17 日本円でいくらぐらいなんだ?
「わははははは! どうじゃ愚かな冒険者どもめ! 自らの首を締めてしまった気分は! 森の隠れ家がオーガに襲われて逃げ込んだこの遺跡で、急にあのスライム共が増殖してワシも手を焼いておったが貴様らのお陰でようやく外に出る事が出来るわ! これで大魔獣ガルムグリフを召喚して王都の愚民共や貴様ら冒険者を血祭りにあげ邪神復活のための生贄としてくれる!」
スライムを倒した俺たちの前に、妙にテンションの高い爺さんが現れて高笑いしながら自分の状況と目的を解説してくれた。
どうやらスライムに邪魔され外に出れずに結構困っていた所に思わぬ形で道が拓けてテンションが上がってしまっているようだ。
「どうじゃ! 恐ろしくて声も出せんか! 今更後悔しても遅いわい!」
ハイテンションなのは良いが何日くらいこの中に居たのだろう、薄汚れたローブを着た痩せ細った老人の姿に俺たちは顔を見合わせた。
「目的の魔術師はこのお爺さんで…いいのかな…?」
「多分…自分でそう言ってるし…そうなんじゃないのかニャあ…?」
「でもなんか、こう、やりづらいっていうか…困りましたよねえ…?」
「私は良く判らないが…冒険者は…このようなご老人とも戦ったりするのか…?」
俺もそうだが三人とも困惑している。
「さすがにお爺さんを撃ったり斬ったり殴ったりするのは、ちょっと…て言うか、一応…悪の魔術師って設定ならモンスター扱いなのか?それともNPC?」
「元々大魔獣出現の理由付けの設定だけで、ゲームにはこんなキャラ居なかったニャ。街の人やグラスポートの難民みたいに世界が補完された影響で現れた人ならNPC扱いなんじゃないのかニャあ…?」
「何をゴチャゴチャ言っておるか! ワシは邪神復活のためこの世に生を受けた悪の魔術師じゃ! 恐ろしくはないのか!」
俺たちの反応が悪かったせいなのか、老人がキレそうだ。
仕方なく俺は老人にできるだけ優しく話しかけた。
「えーと、おじいちゃん、お名前わかります? ご家族の方とか、身寄りの方とか居ませんか?」
「名前…? ワシの名前は……ええい! そんなのどうでもいいわい!ふざけておるのか! 家族なんぞ居る訳無かろうが! ワシは悪の魔術師じゃ!」
名前くらい設定しとけよ、可哀想だろ!
もしかしたらちゃんと名前があって忘れているだけなのかも知れないが、そっちの方が余計に可哀想なのでそうでない事を願うばかりだ。
「生意気な小娘共め! ワシをバカにしおって! 貴様らから邪神の生贄にしてくれる! この秘宝『ガルムの目』で魔獣を呼び出してなあ!」
そう言って老人は黒っぽい水晶玉のような物を懐から取り出した。
どうやら本当にこの老人が目的の魔術師で間違いないらしい。
仕方ない。
「三人とも後ろを向いて目を閉じて耳を塞いでくれ」
いきなり言われてエヴァンジェリンは少し戸惑っていたが、リリカとナツミがすぐに言われた通りにしたのでそれに倣った。
俺は三人が後ろを向いて耳を塞いでいるのを確認し、腰に付けていたグレネードの一つを外し老人の足元に放り投げて自分も目を閉じて耳を塞いだ。
「な、何を…」
老人が何かを言う前に広間に破裂音が響き瞼を閉じていた視界が白く染まった。
スタングレネード。
閃光手榴弾とも呼ばれる、主に暴徒鎮圧等に使用される非致死性兵器。
地下ダンジョンの調査というので、お約束のゴブリンやオークのような生物型モンスターが居た時に有効だろうと思って持って来たが、スケルトンとスライムしか居なかったので今まで持ち腐れていたがここに来て役に立った。
「うひゃあ、思った以上にすごい音がするんですねえ」
「ああ、所でお爺さんは大丈夫かな? 心臓麻痺とかショック死とかしてないかな?」
目を開けて確かめると、老人はうずくまりながらも白目を剥いてヒクヒクと痙攣している。
何とか死んでいないようで安心した。
「何をしたのだ…さっきのもリリカ殿の魔法か…? いや何故リリカ殿は自分の魔法でひっくり返っているのだ…?」
見ればリリカも頭を抑えてひっくり返っていた。
「あー、もしかして自分が猫耳だって事を忘れて顔の横を抑えてたんですかね」
「アホだ…いや、それがこの人のおちゃめな所なんですよエヴァンジェリン殿下。大魔法使いでありながら、偶にこうやって親しみやすさを演出してるんです」
「そ、そうか…大変なのだな……」
ともあれ、俺たちは抵抗できなくなった老人を、気は進まないが後ろ手に縛り上げて持っていた水晶玉を回収し遺跡のダンジョンを出た。
「ふニャあ、まだ耳がキンキンするニャ…もうリリカの近くであんな物使わないで欲しいニャ…」
「うーん、ダンジョンの中とかだと有効だと思ったんだけどなあ」
「あれ? 外に誰かいますよ?」
「何ニャ? まだよく聞こえないのニャ」
ナツミが指摘した通り、遺跡の外には俺たちとは別の冒険者パーティーが陣取っていた。
マサトのギルドの女戦士マリー率いる六人パーティーだ。直結厨ジークフリードも居る。
マリーは俺たちが縛り上げた老人を引き連れているのを確認して話しかけて来た。
「なるほど、こっちが当たりだった。地下墓地は外れだった。急いでこちらに来たが一足遅かった。その魔術師の身柄はギルドで預かりたい。こちらに引き渡して」
「ちょっと待って欲しい! その魔術師を捕らえたのはリリカ殿たちの功績だ! 手柄を横取りするような真似は止めて頂こう!」
ぶっきらぼうに要件だけを突き付けたマリーにエヴァンジェリンが食ってかかった。
手柄とかそう言うものに拘るのは姫騎士ならではなのだろうか。
「功績はちゃんとギルドに伝える。問題ない。謝礼も出るはず」
「だが私とて騎士だ! 王国領の不穏分子を騎士団ではなく、冒険者ギルドに預けるなどと…!」
「騎士団では扱いきれない。私たちの方が適任」
「何だと! 我が騎士団を愚弄するか!」
騎士団を馬鹿にされたと思い、さらに頭に血が上ったエヴァンジェリンをナツミが抑えた。
「ま、まあまあ姫さま、別にいいじゃないですか。ちゃんとあたしたちの功績は伝えてくれるって言ってるんだし、あたし達だけでそのお爺さんを街まで引っ張っていくのは一苦労ですよ」
「だがナツミ殿! リリカ殿はそれで良いと言っているのか!? クラリス! 君はどうなんだ!?」
「リリカさんは今それどころじゃないし、細かい事に拘らない人だから大丈夫ですよ」
「私も正直面倒…というかそれで構いません」
俺とナツミがそう言うと、エヴァンジェリンは渋々ながらも折れて老人をマリーに引き渡した。
「それも」
マリーは一言だけ言って俺の持っている老人の水晶玉を指すので、正直こんな物どうでもいい俺は素直にマリーに差し出した。
「ありがとう。マサトにはちゃんと伝えておく」
そう言ってマリーは踵を返しメンバーを引き連れて街の方へ戻って行った。
ジークフリードがこちらを振り返りながら手を振っていたが鬱陶しいので無視して俺たちはその背中を見送った。
「えーと、あたし達ももう街へ帰ってもいいんでしょうけど、あの人たちのすぐ後をついて行くのは…なんかやりづらいですねえ」
言われてみればナツミの言う通りだ。
どうせ同じ街へ帰るんだからこんな所で老人を引き取って先に行かなくてもいいじゃないか。あのマリーというぶっきら棒な女戦士はあまり気が利かないようだった。
仕方ないので俺たちは少し離れた所にある、モンスターも近寄りそうにないのどかな小高い丘でビスケットを食べて時間を潰し、リリカの耳が回復してから街へ戻った。
街に着いた時には夜になってしまっていた。
◇
翌日になり、朝一でリリカがギルドへ行って謝礼金を受け取って来た。
「2万ゴールドしかくれなかったニャ。あのマサトっての意外とケチんぼニャ」
「ゴールドの通貨価値が判らないんだが、日本円でいくらぐらいなんだ?」
「多分2万円ニャ」
ああ、そういう…
でもまあ分かり易いと言えば分かり易いので助かる。
しかし曲がりなりにも命懸けでダンジョンに潜り、悪の魔術師を捕らえたというのに2万円は確かに少ない。四人で行ったので一人頭で5千円相当だ。時給で換算しても田舎のコンビニバイトの方がマシだろう。
「はした金もいい所ですね、あたしは要りませんよ」
「リリカも2万ゴールドぽっち貰ってもしょうがないニャ。お姫様も欲しがるとは思えニャいし、クラリスにゃんが持ってるといいニャよ。ステータス開けないせいで文無しなんニャし丁度良いニャ」
そう言ってリリカはアイテムボックスから出した、ピンクの巾着袋にジャラジャラと金貨を入れて俺に寄越した。
「全部硬貨なのかよ。嵩張るな」
「リリカ達だって知らなかったニャ。でもモンスターがドロップする金貨に大きいのと小さいのがあったから数と合わせると多分大きいのが1000円で小さいのが100円ニャ。アイテムの価格も基本100ゴールド単位ニャからそれでいいんじゃないのかニャ」
「アバウトな貨幣経済だなあ」
「レベル50にもなればゴールドで困る事なんか無くなるのニャ。細かい事なんか誰も考えてないニャよ」
RPGではよくある話だ。
ともあれ、何もする事が無くなってしまった俺たちはそれぞれ別行動で街をぶらつく事になった。
思えばこの世界にやって来てからすぐに街から出てしまい、何だかんだと色々巻き込まれて一人でぶらぶらと散策するような事も無かったし、丁度良い機会かもしれない。
リリカとナツミも成り行きで一緒に行動していただけで、別に誓い合って仲間になった訳でも仲良しの友達だと言う訳でもない。
考えてみれば不思議な感じだが、今更他に知り合いも居ないこの街で、何も知らない初心者のフリをして誰かに仲間に入れてもらおうなんて気にもなれない。
アイテムボックスと言う、他のプレイヤーが所持金やアイテムを収納できるステータスのシステムを使えない俺は、ポンチョの下にリリカから貰った金貨の入ったピンク色の巾着袋に長い紐を通して首から下げて街をぶらついていた。
目的があった訳ではないが、とりあえずRPGの定番として武器屋と防具屋を見て、やはり自分に使えそうな物は無いと思い、次に道具屋を見たがアイテム類は嵩張るしガラス瓶のポーションなどは持ち歩くだけで気を使いそうだ。アイテムボックスが使えるプレイヤーは兎も角、NPCの人達はどうしているのだろうかと疑問に思った。
結局、匂いにつられて屋台で何かの肉の串焼きを一本買っただけで、それを食べながらゲームだった頃は立ち入り禁止エリアだったという、民家の立ち並ぶ居住区の方へ歩いていると人が集まって何かの作業をしているのを見つけた。
通りの添いを掘り返してレンガやコンクリートで敷き詰めているらしい。
これがマサトの言っていた下水工事だろうかと眺めているとプレイヤーらしいガチムチで頭にバンダナだか手ぬぐいだかの布を巻いた髭面の巨漢に話しかけられた。
「よう、あんたもプレイヤーだな、ギルドじゃ見なかった顔だがまだレベル1か、こんな事になっちまって災難だったな」
「はあ、どうも、すいません、私データが壊れてたらしくてステータスが見れないんです」
「そいつは更に災難だな、俺は清水…じゃなかった、リックって言うんだ。俺もこんなナリになっちまってるがレベルは10で冒険者としてはザコよ。宜しくたのまあ」
「いえ、こちらこそ宜しくお願いします。それでこれは、下水道を整備するって聞いてましたがその工事なんですか?」
「ああ、俺と舎弟がリアルじゃ土建屋の同僚でな…おいドム! ちょっとこっち来い!」
リックというガチムチ兄貴が掘り返されていた穴の中に声をかけると、そこからもう一人ガチムチの髭面、こちらはリックより幾分気の弱そうな顔で、より毛深い巨漢が顔を出した。
「なんだい兄貴、でかい声で呼ばなくても聞こえるよ」
「このお嬢ちゃんが工事を見物してたんだがプレイヤーだ。挨拶しとけ」
「やあ、俺はドムってんだ。俺も兄貴も戦いじゃ役に立てない者同士宜しく頼むよ」
「はい、クラリスといいます。宜しくお願いします」
「俺たちゃ同時にこのゲーム始めたんで兄弟って設定にしたのよ。俺もコイツも下水は専門じゃねえんだが、ズブの素人よりはマシって事でこの仕事を任されたって訳だ。まあ戦いじゃ役に立たねえが出来る事はあるって事よ。アンタもギルドに頼めばすぐに仕事を紹介してもらえるさ」
「ありがとうございます。私はたまたま一緒に同行してくれた人が居たので今の所助かってます」
「そうか、なら良かった。だが困った事があればいつでもギルドに来てくれ。低レベルプレイヤー同士仲良くしようや」
「はい宜しくお願いします、リックさん、ドムさん」
髭面の巨漢二人が汗だくで肩を組んでにこやかに手を振った。
少々見た目的に嗜好が疑わしい二人ではあるが気は良さそうだ。
俺の場合ズルで戦いの役に立てないという事はないので、騙しているようで心苦しいがレベル1の低レベルプレイヤーである事に間違いはない。わざわざその事を告白する必要も無いだろう。
俺は二人に再び礼を言ってその場を辞した。
その後少し居住区を見て回り、ファンタジー世界の町の住民の暮らしというのも興味がない訳では無いが、あまりジロジロと観察する訳にもいかず、城まで続く大通りの方へと戻った。
早くもやることが無くなってしまった。
宿に戻って一階の酒場で一人昼間から酒を飲むのも躊躇われる。
さてどうしたものかと考え、名前を変更するために一度だけ訪れた神殿の神官達が中々すごい格好だったな、と思い出し姫騎士のせいで多少感覚が狂ってしまったが、他の国へのワープや全滅したプレイヤーの復活にも使われる神殿を確認しておくのも必要だろうと考えて神殿に行く事にした。
前に見たときは横がガラ空きの前掛けのような衣装しか着ていない、下着のような物も確認できなかった女性神官たちは、女同士ならあの衣装めくっても怒らないだろうか?
決してイヤラしい気持ちでは無く、純粋な好奇心でそんな事を考えながら辿り着いた神殿は城の正規兵らしき衛兵たちによって封鎖され、周りで何人かの冒険者が抗議しているようだった。
「これはアーネスト王子殿下の御命令である! この国の住民でもあるお前達冒険者が命を粗末にする事が無いようにとのご配慮に基づくものであり、お前達のためなのだ! それを理解してもう神殿に近寄るな!」




