて思わなかったニャ。もしかしたらこの世界中で喋ったり知恵があったりするモンスターはここと同じようになってるニャ? これはこれで人類の危機ニャ」
「二足歩行で喋って、道具も使えるならそれはもう人間と何が違うのかって事になりますからねえ…平和的になるならそれでいいのかも知れませんけど」
『私から見ればあの緑色の二体も、あなたたち猫耳や長耳も同じ準ヒューマノイド型原住生物です。銀河連邦政府の方針では形状の差異は知的生命の評価基準に含まれません』
「まあこの世界は銀河連邦みたいな成熟した文明とは別の価値観なんだよ」
仲間内だけになり、話に加わったエリカに適当な説明をしておく。
「それで、定番っぽいゴブリンとオークの他に知性があって人間の言葉を喋りそうなモンスターは他にも居るのか?」
「んニャ、これも定番ニャけど、長い年月を生きたって設定のエルダードラゴンや一部の魔族なんかは喋れるニャ」
「それでも魔族なんかは「絶望せよ!」とか「贄となれ!」なんてセリフばっかりで人間と仲良くするようになるとは思えませんけどねえ」
「ドーラ砦で見たオークも理性がありそうには見えなかったし、今の所この村だけだと考えてもいいのかなあ。まあ平和で暮らしやすくなるんだったら、モンスターと人間が仲良くなっても別にいいんだけどさ」
「そうニャねえ、この村の問題はこの村の人たちで解決して貰うしか無いニャ。リリカたちは明日になったらさっさと出発して王都を目指すニャよ」
リリカはそう言って二つしかないベッドに遠慮する事なく突っ伏した。
『ところでマスター、揚陸艦トライアドプリムスとフリルドスクエアの交代、完了しました。トライアドプリムスはエインフェリアで新たに建造中のドラグーン再配備まで軌道上で待機。地上支援はフリルドスクエアから行われます』
「わかった。何かあったらすぐに来れるようにしておいてくれ」
『勿論ですマスター。お任せください』
エリカの通信に答えてもう一方のベッドを見ると、既にナツミが占領していた。
その夜はそのまま村長の家で夕食をご馳走になった後さっさと明日に備えて休む事になった。
ちなみに結局俺はソファーで寝た。
◇
そして翌朝、村の男達は姿を消していた。
「一体どこへ行っちまったんだろうね。残ってるのはごく小さな子供と年寄りだけさ」
四六時中酔っ払っていた連中とはいえ、流石に異常だと村長は焦ったが手がかりはすぐに見つかった。
目撃者がいたのだ。
夜の間に村の中の見回りをしていたゴブリンである。
村の生活に合わせているが、本来夜行性で夜目が利くゴブリンは夜間の警戒に適しており、村ではゴブリンを夜間の見回りに使っていた。
その見回りをしていたゴブリンが言うには、村の男達は夜中にぞろぞろと連れ立って森の方へと歩いて行ったらしい。
声をかけようかとも思ったが、酔っ払いに絡まれたくないのでそのまま見送ったと言う。
「まさかあいつら、今度は自分たちが森に篭って山賊紛いの真似を始める気じゃないだろうね」
「ニャあ、モンスターと人間の立場が逆転しちゃったニャ…?」
村長は憤り、リリカも心配そうな表情を浮かべている。
だが俺はその予想に違和感があった。
さすがに女と仕事を奪われたからと言ってそこまでやるだろうか?
ただ昨日のニールという男の荒れぶりを考えると可能性が無いとも言い切れない。
「この村にはもう冒険者なんて長い事訪れなかった。あんた達にこんな事を頼むのは気がひけるが他に頼れる当てなんか無いんだ。頼むよ、あの馬鹿どもを村に連れ帰っておくれ。多少手荒くなっても構わないし、出来るだけの礼はするから」
村長に頼まれ、俺たちは失踪した村の男達を連れ戻すべく再び森に入る事となった。
正直言って気は進まなかったが、乗せて貰う予定だった筏の船頭も失踪してしまったのだから仕方がない。
そして森の案内として、昨日俺たちをこの村に連れて来たゴブリンのザザとオークのゴムロが同行を申し出た。
こうして金髪少女の人間、パンチラメイドケットシー、女装ショタエルフ、そしてゴブリンとオーク、随分なバラエティに富んだ一行となった俺たちは、酔っ払って夜中に徘徊した村の男達を連れ戻すという、随分なクエストに出発した。




