1 決して覗く気も裸を見る気も無かったゴブ!
「ニ"ャあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」
常にパンツが見える程スカートの短い、恥知らずなピンク色のメイド服を着た猫耳ツインテールがハミングバード降下艇の後部貨物ハッチに縋り付きながら断末魔の叫びを上げた。
「はやく開けるニャあ!! 漏れちゃうニャあ!! なんでトイレの無い方の飛行機にしたのニャあ!」
『ドラグーンは一機を失ったので補充のため揚陸艦トライアドプリムスのフリルドスクエアへの交代を準備中のため動かせません。それと着陸可能な場所を発見しました。いいですか猫耳、ハミングバードの機内を原住生物の排泄物で汚染されたくありません。絶対に漏らさないでください。絶対に』
降下艇を操るAI、エリカの念押しの言葉と共にハミングバードは軽い揺れを伴って地上に降り立ち、後部貨物ハッチがゆっくりと開き始めた。
「なんでもっと早く開かないニャあああああ! 早く早く早く開け開け開……ニャあ"あ"あ"あ"あ"ああああああああ"あ"あ"あ!!!」
エリカの念押しと周囲の祈りと本人の奮闘虚しく、ハッチが開ききる前に猫耳貯水池の限界水量を突破した猫耳ダムは決壊した。
◇
「ニャあすん、ニャあすん、リリカ高校生にもなってお漏らししちゃったニャあ…もう恥ずかしくて現実の世界に帰れないニャあ……」
運良く近くを流れていた川の岩陰で、汚れたパンツと下半身を水洗いしている猫耳パンチラツインテお漏らしメイドが変な鳴き声と共に妄言を吐いているが、こいつの中のオッサンが高校生になったのは一体何十年前になるのだろうか。
夢の中で尿意を感じて目が覚めたら間一髪、若しくはさらに深刻な事態という事もあるが、この世界で漏らした猫耳の中のオッサンが、現実で気を失ったまま垂れ流しになっていない事を祈るばかりだ。まあ、それを言ったら俺を含めたこの世界に来た人間、全員にその可能性はあるのだが。
俺は猫耳汚水で汚染されたハミングバードが洗浄のため、揚陸艦に戻るべく飛び立っていくのを眺めながらため息をついた。
「リリカさんもおちんちんがあればこんな事にならなかったのに。気軽にオシッコができる上に弄ると気持ちいい。やっぱりおちんちんは偉大ですね。おちんちんは最高です。おちんちん万歳」
自分も近くの木陰で立ちションをしてきたらしい、変態露出狂女装ショタエルフが可愛らしい女性用下着をずり下ろしたまま、用を足し終えたそれを右手でブラブラと振りながら戻ってきた。
木陰でしてきた意味がまるで無い上に雫が飛び散ったら汚いからやめて欲しい。
「それよりも、もうラレンティアとかいう国の領内には入ってるんだろ? この先は平原と川ばっかりで他に目立たずに着陸できそうな場所も無いみたいだし、ここからは歩いて街を目指そうと思う」
「水の都ラレンティニアですからねえ。どこかの街へ行けば川を下って王都に行く船に乗せてもらえると思いますよ」
「MMORPGの世界でその移動方法はどうなんだ。グランシールでも思ったけど移動が面倒過ぎないか?」
「だから人気無かったんですよ。他にも色々ありますけど、基本的にユーザーフレンドリーじゃなかったんです。あちこちやっつけ仕事で色々要望が出てたのに、最後まで実装されなかった機能も一つや二つじゃないですから」
そのゲームを延々とプレイしていた奴に言われてもピンとこないが、自分がこのゲームをプレイしなかったのもユーザーインターフェイスが不親切だった所為なのを思い出して納得した。
「でも飛行機ならもっと早くひとっ飛びで王都まで行けると思ってましたよ。びゅーんって」
『アーマーを装着していない生身の乗員が居る状態でハミングバードの最高速を出したら、中で潰れてしまいます。猫耳の汚水だけでも貨物デッキが痒い気がするのに、原住生物のミンチなんか撒き散らされてはたまったものではありません』
「エリカさん酷いですよ。リリカさんだって好きで漏らしたんじゃないですから。多分」
『あなたもです長耳。今度宇宙軍の乗り物の中で男性器を弄ったら放り出します』
弄ってたんかい。それは俺としても本当にやめて欲しい。
「まあ、もし王都に付いて神殿のワープゲートが使えるようになってたなんて事になってたら、あんまり早く着くのも考え物だしなあ。そこがどうなってるのかも解らないし、周りで情報を集めながらゆっくり行こう」
「結局グランシールでは戦ってばっかりでしたし、今度こそ荒事は避けて行きたいですねえ」
「まったくだ。あちこちで何でも解決してくれる勇者みたいなのが居ると良いのにな」
俺とナツミがそんな事を話していると森の中に川でパンツを洗っていたはずのリリカの悲鳴が響いた。
「ニャアあああああああーーーーッ!!」
「うるさいぞパンツくらい静かに洗え」
「そこは悲鳴を聞いたら飛んで来てうっかり裸を見ちゃって、ゴメンそんな気はなかった。とか謝るところニャあ!」
「絶対にこっち来るなとか覗くなとか言ってただろ」
「つべこべうるさいニャあ! 緊急事態ニャあ!敵ニャあ! リリカ犯されちゃうニャあ!」
犯される、という割には余裕のありそうなリリカの声に、俺とナツミは仕方なくそろそろと岩陰から顔を出した。
そこには全裸になって川に浸かっているリリカと、対岸に背の低いヤツと太ってデカいヤツ、二人(?)の緑色の人間のような生き物がいた。
「ゴブリンとオークニャあ! どっちも女の子をさらってエッチな事をするモンスターニャ! リリカをさらいに来たのニャあ!」
というか何故全部脱いでいるのだこの破廉恥猫耳は。
両腕で胸を隠し、ぴったりと足を閉じて顔を真っ赤にしているが、着ていたメイド服や下着類は岩の上に畳んで置かれている。
これだから見たくなかった。どうせ中のオッサンが猫耳美少女になっているのを良いことに一人でいかがわしい行為に及ぼうとしていたのだろう。
金髪美少女の体になっている俺だって、そういう事に興味が無い訳ではないが、実行に移すならせめて夜一人の時にしてもらいたい。
「ゴブリンとオークって言ってもなあ。なんか砦で見たヤツより弱そうだぞ? 襲って来たら自分で戦えばいいじゃないか」
「裸でなんか戦えないニャあ! ていうかジロジロ見るなニャあ!」
「失敬な。中々頑張ってキャラメイクしたんだと中のオッサンに敬意を払っただけだ」
「だからオッサンじゃないニャあ! いいからあいつらをやっつけるニャあ!」
そうは言っても肝心のゴブリンとオークは間抜け面で固まっているだけで何もしてくる気配はない。
仕方ない、軽く脅かして追い払おうかと考えていたら、その二匹がはっと気付いたように硬直から脱してその場に土下座した。
「ゴメンなさいゴブ! 決して覗く気も裸を見る気も無かったゴブ!」
「物音がしたから悪い魔物がいるのかと思って見に来ただけブヒ! けっしてイヤラシイ気持ちで水浴びを覗いたんじゃないブヒ!」
お前らが言うのかよ。
ていうか普通に喋ってるぞ。モンスターじゃないのか?
「ゴブたちはこの森のふもとにあるタリヤ村からキノコを取りに来ただけゴブ! どうか命だけは取らないで欲しいゴブ!」
「ブヒ!オラたち悪い魔物じゃないブヒ! タリヤ村でニンゲンの手伝いをさせて貰ってるブヒ! ニンゲンと戦おうなんてつもりは全然無いブヒ!」
土下座をしながら必死に言い訳と命乞いを繰り返すゴブリンとオークのコンビに、俺たちは困惑して顔を見合わせた。
◇
「ゴブたちは以前この森の洞穴に住んで、ふもとの村のニンゲンたちを襲ったりして暮らしていたゴブ。でもある日突然気付いたゴブ。ちょっとずつ村のニンゲンを襲っても絶対にその後、もっと強いニンゲンに仕返しされるゴブ。ニンゲンには勝てないゴブ」
「ただでさえニンゲンの方が数が多いのに、強い冒険者まで居るブヒ。しかも街にはデッカい建物や城や、軍隊まで居るブヒ。片やオラたちは森で小動物や木の実を狩ってその日暮らしブヒ。そんな相手にちょっとずつ悪さをして返り討ちに合うなんて知性のある生き物のする事じゃないブヒ」
あの後、俺たちは二匹に案内されて、彼らが世話になっているというタリヤ村へと向かった。
「でもタリヤ村ニャんてゲームには無かったし、聞いたこと無いニャ」
「それはともかく、この世界のゴブリンとかオークって喋れたのか? ドーラだったっけの砦でいっぱい撃ち殺しちゃったから、なんだか今になって罪悪感が湧いてきたんだけど」
「オークやゴブリンでも種類が違うと喋れるのかニャあ」
「あー! 思い出しましたよタリヤ村! たしかゴブリン退治のクエストで名前が出てきました! 村で女の子がさらわれたのを助けてくれってヤツです! そのクエストで人間の言葉を喋るゴブリンも出てきました!」
そのせいでゲームに無かった村が現実になったこの世界で実在するようになって、この周辺のゴブリンやオークたちも知性を持ち喋れるようになったと言う事だろうか。
「まだ冒険者に依頼が出てるゴブか!? あれは死んだ大人たちがやった事ゴブ! ゴブたちは悪い事してないゴブ! 許して欲しいゴブ!」
「女の子たちも村に返して誠心誠意謝ったブヒ! 今じゃこうやって村の人たちの手伝いをして少しずつ信頼を得ているブヒ! 殺さないで欲しいブヒ!」
「あーいや、さすがに襲って来ない相手を殺したりしませんよお…クエストの方は常駐クエだったからどうなってるか判りませんけど……」
「それは困ったブヒ。村長さんに頼んで依頼を取り下げてもらうブヒ」
「見えてきたゴブ。ゴブたちが世話になってるタリヤ村ゴブ」
川沿いの獣道を抜け森を出ると、まず樹木の伐採場が目に入った。その奥に麦や野菜を育てているらしい畑が広がり、そのさらに奥に丸太を組んで作った柵に囲われた木造の民家や水車小屋が立ち並ぶ一画が見える。
林業と農業で生計を立てているのであろう。
ゲーム中に存在しなかった村と聞いて想像した物よりも立派で規模が大きい。
伐採場には数匹のオークたちが丸太を抱えて運んだりして働いていた。
「どうしたブヒ。キノコを取りに行ったんじゃなかったブヒ?」
「森で冒険者に会ったブヒ。村長さんの所へ案内してくるブヒ」
畑ではゴブリンたちが地面を耕したり果物や野菜を収穫している。
「もう帰ってきたゴブか? 働かざるもの食うべからずゴブ」
「ゴブはちゃんと働いているゴブ。森で冒険者に会ったから村長に知らせるゴブ」
何かおかしい。
伐採場や畑に人間の姿が見えないので、もしや村ごと乗っ取られてしまったのかと危惧した。
しかし村の居住区に入ると、道端で話す老人たちや水を運ぶ女性たちの姿も見えたので考え過ぎかと思い直し、そのまま村長の家まで案内されるまま付いていった。
◇
案内してくれた二匹と共に、村の中では大きな家の一応は応接間らしい簡素なテーブルと椅子が並べられた部屋に通された。
そこで俺たちを迎えてくれたのは、主に横幅が体格の良い中年の女性であった。
要するに太ったおばちゃんだ。
俺は村長というので男性の老人をイメージしていたが、このおばちゃんがこのタリヤ村の村長との事で少し面食らった。
「冒険者とは懐かしいねえ、最近じゃ街のギルドに依頼を出してもめっきりこの村まで来る事なんかなくなってたのに。今更ゴブさんたちを退治されても困るけど、そのために来たんじゃ無いだろう?」
「たまたま通りかかっただけニャ。リリカたちはグランシールから来て王都へ向かう途中なのニャ」
リリカがおばちゃん村長に答えるのを俺とナツミは出されたお茶、緑茶では無いが似たような何か、に口をつけながら見守る。
こういう交渉や相談のような事はすっかりリリカの役目になってしまった。
たまに調子に乗ってロクでも無い事を言うが、俺がこの体に見合った喋り方をするのも面倒なので助かる。
「王都に行くならゴダートの街から王都まで船が出てるよ。この村からも朝には街へ木材を運ぶ筏が出るからそれに乗って行けば安全さ。筏に乗せてもらえるように言っておくよ。それで代わりと言っちゃなんだが、手紙を書くから街へ寄る時にギルドでゴブリン退治の依頼を取り下げて貰えないかい?」
「ゴブたちからもお願いするゴブ」
「どうかオラたちが冒険者に殺されないようにして欲しいブヒ」
「わかったニャ。じゃあそうさせて貰って明日の朝に出発するニャ。この村に宿はあるのニャ?」
リリカが訊くとおばちゃん村長は少し間をおいて表情を曇らせた。
「宿なら一件あるにはあるんだけど、今はちょっとゴタゴタしてて…若い娘さんたちが泊まるのはお勧めできないねぇ。よければウチに泊まっていきな。部屋なら空いてるんだ」
リリカがこっちを見たので、俺とナツミは頷きを返した。
「リリカたちはそれでも良いニャけど、何かあったのニャ?」
「いや、村の外のお人に話すのはどうにも恥ずかしい話なんだけどねえ……」
村長が言葉を濁して俯いたその時、外から怒鳴り声が耳に飛び込んできた。
「おらぁッ! ここに居るんだろッ! 出てこいッ薄汚いブタ野郎がッ! ブッ殺してやるッ!」
何事かと、村長の家から出た俺たちの前に、抜き身の山刀を振り回す若い男が姿を見せた。




