21 神が救ってくれたのだと思ったのに。
再び通りに飛び降りた俺は、近くで防戦一方ではあるが何とか持ち堪えていた冒険者に襲いかかっている子ガルムを一匹ショットガンで吹き飛ばし、ヘルメットのボイスチェンジャーのスイッチを入れて指示する。これで外に聞こえる声は渋カッコいい大人の男のものになっているはずだ。
「神殿へ行け! そこで集まってゲートを守るんだ!」
「あ、あんた一体何なんだ! SBOのキャラじゃないのか!?」
「カシオペア座の第28惑星系から来た通りすがりの宇宙人だ! 忘れてくれていい!」
あまり近寄るとステータスを見られるかも知れないのでそれだけ言ってすぐにその場から離れる。
同じように数カ所で町の住民や低レベルの冒険者を助け、逃げ遅れている人が居ないか見て回ると、数人を引き連れたリックに遭遇した。
「それで最後か?」
「あんたその声…いや、プレイヤーはもう全員神殿に向かったはずだが城の前で王子の指揮していた兵士の部隊が孤立したらしい。助けに行くのか?」
「行かない訳にも行かないだろう」
あの王子サマも出張って来ているのか。
気は進まないが王族が死んだら面倒な事になるかも知れないし、寝覚めも悪そうだ。
俺は陸戦アーマーのパワーアシストによる猛ダッシュで王城に向かう。
リックの言った通り、城の前で数人の兵士と役に立たなそうな装飾過多な細い剣を握った王子が子ガルムに囲まれ追い詰められている。
走ったままの勢いで一匹の子ガルムを飛び蹴りで城壁と挟み込むように叩きつけで潰し、そのままの姿勢で後ろを振り返り、ショットガンでもう一匹を吹き飛ばす。
弾の切れたショットガンの銃身で、さらに一匹を殴り飛ばしてからハンドガンに持ち替えて構えた。
「街中は危険だ! 城にでも篭って身を守れ!」
「民が危険に晒されているのに私だけ隠れていられるものか! それに妹だって戦っているのだ!」
「そんなセリフはせめて自分の身くらい守れるようになってから言え!」
王子に説教を垂れながらヘルメットの中で苦笑する。
たまたま偶然かチートでこんな武器を使えるだけで、俺だって本当は自分の力じゃ何も出来ない。こんな事を言える資格なんか無いのに。
だが今はそんな事を言っても仕方ない。
俺はハンドガンで子ガルムの脳天を撃ち抜き、王子に背中を向けたまま言う。
「心配しなくても戦いはもうすぐ終わる。あなたの仕事は戦いの後でみんなの混乱を収め、いち早く元の生活を取り戻せるようにする事だ。それはどんなに強い武器も強い魔法も役に立たない、困難な使命だ。容易い事ではない」
さらに数匹、ハンドガンで子ガルムを撃ち殺し、残っている子ガルムをパワーアシスト付き積層特殊合金の拳で殴り飛ばす。
退路が拓け、王子は周りの兵に連れられ観念したように城の方に戻って行った。
『クラリスさあん! もう武器がみんな弾切れですよお!』
『こっちもプラズマソードのエネルギーが切れて折れちゃったニャあ!』
あっちもそろそろ限界か。
俺は城壁の上に飛び上がり、様子を見ると神殿の周囲に集まった人達を守りながら二機のクルセイダーが子ガルムと殴り合っている。
ナツミが乗っている方だろうか、MODで追加されたアニメロボット風の頭部が開くように展開して現れた砲身からレーザーを発射している。
カッコいいアニメロボット風の顔が台無しだ。
エリカが改良という名の魔改造をしたらしいが、アレがそうらしい。
本来のゲーム中に無かった武装が追加されたクルセイダーを見て、元の世界でゲームに戻ったら、もうネット対戦は出来そうに無いな、と再び苦笑した。
「ふたりとも、もう少しの辛抱だ。がんばれ」
『やってるニャあ!』
『頑張ってますけど! 頑張ってる人に頑張れって言うのは良くないですよお!』
リリカとナツミの声に続いてエリカの報告が入る。
『お待たせしましたマスター、バハムート級航宙戦闘艦アスタリスク、発射ポイントに到着しました。艦首レールガンの発射には艦長、または艦隊司令官の操作が必要なため、アスタリスク艦橋にマスターの体をVRで形成します』
「わかった、やってくれ」
『了解。アーマーロック。アスタリスク艦橋と神経接続開始』
アーマーの関節部分がロックされ内部のジェル層が凝固し、片膝をついた体勢で固定されると俺の視界が戦艦のブリッジに切り替わった。
艦内でのエリカ同様、半透明で体のあちこちに黄色い光が走るホログラムで俺の体が再現されているが、神経接続によって感覚があり、本当にこの場に居るように感じる。
無人戦艦の椅子の無い艦長席に立つと、前面のスクリーンに目標の姿が映り目の前の操作盤が開き主砲発射用トリガーの付いたグリップがせり出した。
背後で白み始めた東の空に浮かび上がったその姿は、予想した通り子ガルムをそのまま大きくしたように見える。
モデリングとテクスチャーを使いまわしたんだな。
『艦内マスドライバー砲身固定。バレル内コイル電力接続完了。この距離であれば弾道の修正は必要ありません。いつでも発射可能です、マスター』
エリカの声に俺はグリップを握る。既に目標はモニターに映る照準の中心に捉えている。
WFUのゲーム内ではクリック一つで発射出来たのに、何でこんな設定になったんだろうな。
まあいい、さっさと終わらせよう。
俺はトリガーを引いた。
――――――――――
なんでこんな事になってしまったんだ。
『彼』は焦っていた。
この世界に来て、MMORPGのキャラクターとして生まれ変わって、それも他の連中とは違う、三人もの強力な能力を持つ体を得た。
全て上手く行くはずだったのに。
この世界の住人となったあの時、最高の気分だった。
現実の柵から、その全てから解放されてやり直せるはずだったのに。
これまでだって信頼されるギルドマスターを演じてきた。なのにこの世界に来て早々に何人ものメンバーが元の世界に帰る方法を探すと言って出て行った。
あんな現実なんか、この夢にまで見た剣と魔法の世界、力で自由に振る舞える世界に比べたら何の価値も無い。
この世界に不満があるなら住み易くすればいいじゃないか。そのための知識だろう。
あんな現実に戻されるなんて絶対に嫌だ。
この世界に来て最初に感じた高揚はすぐに不安に変わった。
いつまでこの世界に居られるのか、いつ、現実の世界に戻ってしまうのか。
この国で足場を固めたら、出て行った連中も、他の国に居る現実へ戻ろうとする連中も、全員殺してやる。
魔王を倒せば現実に戻ると言うなら、その魔王を守ってやる。
現実に戻される可能性が少しでもあるなら、絶対にそんな事はさせない。させてたまるか。
三人もの高レベルキャラクターの体を得たのだ。
気に入らない奴らも、他のプレイヤーなんか全員殺してNPCに君臨して王国を作ったって良いだろう。
なのにマサトが殺された。
ゲーム内でも見たことの無い銃を使って撃ち殺された。
しかも光にならず、消えず、ただ死んだ。
あれはもう復活したりしない。感覚で理解した。
ゲームの世界なのに、現実のように死んだ。
まるで現実がすぐ背後まで迫って来ているかのようだ。
嫌だ。現実なんかに戻りたくない。
会社の資金を横領していたのが発覚し、会社は倒産した。
株主の巨額の請求が、訴訟が、裁判が待ち受けている。
あの女、社員にこんな女が居たのかと思うほど地味で印象の薄い、巨乳だけが目を惹く女だった。あの女が告発なんかしやがったせいで人生が破壊された。
やりこんでいたゲームの世界に転移したのは神が救ってくれたのだと思ったのに。
もうすぐ夜が明ける。
夜が明けたら姿を見られてしまうかも知れない。何処かへ逃げよう。
ラレンティアか、アステ帝国か、何処でもいい。
マサトを失ったのは痛いが、選択を誤って使えない錬金魔導士なんかにしてしまったせいでレベリングを放置していたキャラクターだ。
このタクミとマリー、まだ二人のレベル200キャラクターの体があるのだ。
この経験を活かして、もっと慎重に、次は上手くやってみせる。
背後が白み始めた空で、ガルムグリフが何かに反応した。
まだ暗い西の空に何かが、遥か遠くに何かが浮かんでいる。
それが一瞬、キラリと光った。
――――――――――
意識が俺の体本体に戻り、アーマーのロックが解除され自由に動けるようになって辺りを見回した。
街全体に弾け飛んだ大魔獣ガルムグリフの血と肉片が降り注ぎ、酷い有様だ。
本体を失ったせいか、残っていた子ガルムも次々と地面に落下しあちこちで骸を晒している。
やはり俺やエリカがこの世界の物でない武器を使って殺すと、人間もモンスターも、恐らくはNPCも光になって消えたりしない。
これではしばらく街の掃除が大変そうだ。
『お疲れ様ですマスター。砲弾は目標を貫いて無事大気圏を抜けました。アスタリスクの軌道上への再配置開始。トライアドプリムスからもう一機のドラグーン輸送艇を出してクルセイダーⅣ改を回収します。原住生物を降ろさせてください』
「わかった。街の外で目立たないように二人を降ろしてから回収してくれ…あと俺も行くからアーマーと…もう一つ回収して欲しい物がある」
そう言って俺は、眼下の落下した子ガルムの骸の上で気を失っている女戦士を見下ろした。
◇
『何なんだここは!? 何処なんだ!? おい! 何をするつもりだ! 僕をここから出せ!』
「二回も死んで残機が最後の一人になった所で、まあ多少は気の毒だけどあれだけの事をやったヤツを野放しってのも良くないだろ?俺も色々考えたんだけど、さすがに最後の一人まで殺すのも気がひけるし、まあこうするのが一番かなって。何も永遠にこうしておくつもりも無いよ。現実に戻れる方法が解ったら出してやるから…それまでゆっくりお休み…えーと、マリーさん?」
『おい! 何を言ってるんだ! 僕を出せ!何だこれは! 何を…な…』
カプセル内にガスが充満し急速に声のトーンを落としたマリーが睡魔に逆らえずその目を閉じるのを見届けて、俺は旗艦エインフェリア内のコールドスリープ施設を出た。
『この様な事にエインフェリアの設備を使う事になるとは想像しませんでした』
「無人戦艦だけど無闇にいっぱいあるんだからいいだろ」
雰囲気を重視してこだわって作った旗艦エインフェリアの内部には、無人戦艦にも関わらず乗員のための設備が多い。
たしかに俺もコールドスリープカプセルを刑務所代りに使う事は想定していなかったが。
エインフェリアの格納庫に戻った俺は降下艇ハミングバードに乗り込み、エリカに言う。
「じゃあ惑星の地表に戻る。何かあったらまたよろしく頼む」
『何を言っているのですかマスター。以前にも言いましたが私はAIです。エインフェリア内部に居る訳ではありません。常にマスターと一緒に居ると思ってください』
「留守電使って通話に出なかったくせに……」
『むぅ…何か言いましたか? 未開の惑星で勝手に動き回るマスターが悪いんです。……でも、マスターがあの惑星にこだわる理由は解った気がします。我が艦隊がこの座標不明の星域で漂流する事になったこの異変も、あの惑星上に何か原因があるのでしょうね』
「そんな所だ。一応、仲間も出来たしな。あんまりケンカするなよ?」
『あの原住生物次第ですが、知性レベルを鑑みるとご要望にお応えするのは困難だと判断します』
「……まあ、努力してくれ。それじゃ行くぞ、エリカ」
『了解。ハミングバード、発進します』
俺たちは再び、MMORPG、ソードブレイズオンラインの大地へと飛び立った。




