18 自分に従わない人間の、排除ですよ。
衛兵たちによって封鎖された神殿の前は騒然とした雰囲気になったいた。
俺が来た時にはまだ数人の冒険者しか居なかったが騒ぎに気づいた他の冒険者や町の住民達までもが続々と集まりつつある。
「神殿が使えなきゃラレンティアにもアステ帝国にも行けないじゃないか! それに俺たちはパーティーが全滅したら神殿で復活するんだぞ!」
「そうだ! 俺たちには死活問題なんだ! 神殿の封鎖を解除しろ!」
俺より先に神殿に来ていた冒険者が抗議の声を上げたが衛兵は取り合わないようだ。
「先にも言った通りこれはアーネスト王子殿下直々の御命令である! それに殿下がお前達冒険者の身を案じての事でもある! 今後、冒険者だけではなく、このグランシール国領内、全ての者に神殿の利用は禁止する! それに神官達には既に王城に行ってもらっている! 神殿に入っても無駄だ! 解ったら大人しく決定に従え!」
冒険者だけではなく町の住民にも動揺が走った。
元々NPCだった町の住民が神殿で何をどう利用するのか知らないが、神殿というだけあって信仰の対象なのかもしれない。
集まっている冒険者の中には既に殺気立っている者も居る。
このままでは暴動にまで発展してもおかしくない。
あのイケメン王子が何を考えてこんな事をしたのかは判らないが、良くない流れだ。
こんな街中で暴動が起きてプレイヤーとNPCが敵対する事態にでもなったら俺たちだってこの街には居られなくなるだろう。
俺が不安な気持ちで事態の行方を見守っていると集まっていた群衆を掻き分け、冒険者ギルドの代表であるマサトがマリーともう一人の、ローブ姿に長髪の魔術師系らしい男性プレイヤーを伴って現れ、衛兵達を背にその前に立ち、集まっていたプレイヤーに語り始めた。
「みんな、心配させてすまない! 突然こんな事になって驚いているかもしれないが、これは僕たち冒険者ギルドの決定でもあるんだ!」
マサトの告白にプレイヤー達は顔を見合わせて困惑した。
だがマサトは言葉を続ける。
「考えてみて欲しい! 僕たちが突然この世界に来て、もう一週間以上になる!だが未だに元の世界に帰る方法は判らず、この国を離れていったプレイヤーも多い! 今この街に居るのは百人に満たない、その多くはレベル100未満の熟練者とは呼べないプレイヤーだ! 町の外では出現エリアを無視して徘徊するようになった強力なモンスターも多い!元々が何もかも不明な状況だ! 神殿での復活もいつまで、何回まで出来るのかなんて保証も無いんだ! みんなが無事に元の世界へ帰れる方法がわかるまで、みんなを危険に晒す事なんて出来ない! これはそのために必要な事なんだ!」
両手を振りかざし熱弁するマサトの言葉に、納得は出来ないながらも各々考え始めるプレイヤーの中から白い鎧の騎士風の男が歩み出てマサトに反論した。
直結厨ジークフリードだ。
「マサトクン! マサトクンの言う事もわかるけど、根源破滅魔王バッドエンドを倒せば元の世界に帰れる可能性もあるんじゃないのか!?」
「ジーク、君はそんな与太話を信じているのか? 魔王なんて元の世界のゲームの運営が用意したイベントボスじゃないか。僕たちプレイヤーがこの世界に迷い込んだなんて、こんな前代未聞で原因不明な事態に関係しているとは考えられない。それに魔王は推奨レベル250のレイドボスだ。そんなレベルのプレイヤーがサービス終了間際だったこのSBOの世界に何人残っていると言うんだ?」
「だ、だから他の国に居る高レベルプレイヤーと力を合わせて……」
「そんな根拠も可能性も薄い事の為に危険を冒させる訳には行かないよ。ジーク、君は一度神殿で復活しているはずだ。どういう状況でそうなったのかは知らないが、死ぬような目に会ったんだろう? 次また復活できる保証も無く、何度もそんな目に会いたいのかい? 何度、死ぬような痛みと恐怖に耐えられるんだい?」
マサトに言われジークは言葉を失い俯いた。
抗議していた周りのプレイヤーたちも気勢を失い、そのうちに神殿に背を向け散り散りに去って行った。
「ほーら、あたしの言った通りじゃないですかー。ああいうのはヘンなローカルルール押し付けて仕切り出すって」
「あひゃっ!?」
その様子を見ていた俺の横に、いつの間にか来ていたナツミが突然そんな事を言うので、思わず驚いて声がで出てしまった。
「まったくニャ。リリカもそう思ってたけど、とんだ自治厨ニャ。それにしても王子サマに取り入って神殿を封鎖とはやってくれたニャ」
そしてリリカもすぐ側に居た。
うそつけ。お前はケチだとは言ってたが疑ってなかったじゃないか。
「でも、マサトの言ってる事も間違ってはいないだろ?神殿での復活だってゲームがそうだったってだけで、この世界が現実になった今、いつまでちゃんと使えるかなんて誰にも判らない。それにプレイヤーキャラの体はタフでも痛みはちゃんとあるんだ。下手したら神殿で復活する前に痛みで動けなくなって野晒しなんて事にもなりかねない」
「まったく、クラリスさんは人を見る目がないというか、お人好しというか。あたしの高校の時の先輩にもそういう人居ましたけど、気を付けないとそのうち痛い目に会いますよ?」
「はあ、まあ、何と言うか、ごめんなさい」
思わず謝ってしまった俺からマサトに視線を移してナツミが続けた。
「ああいうクソ仕切り屋気取りのクソ自治厨が次にクソやる事なんてクソ決まってるんです。自分に従わない人間の、排除ですよ」
◇
兎に角、そのまま神殿の前で残った冒険者一人一人に説明を続けるマサトを見ていても仕方がない。
俺たちは酒場に戻り、酒を飲む気分でも無いので果実のジュースを飲みながら、話し合うというより、主にナツミのマサトのような種類の人間への悪口を聞いていたら、後からリックとドムの兄弟が店に入って来て奥のテーブルに座り、異様に近い距離で二人肩を寄せ合い意気消沈した様子で何かを相談し始めた。
気になったのでリリカとナツミを二人に紹介して俺たちもその席に着いた。
「俺たちの弟のディアスが神殿でワープゲートを使ってラレンティア王国に行ってるんだ……。俺たちは町の外で戦うつもりなんて無えんだが、マサトは例外は認められないってんで神殿を使わせちゃあくれえねえ…それに祭壇にNPCの神官が居なきゃあっちからワープで戻ってくる事も出来ねえだろう……ディアスのやつ寂しがってるだろうなあ……」
「……兄貴ぃ、ディアスはおちゃらけてるけど根はしっかりしたヤツだよ。きっと大丈夫さ……」
この兄弟には、そういう設定なのだろうが、もう一人弟が居たらしい。
不必要なまでに密着して肩を抱き合い励まし合う、髭面のガチムチ兄弟に若干引きながらもリリカが俺に言う。
「これは困った事になってるニャねえ、リリカたちでそのディアスって人をラレンティアから連れ戻してあげるニャ?」
「それじゃあ根本的な解決にはならないだろ。神殿が使えるようにしないと俺たちだって何かあった時に困る」
自分で言って気づいたが、俺は他のプレイヤーのように死んだら神殿で復活できるのだろうか?
元々別のゲームのキャラだった俺の体にこの世界の設定が適用されているのか疑わしい。
名前は変更できたのだからその辺もどうにかなりそうな気もするが、ステータスは見られないし魔法の強化もかからない。俺という存在はこの世界で一体どうなっているのだろう。
一度死んでみれば解るのかもしれないが、とても試してみる気にはなれない。
「じゃあ、吹き込んだのがマサトでも、兵士が神殿を封鎖してるのは王子サマの命令ニャら、王子サマに掛け合って神殿の封鎖を解いてもらえないかニャ?」
「そうですよ! クラリスさんがちょっとエッチな格好で王子様を籠絡しましょう!」
「嫌だよ」
肩を抱き合う兄弟をニヤニヤと眺めていたナツミがロクでもない事を言うので即座に却下する。
「えぇー…いいアイデアなんですけどねぇ……」
どこが良いアイデアなんだ。冗談じゃない。
煮詰まって頭を抱える俺たちだったが、今度は別の席から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「だから! レベル200のマリーさんとタクミクンが一緒に来てくれれば魔王を倒すための仲間だって集められますよ!」
直結厨ジークフリードだ。
「無理。魔王は推奨レベル250。きっとこの世界中を探しても30人集まらない。マサトの言う通りにするべき」
「それなら、みんなでレベルを上げて頑張りましょうよ!」
「それこそ、いつまでかかるか解らない。レベル230以上のレベルキャップ解除の条件も不明。マサトの計画通り街を住みやすくしてから調査する方が安全」
どうやらあちらも行き詰まっているようだ。
しかしあのマリーという女戦士は神殿でマサトと一緒にいたところから見てもギルドの幹部だろう。わざわざあんなのを誘う直結厨も直結厨である。
「そういえば神殿でもう一人、魔法使いみたいなのが居たな。リックさん、知ってますか?」
マリーを見て思い出した神殿でマサトの横にいたもう一人の人物について訊いてみた。
「ああ、あれがギルドでもう一人のレベル200プレイヤーのタクミさんだ。ただ俺も詳しくは知らねえ。ギルドの創設者の一人らしいが、ほとんど引退状態だったのをマサトが呼び掛けたサービス終了前の集まりに来てたらしい」
そのせいでこの異変に巻き込まれてしまったのか。タイミングというか運の悪い奴だが本人はどう思っているのか。
その後、俺たちは助けを求めて辺りを見回したジークフリードに見つかってしまい、他に方策も思いつかないままジークフリードに連れられてギルドまでマサトの説得に行く流れとなってしまった。
俺とリリカとナツミ、リックとドムの兄弟、ジークフリードとマリー。
7人という今までに無い大所帯となってしまったが説得には人数が多い方が良いだろうか。
ただマサトは融通が効かなそうではあるが。
ギルドの本部に入った俺たちの前には、俺たちよりも先にマサトに抗議にきたらしい冒険者が何人も居たが、ギルドの幹部らしいマリーが話を通してくれたのですぐにマサトと面会できた。
「なるほど、ディアス君がラレンティアに行っていたのか。それで連れて帰ってくるだけでも神殿のワープゲートを使わせて欲しいと」
「そうなんだ、頼むぜマサトよぉ」
リックに懇願されマサトは考えるような仕草を見せた後、頷いて言った。
「一度例外を認めると、みんな次から次へと同じようにしてくれと言ってくるだろう。だが僕としても君たち兄弟には大変な仕事をやって貰っているからね。特例中の特例と言う事でディアス君を連れて帰るだけはさせてあげよう」
「なんだって! それは本当かい!? やったな兄貴!」
「ああ! これでまた兄弟三人で居られるな!」
意外なほどあっさり折れたマサトに、リックとドムはぶっとい指を絡めるように手を取り合って喜んだ。
「ジークと君達も魔王を倒す仲間を集めに行くなら出て行くだけは認めてあげるよ。だがマリーは僕たちギルドの大切な戦力だから残ってもらうし、ディアス君を連れ戻した段階ですぐにまた神殿は封鎖する。それでいいかな?」
「んニャあ、リリカたちは別に出て行きたいワケじゃ……」
「わかった! マサトクン! 必ず僕たちが魔王を倒してみんなを元の世界に戻してみせるよ!」
断ろうとしたリリカを遮って、見るからに何も考えていない勢いでジークフリードが了承した。
こいつとは別に来れば良かった。
マサトはもう一度頷いて言った。
「だが他のプレイヤーに例外を認めた事を知られたら面倒な事になるだろう。神官に来てもらう準備もあるし、時計はあるかな? システムの時計は止まっているし、この世界の時計は正確じゃないが、深夜の…そうだな、2時ごろになったら神殿に来てくれ。そこで一度ワープゲートを開いて君達が出発したらまた封鎖するが24時間後にもう一度だけゲートを開く。それでいいかな?」
「ああ、頼むぜマサト!」
「もちろん僕たちもそれでいいよ、ねえリリカ!」
「もう、どうでもいいニャよ……」
マサトに感謝する兄弟と、直結厨に押し流されて了承したリリカに合わせて俺とナツミも何も言わないまま面会室を後にした。
◇
それから宿の部屋に戻り少し眠った後、深夜まで時間を潰しながら準備をした。
旅立つための準備ではない。いざという時に戦うための準備だ。
「これでいくらクラリスさんがお人好しでも解ったでしょう?あの自治厨の本性が」
「ああ…そうは思いたくないが…そうなんだろうなあ」
「リリカも残念ニャ。まともな人がみんなをまとめてくれると期待したんニャけどニャあ…」
「そもそも、まともな人間はネトゲのプレイヤーをまとめようなんて考えませんよ」
言われてみればその通りかもしれない。
「特例だなんて言って、深夜に少人数を呼び出すなんて…まあ、多分そうなんだよなあ」
「ええ、間違いありません」
ナツミは憎しみの篭る視線で窓から神殿の方角を見てきっぱりと断言する。
「罠です」




